「なあイクト、明日…遊園地行かないか?」

人のベッドを占領してアグモンやファルコモンと戯れる子供にそれだけ言うと、金色の瞳を向けたそいつは無邪気に小首をかしげた。
大門大、14年間生きてきて初めて言った"デート"のお誘いだ。
正式にはデートと言うよりも遊びみてぇなモンだけど。
改めて口にしちまうと何だか恥ずかしい。
ベッドに座っているイクトは、少しだけ眉を寄せながら俺の話を聞いていたが、やがて小さく頷いた。

「ゆうえんち…たのしいところなら、おれ、そこにいく!」

「おれもー!」

「ボクもー!」

「お前らはついてくんなっ!!」

イクトの返事と重なってアグモンとファルコモンが手を上げた。
それを押し留めた俺は、すでに満員でぎゅうぎゅうになっているベッドに腰掛けてイクトの肩を抱く。
すぐ間近でイクトがはにかんでいて、何だかすっげえ可愛い。
俺は軽くイクトの頬に頬擦りをすると、同じように笑ってやった。

「明日、さいっこうの一日にしてやるからな…覚悟しとけよ!」

「うんっ…」

イクトはくすぐったそうに笑うと、子犬みたいに俺の頬に頬擦りをする。
この、動物を相手にしているようなスキンシップも照れくさくて、俺には嬉しい。
明日のデートがますます楽しみになった。
そうしてあっという間に朝が明けた後、低血圧らしいイクトを叩き起こしてきちんと着替えさせてから朝食の席につく俺。
イクトはまだ寝ぼけているのか、卵焼きにケチャップとマヨネーズと塩をふりかけていた。

「お、おいおい…いつまで寝ぼけてんだよ?」

「おれ…ねぼけ、ない…」

イクトは頭をカクカクさせながらも、卵焼きを口にして即行で目を見開く。
どうやら自分でかけたきつーいコショウのせいで眠気が覚めたらしい。
俺は噴き出したいのをこらえて朝飯を平らげた。
母さんに作ってもらった弁当を腰にリュックに入れてイクトに背負わせてやる。
イクトはリュックを見て不思議そうな顔をしながら自分のデジヴァイスもその中へほおった。
昨日散々駄々をこねたファルコモンを、絶対にデジヴァイスから出ない事を条件に連れて行くことになったからだ。
もちろんアグモンは俺のポケットの中にいる。
俺は電車賃を確認しながらイクトを手招いた。

「行くぞ、迷子になるなよな」

そう言って軽く手を引くと、遅れてイクトが足早についてくる。
家から10分くらいあるいた電車に乗って、目指すは隣町の遊園地だ。
こいつ、淑乃の車で酔ってたよなぁ…乗り物酔いしねぇかな。
そんな事を考えながら駅へと入っていくと、駅は既に混み始めている。
俺は滅多に利用しない街の切符を2枚買うと、イクトの手を引いて電車に乗った。
少し鼻声の車掌が合図をすると同時に車体がゆっくり動き出していく。
俺たちが入った車両は比較的空いていて、席もガラガラだった。
イクトを席に座らせると、イクトはさっそく窓にへばりついて電車からの景色を見つめている。

「…はやい…」

「だろ?窓開けると風が入ってきて涼しいんだよな…ちょっと待ってろな」

俺は少しだけ上体を起こして窓に手をかけた。
でもすぐに、車内の掃除をしているおっさんに怒られてしまう。
窓から吹き込んでくる風を感じられないイクトは少し不服そうだったけど、それでもどんどん変わっていく町並みにぼうっとしていた。
田んぼだったり、ビルだらけだったり、町の顔は様々だ。
俺の住んでる町は結構都会だとおもうけど、場所によってはまだジュースが110円で売っているところがあったりする。
変なところが古臭いけど良い町だ。

「電車の旅も良いモンだよなァ」

そう言って背もたれによりかかると、イクトは少しだけ唇を尖らせた。

「…じぶんのあしであるいたほうが、ずっとたのしい」

「それもそっか…」

俺は笑いながら欠伸をすると、少しだけうとうとし始めた。
ここちよく揺れる車内と、窓の景色を眺めているだけで睡魔が襲ってきてしまう。
眠くなっている俺とは対照的に、イクトはずっと窓にかじりついている。
俺は特に声をかけず、そのまま目を伏せた。



にんげん、たくさん。
へんなのりものがある。
ふわふわ、そらとんでる。

おれは、目を丸くしてそれを見つめていた。
"でんしゃ"の中でたっぷり眠っていたマサルは、大きく伸びをしながらゆうえんちを見回している。
おれと同じくらいの子供がたくさんいた。
手にはふわふわのものを持っている。

「やー、よく寝た。今日は遊ぶぜェー!イクト、おまえどれで遊びたい?」

「…あかいの」

おれはおずおずと、ある一点を指差した。
そこには、子供たちに囲まれた大きなクマが赤や青、ピンクや緑の丸いものを持っている。
マサルと一緒にそのクマへ近付いたおれは、少しだけ口をつぐんでから息を吸った。
するとクマはおれたちを見ると赤やピンクのそれを向けて言うのだ。

「はいどうぞ、遊園地いっぱい楽しんできてね」

「クマがしゃべった!!」

おもわず飛びのくと、マサルが耐えるような笑みを浮かべてクマから丸いものを受け取った。
それは、空中にふわふわと漂っていて紐がついている。

「風船って言うんだぜ」

マサルはクマから受け取った"ふうせん"をおれに渡すと、手首にくるくると巻いてくれた。
"ふうせん"を放すと、空高く飛んでいってしまうらしい。
おれは、手首に結ばれている"ふうせん"をじっと見つめた。
ぷかぷかと空中に浮かんでいる。
手で触ってみるとつるつるしてて、少しふっくらしてた。

「ほら、ジェットコースター乗ろうぜ」

マサルは強引におれの手を引くと、軽い足取りでクマの元から去っていく。
そっと振り返るとクマはおれに手を振っていた。
動物はひとの言葉を喋らないってファルコモンが言ってたけど、あのクマみたいに喋るやつもいるんだな。
そんな事をおもいながらマサルのあとにつづくと、長い長蛇の列がずらり。
列の先では子供が身長を測っていた。

「あれ、なんだ?」

「ああ…身長が足りないと乗せてもらえねーんだよ。ちょっと待ってろな」

そう言って財布を手にしながらマサルがおれのそばからいなくなる。
おれは列ができている最後尾に並んだままきょろきょろと辺りを見回した。
周りの大人が大きすぎて、前も後ろも見えない。
気がつけば、大人はみんな子供と一緒に手を繋いでいる。
あれは、子供の親なんだろうか。
おれの親は…ここにいない。
手を繋いでくれる人もいない。
自然と拳を作って俯くと、後ろに並んでいる大人に早く行けと怒られた。
とぼとぼと歩きながら、どこか物悲しさを感じて少し悔しくなる。
この"ゆうえんち"は、子供が親と一緒に行くための遊び場なんだろう。
マサルは、何でこんな所におれを連れてきたのかな。
おれ、ひとりでこんな所にいたくない。

「イクトーーっ!!」

ふと、マサルの声がどこからともなく聞こえた。
振り返ると後ろから人ごみに揉まれながらマサルがやってくる。
手には何かの紙切れを持っていた。
情けなくも涙を零していたおれを見て、マサルはすぐに駆け寄ってくる。
おれは、ぶつかるようにマサルの腰にしがみつくと軽い安堵感から声を揺らした。

「…マサル、ばか。おそい…」

「…ごめんな、怖かったよな」

マサルは、急に抱きついてきたおれを抱きしめてすまなそうに言うと小さく掛け声をかけた。
同時におれの体がふわりと抱き上げられる。
子供が親にするように、背中をポンポンと軽く叩きながら言うのだ。

「もうひとりにしねェから…。今度は2人で券買いにいこうか」

「…けん?」

「これ」

マサルがそっとおれの手に握らせたのは少し硬い紙切れだった。
まじまじと券を見つめているおれに、マサルはそれが"じぇっとこーすたー"に乗るために必要なものだから無くすなと言う。
辺りを見回すと、確かにほかの大人や子供も券を持っている。
おれは、握りつぶさないように注意しながらそれをズボンのポケットに突っ込んだ。
そうこうしているうちに前の列がすっかり空いて、おれたちの身長を測る番になる。
高くて太い棒のそばに立たされて身長を測ると、マサルに促されていよいよ"じぇっとこーすたー"に乗ることになった。

「…へんな、のりもの…」

その乗り物は、おとなや子供がみんな腰にベルトのようなものを巻いていたり、上半身を固定するためのもので自分の席に押し付けられていて少し苦しい。
おれの隣に座ったマサルはどこか楽しそうに腰のベルトを止めながらちらりとおれを見た。

「すっげー楽しいんだぜ、もう一回乗りたくなるかもな」

マサルの声と重なって、ベルトはきちんと締めましたか、なんて声が聞こえる。
同時に乗り物がゆっくりと動き出した。
狭いレールの上を一直線に進むそれはとても遅い動きだ。
これのどこが楽しいんだろう?
そうおもいながら辺りを見回していると不意にガクンと視界が変わった。
"じぇっとこーすたー"はどんどん上へ上へとのぼっていくのだ。
しかも、とても急な角度で。
頭が後ろに引っ張られるような感覚を覚えておれはごくんと息を飲んだ。
どこまでのぼるんだろう。
そうおもったとき、勢いのある音が響いた。
"じぇっとこーすたー"がレールの上をおもいきり滑っているらしい。
おれの頬にナイフのように痛い風がびゅんびゅんと当たってくる。
レールはありえない角度に曲がっていて、くるりと円を描いていた。

「わぁーーっ!!おちる、おちるっ!」

おもわずそう叫んでも、周りの叫びにかき消される。
おれは必死に足を踏ん張りながら声を上げた。
何度も何度もありえない方角に機体が傾くたび、おれの恐怖はだんだんと緩和されていった。
それどころか、こんなに風を切る感覚は初めてだ。
ファルコモンはこんなに早く飛べないし、おれにとっては初めての感覚だった。
ゾクゾクと背筋を走る高揚感でいっぱいになる。
たっぷりと叫んで"じぇっとこーすたー"、そして他ののりものを堪能したおれはマサルとベンチで"あいすくりーむ"を食べていた。
既に太陽は真上だ。
マサルはじっとおれの顔を見て嬉しそうな笑みを浮かべている。
それが何だか恥ずかしくて視線を合わせると、マサルは自分のもっているアイスに口をつけて笑った。

「美味いだろ?」

「ああ!こんなの、たべたことない」

おれが即答すると、マサルは手の中のアイスを落としそうになってから照れくさそうに笑った。
そんなマサルが可笑しくて噴き出してしまった俺は、手の中のコーンを口いっぱいに頬張って立ち上がる。
そうして、この"ゆうえんち"の中で一番大きい乗り物を指して言ってやった。

「おれ、あれにのりたい」

そういうと、マサルはすっかり溶けてしまったアイスを舐めながら顔を上げた。
口の中で「観覧車か」と呟いている。
マサルいわく、観覧車っていうのは高いところから景色を見る為ののりものらしい。
おれは観覧車を見ながら呟いた。

「ファルコモンのほうが、もっとたかくとべる」

「普通の人間はデジモンなんかもってねぇだろ?」

「あ…」

マサルの意見は的確だった。
言い返せないおれの手を取って観覧車を指したマサルはにっこりと愛想のいい笑みを浮かべてゆっくりと歩き出した。
ようく見ると観覧車は少しずつ動いているらしい。
たくさん個室がついていて、一番下から乗って一周するらしい。
何分くらいかかるのかな、と呟くとマサルは"20分くらいかな"と答えてくれた。
今度は一緒に券を買って観覧車へ向かうと、そののりものは意外と高い事に気付いた。
マサルの手に引かれて観覧車に乗り込むと、扉が閉められる。
また、"じぇっとこーすたー"みたいにぐるぐる回るのかな?
そう言うと、マサルは手を胸の前で大きく振って笑った。

「あはは…そんなにジェットコースターが楽しかったのか?ま、俺もすげー好きだけど。…観覧車はそんなんじゃねーよ、景色をゆっくり眺めたい人におススメ!って感じかな」

マサルは大人ぶった口調で言うと、少しだけ身をずらしておれを手招く。
どうやら、隣に座れと言っているらしい。
おれは躊躇いなくマサルの隣に座った。
ぎしぃ、と鈍い音がして観覧車が軋む。
おもわず身構えると、またマサルに笑われた。
そんなおれたちをよそに、ぎしぎしと音を立てながら観覧車が移動を開始する。
おれはだんだん遠くなる地面を見つめながら呟いた。

「かんらんしゃ…ぎしぎし、あぶない。ぜったいおちる」

「落ちねーってば、心配しすぎだぜ?それより…イクト、見ろよ」

マサルが笑いながら指したのは観覧車の外の景色だ。
上へ上とのぼっていくたびに建物の全貌がよく見えるようになってくる。
しんごう、でぱーと…他にもいっぱい。

「あ、くまがいる!」

遊園地の方角を見やるとあの"ふうせん"を配っているクマがまだ子供にそれを渡していた。
おれが持っている"ふうせん"はあのクマにもらったものだ。
クマも遊べばいいのに。
そう呟くと、またマサルに笑われた。
ゆっくりと大きな手がおれの肩に触れる。

「今日は楽しかったか?」

「…んー?そと、みえない…」

マサルの手はちょっと熱くて、そのままおれを胸の中へと抱きしめてきた。
景色が見えないことで抗議をするおれに苦笑しながら、髪をくしゃくしゃと撫でてくれる。
視界の隅で、観覧車の外から見える景色を目にすると、すっかり高いところまできたのか家や建物がとても小さく映っている。
おれは、いつのまにか背中に回っていたマサルの手を見てから顔を上げた。

「…いっぱいわくわくした。マサルは…?」

「もっちろん楽しかったぜ…」

マサルの言葉を聞いて、なんだか胸がふわふわする。
おれとおなじきもちでいてくれたのだとおもうと嬉しい。
おもわずマサルの背中に両腕を回すと、マサルは照れくさそうに笑って俺の頬に顔を寄せた。

「今度は動物園でも行くか?ペンギンとかライオンとか…おまえの知らねー動物にいっぱい会えるんだぜ?」

「いく!どうぶつ、いっぱいみたい」

また知らない名前が出てきた。今度は動物園。
デジモンに囲まれて育ってきたおれには動物のことがよく分からない。
よく、マサルの家にふらりと現れる"ねこ"は、にゃーにゃーと鳴いてごろごろしている。
他の動物もみんな、にゃーにゃーしてごろごろしているんだろうか。

「にゃー…」

おれがねこの真似をして呟くと、不意にマサルは窓に頭をぶつけて身を離した。
その顔は真っ赤になってしまっている。
ここは日差しが当たるから、それで余計暑かったんだろうか。
そんなことを考えているとマサルの手が乱暴におれの頭を撫でた。

「ば、馬鹿っ…びっくりすんじゃねーか…。おまえがやると似合いすぎて…アレだ…」

「…マサル、まっか」

「うっせ」

「にゃー…マサルはねこ、きらいか?」

からかうように首をかしげてねこの真似をすると、今度はすねたようにそっぽを向かれる。
それでも肩をぐいと抱き寄せられるから、何となく照れ隠しなんだなとおもった。

「マサルのじゃくてん、みつけた」

おれがそれを言うのと同時に、ふと唇にやわらかなものが触れる。
安心して体の力がぜんぶ抜けてしまうような感覚だ。
自然に、目を瞑らないといけないとおもった。
相変わらずぎしぎしと観覧車は軋めいていて、マサルの顔はまっか。
ここで何か言ったらまたすねられてしまうんだろうか。
そうおもうから、おれは大人しくマサルの背中に両腕を回した。
口の端から、また「にゃー」と声が漏れる。
その声を塞ぐように苦しい口吸いを与えてくるマサルの行為はちょっと苦しいけど胸の奥があまくて、ずきずきする。
もっと、このあまいものの先が知りたかった。
聞いたら、答えてくれるのかな。

















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マサイクデートです。もしかしたら第2弾の動物園デートもある…かもしれない(笑)