「そーいうの、"小さな親切、大きなお世話"って言うのよ!バカッ」
顔をぎりぎりにまで近づけて言われた拒絶の言葉は、軽く俺の頭を揺らした。
ツンと顔を背けたその女は俺なんか見向きもせずに通り過ぎていく。
その様子を見て隣の男が一言。
「これはこれは…気持ちいいくらいに嫌われたね」
これ以上ないくらいの笑顔で言うそいつにおもいっきりガン飛ばしてやることしか、今の俺にはおもいつかなかった。
うっそうと木の茂るデジタルワールドを歩き続けてヘトヘト状態になっているアグモンが俺に寄りかかった。
さっきから「疲れたーはらへったー」しか言っていない。
俺は長い前髪をかきあげてため息をつくとアグモンの肩に手をやってふてくされる。
何だっつーの、全く。
視線を前へ向けると俺に背を向けて歩いている女の姿。
…やっぱり気になる。
俺はアグモンをガオモンに押し付けると足早に歩みを進める。
だが俺の目の前にふわふわとしたピンクのタコさんウインナー…もといララモンが降り立った。
「な、何だよ…」
「本当にマサルって鈍いのねっ、女の子のこと何にも分かってないんだもん」
淑乃と同じようにそっぽを向いたララモンは俺を通り過ぎると納得したように頷いているトーマの傍へと近付く。
なんだなんだ、こいつ、トーマが好きなのか?
とおもったが違うらしい。
ララモンはトーマの傍へ寄ると短い手を腰に当てて言うのだ。
「あんまり鈍いとトーマにヨシノとられちゃうんだから!」
「ぷっ…僕に恋愛はまだ早いよ」
ララモンの言葉にトーマが吹きだす。
まんざらでもないって顔して笑うから余計むかむかした。
俺はやや大股になると前方を歩いている淑乃に近付いていく。
淑乃は座り込んで何か俯いていた。
けど俺にはそんな事関係ない。
淑乃の肩を掴んで声をかけた。
「おい、何怒って…」
「いたっ!…あ、ごめんなさ…」
淑乃の声が悲鳴混じりに変わる。
俺が慌てて手を離すと、淑乃は申し訳なさそうに振り返ってから声の主が俺であることを知ると眉を寄せてそっぽを向いた。
何だこの差別。
「何だよ、どいつもこいつも…」
俺がボヤくと、淑乃の指先にぽつりと赤い雫が浮いているのが見えた。
人差し指の皮が切れて血が出てしまっているらしい。
淑乃は手を隠すように顔を背けると俺を軽く睨んで言った。
「何よ!?」
「何怒ってんだよ?」
「怒らせてんのは君でしょ!」
「俺ぇっ!?」
人を怒らせた覚えなんてねーんだけどな。
俺がした事と言えば、普通に歩いて話して…淑乃に声をかけただけだ。
それのどこがいけないんだろう。
そりゃ異性同士だし意識することはあるのかもしんねーけど…そこまであからさまに避けることもないんじゃないだろうか。
俺は髪をかきながら首をかしげた。
そんな俺とは反対に、淑乃はすっかり機嫌を損ねたような顔をしている。
俺は腰周りに装備している小さなポケットから絆創膏を取り出した。
「ほら、良いから手ぇ出せよ」
「いやよっ」
「なんだよそりゃ!?とにかく手ぇ出せっ!」
俺は多少強引に淑乃の手を取ると、人差し指に目をやった。
ぷっくりと玉を作って赤い雫を垂らしているそれに躊躇わず口をつける。
淑乃が何か怒鳴ろうとしたけど、その声はすぐに止んだ。
俺と目が合う。
ようやく目を合わせてくれたのだとおもうと少し嬉しかった。
口を離して人差し指に絆創膏を貼ると、淑乃が無理やり俺の手から逃れる。
どうしてこんなに可愛くねー女なんだよ全く。
俺はむしゃくしゃして髪をかき回す。
そんな俺を見た淑乃が眉を寄せて、でも落ち着いた声で言った。
「何で…私に構うのよ?」
「悪ィかよ!?」
「悪いなんて言ってないでしょ!何怒ってんのよ、バカみたい…」
俺の剣幕に淑乃の声色が不安げなものに変わる。
俺が慌てて口ごもると、淑乃は絆創膏の張られた指を居心地悪そうに触りながら視線を逸らした。
さっきよりも不穏な空気だ。
ああ、俺の馬鹿野郎。
いくら生意気で可愛くなくてもコイツは女なんだ。
女はか弱いから大事にしろって母さんがいつも言ってた。
だから淑乃にはトーマなんかよりもずっと気をつかったし、デジタルワールドに来てからは極力自分の事でいっぱいにならないように淑乃に気を配ってた。
それでも、だめなんだろうか?
女ってのはもっともっと大事にしてやらねーといけない生き物なのか?
全然わかんねぇ。
わかんねーよ、女なんて。
「…何だよ、そんなに俺が嫌いかよ」
自問するように呟くと、淑乃は慌てたように顔を上げた。
年上だけど俺よりも少し小さい背の女。
4つの年の差は大きいけど、それでも俺は立派な男だ。
喧嘩なら誰にも負けねーし女1人まもれる。
年下だからってバカにされたくはない。
「…そんなんじゃ、ないわよ…」
「じゃあ何だよ!?」
子供のわがままみたいに俺は言った。
そのまま淑乃の胸ぐらを掴んで問いただすと、きついつり目がちの目が細められた。
何で俺は淑乃相手にこんなにムキになっちまうんだろう。
何で、そっけなくされるのがつらいんだろう。
トーマに同じこと言われても、ただムカつくだけなのに、こいつに言われると胸が重い。
苦しくなる。
「…逃げんじゃねーよ」
「……」
返事は返って来ない。
すると、不意に淑乃の手が空を切った。
パシンと気持ちいい音が聞こえて俺の頬がはたかれる。
同時に俺の腕から逃げた淑乃は眉を寄せたまま口を開いた。
「…最悪なんですけど」
「俺のほうが最悪だっつーの!何だよ平手って…いってぇー…怪力女っ」
俺が頬を押さえて抗議すると、淑乃がそっぽを向く。
またこれかよ…。
黙って何も言っちゃくれない。
俺が悪いのか?
でも何で?
理由が分からない。
ララモンとトーマは、恋愛がどうのこうのと言っていた。
意味がわかんねー。
答えが見つからねぇ。
「…ごめん」
俺は何を言っていいのか分からなくて、ただそれだけ呟いた。
その言葉に驚いたのか、淑乃はしばらく俺を見つめてから何かを考えるように俯く。
そうして、少しだけ目線を上げると意外とすぐ近くに淑乃の顔があった。
「…女の私から言わせる気?これだから年下って嫌いよ」
淑乃の手が俺の頬を引っ張る。
それでも痛くはなかった。
どこか戯れるようなその行為に俺はくすぐったささえ覚える。
淑乃は顔を赤らめて手を離すと、俺の耳に口を寄せた。
体を寄せなければ分からないくらいほのかに薔薇の匂いがする。
香水?意外と女っぽいところもあるんだ。
ドキン、と無駄に胸の中が跳ねた。
こんなに傍に淑乃がいるとおもうと固まって何も言えなくなる。
淑乃の息を吸う音が聞こえた。
「バーカ」
淑乃はそれだけを俺の耳に吹き込むとすぐに歩き出してしまった。
どこか甘美なものが含まれたその言葉に、怒りは出てこない。
後姿を向けた淑乃の耳が赤く染まっている。
まさか俺もおなじ状態になってやしないかと慌てて耳を押さえると、不意に後からポンと肩を叩かれた。
そうして俺の上着のポケットに手が突っ込まれる。
「おや、薔薇か。バカに淑乃さんはもったいないな」
慌てて振り返ると、赤い薔薇のキーホルダーを手にしたトーマと目が合った。
いつの間にか俺のポケットにキーホルダーが入れられていたらしい。
淑乃の仕業か?
俺はすぐさまトーマの手からキーホルダーを奪い取った。
「返せよッ」
キーホルダーを手に取ると、安っぽいけど細かな装飾がされた赤い薔薇が目に入る。
ララモンが俺の傍に近付いた。
どこか嬉しそうにキーホルダーと俺を見比べて、それからトーマと笑いあう。
「何だよ、気持ち悪ぃな」
俺が問いかけると、トーマは小馬鹿にしたように笑ってからキーホルダーを指した。
「赤薔薇の花言葉は知っているかい?」
「…しらねぇ。何だよ?」
「僕に言わせるな」
あっさりと断られた俺は、キーホルダーをじっと見つめて唸った。
そんな俺を見て、ララモンがじれったそうに言う。
「少なくともヨシノはマサルの事を嫌ってないわ。だって赤い薔薇の花言葉は…」
そこまで言ったララモンは意味ありげに笑うとくるりと一回転してから「内緒」とだけ言った。
事の状態さえよく分かっていないアグモンは置いといて、何やらガオモンも意味が分かっているらしい。
俺はキーホルダーを手にしたまま淑乃の後を追った。
本当は…少し期待してんだ。
トーマたちの言ってたことも、何となく予想がついちまう。
でもそれを認めてしまうと今までどおり普通に話せなくなっちまいそうで、俺は言葉を飲み込んだ。
「こら淑乃っ、置いてくな!」
できるだけ平静さを装って言うと、淑乃は普段と変わらない顔で俺を急かした。
実は淑乃ってめちゃくちゃ大人なんじゃないだろうか。
俺はこんなにドキドキしてんのに、あいつはいつもと変わらない顔して俺を叱るんだから。
そんな事を考えながら、後の奴らに声をかける。
喧嘩をするときよりももっと高揚したような照れくさい感情が俺の鼓動を早めていく。
俺は上着のポケットに突っ込んだキーホルダーの金属が擦れ合う音を聞きながら年上の相手の後を追った。
後ろからトーマたちの声が聞こえてくる。
「本当にヨシノって素直じゃないわよねー」
「あれだけアプローチされているのに気付かないマサルは異常だな」
「えー、そこが好きなんじゃないの?」
「薔薇のキーホルダーをプレゼントするくらいだからな…」
「早く気付いてあげればいいのに…」
丸聞こえの会話に、ちょっと恥ずかしくなる。
俺はできるだけトーマたちから離れて歩きながら、少しだけ笑った。
次に淑乃に話しかけるとき、どんな顔をしよう。
淑乃に話しかけているシーンを想像してから、次はもっと優しくしようかな、なんておもった。
赤い薔薇の花言葉は、「あなたを愛しています」
それは、きっと俺の答えでもあるんだ。
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珍しいノーマルCPですー。何でアニメのマサルは淑乃にときめいたりしないんだ(爆)
でも祢音の回で淑乃のことが気になってるふうだったからかなり萌えた記憶が…。