部屋を出た俺は心臓を高鳴らせながらずんずんと廊下を歩いていく。
寂しげに俺をおにいちゃんと呼ぶあの男の姿が、好きな奴の姿とかぶる。
何でこんなにそっくりなんだ?
どうしてどうして。
「あー、わかんね」
俺は家に帰ると、ベッドにごろごろと転がりながら重大な事に気がついた。
「トーマ」が大事に連れていたぬいぐるみの名前…ガオモンって言わなかったか?
トーマのパートナーの名前はガオモンだよな、トーマに似てどこか気位の高そうな奴。
ここまであいつとそっくりなトーマは一体何者なんだろう。
そんな事を考えてしばらくした頃の事だ。
トーマと言う人物にも慣れてきて家に招待してもらうくらい仲がよくなったとき、トーマは家の窓から外を見ながら言った。
「マサル、今日は町内で祭があるらしい」
「へー…だから?これちょーうめぇ」
俺はトーマの出してくれた洋菓子をアグモンと貪りながら生返事をする。
相変わらずの食欲に、ガオモンさえ菓子をアグモンへ譲ってしまうほどだ。
トーマはゆっくりと俺に近付くと、大きく肩を叩いた。
「もちろん案内してくれるんだろう?大門大くん」
「いでででっ…」
肩に置かれた手がみしみしと俺の体を締め上げる。
ギブアップした俺は、トーマに祭と言うものを体験させてやるべくソファから立ち上がった。
祭との言葉に、ちらりとかつての思い出がよぎる。
こいつは他人なのに何を期待してんだろ…俺。
「お前さ、祭って行ったことねえの?」
さり気なく聞いてみると、トーマはけろっとした顔をして「ない」と答えた。
それでも、幼い頃に何度か祭へ行った事があるらしい。
少しだけその言葉に引っかかりを感じる俺はいやな奴だ。
このトーマはあの小さな「トーマ」じゃなくても仲間で、友達であることに変わりはない。
他人と比べるのはトーマに失礼なのに。
「浴衣って持ってるか?」
「用意させよう。…例の物を」
トーマが指を鳴らすと、数人のメイドが現れて俺たちの衣服をそっと取り去った。
隠すところも隠せないうちに浴衣を着せられてしまう。トーマは俺の浴衣姿を見てご機嫌そうに笑っていた。
ちゃっかりと扇子まで懐に入れている。
「さあ、出かけようか。留守番を頼むよ」
トーマはガオモンに軽く手を振ると足取りも軽く玄関へと向かって行った。
その様子をじっと眺めてガオモンがポツリと呟く。
「マスターはよほど嬉しいんだろうな…大と出掛けるのが」
その声は、子供を見守る親のようにも聞こえる。
俺は照れくさくなってすぐにトーマの後を追った。
トーマはずんずんと歩いていきながら玄関を出て、道行く人の浴衣姿を楽しそうに見ている。
子供みてぇ…。
いや、子供なんだけどさ。
「待てよ、金持ってきてんのか?」
「うん、ちゃんと現金をね」
トーマは財布を出して見せると無邪気に笑って歩き出した。
そんな顔して笑うの、反則だぜ…マジで。
俺はすっかりトーマのペースにやられながら次第に増えていく人ごみの中を歩いていく。
はぐれたらたまんねーよな。
そうおもいながらトーマの手を握ると、奴も俺の手を握り返してきた。
神社の傍を通ったとき、トーマが不意に立ち止まる。
「めあずみ…?」
「みずあめ、な」
「なるほど…」
どこかで聞いたような会話を交わした俺は、トーマが言葉を紡ぐ前にみずあめ屋の前に立った。
そうして、ひとつだけみずあめを買う。
あとは定番のたこ焼きを買った。
トーマがちらちらとみずあめを見ているのが可愛くて仕方ない。
普段大人びて見えるトーマだからこそ、こういう無防備な仕草が可愛いとおもった。
「なあトーマ…チョコバナナ食うか?」
俺は財布を出して言った。
チョコバナナの意味が分かっていない様子のトーマを引っ張って、チョコバナナ屋に辿りつくと、色とりどりのバナナが並んでいる。
トーマは、目を瞬いてそれを見ていた。
「どれがいい?買ってやる」
俺がそう言うと、迷うことなくトーマの指がバナナを指す。
それからすぐに申し訳なさそうな顔をしているトーマと目が合った。
バナナを買ってゆっくりと神社の境内までやってくると、トーマは大きく頭を下げて俺に言う。
「すまない、何から何まで…」
「いーってことよ。ほら…バナナ」
俺はトーマにバナナを差し出すと石段に腰掛けて一息ついた。
隣に座ったトーマは、チョコバナナを頬張って少し苦しそうに笑った。
大きな黒いそれを口に含む唇が小さく動く。
チョコバナナの形が何だか変なモノを連想してしまって、俺は少し恥ずかしくなった。
「ん、んんむ…大きいバナナだな。でもすごくあまくて美味しい」
トーマは、チョコバナナを横銜えにして頬張りながら呟いている。
俺は何となくトーマの頭を撫でた。
何だか小さな子供でも見ているような気持ちになってしまう。
トーマは俺に頭を撫でられているのを確認すると、気恥ずかしそうに笑ってバナナを飲み込んだ。
わりばしのみになってしまったそれを袋にしまうと、どこか楽しそうにみずあめを取り出す。
不思議そうにみずあめの中身を割り箸で練っている姿が可愛かった。
「どうやって食うか知ってんのか?」
「割り箸につけて食べるんだろう?」
トーマはあっさりと答えた。
みずあめを知らないのにどうして食べ方を知ってるんだろう。
そんな事をおもう俺をよそに、トーマは割り箸を舐めて満足そうに頷いた。
「やっぱり甘いんだな…マサルも舐めたらどうだ?」
割り箸を舐める舌が小さく動く。
俺はトーマの手首をそっと掴んで、割り箸を口元に持っていった。
ただそれだけなのにすごく興奮する。
「…すげーデジャブ感じてんだけど…俺」
俺はみずあめを舐めずにトーマの手首を掴んだまま苦笑した。
トーマが俺の事を不思議そうに見つめている。
俺はこいつに何をしようとしてるんだろう?
あの時「トーマ」にしたこと、か?
「…なあ、トーマ…俺にもよくわかんねーんだけどさ。…キス、してもいいか?」
沈黙。
トーマは俺の顔を見て目を瞬いた。
どうせ断られるだろうとおもっていたのに、あいつはすごく真面目な顔をしている。
不意に掴んだままの手首が引かれた。
みずあめの匂いがする唇が、同時に俺に重なる。
子供とは違う感触が俺の唇に伝わった。
こいつは博士号を持っていると言うくらいだ…行為の意味くらい分かっているだろう。
「ん、口の中、あまい…」
もどかしそうに、トーマが俺の体を抱き寄せる。
みずあめがかさりと音を立てて地面に落ちた。
中身の零れてしまったそれを横目に見ながら、俺はトーマのキスに応えてやる。
懐かしい味がした。
懐かしい匂いもした。
「トーマ…お前、俺の事…好き?」
トーマの顔を覗きこむと、躊躇いなく頷く姿が見られる。
やっぱりどこからどう見てもあの「トーマ」にそっくりだ。
けれど、今の俺にはそんな事どうでもよかった。
強く抱き寄せてトーマのぬくもりを確認する。
トーマは俺の背に腕を回した。
「…君は…僕の好きだった人にそっくりなんだ。僕が日本にホームステイした時、お世話になった人でね…」
ポツポツと語り出すトーマの声を聞きながら、俺はみずあめの匂いを吸って笑った。
聞かなくても分かる事だ。
俺はトーマの浴衣の生地を確認しながら首筋に口付けを落とす。
「おたふく、治ったのか?」
俺が言うと、トーマは少しだけ身を離してこくんと頷く。
トーマにも分かっているようだ。
時間が捻じ曲げられるなんて絶対にありえない事だけど、俺たちは既に互いを知っている。
俺はトーマが好きで、トーマも俺を好いていてくれていた。
「初めて見たときは本当にびっくりしたんだ。どうして僕の好きな人が昔と変わらない姿でいるのかって…」
トーマは俺の頬に触れながら言った。
確認するように肌を触りながら続ける。
「君は僕の大好きな人だったんだね、最後の日はまるで喧嘩別れみたいになってしまって…しばらくは座薬が怖かった」
「ぷっ」
「笑い事じゃないんだぞ…?」
拗ねたような声が可愛い。
俺はトーマの体を強く抱き寄せた。
こんなに大きくなったなんて信じられない。
腰周りに張り付いてきて、いつも「おにいちゃん」って俺を呼ぶ可愛い子供がこんなに成長したなんて。
トーマは、おもむろに俺を頬を指で引っ張った。
「それに、僕は怒ってたんだよ?連絡もくれなくて、手紙にも返事をくれなくて…何年もずっと」
トーマの声には少しだけ怒りのようなものが含まれていた。
手紙なんか出してくれていたのか…全く知らなかった。
音信不通にしていたのは俺のほうだったのだからトーマはものすごく落ち込んだだろう。
今のトーマを見ると、俺を怒鳴り散らしても可笑しくない。
それでも強く俺を抱きしめてくれる。
「だから…DATSで会った時は、君が思い出してくれるまで口を聞いてやらないとおもってた。人の事をトンマだなんて言うし、僕を覚えていないし…喧嘩腰だったし」
「それはオタガイサマだろ?」
「違うよ…君のせいだ」
「おたがいさまだってば」
「君が悪い」
しばらくの討論のあと、俺たちは同時に笑った。
トーマの手が俺を確認するように撫でていく。
その仕草が子供みたいだった。
大人びた顔立ちをしているのに、俺に見せるあどけない表情はそこらの子供と変わらないくらい子供っぽい。
普段、酷くツンとした態度で任務に当たる男からは考えられない表情だった。
「…マサル、何を考えているんだい?」
「ん」
「僕の事を考えていてくれないと…嫌だからな」
トーマは、誰にも聞こえないくらいの小さな声で言うと、俺の肩に顔を寄せて表情を隠した。
きっと恥ずかしさと照れくささで俺とおなじような顔をしているんだろう。
俺はだらしくなく笑ってトーマの背を強く抱く。
「…わがままなんだな」
「君にだから言える事だ」
トーマは当然のように強気な口調で言ったけど、その言葉に嫌味は含まれていない。
ふんわりと漂う花の香りが愛しかった。
耳元から香るそれにつられて、トーマの耳に顔を寄せるとくすぐったそうな声が聞こえる。
俺は声を低めた。
「愛してる。…子供に言う意味じゃねーからな…理解しろよ?」
俺がそう言うと、反発でもしてくるかとおもっていたのだがトーマは照れくさそうにはにかんでから頷く。
まだ口の中に残るみずあめを互いの舌で舐めて、次第に口付けを深いものにしていった。
不器用に俺へ舌を伸ばしてくる小さなトーマを、俺は冬の祭で抱きしめた。
そして今は、少しだけ大人になったトーマを夏の祭で抱きしめている。
本当に…不思議だ。
もう俺たちは兄弟のような立場じゃない。
だからこんな事もできた。
「あ…」
トーマの声が上がる。
俺は浴衣の合わせから手を忍び込ませると、トーマのすべらかな肌をゆっくりと撫でた。
細い体がびくりと震えるのが分かった。
切れ長の瞳が俺を映す。
「…マサル、僕は…ノルシュタイン家の子供なんだ」
トーマはそう言った。
いつか、トーマが風邪で参っている時、座薬を入れてやろうとしたら同じ事を言われた気がする。
ぼくはノルシュタイン家の子供だから、おしりなんか見せない…そんな事を言ってた。
こいつは相変わらず、家がどうのと言って俺を拒んでしまうんだろうか。
それほど、貴族ってのは難しい生き物なのかな…。
そう納得しながら、俺は手を離そうとした。
けど、トーマの手が俺を強く抱き寄せると、手は再び元の位置へと収まる。
指先に小さな突起が触れた。
俺を抱きしめたままのトーマが口を開く。
「けど、君は言ってくれたよな…意地を張るより先にやらなきゃいけないことがあるって。僕は…君に教えられた」
「トーマ…?」
トーマは遠慮がちに浴衣の合わせを引っ張ると、俺に肌を晒した格好で恥ずかしそうに俯いた。
それでも決心したように顔を上げて小さな口を開く。
俺は、それが動くのを黙って見つめていた。
「…君に抱かれたい。それは小さい頃からおもっていたことなんだ。…僕は、いつも想像してた」
君にこうされるのを。
トーマはそう言って軽く目を瞑る。
恥ずかしそうに笑う姿が可愛かった。
そんな事を言われたらキスしてやりたくなっちまう。
俺は浴衣の合わせをきちんと整えてやると、トーマの額に口付けた。
不思議半分、不服半分といったかんじのトーマと目が合う。
「…貴族様がこんな所でえっちするのはさすがに不味いだろ?…どうせなら俺ん家の…ベッドにしようぜ」
俺の言葉を聞いて、トーマの顔がカッと赤く染まる。
前半の言葉に殴りかかってきそうな顔をして俺を見つめていたトーマだったが、後半の言葉で機嫌を戻したみたいだ。
トーマは俺の体に寄りかかると、甘えるように笑って頬にキスをくれた。
短いキスの音が心地良い。
子供のトーマと被りそうなくらいの無邪気な笑顔で、お前は嬉しそうに笑う。
こんな顔のできる奴だなんて、出会ったときはおもわなかったけど見れば見るほど愛しくなっちまう。
俺はゆっくりとトーマの前髪を撫でてからそっと唇を奪ってやる。
唇が重なる瞬間に聞こえた「好きだよ」という声が俺の耳の中に響いていた。
遠くで聞こえる花火の音よりももっと鮮明に。
=====================================================================
本編はこれで終わりですが番外で色々続きますー。
とりあえずはラブラブ完結ということで…!(笑)
萌え
(GPO5個、デジモン5個/良ければ押してやってください。管理人の活力源になります)
戻る