大漁大漁と言いながら人の財布をこっそり抜き取ってとんでもない買い物をした馬鹿天使は、昼間からずっとキッチンにこもっている。
何をやっているんだと声をかけたら包丁を投げられた。
本気で命を危険を感じる。
私は渋々背を向けて、それからキッチンをちらりと見やると、小さな体でガスコンロと水道への道を行き来しながら必死に何かをやっている天使の姿がある。
「うぇ…なんで、ななだいまおうのボクにできないことがあるんだよぉ…」
悔しそうに呟いて、何かが入った鍋をヘラで懸命に混ぜている。
純白の羽が、ほんのりと茶色いもので塗れていた。
甘ったるい匂いがこっちまで漂ってくる。
デジモンにもホワイトデーの行事があるとは意外だ。
そう言うと、「ベルゼブモンとか、ベルフェモンがいっぱいたべるからたくさんつくらなきゃだめなの」と天使が言う。
おなじ七大魔王の仲間か。
その仲間はと言えば…。
「まだ出来ねーのかよー。腹へって死にそうだっつーの」
とか何とか言いながらスナック菓子を貪っている。
いや、ちょっと待て。
「何故私の家にいるっ!?」
「だって、ルーチェモンに呼ばれたんだもん」
けろっと答えたベルゼブモンは、食べ終えたスナック菓子の袋を足元に置いてまた新たなスナック菓子の袋を開けている。
その傍で、全身に鎖を巻いた穏やかな表情のベルフェモンが、寝言を言いながらベルゼブモンの食い散らかした菓子を手に取って舐めていた。
「おかし、たべたいでちゅ。めんどくちゃいからベルゼブモンが買ってこいでちゅ」
「やーだね、俺様は食うのに忙しいんで」
「…い…いじわるでちゅ…むにゃ…」
食い散らかされたカスを手に取って面倒くさそうに食べているベルフェモンは、小さな鼻をひくつかせながら不意に私を見るように顔を上げた。
な、何だ…そのすがるような可愛らしい顔は。
「おかし…たべたいでちゅ」
「じ、自分で買ってこい」
「めんどくちゃいんでちゅ…むにゃ…」
「食っちゃ寝してると牛になるぞ」
「牛じゃないでちゅ…喋るのめんどくちゃいから早く買ってこいでちゅ…こんな時にあきひろがいれば…むにゃむにゃ…」
ベルフェモンは私に縋りついたまま面倒くさそうに寝言を言っている。
眠ったまま喋れるなんて器用なヤツだ。
妙なところに感心しながら、私は縋りついたままのベルフェモンを漬物の入ったツボの上に置いた。
「ツカサ、ボク…漬け物石じゃないでちゅ…」
「邪魔だ。そこで大人しくしていろ」
「めんどくちゃいでちゅ…」
「黙ってろ」
ツボの上でぐっすり眠りながらベルフェモンは面倒くさい面倒くさいと繰り返す。
傍らを見やると、ベルゼブモンはまだ菓子を食っていた。
私が遠方へ行った時に買った秘蔵の煎餅にまで手をつけている。
「…それは私もまだ食べていない煎餅だぞ。デジモンの分際で…」
「堅いこと言うなよツカサちゃん、薄っぺらいポテチも良いけど硬い煎餅も最高だよなァ」
ベルゼブモンめ…家にある菓子と言う菓子をすべて食い尽くすつもりだろうか。
こんな奴らのために菓子を作らされている私のパートナーに少し、いやものすごく同情した。
私は2匹から目を離してキッチンへ忍び込んだ。
そこではまだ小さなパートナーがせっせと……ん?
私の目に映ったのはほっそりとした美青年がのんびりとチョコを作っている場面。
「私の許可なく勝手に進化するなっ」
おもわず突っ込んでしまう。
パートナーはつり目気味の瞳を私に向けると、僅かに拗ねたように目を逸らした。
「…あの姿ではやりにくいから進化したまでだ。それと…」
パートナー、ルーチェモンはゆっくりと目を伏せてから私に向き直った。
端整な顔立ちと、どこか憂いを帯びた表情。
外見だけでは異国の男性とも受け取れるだろう。
だが背中に生えた異形のものの証は人の姿とは言いがたい。
「入ってくるなと言ったはずだ、ツカサ」
肉切り包丁を取り出したルーチェモンは、手にもったそれで私を突くようなそぶりを見せた。
いや、私が避けなければ確実に突かれていたな。
私はキッチンから出ようとして、やめた。
「私にも手伝わせてくれ。こういうことは私のほうが手馴れている」
そう言って、反論の隙を与えず鍋を取ると、ルーチェモンはまた包丁を掲げたがおもむろに下ろして顔を背けた。
ルーチェモンの指には、包丁でつけたのであろう切り傷がいくつも見られる。
不器用どころじゃないな。
彼に包丁を持たせていたら危険だ。
「何を作ろうとしていたんだ?」
「…けーき、とやらを…」
急にしおらしくなってしまったルーチェモンは、何だか可愛らしい。
私は子供に教えるようにして鍋の火をとめた。
ケーキの生地作りの手本を行って見せると、「そのくらい知ってる」と強がりながらぎこちない様子で生地を混ぜるパートナーが見られる。
ふっくらしたケーキにたっぷりのクリームをトッピングしたのは、もう夜も更けてからだった。
さっそくリビングへできたてのケーキを持っていくと、たっぷりと食い散らかした部屋で2匹が出迎えてくれた。
「待ってたぜェ、コイツが来るの!俺様もうハラペコー」
「大嘘つくな、あんなに食い散らかしておいて」
「みんなで早くたべるでちゅー」
デジモン3匹、人間1人の妙なプチパーティー。
私が均等にケーキを切り分けてそれぞれに渡すとさっそくお待ちかねのケーキにかぶりついているベルゼブモンと、フォークを使うのも面倒くさいと言いながら顔にケーキをつけてむしゃむしゃと食べているベルフェモンが見られる。
私はケーキの皿をルーチェモンにすすめた。
「ほら、君が作ったケーキだぞ」
そういうと、遠慮がちにフォークを使いながら口にケーキを含む私のパートナー。
彼は少しばかり安心したような顔を見せて、それから顔を背けた。
「調子に乗るな。私のパートナーを名乗るならこれくらいできて当然だ」
そう言って、傷だらけの指を隠すように拳を作る。
私は部屋の隅にある引き出しから絆創膏を取ってルーチェモンの手を取った。
そのまま、抵抗の言葉も聞かないうちに手早く絆創膏を巻いてやる。
絆創膏だらけの指になったルーチェモンは、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「あれ?ルーチェモン怪我したのかよ」
「うっ、うるさい!この私が怪我などするかっ!!」
ずい、と顔を覗かせてきたベルゼブモンを一喝したルーチェモンは、きつい眼差しを私へ向けた。
その瞳はすっかり怒りの色に変わっている。
「貴様は私に恥をかかせた…」
ピンポーン。
同時に聞こえたその音に、その場にいた全員が玄関を見やった。
私が出て行こうと腰を上げる前に、図々しくドアノブが引かれて怪しい男が入ってくる。
ベルフェモンの顔がパッと輝いた。
ケーキに顔を埋めたまま、その男を見やる。
「あきひろだー!」
「もぉっちろんですよォ〜、私の大事な大事なベルフェモン!」
うわ。
何だか変なヤツだ。
あからさまにドン引きした私の耳元でルーチェモンが「貴様もおなじよーなモンだ」と毒づく。
まあ、ルーチェモンのテイマーでありたいがゆえに彼を人間界へ連れてきてしまった私は目の前の男と同様の変人なのだろう。
「ベルフェモン、お口の周りが真っ黒じゃないですかァ!甘いものは食べちゃ駄目って言ったのに…」
「けーき、おいちーでちゅ。あまあまでちゅー」
ベルフェモンは男の話をまったく聞いてない。
男が急に私へ向き直った。
白衣をまとって眼鏡をかけた怪しげな男だ。
「私、倉田明宏と申します。今日は私のかわいいベルフェモンがお世話になったみたいで…」
「あ…ああ…いえ」
どうやらちゃんとした話は出来る人らしい。
倉田と名乗った男はペコペコと頭を下げながらベルフェモンを連れて玄関まで進んだ。
口の周りを真っ黒にしたベルフェモンはまだ食べ足りなそうに指をしゃぶっている。
そんなベルフェモンを倉田がたしなめた。
親子みたいだ。…変だけど。
「俺様もそろそろ帰るかなァ…リリスモンに土産持ってって良い?」
「好きにしろ」
ケーキを丸ごと手に取ったベルゼブモンは、腰を起こしてのんきなことを言っている。
少しは遠慮をしろ。
玄関まで向かった2匹と1人は、私たちへ頭を下げた。
「めんどくちゃいけど、また来てやるでちゅ…むにゃ…」
「来なくて良い」
「今度はもっとボリュームのある菓子置いとけよな!」
「帰れ」
やたらテンションの高いデジモンたちは、そのままドアノブを捻ってそれぞれの帰路へ向かっていく。
私は大きなため息をついて部屋へと戻った。
散らかされた菓子の袋を拾いながらぶつくさと文句を言う。
傍ではルーチェモンが絆創膏の巻かれた指を見つめたまま拗ねたように黙っていた。
黙っていれば綺麗だ。
倉田が自分のパートナーを言うように大事にしてやりたいきもちもある。
だが、私のパートナーは性悪で鬼畜な傲慢天使だ。
頭を撫でた時点で殺される。
「…全く、どっかのパートナーは可愛いのに私のパートナーときたら…」
「私の事を言っているのか?」
おもわずポロリと本音を零すと、抑揚のない声が返って来た。
振り返ると、ルーチェモンが机に肘をついたまま私を見つめている。
その指は、絆創膏だらけで痛々しい。
私はおもむろにルーチェモンの傍へ近付いた。
疲労の色をたっぷりと顔に出しているルーチェモンは、目を瞬かせながら私を見つめている。
「…私に可愛らしさを求めること事態間違っている。だから人間は、馬鹿で愚かなのだ…」
ルーチェモンの体が、うすぼんやりと光って歪む。
私の胸に倒れこんできたそれは、小さな天使だった。
退化したのか。
ルーチェモンは目尻を擦りながら、おもむろに私を見上げる。
その瞳はどこか困惑に揺れていて、素直に可愛いと感じた。
そっと頭を撫でてやると、ルーチェモンは静かに目を閉じて私の胸に寄り添う。
「…にんげんのくせに」
その声は、小馬鹿にしたものとは少し違った。
拗ねた子供が発するような、可愛い声。
私はルーチェモンをしっかりと抱きしめてぬくもりを与えてやる。
抱きしめられたままのルーチェモンは小さく身じろいで、それから大人しくなった。
「ボクがねるまで…こうしてなきゃ、やくたたずとみなして…ころすからね…」
「物騒だな」
「だって…ボク…そんなかたちでしか、ツカサのこと…あいせないから…」
ルーチェモンが小さく呟いた言葉は、私の耳にしっかりと聞こえた。
白い頬が、少しだけ淡いピンクに染まっている。
私に見られないように顔を伏せて。
「…本当に不器用な奴だな…おまえは」
私は、猫っ毛の柔らかな髪を撫でて、額に口付けた。
おもむろに顔を離すと、ルーチェモンは目を瞑ったまま規則正しい寝息を繰り返している。
もう少し早くキスしてやればよかったな、なんて心の隅で感じた。
結局…私も不器用なのだ。
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モンに萌えるすべての方へフリー小説です(爆)
日記で熱く語っていたものが前面に出た小説になってしまいましたw
暴食と怠惰の口調があんなかんじになっていますがご容赦くださいー。
とりあえずモンキャラにハマってくれる方が増えたらいいなぁとおもっているので共感して下さった方に限りお持ち帰りOKです〜。報告は任意ですよ〜。
その際、神田が書きましたよとサイトのどこかに書いて下さると嬉しいデス。
実はこっそり続き物ですw次回は巨大とかげと色欲美女登場(笑)
なんかもう「神楽司と愉快な七大魔王たち」ってタイトルでいいんじゃないかと(爆)