それは、俺がアグモンと出会う少し前のこと。
肌寒くて、春はまだほど遠い季節のことだったように記憶する。

「大、知香、今日は新しい家族を紹介するわね」

神妙な…というより、どこか嬉しそうな顔をした母親が卵焼きを食べている箸を置いた。
夕飯を必死に食っていた俺は、知香に肘で軽く小突かれて慌てて顔を上げる。
母さんこと大門小百合はにこにこしながら俺たちの顔色を伺った。
待てよ、新しい家族って何だ。
俺は口の中に入ったままのスパゲティをごくりと飲み込んで、口の周りにミートソースをつけたまま母さんを見やる。

「な、なんだよ…新しい家族って。犬でも飼ったのか?」

「わんちゃんー!?やったあー!」

俺の言葉に、知香がはしゃいだ声を上げる。
でも、母さんはかぶりを振って唇に指を当てた。
そうして、廊下の向こうに目を向ける。

「入ってらっしゃい」

母さんがそう言うと今までそこに立っていたのか、廊下をぱたぱた歩く足音が聞こえた。
躊躇いがちに廊下から現れたそれは、犬のぬいぐるみを軽く抱きしめた小さな男の子。
5歳か6歳くらいだろうか、髪ははちみつ色で瞳の色は海のように青いアイスブルー。
一目で外人だと分かった。
母さんは、部屋の前で戸惑っているそいつの目の前に行くと、そっと肩に手をやって俺たちへ向き直る。
ぽかんとしている俺と知香の前で、母さんはけろりと言ってのけた。

「今日から新しい家族になるトーマくんよ。仲良くしてね?」

母さんの言葉に、トーマと呼ばれた子供は恥ずかしそうに母さんのスカートを掴んで顔を隠す。
早速、知香が席を立って、珍しそうにトーマを見やった。

「トーマくんって言うんだあ…。あたしは大門知香、これから宜しくね!」

「ちょっと待てぇ!!」

やけにすんなりと事の状態を受け入れてる知香にも母さんにもツッコミを入れた俺は、テーブルに足を乗せてトーマを指した。
テーブルに足を乗せた衝撃で食器が揺れる。
それを見てトーマが怯えたように身を堅くした。
ちょっと良心が痛むが、俺はトーマを責めたいわけじゃない。

「母さん!新しい家族って何だよッ?まさか弟だとか言うんじゃねえだろーなッ!?」

「あらあら、さすがに母さん不倫はしないわ」

俺の言葉にものんびり返した母さんは、すっかりスカートに顔を埋めてしまったトーマの頭を撫でてご機嫌そうな表情を見せた。
母さんが言うには、このトーマとかいう子供はオーストリアから日本にやってきた留学生らしい。
この年で留学生ってのもすごいが、こいつの家はもっとすごい。
何やら、オーストリア屈指の貴族の家柄で、このトーマはそこの息子なのだと言う。
この時代で貴族とか王子っていう言葉に現実味が沸かない俺には分からないのだが、知香はものすごく目をきらきらさせていた。

「すごいねえすごいねえ、トーマくんって王子様なんだ。そんな人がうちに来ていいの?」

「丁度この地区の家で過ごしたいと言っていたそうよ。だからトーマくんが帰るまで、ここで一緒に生活するの」

知香の言葉に、母さんは嬉しそうに答えた。
ようやく緊張を解いた様子のトーマは、はにかみながらこくんと頷いている。
俺はテーブルから足を下ろすと、知香と同じくトーマの傍に歩み寄った。
目の前で見るとこんなに小さいもんなんだな、子供って。
知香よりも背が低いし、俺の腰くらいしかねぇや。
俺はトーマの両脇に手をやると、おもむろに抱き上げた。
「あ」と可愛い声が聞こえる。

「俺は大門大だ、分かるか?ま・さ・る、だ。言ってみろ」

「…ま・さ・る…お兄ちゃん。よろしくね」

意外と流暢な日本語でトーマが答える。
もっとしどろもどろの日本語を使うとおもってたんだけど、貴族とやらは色んな国の言葉が使えるようだ。
俺に抱き上げられたままのトーマは、小さい手をいっぱいに伸ばして俺の頬を掴んだ。
ぐい、と遠慮なく引っ張られてちょっと…いやかなり痛い。
トーマはまんまるとしたアイスブルーの瞳を瞬かせながら言った。

「ぼくをだっこしていいのはパパとママだけなの。離して」

言っている事は子供だし悪気はないんだろうが、その一言がかなりカチンとくる。
俺はトーマの脇腹をくすぐってやることにした。
突然体をくすぐられたトーマは、びくりと身を震わせた後、手からぬいぐるみを落として再度「あ」と声を上げた。
床に落ちたぬいぐるみを目にしたトーマの瞳にじわりと涙が浮かぶ。
やば…。そうおもったとき、トーマはぽろぽろと涙を零し始めた。

「うっ…う…ひっく…大お兄ちゃんがぼくのガオモン落としたよぉ…」

「なっ…何も泣く事ねーだろ!?」

「大ったら不器用さんなんだから」

泣きじゃくるトーマを見て、母さんが笑った。
そうして、"ガオモン"と呼ばれた犬のぬいぐるみを手に取ってトーマに持たせる。
それでもトーマは泣きべそをかいていた。
白い肌を真っ赤にして、大粒の涙を零している。
母さんが俺の手からトーマの体を抱き上げた。

「ほらほら、もう」

「うえぇん…ひっく、ひっく…ママぁ…」

トーマは母さんの首筋にしがみついて泣きじゃくっている。
だが、泣き声はすぐに止んだ。
…というよりも泣き声をこらえているようだ。
トーマは赤くなった目で俺を見やると、小さな手を差し出して言う。

「…ごめんなさい…大お兄ちゃん。仲直り、しよ」

喧嘩をした覚えはないが、トーマは仲直りだと言って手を出した。
俺が軽く手を握ると、ホッとしたようなトーマの表情が見て取れる。
片手で"ガオモン"をきゅっと抱きしめながらはにかんでいるようだ。
俺もつられて笑った。
そんな俺たちを見て母さんが嬉しそうに目を細める。

「大、今日からトーマくんは大の部屋で寝るんだけど…良いかしら?」

「俺は別に構わねーよ、男同士だしな」

「良かったわ、いいこいいこ」

母さんは、俺の返答に心底安心したように胸を撫で下ろすと俺の頭を撫でた。
俺を何歳だとおもってんだよ。
今年で14歳になるのに何で頭撫でられなきゃならんのだ。
俺は少しだけ不満顔でそっぽを向く。
手を振りほどけない俺は、さほど反抗期に入ってはいなかった。
ふと、いつの間にか母さんの傍から離れたトーマが俺のズボンを掴んだ。

「大お兄ちゃんのお部屋が見たい」

「大にいちゃんの部屋は汚いよぉ?」

「それでも見たい」

トーマはやけにムキになる。
俺がトーマを見やると、トーマは俺を見上げてにこっと笑うのだ。
何て言ったっけ、天使の歌声とか言う少年合唱団の子供…トーマはそんな感じで可愛らしい笑顔だった。
もしかするとそれ以上か?
天使の笑顔って言ったらむずがゆいけど、トーマの笑顔はそのくらい可愛い。
俺はトーマの髪に手をやって軽く撫でてやった。

「大お兄ちゃん、これからよろしくお願いします」

そう言って、撫でられながら笑うトーマは少しだけはにかんだような、照れくさそうな笑顔を浮かべて俺のズボンに顔を寄せた。
弟ができたみたいな、そんな気分。
ガキ大将の血がちょっぴり騒いだ。

















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パラレル1話目。

萌え (GPO5個、デジモン5個/良ければ押してやってください。管理人の活力源になります)


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