「もう、あにきなんか知るかっ!犬のうんこ踏め!!」
「何だとてめぇーー!」
毎度の事だが、騒がしいったらない。
僕は大きくため息をついて騒ぎの中心を見やった。
淑乃やララモンがぽかんとしている中でアグモンとマサルが口喧嘩をしている。
僕はデスクに肘をついてもう一度ため息をついた。
何が原因かなんてどうでもいい。
問題は僕の仕事の妨げになる騒音を排除しなきゃいけないってこと。
僕は、デスクの傍に置いてある茶が入った湯飲みを取った。
すぐ傍でガオモンが熱そうに茶を飲んでいるのを目にする。
僕はガオモンを手招いた。
「その湯飲みを貸してくれたまえ」
「イエス、マスター」
ガオモンは疑うことなく湯飲みを僕に手渡す。
2つの湯飲みを両手に持った僕はおもむろに立ち上がった。
相変わらず、マサルもアグモンも自分たちの世界でいっぱいなのか声のトーンを落とそうとしない。
僕は大股で二人の元に歩み寄った。
背後でガオモンが不思議そうに僕を呼んだが振り返らない。
「…マサル、アグモン…今日は隊長が出張でいないんだから僕の言う事を聞いて静かに…」
「大体お前、俺のパートナーとしての自覚がねえだろッ!?」
「それはあにきのほうだっ!」
僕は、にらみ合う2人を一瞥した。
もちろん聞こえているはずがない。
僕はマサルとアグモンの頭上に湯飲みを掲げるとそれを一気にさかさまにした。
「うぎゃーーー!熱ィーーー!!てめっ、トーマ!!」
「あっついー!」
すぐに言い合いはやむ。
僕はしれっとして自分の持ち場についた。
ガオモンは一連の出来事に目を瞬かせながら僕の傍へ近付いた。
丸まっている青い尻尾が小さく揺れるのを視界の端で捉える。
「…さすがマスター」
「これはただの強硬手段だ」
パソコンのキーを叩きながら言う僕に、ガオモンはとことん感心しきったような目を向けた。
背は丁度、僕の腰辺りだろうか。
たぶんマサルの妹の知香ちゃんと同じくらいなのだとおもう。
以前アグモンと並んだら、ガオモンのほうが背は高かったように記憶する。
こんなに小さくても、アグモンよりは背が高いのだ。
青い髪を赤いバンドでアップにしていて、デジモンの名残である耳が垂れ下がっている。
手には赤いグローブがついていて、耳と尻尾を見なかったことにすれば彼は普通の子供だ。
僕の視線に気付いたのか、ガオモンが目を瞬く。
大きな瞳と、小さい口から覗く八重歯が可愛かった。
「…どうしたんだい?ガオモン」
何か言いたそうなガオモンに体を向けると、彼は返答に困るように俯いてからグローブを口に当てて顔を上げる。
「マスターは、大やアグモンのように私とも…その、喧嘩をしたいとおもいますか?」
ためらいがちに紡がれた言葉に、僕はしばし沈黙した。
けれどすぐに言いようの無い笑みが零れてしまって、勝手に伸びた手がガオモンの髪を撫でる。
いきなり髪を撫でられたガオモンは少し困ったような顔をしていた。
「君は僕と望まぬ喧嘩がしたいのか?」
「す、すみません、そういう意味では…」
「ははは…」
僕は気が済むまで笑うと、ガオモンの両脇に手をやって膝の上に座らせた。
すぐ近くにつり目がちの金色の瞳が見える。
いきなり膝に座らせられたガオモンは何かを言いかけてから尻尾をぱたりと動かした。
「私は、ただ…あの2人が…」
「羨ましい?」
「…ッ」
分かりやすい。
僕はガオモンの頭を撫でながら笑みを堪えた。
図星を突かれて恥ずかしいのか、ガオモンは眉を寄せてすっかり真っ赤になっている。
僕はガオモンの垂れた耳に軽く口付けた。
「平和が一番だよ、ガオモン。僕があんなに騒がしかったら仕事どころじゃないし…君にこうして触れられない」
ふくよかな頬を指で撫でると、ガオモンが気持ち良さそうに目を細めた。
くぅん、と小さく鳴いて僕の胸に擦り寄る。
ぱたぱたと尻尾が揺れた。
ガオモンの甘えたな一面を見せ付けられてしまうと僕はどうも弱くなる。
ふかふかとした尻尾の感触を確かめながら、僕はもう一度耳に口付けた。
これが僕らにとって仕事の合間の、小さな息抜きとなっている。
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甘えたでべったりのガオとトーマです。