「おら、行くぜアグモン!」

「あいよあにき!」

俺たちはプチメラモンを追って歩道に出た。
ふわふわと火の粉のように飛んでいるデジモンだ。
喧嘩相手が現れたとおもえば、デジモンの種類なんざどーだっていい。
俺はさっそくプチメラモンに殴りかかる。
けれどゆらゆらと火の粉がくすぶるばかりで拳が当たらない。

「ふわふわしすぎなんだよお前ッ…」

俺は自然と額の汗を拭った。
今日の気温は春先にしては温かい。
もう夏が近付いているんじゃないかとおもうくらいの暑さだ。
つい先月、あんなに寒かったのが嘘みてぇ。
まだコタツを引っ張り出してた頃で、俺は喧嘩相手を探しながらぶらぶらしてた。
そんなある日母さんが小さな子供を連れてきて、1週間だけホームステイさせたことがある。
本当に短い1週間の中で、俺は最高の思い出と最悪の思い出を作った。
最高の思い出とは、小さな子供と最高の恋愛ができたってこと。
最悪の思い出とは、そいつと別れるとき、俺はふて寝してたってこと。
たぶん、もう一生会えねえ。
オーストリアと日本なんて遠すぎる。
どこに住んでるのかもわかんねーし、向こうも嫌な思い出を作った男の事なんて覚えてないだろう。

「あー、くそー…頭くるぜッ」

俺は回転椅子に腰掛けてボヤいた。
プチメラモンと対峙した時から少しばかり時間が経っている。
ここはDATS本部で、俺はそこの隊員。
…のはずなんだけど。

「ま、最初から上手くいくとはおもってなかったけどねー」

淑乃がそう言って、カメモンからもらった茶をひと飲みした。
おもわずムッときて身を起こそうとすると、どこからともなく涼やかな声がする。

「その通りだ」

同時に、自動扉が音を立てて開く。
大きなデジタマを持ってやってきたそいつを見て、俺は息を飲んだ。
ツンとした表情、たれ目がちのアイスブルーとはちみつのような金色の髪が印象的なブルーの制服を身にまとった男がそこに立っている。
一言で言うと、綺麗…だった。
中性的な顔立ちをしていて、どこかあどけなさの残る表情は俺の記憶をチクチクと刺激した。
奴は俺なんか見向きもせずに隊長のもとへ歩いていくと、見事に隙のない敬礼をしてみせる。

「薩摩隊長、トーマ・H・ノルシュタイン…本日付でDATS日本支部に着任致します」

そう言い切った男は、綺麗な体のラインを強調したような隊服姿で隊長の前に立った。
男は名前をトーマ、だと言う。
俺の頭の中にモヤモヤとしたものがよぎった。
頭の中には無邪気で俺を大好きと言う「トーマ」の姿が映る。
よりにもよってこの男は俺の好きだった小さな子供の名前をして、あいつと良く似た容姿をしている。
それが、とても許せなかった。



俺はこのトーマを好いているんじゃない。
好きだったのはあの小さな子供だ。

「通行の邪魔だ」

片頬を赤く染めた男は不意に俺の目の前に立って言った。
俺も頬がズキズキと痛む。
くそ生意気な事しか言わない男と殴り合いをした結果だ。
憤然とした態度で何故か俺に冷めた態度を取るそいつは、廊下で出会ってもこんな調子だった。
だから俺は意地悪を言いたくなる。

「お前が邪魔」

「避ければ良いんじゃないのか?」

「お前がどけよ」

「……喧嘩を売っているつもりか?」

俺は少しばかり背の高いそいつを小馬鹿にしたように観察した。
見れば見るほど、よく似ている。
おにいちゃん…と、今にも俺を呼びそうだ。
この生意気な顔で言われても全然嬉しくねえけど。

「…おい、トンマ」

「……」

トンマとの言葉で反応しないそいつは、目だけで怒りを露にしたように俺を見た。
自分の事だと分かってるらしい。
俺はトーマのほっそりとした顎を無理やり掴んだ。

「おにいちゃんって呼んでみろよ」

俺は最後まで言葉を言うことができなかった。
トーマの拳が、ようやく痛みの引いた頬へと叩きつけられる。
背後にいたガオモンが息を飲んだ。

「ま、マスター…」

「黙れ!!」

トーマは大きく息を吸って怒鳴った。
それはガオモンにたいして言った言葉ではないだろう。
俺の胸ぐらを掴んで、トーマはアイスブルーの瞳をきつく細めた。

「僕に貴様のような兄などいない」

それだけ言うと、俺を床へとほおって歩いていく。
口の中が切れたのか、血の味がする。
ムカつく。

「俺だって…」

お前におにいちゃんだなんて呼ばれたくねーよ。

「…くそ」

俺はかぶりを振って更衣室へと駆けていった。
どうして俺はあんな奴とトーマを重ねてしまうんだろう。
どうして俺は。
あんな奴を綺麗だとおもうんだろう。
俺は更衣室のロッカーに頭を預けて強く目を瞑った。
どこからか、「トーマ」の幼い声が聞こえる気がする。
「トーマ」は俺に手を差し伸べて無邪気に笑ってくれた。

『大おにいちゃん、ぼく…おたふくかぜ治ったよ。だからだから…また一緒に遊んで!』

そう言って笑う「トーマ」は、俺の強引な看病のことなど気にしていないというくらい嬉しそうだ。
自然と目尻に涙が浮かんでくる。
やっぱり、俺はあいつが好きだったんだなとぼんやりおもった。
デジモン騒動で派手に動いたせいかドッと溢れた疲れが俺を眠りに誘う。
俺は睡魔に身を任せてゆっくりと目を伏せた。
トーマのことばかり考えていたせいか、夢の中で2人のトーマが交互に登場してくる。
無邪気に笑う大好きな「トーマ」と。
俺のほうなど見向きもしない憎らしいトーマだ。
夢の中でも相変わらず生意気なトーマにイライラした俺は、少しだけ冷たく当たってしまう。
現実ならそこで、トーマも俺を馬鹿にしたように応戦してくるはずだ。
けれどトーマは、少しだけ寂しそうに唇を噛むと俺を見て小さく唇を動かした。
声は聞こえない。

「…トーマ…」

俺は夢の現実の間でうなされながら身を起こそうとした。
ひんやりと、眠気を覚ます手が額に触れる。
重たい瞼を開くと、とても心配そうに俺の額を撫でる少年の姿があった。
室内は真っ暗闇。だけどそいつのアイスブルーの瞳と金髪は隠しようがないくらい闇に映えていた。

「…さん」

少年が小さく唇を動かす。
俺は目を凝らしてその人物を確かめた。
ブルーの隊服に身を包んだ男。
俺の好きな、無邪気で笑顔の可愛い「トーマ」ではない。
俺をぶん殴ったトーマのほうだ。
トーマは長い睫毛に影を落とすと、おもむろに俺の額に口付けた。
その行動にぎょっとする。
何だ、俺はまだ夢でも見てるのか?
そうおもって目を瞬くけど、トーマは気付いていないようだった。
俺の髪を手探りで撫でながら顔を寄せてくる。

「マサル、にいさん…」

トーマは鼻にかかった甘い声で俺を呼ぶと、俺の髪に頬を寄せて甘えたように体を寄せた。
花のような懐かしい匂いがする。
「トーマ」の匂いだ。
いや、だが…待て。
こいつはトーマだ。
あの「トーマ」じゃない。
大体、つい先月まで5、6歳だった子供がどうして今14歳になるんだよ。
俺はようやく体を動かす事を覚えると、トーマの体を振り払った。
ロッカーに頭を寄せて眠っていたせいか頭がずきずきする。
トーマが撫でてくれていた額が少し温かかった。

「…お前、今何してたんだよ」

低い声で言ってやっても、返事は返って来ない。
そうおもっていた。
トーマは暗い影を少しだけ動かして俺の前に立つと、小さな唇を動かす。

「…君をだきしめてた」

素直に呟くトーマの声に感情はない。
俺はトーマの反応を待った。
暗くて表情はわからない。
それでも俺が何か話そうとすると、トーマが遮って続けた。

「不本意だが…君は似てるんだ。昔好きだった人に」

「だからって男抱きしめて気持ち悪くねーのかよ?」

俺は強気な言い方をしてトーマの胸ぐらを掴む。
抵抗はされなかった。
胸ぐらを掴んだままロッカーに押し付けると、くぐもった声が聞こえる。
何かのチャンピオンに勝ったこともあるっていうコイツの力なら俺をねじ伏せる事くらい容易のはずだ。
それでも抵抗しないのは自分に非があると分かっているからだろうか。
俺はトーマに顔を寄せた。

「…呼んでみろよ、さっきみたいに…俺の事」

低い声で呟くと、トーマは視線を泳がせてゆっくりと俺を見た。
困惑したようなアイスブルーの瞳が揺れている。
そんな目で見られてもやめる気はない。
俺が黙っていると、トーマは小さく唇を動かした。

「…マサル…にいさん…」

「もっと呼べ」

「…兄さん」

俺の事を呼ぶたびにトーマが辛そうな顔をして俺を見る。
その顔が本当に俺の好きだった「トーマ」にそっくりで、俺はトーマを解放した。

「…俺、帰るわ」

そう言って更衣室を出て行く俺の後ろで、トーマが小さく返事をした。

















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次回で完結ですー。長々してしまいましたが次でラストー!

萌え (GPO5個、デジモン5個/良ければ押してやってください。管理人の活力源になります)


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