「あー、涼しい」
縁側まで扇風機を引っ張り出してきた俺は肩にタオルをかけて上半身裸、下にはトランクスのみという格好で涼しんでいた。
隣には恋人が、うだるような暑さの中でも涼しくみえるアイスブルーの瞳を細めて揺れる花壇の花を見つめている。
休日の大門家は結構賑やかで、2階では俺の部屋で掃除機をかける音が聞こえた。
知香はアグモンと一緒に庭で花を植えている。
そんな様子を見ながら、俺はトーマと縁側に伸びていた。
「トーマ、さっき母さんが言ってたんだけどさ…水風呂入らねぇ?絶対気持ちいいとおもうんだけど」
「みずぶろ?」
俺の言葉に、トーマは眉を寄せていたけどシャワーの事だと教えてやるとすぐに安心したような笑みを見せた。
俺たち日本人は風呂に浸かって汗を流す習慣があるけど、外人は風呂に入らねぇんだよな。
というかシャワーで済ませちまうとか聞いた事がある。
風呂の中で体洗うんだっけ?
映画やCMのワンシーンで、金髪の女があわだらけの風呂で笑っている映像が脳内に映った。
それをトーマに置き換えてみる。
大きな大理石の風呂で、ゆったりと体を伸ばしながら金髪の少年がリラックスしている。
はちみつ色の髪は水で濡れてて、ほんのり赤く染まった白い肌は見る者をドギマギさせた。
白くて長い指にあわが絡み付いて、それからシャボン玉が飛ぶ。
それを見て、トーマが満足気に笑う様子が映る。
「…マサル、平気か?顔が真っ赤になって…」
ふと目の前に、脳内妄想の餌食になっているとも知らない本人が心配そうに顔を覗かせる。
俺よりもはるかに低い温度の手が頬に触れた。
そんなに無防備な顔で覗かれたら、やましいことを考えていた自分に呆れてしまう。
俺は慌ててトーマの手を振り払うとすぐに立ち上がった。
ついでに足で扇風機のスイッチを止める。
「俺はへーき!おら、早く行くぞ」
心配そうなアイスブルーの瞳に見つめられながら、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
しょーがねえだろ、思春期だもん。
…なんて自己完結したは良いものの、俺の中はどうしてトーマを欲望の対象にしてしまったのかってことで埋め尽くされる。
そりゃトーマは綺麗だ。淑乃よりも肌の色は白いし、男にしちゃしなやかな体してるし、上着から時々見える鎖骨も…。
「マサル、前!」
「へ?いでっ!!」
考え事をしながら歩いていたせいか、俺は壁に頭をぶつけてその場にへたりこんだ。
鼻を押さえて身を起こそうとすると、やっぱりトーマが俺を見ている。
心配そうに見えた表情は、どこか呆れたような色をしていた。
「何見てんだよッ!?」
心の中を見透かされたような気がしておもわず怒鳴ってやると、トーマは細いため息を吐いてかぶりを振った。
そうして俺の顎を掴んでしっかりと目を合わせる。至近距離で見ると結構まつげが長いな、なんて感じた。
トーマは深く眉を寄せると、両手で俺の頬を挟むように叩く。
ぱしん、と縁側に気持ちいい音が響いた。
じんじんと痛み始めた頬をトーマが引っ張る。
おもわずトーマの頬を引っ張り返してやると、奴は怒ったような顔のまま口を開いた。
「この…鈍感」
「は?」
「君の鈍感さにはほとほと呆れた。人を欲望の対象にしてニヤニヤしてるなんて最低最悪だね。僕の気も知らないで」
トーマは俺の頬から手を離して唇を真っ直ぐに結ぶと、すぐにきびすを返して脱衣所へと向かっていく。
俺は慌ててトーマの後を追った。
何だよ、俺がえっちな事考えてたから怒ってんのか?そういう年頃なの。
っていうかいちいちやらしいお前が悪いんだよ。
そんな言い訳を考えながらトーマの後を追う俺。
脱衣所に入ったトーマを捕まえようとして、俺は手を伸ばした。
丁度上着を脱ごうとしていたトーマは俺が背後にいるとは気付いてなかったんだろう。
俺がトーマの体を抱きしめるとひきつれた声が聞こえた。
しばらくお互いに静止する。
俺はトーマの首筋に顔を埋めながら口を開いた。
「…悪かったよ、謝る。暑さで頭がどーにかしてた…お前のやらしい姿想像するなんて気持ちわりーよな」
「……なんだって?」
トーマは、腹に回された俺の腕を取ると訝しげに顔を向けた。
その顔が、どんどん困惑と羞恥の色で染まっていく。
おお、赤くなってる赤くなってる。
俺はころころと表情の変わるトーマを面白半分で眺めていた。
そんな俺の心境も知らずにトーマが慌てふためいたように視線をうろうろと泳がせる。
「き、君は他の人の事を考えてニヤついていたのではないのか?」
「何言ってんだ?」
トーマの言葉に、今度は俺がハテナ顔になるところだった。
でも、すぐに奴の言ってる事が理解できる。
俺はトーマの体を抱きしめたまま、首筋に息を吹きかけてやった。
困った顔が可愛い。
「…僕は、てっきり…」
「鈍感鈍感って言うけどお前のほうが鈍感じゃねぇか…こっち向けよ」
俺はトーマの顎を捉えると、吸い寄せられるように軽く口付けた。
すぐに口付けは解かれたが、トーマは俺を見て、それから視線を逸らす。
「…早く、入ろうか。水風呂」
掠れた声が耳に入る。
トーマは耳まで赤くしてそう言うとすぐに上着を脱ぎ捨てて洗濯籠に入れた。
そのあとはからかうように背を押して、冷たいシャワーを浴びるように言ってやる。
最初は嫌がっていたトーマも、べたつく体を冷やしたかったのかシャワーを浴びながら気持ち良さそうに目を伏せていた。
というかやっぱり変な奴。
俺は冷たい水をいっぱいに張った水風呂の中で、シャワーを浴びるトーマを見た。
素肌を隠そうともせず、むしろ見せびらかすようにしてシャワーを浴びている。
わざわざ高い壁の位置にシャワーをかけて頭から浴びていた。
そのポーズが何だかやらしいんだよなぁ。
「…ぶくぶく」
「どうした、溺れるぞ?」
俺は何とか欲望を抑えながら、トーマのシャワーシーンをじっくりと堪能する。
トーマは俺を見て不思議そうに目を瞬かせていたがようやくシャワーの水を止めて湯船に身を乗り出した。
さすがに男2人が入ると水が溢れる。
トーマは相向かいになるように風呂の中に座って、気持ち良さそうに目を細めていた。
ちょっと悪戯心を覚えた俺は、水をトーマの顔にぶっかけてやる。
「うぷっ…こら、マサル!?」
トーマは手で顔を庇うと、おもいきり両手で俺に水をかけてくる。
何だか童心に戻ったような気持ちだ。
互いに水をかけあっていると、何だか変な気分になってきた。
ぴちゃんと跳ねる水の音が、どこかドキドキする。
揺れる水面とか、トーマの濡れた髪の毛とか。
その総てが俺を変な気分にさせる。
どちらかともなく、唇をあわせたのはその時だ。
唇が濡れていて柔らかかった。
トーマも俺と同じ気持ちだったらしくて、口付けに対する抵抗は無い。
「…んっ、マサル…冷たいね」
トーマは柔らかい声でそう言うと、俺の背に腕を回した。
冷たいはずなのに、トーマの身体はどこか熱い。
強く抱き寄せてやると微かな吐息が聞こえた。
トーマは俺の耳朶に唇を寄せて静かに言う。
「…君と繋がりたい」
俺にはその言葉だけで十分だった。
目と目で軽い合図を交わすと、俺たちは可笑しいものを見たかのように笑ってキスをする。
ぶつかるようなキス、優しいキス、じらすようなキス。全部試した。
唇が離れるたび、乾いた水音が浴室に響くからそれが何だか恥ずかしくて嬉しくて。
もっと聞いてみたいとおもった。
「ふあ…あん…んん、く…馬鹿」
トーマは俺の唇を甘噛みして笑った。
涙みたいに、水がトーマの目尻を伝う。
俺はそれを拭ってやった。
ついでに、ぺろりとトーマの唇を舐める。
唇を舐められるのが好きって前にトーマが言ってたから。
「…水風呂って気持ちいいな…今度僕の家においで?室内プールで一緒に過ごそう。きっと気持ちいいよ…君がいるから」
トーマはそう言って恥ずかしそうにはにかむと、俺の頬に口付けた。
それだけで俺は言葉がなくなる。
なんつーかこいつは、無自覚で嬉しすぎる事を言ってくれると言うか…。
恥ずかしい奴。
俺はだんだんと熱くなってきた頬を感じながら、静かに水面を揺らす。
窓から差し込む暑い夏の日差しなんかお構いなしで、ただじゃれあっていた。
=====================================================================
暑かったので水風呂ネタのマサトマです(笑)