世界観 

「未来ショップ」にはイマジンという生き物が売られている。 
イマジンは飼い主の愛を受けて成長し、飼い主の願いをひとつだけ叶えると言う不思議な生き物だ。 
野上良太郎は、常人には見えないはずの「未来ショップ」が見える。 
そこには見たことのない動物「イマジン」が売られていた。 
偶然立ち寄った未来ショップで、在庫処分されそうになっているモモタロスを見つけた良太郎はおもわず彼を購入してしまい…。 
電王キャラはほとんど登場のまったり甘々。 
基本は良桃。他にも色々登場予定。 

1話の主要人物 

野上良太郎 
普段は不幸で気の弱い男の子。 
だが実は腹黒でとんでもなく意地が悪い。 
「未来ショップ」で不思議な生き物モモタロスを購入した日から奇妙な出来事が起き始める。 
基本的に人が良く、困っている人や生き物をほおっておけないため、モモタロスを購入した後はとんでもない事に…。 
姉とふたり暮らし。 
常人には見えないはずの未来ショップが見える。 

モモタロス 
全身が赤く、鬼のような姿をした生き物。全長10センチ。25g。 
525円で良太郎が購入。 
元気がよく、すばしっこい。 
良太郎を困らせているが、在庫処分されそうになっていた自分の事を助けてくれた良太郎の事が何より好き。 
お出かけしないときはケージの中で体力作りに励んでいる。 




第1話「ツンデレ525円」 


「あれれ…?」 

自転車の前カゴへ本を包んだ袋を押し込んだ僕は、何となく奇妙な感覚に囚われた。 
あるはずのないものがそこにあるような、そんな感覚。 
ここは大きな本屋の前で…僕は店の横に自転車を止めている。 
姉さんから頼まれた星の本を買うために本屋に立ち寄ったんだけど、そこで「なんとなく」おかしな感覚をおぼえたんだ。 
本屋の隣には古びたペットショップが見える。 
昨日まで、そこは空き地だったはずなのにどうしてペットショップなんかがあるんだろう。 

「…最近暑いから、おかしくなっちゃったのかな…僕」 

僕は目を擦ってもう一度それを凝視する。 
夏の太陽のせいでそれはゆらいで見えたけどはっきりと、店の名前まで目に入った。 
古ぼけた看板には『未来ショップ』と書かれている。 
僕は自転車をゆっくりと転がしながらペットショップに近付いた。 
太陽の光が窓ガラスに反射して、店内の様子は見えない。 
だけど窓に、インクの滲んだポスターが貼られているのは何となく分かる。 
ポスターには『あなたの夢を叶えるイマジン、おひとつ如何ですか?』と書いてある。 
そのポスターをゆっくり読んでいると、イマジンというものが生き物なのだと言う事が分かった。 
どうやら、イマジンという生き物は飼い主の愛を受けて育つ生き物らしい。 
イマジンに愛を注いで育てれば、イマジンは飼い主の願いをひとつだけ叶えるという。 
まさに『開運グッズ』ならぬ『開運ペット』だ。 
僕はそういうものに頼るのは好きじゃない。 
そうおもいながらポスターから視線を外すと、窓際にうっすらと何かがチラつく。 
目に入ってきたのは、ハムスター用のケージだった。 
少し屈んでそれを見ると、ケージの中ではパインチップに埋もれている生き物がゆっくりと身を捩っている。 

「…っ!?」 

その動物を見たとき、おもわず僕は後ずさってしまった。 
だってハムスター用のケージにいるなら、中にいる動物だってハムスターとかモルモットだとおもうじゃないか。 
なのに…違った。 
ケージの中にいたのは赤い体をした小さな小鬼、だったんだ。 
黒い目をパチパチと瞬かせているそれはぬいぐるみみたいに小さな手足を前に出して伸びをすると、おもむろにケージの柵へと近付いた。 
僕のことが分かるのか、不思議そうな顔をして柵を掴んでいる。 

「…ハムスター、じゃないよね?きみ…」 

僕が言うと、小鬼は小さく口を動かした。 
もちろん、ガラス越しだ。聞こえるわけはない。 
そのはずなのに僕の頭の中には声のようなものが聞こえた気がした。 
…何て言ったのかは分からない。 
気のせいなのかもしれないけど。 

「…変わった生き物もいるんだな…」 

ガラスを軽くつついて言うと、小鬼が柵の間に手を伸ばした。 
僕の指を掴むみたいに、一生懸命手を伸ばしている。 
大きさは5〜10センチくらいだろうか? 
ハムスターとさほど変わらないサイズだ。 
全身が赤くて、頭には二本のツノが生えている。 
体のいたるところに「M」の文字が書かれていた。 
腰に巻いているベルトは桃の形をしていて、何だかかわいい。 

「あはは、桃太郎みたいだ」 

僕は小鬼の腹辺りをつんつんと突いた。 
もちろん、窓ガラス越しに。 
ケージの下に掲げられたプレートには6000円の文字の上から赤いバッテンが引かれており、その横に黒い文字で『在庫処分』と書かれていた。 
…売れ残りってやつだろうか。 
この小鬼は売れ残ってしまったから処分されるんだろう。 
まだこんなに小さいのに。 

「きみ、処分されちゃうのか…」 

小鬼に話しかけるように、それでも誰にともなく呟くと、不意にどこかで扉の開く音が聞こえた。 
別にやましいことをしていたわけじゃないけど、僕は慌てて窓ガラスから離れる。 
音の正体はペットショップから出てきた初老の男性だった。 
男性は僕と目が合うと、物腰柔らかに会釈をして口元を綻ばせる。 

「あなたが久しぶりのお客様です。どうぞ、中へお入りください」 

耳に心地良い声が僕を呼んだ。 
反射的にかぶりを振ろうとするけど、体が動かない。 
金縛り…とは違う。 
ただ、その場から動けなかった。 
そんな僕を見つめて男性が笑う。 

「今日ご来店されたのも何かの縁です。ごゆっくり」 

男性はおもむろに指を鳴らした。 
すると、僕の体はいつの間にか見知らぬペットショップの中にいる。 
慌てて出入り口を探すと、窓ガラスの向こうに僕の自転車が見えた。 
僕は何時の間に店内にいたんだろう。 
ぼんやりとそんな事を考えながら辺りを見回す。 
店内にはペット用の餌、ケージ、トイレの砂など…色々なものが売っている。 
僕がさっきまで見ていた赤鬼は『イマジン』と書かれたプレートの下にケージごと並べられていた。 
イマジンなんて動物は初めて見る。 
ゆっくりとイマジンが並べられている場所へ近付くと、ケージからひそひそと話し声が聞こえた。 

「こいつ、こっち見てる」 

「飼うの?飼ってくれるの?」 

「飼ってー」 

舌足らずな声、男の声、か細い声、さまざまな声がケージから聞こえてくる。 
イマジンっていう生き物は人の言葉を話す事ができるのか? 
そんな動物、聞いたことない。 
いるわけがない。 
おもわず後ずさりをした僕の背に、何か柔らかいものが当たった。 
人の肩、のようにおもう。 
そちらに視線を向けると、僕と同い年くらいの髪の長い女の人がキョトンとした顔をして立っている。 
綺麗な人だ。 
あんまり見つめているのも悪いような気がして目を逸らそうとすると、女性はいきなり僕の顔を覗きこんできた。 

「私、ハナ。きみは?」 

ハナと名乗った女の人は、この店の店員なのか浅葱色のエプロンをつけている。 
少しキツそうな印象を受けるけど、綺麗な人だとおもった。 

「ぼ、僕…野上良太郎って言います…」 

おずおずと返事を返すと、ハナさんは人懐っこそうな笑みを浮かべて『良太郎ね』と復唱した。 
僕の横を通り過ぎたハナさんは、やにわにイマジンたちのケージに近付くとその内のひとつを取り出してみせる。 
ケージの中に手を突っ込んでおもむろに両手でそれを掴み上げると。 
パインチップにまみれたその身体は僕が店の外で見つめていたあの小鬼だった。 

「良太郎、きみが見てたのはこの子だよ」 

ハナさんが両手をゆっくり僕の胸の前に突き出した。 
反射的に手を出すと、パインチップにまみれたその体が僕の掌に降り立つ。 
柔らかな体はほんのりとあったかくて、この小鬼がぬいぐるみでない事を証明している。 
小鬼はすっくと立ち上がると、僕の指に寄りかかるようにして顔を上げた。 
ツリ目がちの黒い瞳が僕を映している。 

「初めまして、僕は野上良太郎だよ」 

僕が笑いかけると、小鬼は腰に手を当てて鼻を鳴らす。 
妙に人間臭い動作だ。 
そうおもっていた所に、小鬼の口から人の言葉が聞こえた。 

「何だテメー…俺様を飼おうってのか?」 

「しゃ、喋った!」 

おもわず両手を放すと、小鬼は慌てたように僕の指にぶら下がった。 
小鬼は不愉快そうに眉を寄せて僕の指を噛む。 

「どあぁッ…お、落ちたら危ねーだろうがァ!このウスノロッ!」 

「いたたた…!ごめん…」 

指にくっきりと歯形を残した小鬼は鼻を鳴らして顔を背けてしまった。 
そんな小鬼に謝る僕。 
僕らを交互に見たハナさんは小さくため息をついて腰に手を当てた。 

「ホンットかわいくない。そんなだから在庫処分になるのよ、アンタ」 

キツい口調で言ったのは小鬼に対して、だ。 
そういえばこの小鬼は在庫処分にされるってプレートが張ってあったんだっけ。 
僕は小鬼の背を撫でながらハナさんに言った。 

「在庫処分って…野に返されるの?」 

「文字とおりの意味よ、ガス室に送って処分するの。保健所と一緒でね」 

ハナさんはキッパリと残酷な事を言う。 
手の中の小鬼を見ると、彼は僕から顔を背けて黙っている。 
けどその横顔は処分に対する戸惑いみたいなものが浮かんでいた。 
処分ってつまり『殺す』ってことだもんね。 
僕はゆっくりと手を上げて小鬼を顔の前に移動させた。 
不意に視界が変わったせいか、小鬼はびっくりしたように僕を見る。 
小鬼の体をそっと肩に乗せてやると、彼は黒い目を瞬かせて僕の肩にしがみついていた。 

「なん、だよ…いきなり」 

小鬼が小さな手で僕の服を掴む。 
僕は彼の頭を人差し指で撫でてからハナさんに向き直った。 

「この子、いくらなの?」 

そう言うと、ハナさんはポカンとした顔をして僕と小鬼を交互に見る。 
でもすぐに店員らしく表情を穏やかなものへと戻して、言った。 

「えっと…在庫処分だから税込みで525円…だけど」 

「頂くよ」 

僕はズボンのポケットに手を突っ込んで財布を取り出した。 
名前と住所の入った財布の中を調べると、先ほどの本屋での買い物のお陰か意外にも小銭がいくつか入っている。 
525円ぴったりを取り出してハナさんへ差し出すと、彼女は差し出されるままにソレを受け取ってから慌てたように言った。 

「い、良いの!?そいつ、すごく乱暴者で…飼うの大変かも…」 

小鬼を指して言ったハナさんは心配そうに声をひそめる。 
けれど僕が笑みを返すと唇を真っ直ぐ結んでぎこちなく頷いた。 
『ありがとう』と小声で付け足して。 
きっとハナさんも動物たちを処分するのは心苦しかったんだろう。 
ふと、ハナさんの視線が開きっぱなしのケージへと向けられる。 
小鬼が入っていたケージだ。 

「ちょっと待っててね、良太郎」 

ハナさんは僕に声をかけるとケージに近付いて何やら給水機やケージを取り外し始めた。 
僕の肩で座り込んでいる小鬼は『俺様の家を壊すんじゃねえ!』などと怒鳴っていたけど、その黒目がゆっくりと僕に向けられる。 

「…良いのかよ。俺なんか飼って」 

僕の顔を覗きこむ小鬼は少しだけ複雑そうに眉を寄せている。 
ピンと上を向いているツノを指先で擦ってやると、小鬼はくすぐったように身を竦めた。 

「処分されるくらいなら僕の家に来てほしいっておもっただけだよ」 

「…変な奴」 

僕の言葉に小鬼は不機嫌そうな声を上げたものの、ツノをくすぐる指にしがみついてゆっくりと掌によじのぼった。 
危なっかしいその仕草はかわいいい、どこか人間のようにも見える。 
掌に乗った小鬼は、僕に手を伸ばしてゆっくりと手招いた。 
手招かれるままに顔を寄せると、小鬼は僕の唇に手を当てて言う。 

「サンキュー…良太郎」 

小鬼は照れくさそうに言うと、背伸びをして僕の頬へキスをした。 
動物に感謝されるのは何だかくすぐったい。 
僕は小さく会釈をして笑ってみせた。 

「これからよろしく、えっと…モモタロスでいい?名前…」 

「何ィ!?モモタロスって何だよッ!センスねえなァ…」 

僕が小鬼を呼ぶと彼は不満そうに僕の頬を引っ張り上げた。 
そんな僕らにハナさんが再び駆け寄ってきた。 
手にはケージや餌袋、給水機などの一式が詰め込まれた袋を持っている。 

「よかったら使って?これ全部ソイツ用の家具だから」 

ハナさんは袋を僕に持たせると人懐っこい笑みを浮かべてモモタロスに目をやった。 
僕の肩に移動してふんぞり返っているモモタロスは、袋の中を覗いて『俺の家がバラバラになってやがるぅ…』なーんて肩を落としている。 
モモタロス代の525円しか払っていないと言うのに、わざわざ家具までつけてくれるなんてありがたい。 
僕は頭を下げて礼を言った。 

「ありがとう…ハナさん、大事にするよ。行こうか、モモタロス」 

僕がモモタロスを呼ぶと、ハナさんは噴き出すように笑って口を押さえた。 
モモタロスという名前に何か問題でもあるだろうか。 
おもわず首を傾げる僕をモモタロスが小突く。 

「ほら見ろ…オメー、名付けのセンスねえんだよ」 

「そうかなぁ?」 

モモタロスのイヤミを聞き流してゆっくりと店の外に出ようとする僕をハナさんと先ほどの初老の男性が見つめている。 
あの男性はペットショップの店長さんだろうか。 
そんな事を考えながら店を出ると、焼け付くような日差しはとうに消え、空は赤紫色に染まっている。 
何時の間にそれほどの時間が経ったのか、あたりからは虫の鳴き声が聞こえた。 
何となしにペットショップを振り返るとそこには古ぼけたペットショップはなく、だだっ広い空き地が広がっているだけ。 
夏の生温い風が頬を撫でていく。 
不思議と、怖くはなかった。 

「……未来、ショップ…」 

僕は小さくひとりごちると、赤紫の空を見つめてため息をついた。 
未来ショップって一体何なんだろう。 
イマジンってどんな動物なんだろう。 
僕はゆっくりと肩口に目をやった。 
消えたペットショップとは違って、僕の肩にはしっかりと赤鬼がしがみついている。 
彼はモモタロス。名前は僕が決めた。 
きみは僕のペットだ。 

「よっこいしょ…」 

自転車を走らせて帰路についた僕は、荷物を手に姉さんの経営するライブラリカフェの扉を開けた。 
ふんわりとコーヒーの匂いが漂ってくる。 
カウンターにいた姉さんは、僕の姿を見た途端足早に近付いてきた。 

「良ちゃん、どこまで行ってたの?ずいぶん遅かったじゃない……あら」 

姉さんは目ざとく僕の肩に座っているモモタロスを目にして首を傾げた。 
不思議そうに目を瞬いてモモタロスを覗いている姉さんは、彼の頬を指で撫でてにっこりと笑う。 

「よく出来たお人形ねえ」 

「だーれがお人形だッ!」 

姉さんの声に反応したモモタロスは勢いよく立ち上がってわずかによろめく。 
肩の上だとバランスが取りづらいんだろう。 
僕はモモタロスを手に乗せて、彼の家具一式が入っている袋を前に突き出して言った。 

「あの…ペット、飼いたいんだ。だめ…かな?」 

遠慮がちに尋ねると、姉さんは丸い瞳を瞬かせながらモモタロスと僕を交互に見つめている。 
口の中で『ペット?』とつぶやきながら。 
そりゃそうだろう。モモタロスはペットというか…動物に見えない。 
人形だと言って誤魔化す事もできたけど、たった一人しかいない姉さんに嘘をつくことはできない。 
それに、こんなに大きなケージを部屋に置いていたらすぐ見つかってしまうだろうし。 
だから先に話しておいたほうがいいとおもったんだ。 

「…変わった動物ねえ」 

「イマジンって言う動物なんだって」 

僕は姉さんに説明しながら、手の中のモモタロスを見やった。 
彼は僕の手にしがみついたままそっぽを向いている。 
お人形と呼ばれたことがよほどショックらしい。 
そんなモモタロスの心情を知ってか知らずか、姉さんは僕の説明を受けて大きく頷く。 

「なるほど…じゃあこのお人形さんは今日から家族なのね」 

「だぁからお人形さんじゃねえッ!!」 

姉さんののんびりとした発言に、モモタロスは僕の手の中でじたばたと暴れながら抗議をする。 
その姿が駄々っ子みたいでかわいい。 
僕は改めてモモタロスを顔の前に掲げて、赤い頬を指でつついた。 

「仲良くしようね、モモタロス」 

声をかけると、モモタロスは拗ねたようにきつく拳を作って僕の掌を叩いた。 
叩いたと言っても、痛くはない。 
赤い顔を更に赤く染めて照れくさそうにそっぽを向いたペットの姿は結構かわいいもので。 
僕はそんなモモタロスを見つめて小さく笑った。 
どんな育成をしたらいいのか、まだ良く分からないけどイマジンは言葉の通じる動物なんだ。 
きっと上手くやっていける。 
そうおもいながら、僕はかわいらしい未知の生物を見つめていた。


















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ジャンガリアンサイズのモモを想像してもらえれば嬉しいで…す。 
2話目は「お色気担当2000円」というタイトルになってますー。 
お色気担当の登場なので良浦で憑依体エロとかもあるかも。 
話の中心はもちろん良桃ですー。お好きな方だけどうぞ〜
6月28日に書いたものですー。