少し寒い日の真夜中のこと。
軽く体が揺すられるような感覚がした。
小さな手が俺の身体を揺する。
その控えめな力がすごく心地よくて、俺は少しだけ薄目を開けていつの間にかベッドにやってきていた人物を確認した。
暗がりの中でも良く分かるアイスブルーの瞳が涙で濡れている。
はちみつ色の髪はほんの少し眩しくて、俺はおもわず目を細めた。

「…大おにいちゃん…おにいちゃん」

俺の身体を揺する少年は手に犬のぬいぐるみ"ガオモン"を片手に呟いていた。
そっと起き上がると、少年の表情が僅かに和らぐ。
同時に飛びつくみたいにして小さな体が俺の胸に飛び込んだ。

「大おにいちゃあーんっ!」

「どあっ!」

せっかく起き上がった俺は、少年の重みでまたベッドに沈んだ。
大きなアイスブルーの瞳をいっぱいに潤ませて俺の事を見つめている少年、この子の名前はトーマ・H・ノルシュタイン。
先日から俺の家で預かる事になったオーストリアの貴族サマだ。
貴族と言っても高貴なオーラが溢れてるかとおもえば、妙なところで凡人みたいな反応を返してくる。
しっかりと切りそろえられたはちみつ色の髪はとても艶やかで、指を通すと絹みたいだった。
外人特有の白い肌は決して不健康と言うわけではなく、むしろトーマは外で遊ぶのを何よりも楽しみにしている。
結構活発な子供なのかな?なんておもっていた。
それが…今はどうだろう。
俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくるように肩を震わせている。
その頼りない肩をしっかりと抱いて、俺は笑ってやった。

「ん、どした…トーマ」

俺が何でもないように笑うと、トーマは少し落ち着いたようにこくんと頷いて"ガオモン"ごと俺に擦り寄る。
家族みんなとおなじシャンプーのいい匂いがした。
先日は花のような匂いがするとおもっていたのだが、トーマの体から香る匂いが母さんや知香たちと一緒なのが嬉しい。
そんな事を考えている俺なんかよそに、トーマは顔を上げて目からぼろぼろと涙をこぼした。

「大おにいちゃあん…おトイレいきたい…」

「便所かよ!」

ぐしゅぐしゅと鼻をすすりながら泣きじゃくるトーマに、とりあえずツッコミを入れておく。
気がつけばトーマは下腹部を押さえて必死に何かを我慢しているように見えた。
便所の場所が分からなかったから泣いてたのか。
俺は慌ててトーマを抱き上げた。

「俺のベッドで用足されちゃたまんねぇ!掴まってろよ、トーマ」

早口でそれだけ述べるとすぐさまベッドから飛び降りて階段をどたばた駆けていく俺。
がくがくと揺さぶられるたびにトーマが下腹部を押さえながら「揺らさないでよぉ、死んじゃうよぉ」と泣きじゃくる。
ここで言う「死んじゃうよぉ」とは、もちろんそーゆー意味だ。
トーマもいっちょ前に男のプライドがあるらしい。
俺はトーマを便所にほおりこむと音を立てて扉を閉めた。
もちろん"ガオモン"は俺が預かっている。
しばらくして、便所の中からトーマの安堵の吐息が聞こえてきた。
俺はいつもトーマが抱いているガオモンに目を合わせた。
変な顔をした犬だ。
軽く鼻をつついてやる。
どことなくいやそうな顔をされているように見えた。
ただのぬいぐるみなのに。

「大おにいちゃーん、おそまつさま」

不意に背後から変な日本語が聞こえてきた。
振り返ると、既に用を足してご機嫌のトーマがにこにこ笑っている。
俺は軽くトーマの頭を撫でてから再びゆっくりと抱き上げた。

「便所の場所は分かったか?」

「うん、大おにいちゃんが教えてくれたからだいじょうぶ」

大きく頷いたトーマは憎らしいくらい嬉しそうな笑顔をしている。
せっかく気持ちよく眠ってたのになぁ、なんて言う気持ちはどっかにすっ飛ぶくらいの可愛い笑顔だった。
俺たちは2階の部屋に戻るとそれぞれのベッドにもぐりこむ。
トーマは布団にもぐりこむとガオモンにもきちんと掛け布団をかけて笑った。

「おやすみ、ガオモン」

「…あのさ」

俺はおもむろにベッドから身を乗り出して、ベッドのすぐ下で寝ているトーマに声をかける。
ガオモンを寝かしつけるように掛け布団をやんわり叩いていたトーマは、俺を見上げて首を傾げた。
子供らしいその仕草が可愛いな、なんておもう。

「ガオモンって何なんだ?」

「知らないの?ガオモンはガオモンだよ」

トーマは無邪気に笑ってそれだけ述べると、枕に頭を乗せて目を瞑ってしまった。
はぐらかされたのか、それとも子供の世界の話なのか…それは分からない。
俺もとりあえず布団にもぐりこむことにした。
すぐ近くでトーマの安らかな寝息が聞こえる。
こんなに小さいのに親元と離れて、寂しくないんだろうか。
そんな事を考えながら、次第に襲ってきた睡魔に身を任せる。
心地よい眠気を感じて、意識を手放した。



「…大おにいちゃん、大おにいちゃん」

俺が眠ってからどのくらい経ったんだろう。
気がつくとまた頭の上から声が聞こえた。
今度は狸寝入りを決め込もうと、さり気なく布団を引き上げる。
同時に母親の柔らかな声が聞こえた。

「大、起きてちょうだい」

「なんだよォ…」

俺は子供みたいに布団を頭までかぶってぐずっていたが、やがてのそのそと顔を出す。
目に入ったのは、藍色の浴衣だった。
ゆっくりと顔を上げていくと、はちみつ色の髪をした可愛らしい子供が浴衣姿ではにかんでいる。
俺は、その浴衣に見覚えがあった。

「それ、俺の?」

「うんっ」

トーマは元気よく頷くと、手首まで隠れた浴衣の裾を嬉しそうに見て、見せびらかすように両手を広げた。
外人に浴衣ってのもなかなか似合う。
母さんはどこかに出かけるような格好をしていた。

「大、あなたも着替えてお祭行ってらっしゃい?知香はもう行っちゃったし、母さんこれから銀行に用事があるの」

母さんはにこにこと笑ってトーマの浴衣姿を愛しそうに見つめている。
はちみつ色の髪をくしゃくしゃと撫でて、あやすようにトーマの相手をする母さんは本当にトーマの母さんみたいだ。
トーマは嬉しそうにはにかみながら母さんにじゃれていた。

「小百合お母さんも一緒に行こうー?」

トーマは大きなアイスブルーの瞳を寂しそうに陰らせながら母さんのスカートに顔を埋める。
大門家に来てまだそんなに経っていないというのに、トーマは母さんにべったりだった。
もしかすると、母さんっ子なんだろうか?
母さんはトーマの頬にキスをすると、あやすように髪を撫でながら言う。

「ごめんね?大おにいちゃんと行ってらっしゃい…きっと楽しいわ」

そう言って髪を撫でる母さん。
トーマは、酔っ払ったように頬を赤くしてコクコクと頷いた。
そうしてふらふらと俺のベッドの上にのしかかる。

「大おにいちゃん、ぼくとお祭行こうー?」

トーマはそう言って、母さんがしたように俺の頬にキスをした。
すごく柔らかくてぷにぷにした唇が頬に触れる。
くすぐったくて、変な気持ちだ。
俺は自分の髪をぐしゃぐしゃとかいてから苦笑した。

「しょーがねェな。俺も着替えるから待ってろ」

「わぁい!」

トーマがじゃれるように俺のベッドの上で手足をバタつかせる。
そんなにバタバタしたら浴衣が乱れちまうじゃねーか。
俺はトーマを抱き上げてからそっと床に下ろした。
そうして、浴衣の合わせをちゃんと整えてやる。

「祭行ってもあんまりバタバタすんなよ?格好悪くなるぞ」

軽く茶化すようにトーマの髪を撫でてやると、「格好悪くないもん」と拗ねた声が聞こえる。
俺は身を起こしてからタンスの中に入っている去年着ていた浴衣を探りあてた。
これだこれだ。
水色の、少しくすみかけた浴衣。
母さん曰く、父さんが好きな色だと言ってた。
俺は久しぶりに懐かしい気持ちになって、パジャマを脱いでから浴衣へと袖を通す。
その様子を母さんとトーマが揃って見ていた。
見ているだけでは落ち着かないといった様子のトーマなんかは床に落ちた帯を持って俺に抱きついてくる。

「大おにいちゃん、ぼくが巻く!ぼくが巻きたい!いいでしょ?」

はしゃぐように帯を向けるトーマの目は本当に無邪気でキラキラしてる。
じっと見ていると吸い込まれそうだ。
俺はトーマの頭に手を置くとおもむろに顔を覗きこんだ。
顔が近くに迫ったせいか、トーマは少したじろいで俺の顔をまじまじと見つめる。
その白い肌が赤くなっているように見えたのは気のせいだろうか。
俺は慌てて口を開いた。

「やーだね。お前に巻かれたらおもいっきり強く締め上げられそうだしな…かーえーせっ」

軽くデコピンをかましてやると、トーマはそれの反動か軽く頭を揺らした。
悔しそうに額を押さえて、トーマが俺を睨む。
唇をへの字に曲げて睨まれたってちっとも怖くない。

「大おにいちゃんのけち…いじわる…ばかぁ」

「バカで結構ー」

俺は軽く受け流しながらも、トーマとのやりとりをどこかで楽しんでいた。
単純で可愛い奴だ。
本当に弟ができたような、そんな気持ちだった。

「じゃあ、気をつけて行ってくるのよ」

トーマを連れて家を出ると、背中から母さんの声がする。
俺は間延びをした返事をしてトーマと手を繋いだ。
何だかほとんどの子供は祭に出かけているらしい。
冬なのに祭っていうのもなかなか趣があっていいよな。
冬というか、春先を祝う祭なんだけどまだまだ寒い。
周りを歩く人はみんな浴衣の上に何かあったかいものを羽織っていた。

「トーマ、寒くねえか?」

「へーきだよ」

トーマは繋いだ腕を振りながら無邪気に笑った。
歩く姿が本当に危なっかしい。
俺はトーマが転ばないように注意しながら歩道を歩く。
しばらく歩いていると、ちらほらと屋台が見え始める。
やっぱりかき氷とか冷たいものは売られていない。
何か温かいものが食べたいよなぁ。
俺は懐を探って財布を出すと、俺の浴衣を握っているトーマに言った。

「トーマは何が食いたい?」

「何があるの?よくわかんない…」

トーマは、見るもの全部が珍しいのか、あちこちに視線を向けながら新鮮な喜びを表している。
そんなトーマを見ながらも、俺はたこ焼き屋の屋台を見つけて指を鳴らした。
ちょっくらい行って来るか…。
そうおもって一歩歩き出すと、おもいっきり浴衣を引っ張られて前につんのめる。

「ぎゃーっ!」

「大おにいちゃん!あれ、何て読むの?めあずみ…ってなあに?」

トーマは俺の浴衣を何度も引っ張りながら、ピンク色の屋台を指す。
俺は眉上に手をかざしてその屋台を見た。
透明のカップが何個も積み上げられているその屋台。

「ああ、みずあめだな。反対から読んでみろよ」

屋台に垂れている幕を指差して言ってやると、トーマは真剣に頷きながら相槌を打った。
そうして、みずあめの屋台を飽きずにじっと見つめている。

「みずあめって…食べ物なの?」

「ああ、あれってカップに入ってるときは硬いんだけどさ、割り箸で練りまくってやるとすげー柔らかくなるんだよ。んで、割り箸ごとしゃぶって食うあまーい菓子。アレってべたつくんだよなー」

「…あまい、おかし…あまいんだ…」

トーマは不意に俺のふとももをがしっと掴むと、目をきらきらさせながら俺を見上げた。
な、何だその目は。
少しだけ身じろぐと、逃がさないと言ったように飛びつかれる。

「大おにいちゃんっ、ぼく、みずあめ食べたいっ!」

「わわわっ…分かったから抱きつくなっ!」

俺はたこ焼き屋の屋台とみずあめの屋台を交互に見ると、トーマの肩を両手で叩いた。
突然の行動に、トーマは無邪気な目を瞬かせながら首をかしげている。
アイスブルーの目は上目がちで、汚い事は何も知らないように見える。
俺は息を吸った。

「あのな、兄ちゃんはたこ焼き買ってくるから、お前はみずあめ屋の前で待機してろ。絶対動くなよ」

「はーいっ」

トーマはいっぱい背伸びをして返事をした。
周りを通り過ぎる年上の女の人たちがトーマを見て、可愛い子、と言いながら含み笑いを漏らしている。
悪い気はしなかった。
俺は念のためにトーマをみずあめ屋まで連れて行くと、すぐにたこ焼き屋へとすっ飛んで行った。
たこ焼き屋へと辿りついた俺はさっそく財布から1000円を出してたこ焼きを2パック買う。
どうせトーマが食べられなかったら残りは俺が食うし、少しくらい多くてもいいよな、なんておもった。
あつあつのたこ焼きを袋に下げてもらった俺は早速トーマの元に戻ろうと背を向ける。
すると…。

「あれっ、大じゃん」

聞きなれた声がして辺りを見回すと、「こっちこっち」と声がかかる。
たこ焼き屋の隣に店を出している男がひらひらと手を振った。
顔がよく見えなかった俺は数歩近付いてから、それが友人である事を知る。

「耕一郎!お前何やってんだよこんなとこで」

「父さんの手伝いさ」

しらとり庵で有名な白鳥家の息子、耕一郎がどっさりとしらとりまんじゅうを屋台に並べて店番をしている。
俺はしらとりまんじゅうを見やってから少しだけ口の端を上げた。

「まんじゅうもらえるか?」

「いいよ」

甘いものが好きなトーマがきっと喜ぶはずだ。
何にしたってしらとりまんじゅうは美味いと評判なんだから。
耕一郎はまんじゅうを袋につめるとからかうような目で俺を見た。

「なあ大、お前今日は彼女と来てるのか?ずいぶん嬉しそうな顔してるけど」

その言葉に、おもわず俺はつんのめる。
そんなに嬉しそうな顔をしていたかと頬を抓る俺を、耕一郎が愉快そうに見つめていた。

「ははは、でも大だもんな…彼女なんかいるわけないか」

「何だよそれっ、喧嘩売ってんのかこらー!」

ついつい会話に花が咲いてしまった俺たちは、そのままたっぷりと10分は話し込んでしまった。
ようやく、トーマをみずあめ屋に待たせている事に気付くと、それからは早い。
俺はすぐさま話を切り上げて耕一郎に手を振った。
丁度耕一郎のところも親父さんが戻ってきたところだったからナイスタイミングってところかな。
俺は小走りになりながらトーマの元へと急ぐ。
みずあめ屋まで走ると、そこには何やら派手な服を着た大きな男たちが立っていた。
いやな予感がする。
男たちは誰かを囲んで何か文句をつけているようだった。
まさか、いや…もしもそれがトーマだったら…。

「だめーっ!!」

男たちの間から声が聞こえた。
やっぱしトーマだ…。
道行く人を押しのけて男たちの傍へ寄ると、そこではトーマがびくびくと足元を震わせながら両手を広げている。
その後ろには知香とその友達らしき女の子がいた。
トーマは自分より何倍も大きな男を前にしてきゅっと唇を噛むと、真っ直ぐに顔を上げる。

「そんな怖い顔してたらみんなこわがるよっ…!」

トーマは、挑発してるんだか知香たちを守っているんだかよく分からない発言をして男たちを睨む。
男の1人がトーマの顎を掴んだ。

「んだと?俺たちはただそこの女の子たちに用があるんだよ。男はすっこんでろッ」

男の言葉に、トーマがびくんとすくみ上がる。
その大きな目からは今にも涙が零れそうだった。

「おっ、コイツ泣くぞ」

「なかないもんっ!ないてないもんっ…!」

からかうような声にトーマが反論する。
それでも、涙腺は限界ギリギリなのか目は真っ赤になっている。
俺は大きく息を吐いた。
男がトーマをなぎ払おうと腕を振るったのと、俺が動いたのはほぼ同時だった。
バシィィンと乾いたような大きな音が響く。
大きな体格の男がゆっくりとくずおれた。
残りの男たちがたじろぐ。
俺はトーマの前に立つと、腰に手を当てて言ってやった。

「弱い子供にしかデカイ面できねーロリコン野郎共、この日本一の喧嘩番長…大門大様がたっぷり成敗してや…」

「だっ、大門大だとっ!?」

俺が言い終わる前に、男の1人が急に怯えたようにすくみ上がる。
そうして、伸びたままの男を担ぐと脱兎のごとく走り去っていった。
あっけねぇ…というか拍子抜けしてしまう。
名前聞いただけで逃げるってどこの小物だよ。

「ちぇっ、せっかく暴れられるとおもったのによ…」

「大にいちゃん!」

俺がぼやいていると、知香ともう1人の女の子がはにかみながらやってきた。
知香は少しだけ涙ぐんでいる。
俺は知香と女の子の頭をできるだけ優しく撫でた。

「マジで気ィつけろよ、この辺は可笑しな奴多いんだからさ」

「うん、うん…ありがとっ」

知香は目尻を赤くしてこくんと頷くと、ペコペコと頭を下げている女の子の手を取って人ごみの中へと消えていった。
そうして俺はというと、まんじゅうやたこ焼きが袋の中で崩れてないか確認してからトーマへ向き直る。
トーマはぽーっとした顔をしたまま俺を見ていた。

「お、おい…トーマ?」

慌てて、トーマの目の前で手をかざすと、トーマはおもむろに俺を見上げて瞬きを繰り返す。
アイスブルーの瞳が少しだけ動いた。
じわりと大粒の涙が溢れていくのを目にする。
俺はトーマの髪を撫でながら小さな身体を抱き寄せた。

「偉かったぞ、トーマ。さすが俺の弟だな」

そう言ってなだめてやると、トーマは不意にぶるぶると肩を震わせて俺に飛びつく。
小さな腕が俺の背に回った。

「うわぁああんっ!わぁああっ…おにいちゃんっ…おにいちゃあぁんっ…!」

トーマは何かが切れたように大きな声で泣き出した。
俺もつい、つられて鼻の奥がツンとなってしまうが、その辺りは何とか耐えた。
トーマを抱き上げてから、みずあめ屋のおっさんにみずあめをひとつだけ売ってもらう。
俺はトーマをあやすようにゆっくりと歩きながら神社の境内に入っていった。
空は冬の星座がいっぱいだ。
まだこんなに寒いのに浴衣着て、たこ焼きやみずあめを買っちゃう冬のお祭なんてのもいいよな。

「うっく…ふぁ…おにいちゃん…おなかへった…」

「だろー?」

泣き続けていたトーマは、ぐずるようにしゃくりあげて俺の身体に抱きつく。
俺はゆっくりと袋を開けて、まんじゅうとたこ焼きを取り出す。
不思議そうにたこ焼きを見つめたトーマが、俺の差し出したたこ焼きを口に入れた。

「んもいひぃよぉう…」

「飲み込んでから喋れっつーの」

「ぷはっ…すっごくおいしいよっ!」

トーマは冷めたたこ焼きを美味そうに頬張っている。
寒いのか、少しだけ身体を寄せたトーマの体温を半身に感じた。
俺はそっとトーマを抱き上げると、俺の股の間に座らせてやる。
そうするとトーマも嬉しいのか、はにかみながら頷いた。
やはり食べきれなかったらしく、残してしまったたこ焼きは俺が食おうともおもったが、家に持って帰ってレンジであっためればもっと美味しく食えるということで残しておいた。
次に取り出したしらとりまんじゅうは、トーマの好みに合ったらしくひよこの形をしたまんじゅうを嬉しそうにじっと見つめている。

「食っちまえよ、それ」

俺がそう言うと、トーマは目を細めて笑った。
その笑顔が、どこか大人びていてドキッとする。
トーマはひよこの形をなぞりながら口を開く。

「だって、かわいいんだもん。もったいなくてたべられないよ」

「そう言ってもらえりゃ、コイツも本望だろ。あーん…」

俺はトーマの手からまんじゅうを取ると、そっとトーマの口に当ててやった。
おもむろにトーマが口を開く。
あどけない表情でまんじゅうを口に入れたトーマは、口をもごもごさせながら上目遣いに俺を見て笑った。

「どうだ?」

「すっごくおいしい!」

顔を覗きこむように問うと、トーマはしばらく口を動かしていたがやがて喉を鳴らして満面の笑みを見せてくれた。
トーマはパクパクとまんじゅうを食べていきながら、最後にお楽しみのみずあめを取り出した。
不思議そうに透明なカップと割り箸を見つめている。
俺はカップの蓋を開けてから割り箸を割いた。

「いいか、こうやるんだ。よーく見とけよ」

そう言って、硬めのみずあめに割り箸を突き刺してぐりぐりと混ぜていく。
最初は本当に硬いんだけど、どんどんやわらかくなっていくんだよな。
トーマは俺の手とみずあめを交互に見ては目をきらきらさせている。
ゆっくりと割り箸をトーマに見えるように掲げると、ピンク色の糸が引いた。

「ほら、舐めろ」

「え?…え、あ…うん」

トーマはしばらく面食らった後、割り箸から垂れていくピンク色のものをぺろりと舐めた。
小さな舌が、割り箸に絡みつく。
必死にみずあめを舐めようとしているトーマの顔は、ちょっとえっちに見えた。

「んっ、ん…ふっ…すごく、あまぁい…大おにいちゃん」

トーマは口の端からピンク色のみずあめを垂らしながら俺を呼んだ。
べたべたして気持ち悪いだろうに。
俺はトーマの唇を拭いてやろうと自分の袖を掴む。
だが、トーマはゆっくりと顔を寄せて笑った。

「あのね、あのね…今日はありがとう。だいすきだよ、大おにいちゃん」

トーマは俺の顔前まで迫ると、小さな唇を軽く俺に押し付けた。
甘くて、柔らかくて小さい唇。
俺はおずおずとトーマの背に腕を回す。

「んっ…おにいちゃんの…おくちの中、あまい…」

「お前が甘いんだろ…みずあめ舐めてたんだから」

「そっか…」

少しとぼけたトーマの言葉ひとつひとつが可愛く思えてしまう。
俺は舌でトーマの口の端に付いたみずあめを拭ってやった。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうにトーマが肩を竦める。
トーマは小さい手をいっぱいに開いて俺の浴衣を掴む。
抱きしめるというよりも、しがみつくという表現のほうが正しそうだ。
俺は残ったみずあめに蓋をすると、もう一度トーマにキスをしてやった。
唇が触れ合う瞬間、トーマの唇が「おにいちゃん、だいすき」と紡ぐ。
その「だいすき」が尊敬とか家族愛の「だいすき」なのか、それとも恋愛感情の「だいすき」なのか分からない。
子供相手にそんな事を真面目に考えている俺が少し恥ずかしかった。
もっとトーマの事が知りたいというおもいは僅かにふくらみかけている。
もし、これが恋愛感情だったらどうしよう。
そうおもいながら、俺はもう一度だけ欲しくなった小さな唇をそっと吸い上げた。

















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今丁度、妹が友達と祭に行ってるそうなのでつい「冬のお祭」ネタが…てかお祭書きたかったんだよォ!(爆)
何かみずあめも吹っ飛ぶほどのラブラブになってしまいましたが、多分3話目もラブラブになるかとおもいます(笑)

萌え (GPO5個、デジモン5個/良ければ押してやってください。管理人の活力源になります)


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