「グッモーニン、兄貴」

きがつくと、上半身裸の青年が俺のとなりで俺を見つめていた。
暫しの間俺の思考が止まる。
ここは大門家、俺こと大門大の部屋。
今は…丁度朝の7時だ。
…と言うのも、けたたましく目覚ましの音が鳴っているから7時なんだとおもうだけ。
早く着替えて学校行かねーと。

「…………」

それなのに俺は顔を引きつらせたまま静止していた。
俺の隣にはアグモンが眠っていたはずだ。
あの黄色い体をしたデジモンがよだれをたらして眠っていたはずなんだ。
それなのに、俺の隣にいるのは。

「兄貴、ガッコウ遅刻するぞ」

「…………」

「おい」

「…………」

「兄貴…」

「ぎゃーーーー!!!!母さーん、変質者ッ!!!!」

俺はおもわず男を突き飛ばして叫んだ。
同時にどたどたと大きな音を立てて二人分の足音が近付いてくる。
階段を登ったであろうその音は勢いよく俺の部屋の扉を開いた。

「どうしたの大っ!?」

「マサルにいちゃんっ!!」

手にモップと殺虫剤を持って飛び込んできた母親と妹は、扉を開けてしばし静止していた。
俺は掛け布団を引き上げて口をパクパクさせる。
隣にいる男だけがのんきに俺たちを見回していた。
しばしの沈黙のあと、大きなため息が知香の口から漏れる。

「もぉー、何よ変質者って。どこにもいないじゃん。マサルにいちゃんのバカっ」

「きっと寝ぼけてたのね、うふふ…可愛い」

母さんまでもがのんきに笑っている。
俺は大きくかぶりを振って男を指差した。

「こっ、コイツコイツ!!ありえねーだろ!誰だよこれ!?」

「ジオちゃんでしょ?」

「はっ!?」

知香の言葉に、俺は起きたばかりの頭を懸命にフル回転させて家族と青年を見やる。
よりにもよって上半身裸で俺の布団に入ってるなんざいい度胸だ。
俺は布団を飛び出すと男に指を突きつけた。

「やい、てめぇ…何者だ!?家宅侵入で訴えてやるッ!!」

「あー腹減った。サユリー、飯は?」

「もうできてるわよ、ジオちゃん」

「話聞けよてめぇ!っていうか人の母親呼び捨てにしてんじゃねえッ」

俺は男の眉間に両の拳をあてておもいきり力強く小突いた。
そんな様子を見て、知香が制止に入る。

「や、やめなよ!ジオちゃんが可哀想でしょ」

「ジオちゃんって何だよ!?」

「ジオグレイモンだからジオちゃん」

知香は男を指して笑った。
ジオグレイモンと呼ばれた男は眉間を押さえると、ゆっくり立ち上がって俺を軽く睨む。
何だって?ジオグレイモン?
俺はやけに背の高い男を見上げる形になりながら後ずさった。
ジオグレイモン…ジオグレイモンっていったら、俺の…。

「おまっ…アグモン!?」

「ジオグレイモンだって言ったろ、兄貴」

ジオグレイモンは腰に手を当てて拗ねたように呟いた。
間違いない、この声。
こいつは俺のパートナー。

「…う、うそだろ?」

奴…ジオグレイモンは2mはあるんじゃないかと疑いたくなる身長に、がっしりとした体つき。
むき出しの腕、胸にはちょっとセクシーな青いラインがひかれていて顔には赤いペイントがまばらについていた。
髪の色は金髪で、天然なのか寝癖なのかわからないが逆立っている。
毛先のみ赤茶けた色をしていて、少し不良っぽい容貌を。
外人なのか、真紅の瞳をしている。
手には赤いゴムをつけているのが見えた。
この容貌、間違いなく俺のパートナーだ。

「兄貴、頭でも打ったのか?」

ジオグレイモンはつり目がちの目を細めて笑うと俺の顎を掴んで上を向かせる。
奴の口からは肉食獣のような八重歯がのぞいていた。
俺は顎をつかまれたまま瞬きを繰り返していたが、すぐに奴の腕を払う。

「ふざけんな!俺の子分を返せよッ、んでお前はとっととどっか行け!!」

「どっちだよ…俺は正真正銘、兄貴の子分でパートナーのアグモンだぜ?今はジオグレイモンだけど」

「…う、うそに決まってる」

「はぁ」

ジオグレイモンは、疑いきっている俺を見てため息をつくと助けを求めるように知香と母さんを見る。
知香が怒ったような顔をして俺を睨んでいたが、すぐに母さんがジオグレイモンを助けるようにやんわりと俺を諭した。

「大、この子が自分でジオグレイモンだって言ってるのよ?どうして信じてあげないの?」

「いや、信じる信じないじゃなくて、俺…」

「俺朝飯食ってくる…」

俺の台詞にかぶって、ジオグレイモンがのんびりとした足取りで部屋を出て行こうとする。
おもわずその場でつんのめる俺。
慌てて体勢を立て直すと、開け放した扉を窮屈そうにくぐっているジオグレイモンを見やる。
こいつはでかすぎて、屈まないと天井に頭がぶつかっちまうようだ。
俺はすぐさまジオグレイモンの体を羽交い絞めにしようと突進する。
体がどんなにでかくても、それを有効に使えなきゃただのデカブツだ。

「ん?」

突進した俺は、何の抵抗も無い背中に飛びつくような形になって静止した。
不思議そうにジオグレイモンが振り返る。
背中に飛びついたままの俺と目が合った。

「……ぐっ…」

こいつ、強い。
俺の突進を食らってビクともしねえなんて。
俺はおもわずジオグレイモンを睨み上げた。
そんな俺を見て、ジオグレイモンは相変わらず黙っていたがすぐに腕を上げると俺の体を片手で抱き寄せる。
抵抗する暇もなく、俺の身体はジオグレイモンに抱き上げられた。

「ちょっ、うわ!!離せ…」

「なんか今日の兄貴…大胆だな。一緒に飯食いにいくか?」

「大胆違ぇーーー!!!」

まるで花嫁を抱くような形でかかえあげられた俺は大きな声で叫びながらリビングへとさらわれるハメになった。
ぎゃーぎゃー喚いても家の人間は誰1人として助けちゃくれない。
飯を食いながら、俺はジオグレイモンと卵焼きを奪い合いながらふとアグモンの事をおもいだした。
本当にこいつが俺のパートナーなんだろうか。
だとすると、何でこんな姿に変わるんだよ。
これも進化だってのか?んな訳ねぇだろうな…。
俺は飯を食い終わった後、部屋に戻って制服に着替え始めていた。
ちゃっかりとベッドの上にはジオグレイモンが座っている。

「あのさ、邪魔だから出てけ」

「何でだよ?」

「デカイし場所取るだろ、お前」

俺はジオグレイモンを一瞥すると制服のネクタイを締めながら冷たく言った。
ちょっと冷たすぎたかな、なんておもって目を向けるとジオグレイモンは何か考え込むように眉を寄せて、それから両手を叩く。
何をするのかと見ていると、ジオグレイモンはベッドから降りた。

「小さくなればここにいてもいいのか?」

「え?あ、ああ…」

「よし」

曖昧に返事をすると、ジオグレイモンはニヤリと笑って軽く目を閉じた。
次第にジオグレイモンの体の回りにまばゆい光が溢れてくる。
それが眩しくて目を閉じると、ジオグレイモンの声がした。

「ジオグレイモン退化ーっ」

聞き捨てなら無い言葉におもわず目を開けると、そこにはジオグレイモンの姿はなく、上半身裸の10歳くらいのガキが立っている。
ちょっと待て。まさか今度は…。

「あにき、あにき、これならいいんだろ?アグモンに退化したぜ」

「…」

俺は眉間を押さえるとため息をついた。
今日の俺は朝から疲れてるんだろうか。
いや、きっとこれが真実なんだ。

「…トーマに相談するか」

すぐ傍で邪気なく笑っているアグモンを見下ろすと、俺は苦笑した。
その後は学校なんかサボってすぐさまトーマの家に駆け込む。
突然押しかけた俺とアグモンに、トーマは少し驚いたような顔をしたがすぐ部屋に入れてくれた。
トーマはコーヒー、俺は茶を啜りながらアグモンの豹変について口を開いた。
さすがに、トーマもデジモンが人間になるなどという異例は聞いたことがないらしく、アグモンを見ると何やら好奇の目を向けている。
以前、淑乃がアグモンの事を珍種だとか言っていたからそれが関係してるんだろうか。
施設にいたとき、何か特別な薬品でも投与されたんじゃないだろうかとかトーマが推理する。
アグモンはメイドさん特製のクッキーをほおばりながら俺たちの話を聞き流している様子だった。
俺は茶を一気に啜ってテーブルを叩く。

「もしデジモンが現れたらどーすんだよ!こいつどうみても子供じゃん!!戦えねえぞ」

「僕に言われても困るよ。…もしもアグモンが戦えないならうちのガオモンだけで十分だとおもうがね」

「イエス、マスター」

主人の言葉に、ガオモンが淡々と返事をする。
一見クールを装っている様子のガオモンだったが、アグモンの豹変振りに多少は動揺しているらしい。
ガオモンほどの背丈になってしまっている小さい子供がアグモンだなんて誰がおもうだろう。
どうみても人間の子供にしか見えねぇ。

「トーマ、このせんべいすげーうまいぞー」

「それはクッキーだ」

「…とほほ」

俺はガクリと肩を落とすと、クッキーをひとつ口にして大袈裟なため息を吐いた。
結局トーマから望んでいた回答は得られず、学校をエスケープしてしまった俺はアグモンを連れてふらふらと街を出歩いている。
俺はアグモンの手を引くようにしているから、まるで本物の兄になった気分だ。

「あにきー、俺腹へったぁ」

「わぁったわぁった。ったく、ジオグレイモンとはえらい違いだな」

俺は改めてアグモンを横目で見た。
短い金髪が少しだけ逆立っていてやんちゃなガキという感じだが、これがアグモンなのだとおもうと複雑な心境だ。
こんなに小さくて弟みたいなのに俺のパートナーなのか。
俺の歩幅にあわせるようにして一生懸命ついてくる様子が何か可愛いから俺は歩調を緩めない。
自然と笑みがこぼれた。

「あにき、あにき」

ふと、アグモンが上目がちに言いながら俺の袖を引っ張っている。
俺は腰辺りまでしか背が無いアグモンを見やった。

「あ?どうした」

「デジモンの匂いがする」

アグモンはふくよかな頬を少しだけ膨らませると眉を寄せて辺りを見回している。
早速デジモン反応なのか?
俺は制服の上着にしまっていたデジヴァイスを取り出した。
アグモンの予想通り、デジヴァイスが反応を示している。
俺はデジヴァイスとアグモンの鼻を頼りにすぐさま駆け出した。
辺りを探しても、デジモンの姿は見えない。
けれど俺たちが人気の無い路地に入り込んだとき、妙な気配を感じた。
まるで待ってましたとでも言うように。

「…どこだ?隠れてないで出てこいよ」

俺はアグモンを庇うように腕を横に出すと辺りを注意深く見回した。
そんな俺の行為が気に入らないのか、アグモンが後ろで駄々をこねている。

「なんだよぉ、俺だって戦えるぞ!あにきぃーじゃまー」

「バカ!そんな小せぇ体で戦えるわけねえだろ!ここは兄貴である俺に任せとけ」

俺はアグモンを叱責した。
口から火が吐けるわけでもないだろうし、手に鋭い爪がついているわけでもない。
こいつの姿は本当にただの子供なんだ。
だから俺が守らないといけない。
俺は深く息を吸うと一歩進み出た。
丁度その時、ゴミ箱から何か緑色の液体が零れている事に気付く。

「え、エイリアン!?」

「えいりあんって食えるのか?」

「食えねーよ!来るぞ!!」

俺たちが言い合っている間に、ゴミ箱から滑り落ちるようにしてヌメモンが顔を覗かせた。
どろっとした緑色の液体が糸を引いている。
その気持ち悪さにおもわず半歩下がっちまうけど、ここで逃げたら男じゃねえ。

「俺たちに見られたのが運のツキだったなッ、食らえ…!!」

俺はその場から飛び出すと拳をヌメモンへと向ける。
ヌメモンはやたら慌てた声を上げて、ゴミ箱の中の生ゴミを手当たり次第俺に投げつけてきた。
腐った卵やらまだ中身の入った牛乳パックやらが一斉に俺に向かってくる。

「どわっ!…ち、やりやがったな…クリーニング代払いやがれえッ!!!」

制服に牛乳やらしらたきのようなものがぐちゃりと浴びせられた俺は、わなわなと拳を震わせてからヌメモンへ力強い鉄拳を与える。
おもいきり手にヌメモンの体液がかかったが気にしてられない。
拳に宿ったデジソウルを見てすぐさまデジヴァイスを取り出した俺は、アグモンに振り返ってから言葉を失った。
そうだ、こいつは今『ヒト』なんだ。
デジヴァイスで進化できるはずない。
1人で退化をやってみせたくらいなんだから進化だって1人でできるんだろう。

「あにきーっ、後ろ!」

「へ?」

アグモンの声に我に返ると、再度生ゴミの嵐が俺に襲いかかった。
今度は避けきれないまま生ゴミを食らってしまって、俺は仰向けに倒れこむ。
ずるりずるりと体を引きずるようにしながらヌメモンが俺に近付いた。
ねっとりとした体液が足元に絡みつく。
俺はデジヴァイスを手にしたまま何とか1人でコイツを倒してやろうと頭をフル回転させた。
そうこうしているうちにヌメモンがすぐ傍まで迫ってくる。
俺が少し大きめの石を手に取って起き上がる準備をしようとしたその時、後ろから声がした。

「兄貴、伏せてろ!」

男の声だった。
一瞬の事で何が何だか分からない俺は慌ててその場に伏せる。
同時に、俺の頭の上すれすれを大きな炎が通過していった。
炎の出所を確認しようと目を凝らすと、そこには朝に見た男が手から炎を発している。
さすがに口からは出ないんだな…なんて苦笑しながら、俺はヌメモンがデジタマに返る様子を目にした。
炎がゆっくりと静まったとき、大柄な男が俺の傍へと近付いてくる。
がっしりとした体躯の、若い男だ。

「兄貴…」

「…ジオグレイモン?」

「ああ」

ジオグレイモンは短く返事をすると、俺の頬を撫でてから少しだけ笑った。
トーマに負けねぇくらい端整な顔立ちが目に入る。
やけに顔が近かった。
俺は瞬きを繰り返しながら、ジオグレイモンの行動を見守る。
自然と、唇が近付くような気がした。

「…無事でよかった」

ジオグレイモンはそれだけ呟くと、俺の顎に手をかけてそっと上を向かせる。
口の端から覗く八重歯が妙に色っぽくて、俺は目を逸らすこともできずにそれを見つめていた。
同時に、唇が触れる。
俺の唇はあっけなく、この男に塞がれていた。

「んっ…ふあ…んん…んぅ…!…んんっ…」

重ねるだけの口付けが、すぐに深くなるのを感じた。
ダイレクトに侵入してくる舌が俺の咥内を愛撫してくる。
腰が痺れるような感覚だった。
俺は指先を震わせながらジオグレイモンの背に腕を回す。
その身体は温かくて、まさに人間そのもの。
こいつはデジモンのはずなのに。

「兄貴、服洗濯しないとな」

「はぁっ…はあ…え?」

口付けを解いて、ケロッとしているジオグレイモンとは対照的に俺はすっかり腰が立たなくなってしまって大きく喘ぎながら何とか聞き返す。
そんな俺を見て嬉しそうに笑う奴の顔が見れた。
そんな顔されたら、一気に恥ずかしくなってしまう。
ジオグレイモンは俺の腰に手を回すと苦もなく俺を抱き上げて立ち上がった。
よりにもよって、またも嫁を抱くような抱き方で。

「こらっ、この抱き方何とかしろ!みっともねえだろうがッ」

「そうなのか?」

ジオグレイモンは少し楽しそうに笑うと、俺の額に口付けてそう呟いた。
こいつは俺のパートナーなのに、どうしてこんなにドキドキしなきゃなんねぇんだ。
俺は喉奥で唸りながらジオグレイモンにしがみつく。
肩に顔を埋めながら、とりあえず深々とため息をついた。


















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アグマサも書いたのでジオグレイモンでやってみたかったネタです(笑)
ジオちゃんはミスフルの黄泉ちゃんみたいなイメージ(長身で金髪だし/笑)
ついでに、アグちゃんはショタで…!(ショタ好き)
実はこの話ではトーマもマサルの事が好きだったりします。
続くおそれあり。次回は18禁(笑)