そばにいたいだけ?
くだらない愛の言葉をぶつけること?
どれも違う。
俺のしたいことは、どう考えてもおもいうかばなかった。
だからちょっと性急に、大好きな体の上に乗り上げてズボンの上から触れてやる。
抵抗はされなかった。
でも、目の前のコイツはキュッと目を細めている。
「どれも違うと言う割には、今していることも十分おまえの望まない事だとおもうぞ」
「ち、がう…」
俺は求めてるんだ。
言葉が上手く見つからないから体を求めるんだ。
口に出すことができない。
拳でしか語る方法を知らない俺は口を使うのが下手だった。
そんな俺の事を分かっているのかいないのか、アイツは俺の両手首をひとまとめに掴んで乱暴に引き寄せる。
唇が触れ合うぎりぎりまで近付いたけど、それ以上は何もされない。
ただ、アイツの目は俺のことを覗きこむように見つめていた。
心の裏側まで見透かされそうな澄んだ瞳。
俺はキスを求めようとして、やめた。
途端に手首を掴んでいた力がゆるむ。
「口で言ってみろ、おまえの求めているものは何なのか」
父親みたいな口振りで、どこかしつけの悪い子供をたしなめるように言ったそいつは手を離してから何もせずに俺を見つめている。
俺が言うまで追求するんだろう。
自分でもこんなに口下手な人間だとはおもわなかった。
自由になった手で拳を作ってみるけど、落ち着かない。
「…俺は…バンチョーレオモンが…」
「何だ?」
「…っ、最後まで言わせる気なのかよ…」
「当然だ。何でもかんでも拳で解決しようとするんじゃない」
顔を合わせられない俺とは裏腹に、アンタは飽きずに俺を眺めている。
意地悪だとおもった。
バンチョーレオモンの体に跨ったまま、俺は言葉を選ぶように俯く。
「まったく…」
バンチョーレオモンはため息混じりに呟いて俺の頭を撫でた。
ゆっくりと凭れかかる俺を抱き寄せて、獣の匂いをさせるソレが言う。
「おまえにはもっと相応しい人間がいる。何も自分から不幸になることはあるまい」
「俺は不幸じゃねーよッ!」
ちょっとムキになって言い返すと、バンチョーレオモンは瞬きを繰り返した。
俺はバンチョーレオモンの胸に顔を寄せたまま口を開く。
「…あんたの傍にいられるだけで幸せだから…どこにも行ってほしくないだけだ…」
「……」
バンチョーレオモンは何も言わなかった。
いや、言おうとしてやめた。
コイツが言いたいことは分からない。
俺を突き放そうとする理由もわからない。
もしかしたら、俺の事が嫌いなのかとおもって一度、問いただしてみたことがある。
その時、コイツは俺の事をじっと見つめて「誰よりも愛している」と言ってくれた。
誰よりも俺の事が好きならどうして不幸になるとか、意地悪な事ばかり言うんだろう。
俺はバンチョーレオモンの傍にいられればいいだけなのに。
「言えよ…どこにも行かねェって…誓えよ、俺に!」
顔を上げてバンチョーレオモンに怒鳴った俺は、ゆっくりと拳を解いてバンチョーレオモンの頬を撫でる。
本当、わがままなガキみてーだ。
父さんが10年前に家を出たとき、俺はわがままなんて言わなかった。
ただ、単純に「父さんは遠いところに仕事に行く」という事しか理解できなかったから。
小さい腕を振って、「お父さん、いってらっしゃい」と何度も叫んでた。
10年経ってようやく、俺はわがままを覚えたんだ。
今更になって。
「…どこにも行くな、絶対。ずっと俺の傍にいろ…」
今なら父さんに言える言葉を、バンチョーレオモンに言った。
コイツは父さんとは違うのに。
父さんは今もデジタルワールドにいるはずだ。
バンチョーレオモンに父さんの影を重ねるのはおかしい。
父さんにもらいたかった愛情をコイツにねだるなんて、おかしいはずなのに。
「…愛に永遠はない。俺の命が尽きるまで…おまえの傍にいることはできないかもしれん。だが…」
バンチョーレオモンはそこで言葉を止めた。
俺の頬を撫でて、ゆっくりと顔を近づける。
瞬きなんかしたくなかった。
1秒でも長くバンチョーレオモンの顔が見ていたい。
唇が重なるすれすれの所で、バンチョーレオモンが言う。
「…俺はおまえを見ている。いつでも…ここにいる」
ゆっくりと手を下ろすと、俺の胸を手の甲で軽く叩く。
バンチョーレオモンが笑った。
人のそれとは違うのに愛嬌のある、俺の好きな顔。
俺はバンチョーレオモンのヒゲを指で軽く引っ張った。
「…遠まわしな事…言うなよ。ずっと俺の傍にいるって言えばいいじゃねェか…」
ヒゲを引っ張るのは、コイツがいつも嫌がることだ。
それでも、少しだけ眉を寄せただけでバンチョーレオモンは言い返さない。
ずっと俺の傍にいると言ってくれない。
俺はヒゲから手を離して、バンチョーレオモンの体をきつく抱きしめた。
「…っ、じゃあ…俺がアンタの傍にいるから。どこにも行かねーから…誓わせろよ…」
自然と零れた涙が目尻をぬらす。
子供をあやす父親のように、大きな指が俺の涙を拭う。
苦笑気味に俺の言葉を聞きながら、ようやく欲しかった口付けを与えてくれた。
がっつくみたいに口付けを返して、歯列をなぞるけどそれ以上はしてもらえない。
ただ、唇を合わせるだけだ。
悔しくてもどかしくて、バンチョーレオモンの唇を少しだけ強く吸う。
すると、お返しのように痺れるくらいの吸い上げが返って来た。
「んんっ…あ…」
「約束と言うのは、破る為にあるものじゃないのか?」
バンチョーレオモンが言う。
そんな訳ない。
約束っていうのはまもりたいから、口に出して誓うんだ。
破るために約束をするなんて漢が廃る。
「馬鹿やろッ…俺は…むぐッ…」
「誓いたいなら勝手に誓え。俺が傍にいられると約束できるのは今、この瞬間だけだ」
俺の口を押さえた手が乱暴に解かれる。
同時に、きつく抱き寄せられた。
胸の奥の熱い感情が高まっていく。
「必ず別れはやってくるものだ、マサル」
子供をあやすように言って、もう一度俺の唇に口付けてくれる恋人の仕草は大事なものを扱うように優しかった。
残酷なくらい優しい。
バンチョーレオモンは、いつまでも俺と共にいてはくれないらしい。
だったら俺がバンチョーレオモンについていく。
嫌だと言われようが俺は約束を破ったりはしないから。
だから傍に置いて欲しい。
そんなきもちだけで、俺は恋人の背に腕を回した。
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日記ログ2です。バンチョマサは悲恋だとおもってますです。
番長同士の恋愛がたまりまへんーvv