触れ合った唇が優しく重ねられとき、懐かしい何かをおもいだしたような気がした。
もう、あいつの中に俺はいないのに。
「そんなんでこの日本一の喧嘩番長を負かそうってのか?一昨日きやがれってんだ」
腰に手を当ててそう言った少年の姿を、俺はじっと見つめていた。
ズタボロに打ちのめされている男たちは逃げ腰になりながらすぐに少年の前から姿を消す。
俺はゆっくりと少年の後ろに立った。
向こうも気付いているだろうから。
「…おまえもしつけー野郎だな」
少年がそっと振り返るとつり目がちの瞳が俺を真っ直ぐに映した。
珍しいものを見るような目で、それから…どこか遠いものを見るように。
「兄貴、俺と勝負してくれ」
「…ライズグレイモン、だったっけ?変わった名前だよな」
そう言った少年は、愛しい声で俺の名前を呼ぶとそのまま大股で俺に近付いた。
おもいだすはずがないのに、期待してしまう俺がいる。
おまえの記憶の中に、俺はいないのに、どこかで俺を覚えていてくれるんじゃないかっておもっちまう。
抱きしめられる距離にまで歩み寄ってきたそいつの髪を少しだけ撫でると、太陽に反射してキラキラと光っている。
「何度言われたって、俺はおまえなんか知らねェぜ?どこで会った?学校か?公園か?」
少年…兄貴は、キュッと眉を寄せて俺に人差し指をつきつけると子供に聞くような声で言う。
あと少し、俺に勇気があればこの体を抱きしめることができるんだろうか。
相手から見れば、会った覚えもない男から抱きしめられるなんて不快きわまりない。
下手をすれば、"ケーサツ"に捕まってしまうこともありえる。
こんなひとけのない路地だけど、俺はそれをする勇気がなかった。
「…ライズグレイモン…?聞いてんのか?」
背の高い俺を睨み上げるような顔をした兄貴は、そのまま俺の目をまじまじと見つめている。
ただ、珍しいから見つめているだけなのは分かっている。
真っ直ぐなつり目の瞳が少しだけ眩しそうに細められた。
「…変わった目の色、してんだな」
たったそれだけだったが、兄貴が少しでも俺に関心を向けてくれた事が嬉しい。
俺はおもむろに兄貴の頬を抓ってやる。
そうして、何かを言おうと口を開きかけたその時。
「大門!どこだーっ!」
「…やべ!先生だ…」
どこからか太い男の声がした。
兄貴は慌てたように辺りを見回している。
"センセイ"ってのがどんなに怖いのか知らないが、兄貴はどこかに隠れようとしているらしい。
クマのような体格をした"センセイ"が路地に入ってこようとした時、俺は兄貴を庇うように立ちふさがった。
そうして、驚いた顔をしている兄貴へ口早に囁く。
「…じっとしてろよ、兄貴は俺が守ってやる」
俺の言葉に、兄貴はしばしポカンとしていたけど抵抗はされなかった。
そうして、兄貴の腰に手を回してやや強引に唇を重ねる。
不謹慎だが、久しぶりの口付けだった。
兄貴の体がびくんとすくみ上がる。
後ろから"センセイ"の足音が聞こえた。
「おい、君…私は大鳥中学校の教師をしているんだが、ここで中学生くらいの少年を見なかったかね?」
「今は取り込み中だぜ?センセ」
俺は兄貴の顔を胸に当てて隠すと、上着を捲り上げて肌をなぞった。
すべらかな肌をいやらしくなぞりながら髪にキスをしてやる。
「なぁ…?せっかく良いトコだったのに邪魔されちまったよな」
「んっ…く…ふ…」
兄貴は俺の胸にしがみつきながら必死に声を殺している。
"センセイ"の目から見えないところで顔を上げた兄貴は俺を見て、何か言いたそうに顔を赤くしてた。
その顔が、すごく色っぽい。
俺は兄貴のズボンの中へ手を差し入れた。
「…はぁっ…く、んっ…あ、あぁ…っ!…ど、う…して…」
兄貴の声はすごく甘ったるい。
記憶があったときと全く変わらないぬくもり、声。
身体はこんなに素直で、俺に抱かれていたときと変わらないくらい敏感なのに記憶だけが俺を知らないなんて、嘘みたいだ。
俺は兄貴の唇に濃厚な口付けをプレゼントした。
獣のように食らいついて、甘く吸い上げながら服の中で手をもぞつかせてやる。
「んん、ぁふ…ひ、んっ…くぅ…ぁあ…あっ!」
兄貴は俺の服を掴んだまま目を瞑って快感に耐えているようだった。
甘ったるくて、俺の大好きな声を聞かせてくれる。
くちゅ、くちゅ、と濡れた音が辺りに響き始めた。
「兄貴…すげえ可愛い…」
口付けを乱暴に解いて囁くと、兄貴はとろんとした目をしたままピクンと肩を跳ね上げた。
キスだけで軽くイッてしまったらしい。
これ以上見せ付けたら兄貴がかわいそうだ。
俺は兄貴を抱きしめたまま"センセイ"に振り返った。
「…いつまで見てんだよ、"センセイ"」
俺がそう言うと、すっかり情事を見て顔を赤くしている"センセイ"は前屈みになりながら路地裏から去って言った。
一応、危機は免れたと言うわけだ。
視線を戻して兄貴のズボンから手を出すと、俺の指は先走りで濡れている。
兄貴が感じていてくれたのだとおもうと嬉しくて指先を舐める俺に、兄貴はすぐさま顔を上げる。
「…てんめぇ…日本一の喧嘩番長の名に泥を塗りやがって…!いや、それどころか何考えてんだよ、ライズグレイモン!?」
「はは、兄貴があんまり可愛くてついやりすぎちまった」
「ついじゃねーだろっ!」
兄貴はポカンと俺の胸を叩いた。
何だか懐かしい言い合いだ。
そうおもいながらもう一度兄貴の腰を抱き寄せる。
「…だって、俺は兄貴の子分なんだから守るのは当たり前だろ」
「…は?」
俺の言葉に、兄貴の目は明らかに疑心に満ちたものに変わる。
やってしまった。
兄貴は記憶がないのに、いつものノリで言ってしまった。
同時に、路地裏へ静かな風が吹きこんでくる。
俺は小さく舌打ちをしてから高く跳躍した。
路地裏に兄貴を置いて。
「…ちぇ、やっちまった」
俺は指を舐めて呟くと、廃ビルの屋上に飛び乗って大きくため息をついた。
もしかしたら、兄貴の記憶はこのまま戻らないのかもしれない。
それでも俺は、兄貴を愛すぜ。
少しずつ知ってもらえばいい。
少しずつ、愛してもらえばいいんだ。
胸の奥が鈍く痛むけど、苦しいけど俺は大きく息を吸ってその場を後にした。
触れ合った唇が優しく重ねられとき、懐かしい何かをおもいだしたような気がした。
唇が熱くて、まだ頭が回っている。
だって俺、男にキスされて、あんな事されたのに…どうして抵抗できなかったんだろう。
「…ライズグレイモンめ…今度会ったら…」
覚えとけよな、と拳を作ったものの、静かに高鳴る胸の鼓動が苦しい。
胸の奥が、鈍く痛んだ。
名前をようやく覚えた男なのに、ずっと前から知っているような…おかしな感情。
…熱でも出たのかな。
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ライズマサで記憶消去ネタです。2週に延ばしてほしかったな!とか、もっとアグモンが兄貴をおもいまくってる描写がほしかったな!とかとことんライズマサ脳でした(笑)