「ムカつく」

卵焼きを頬張りながら、俺はきっぱり言い放った。
ぎしり。
DATS司令室の椅子に座りながらもくもくと弁当を食べる俺。
その隣には、いつもいるはずの男がいない。
ムカつく。
俺は更に眉を寄せた。
いつもなら美味く感じる母さんの卵焼き弁当。
甘くって美味しくて、誰かさんも食べるようにって多めに作ってもらった卵焼き弁当。
なのに…隣にはアイツがいない。
ムカつく。

「まーた痴話喧嘩でもしたの?」

からかうような声で言ったのは淑乃だ。
俺は反論しようとして、それから無視した。
代理というようにアグモンが俺の後ろから淑乃へ説明する。

「喧嘩じゃねーよ。トーマが構ってくれないから拗ねてるだけで…」

「うるせぇッ!!拗ねてんじゃねえよ、ムカつくだけだッ!!」

「…拗ねてんじゃん」

俺とアグモンのやりとりに淑乃が大きくため息を吐く。

DATS内に知れ渡っている俺と恋人の関係。
それは隊長もクダモンも容認している。
「学生なのだから、任務に支障が出るような事はするな」って条件付きで付き合うことが認められた。
毎日、毎日DATSで会うたびに弁当を分け合ったり、喧嘩してみたり、笑いあったり、色んなきもちを共有してみた。
恋人ごっこを必死で演じる子供みてェに。
俺は、トーマが好きだ。
恋人"ごっこ"なんかじゃない。ただ、トーマの事が好きで、仕方なくて。
それなのにアイツときたらここ数日、司令室にも来やがらねーで家で勉強してるらしい。
何が勉強だよ、大学はとっくに卒業してるくせに。
電話にも出ねーし、恋人が大事じゃねーのかよ。
こういうの…放置プレイって言うんだぞ。

「…美味い…」

俺は母さんの弁当を口にして呟いた。
弁当はすごく美味いけど…何か違う。
ちっとも満腹感がない。
ひとりで食べてたってちっとも美味くなんてない。
つまんねーだけだ。

「…トーマの…バッカヤロ…」

俺は箸をくわえたまま弁当箱に蓋をする。
そんな俺を見て、淑乃がにこにこ笑っていた。
「おやおや、青春してるわねー」なんて、人事みてーに。
青春なんかじゃねー。
ただ、俺は毎日を楽しく生きてるだけだ。

「マサル、電話だ」

ふと、頭上から声がかかった。
顔を上げると薩摩隊長が司令室の電話を指している。
俺はおもむろに頷いて隊長が渡した子機に耳を当てた。

「…もしもし?」

『マサルかい…?僕だよ、トーマだ』

少し掠れたようなその声は紛れもなく俺の恋人だった。
心配させやがって。バーカ。
そうやって軽口を叩けばよかったんだろうが、いつものトーマと違う様子に俺は子機を耳へ乱暴に押し当てる。

「風邪、引いてんのか…?」

俺が問うと、返事の代わりというように小さく咳き込む声が聞こえた。
小さく鼻を啜って、トーマが口を開く。
トーマは、家で勉強なんてしてなかった。
この数日間、こいつはずっと高熱に苦しんでいたらしい。
起き上がることもできなくて、電話もかけられなくて。
熱が引いて、ようやく電話をかけられたのが丁度今だったわけだ。
俺はきつく唇を噛んだ。
トーマが辛いときに俺は、自分の淋しさを言い訳にトーマに苛立っていた。
淋しいのが嫌だから、一緒に卵焼きが食べられないのが嫌だから、俺はこの数日間ずっと不機嫌だった。
その間にトーマは苦しんでいたのに。

『…こほっ…もうだいぶよくなったから、明日にでも仕事に出られそうだよ』

トーマは掠れた声で笑った。
子機を握る手に力がこもる。
いつもと違う、どこかか細い声が愛しくて俺はトーマに怒鳴りつけた。

「馬鹿野郎ッ!俺がどんだけ怒ってるとおもってんだ!?卵焼き弁当だっておまえの分、俺が全部食ったんだぞッ!!」

言いたいことが滅茶苦茶だ。
弁当なんかどうでもいいっつうの。
ただ今はトーマの事が心配でたまらない。
熱はあるのか?何か栄養のあるものを食べたか?温かくして寝ているか?
全部聞いて、今すぐにでも抱きしめてやりたいのに。
俺は自分勝手な事を言って怒鳴りつけた。
電話の向こうで、トーマが笑う。

『ははっ…すまなかった。じゃあこれからはたくさん食べないとな?キミを太らせたら小百合さんに申し訳ないもの』

トーマの笑い声は明るく振舞ってはいるけど、どこか頼りない。
まだ苦しいんだろうか。
俺はきつく唇を噛んでから言った。

「今から行く。待ってろ」

『え?マサ…』

俺はトーマの言葉を聞かずに黙って電話を切った。
そのまま、子機を隊長へ押し付けると身を翻して自動扉へ走っていく。

「悪ィッ!俺早退すっから!!」

「ちょ…マサル!?…もう…今回だけだからねっ!」

背中から淑乃の声が聞こえる。
俺はズボンから財布を取り出して、そのままスーパーへ直行した。
目当てのソレを買い終えるとすぐさまノルシュタイン家の前へと走っていく。
黒服の男たちが何やかんや言って俺を押し返そうとしたけど、トーマの執事が一声かけると男たちがサッと身を引く。

「お見舞いに来て頂いてありがとうございます。トーマさまがお待ちですよ」

執事が物腰柔らかに言って大きな扉を開ける。
少しだけ薬の匂いがした。
豪奢なカーペットが敷かれたその部屋に恋人がいた。
ベッドに横になったまま、分厚い本を読んでいる。
俺はずかずかと大股で部屋に入り込んだ。

「トーマッ…来たぞ」

息を荒げてスーパーの袋を掲げると、赤い顔をしたトーマが顔を上げた。
一目で病人だと分かるくらい、頼りない顔だ。
トーマがよろよろと上体を起こす。
俺はスーパーの袋をベッドに置いてトーマの傍へ近付いた。
見慣れないパジャマ姿のトーマが、苦笑気味に俺を見つめている。
どこかやつれたようなトーマは俺の頬を撫でておもむろに微笑む。

「…風邪、移るぞ」

アイスブルーの目が笑った。
トーマの喉はヒューヒューと苦しそうな音を立てている。
俺はトーマの頬に手をやって乱暴に口付けた。
乾いた唇同士が重なる。
遠慮がちに唇を離そうとしたトーマの手が、きつく俺を抱き寄せた。
背中に回された腕は俺を抱きしめて離そうとしない。
俺は口付けの角度を変えてトーマの唇を貪った。

「んっ…んふ、は…はぁ…」

唇を奪ったのは良いけど、どうにもがっつくようなキスばかりを続けてしまう。
そんな俺を諭すみたいにトーマの熱い舌が動く。
ざらりとした舌が俺の上顎を撫でるたび、俺は鼻にかかった声を上げた。
ズキン。
頭の後ろに走った小さな快感が俺に命令する。
もっと、きもちいいものをよこせって。

「…トーマ…んんっ…もっと…」

「…っ、ん…マサル…ふ…」

苦しそうなトーマの声。
それでもしっかりとした手で俺を抱きしめる手は緩まない。
口付けを交わすたび、いやらしい水音が俺たちの耳に響いた。

「…ふ、は…俺に移せよ…風邪。馬鹿だから、風邪なんか引かねーぞ…」

キスだけでメロメロになっている俺は、舌を出して言った。
お互いの舌を伝う液体がシーツに垂れる。
上気した顔を向けて、荒い息をついているトーマが小さく微笑む。
ゆっくりと降りた手が制服のジャケットを開けて服の上から乳首に触れた。
すっげーきもちいい。

「…恋人に風邪を移す愚か者がどこにいるんだ?…僕は嫌だ」

トーマは拗ねたように言って手を離した。
その表情がすごく名残惜しそうな顔をしていたから、ついつい俺もキュンとなってしまう。
乱れた隊服を整えて、ベッドの上に置いたままのスーパーの袋を取る。
袋から簡単に作れる即席のお粥を手に取った俺はそのままベッドから飛び降りた。

「…作ってくる」

顔が熱い。
風邪を移されたか?
そんなバカな。
部屋を出て、トーマの執事に案内されるままにキッチンへ向かうと鍋ですぐにレトルト袋に入ったお粥を温めた。
あとは刻んだネギと、うめぼしだ。
沸騰し始めた鍋を見ながら深皿を用意して、レトルト袋の中にあるお粥を盛る。 ネギとうめぼしは最後に乗せた。
これでトーマの風邪がよくなったらいい。
そうおもいながらスプーンと皿を取ってトーマの部屋へ向かおうとすると、いつのまにかキッチンの入口にトーマが立っている。
俺がお粥を手にしているのを見て、目を丸くしていた。

「マサル、それは…」

「なっ!う…向こう行ってろよッ!つーか病人は寝てやがれッ!!」

お粥を後ろ手に隠そうとするけど、皿にたっぷり盛られたそれは指に跳ねてきやがる。
慌てて持ち直そうとすると手が滑った。

「…っと…」

何とか皿を手にしたまま、俺はトーマに背を向ける。
ほかほかと湯気を立てているお粥のいい香りがキッチンに広がった。
背中から、小さな足音が聞こえてくる。
ドキドキ。
柄にもなく胸の奥が高鳴った。
遠慮がちに、俺の腰へトーマの腕が回される。

「…ありがとう、マサル…」

照れくさそうなトーマの声。
振り返ると、びっくりするくらいに近いトーマの顔がある。
トーマは笑っていた。
少し苦しそうだけど心配させまいとするように口の端を上げている。

「…部屋、戻ろうぜ…」

俺はカラカラに乾いた口でそれだけ言った。
寄り添ったような形で部屋へ戻ると、しっかりトーマをベッドに横たえてから未だアツアツのお粥をスプーンに取る。
トーマは俺の手つきとか、仕草を全部見つめながら笑っていた。
…恥ずかしいっつーの。

「…あーん」

「あーんって?」

「…口開けろって事だよ馬鹿っ!」

口を開ける仕草をした俺を見て、トーマが小さく笑う。
それが恥ずかしいから、照れ隠しみたいに怒鳴ってやった。
素直に開けられた口へ、そっとスプーンをむける。
俺が作ったものじゃねーし、ただのレトルト食品なんだけど…食べてくれるのはやっぱり嬉しい。
これが手作りなら、トーマももっと喜んでくれたんだろうか?

「…何考えてんだ、俺…」

俺はおもわず口に出して毒づいた。
顔が熱くなってきたような気がする。
キスをした時からずっと。

「…あのさ…マサル、もっとお粥が欲しいな」

ベッドから身を乗り出したトーマが照れくさそうに言う。
長くて白い指が俺の手に絡んだ。
ドキドキ。
トーマの手は熱い。
吐息も、目つきも全部。

「…わがまま、言ってもいいかい…?」

「…うん?」

トーマの呟きに、俺は顔を上げた。
わがまま、なんて言葉を口にするトーマが子供みたいでカワイイな、っておもうのと同時にちょっとだけイケナイ妄想をしてしまう俺がいる。
トーマは病人なのに。

「…キミは…馬鹿だから風邪を引かないって…言っていたよな?」

声が近い。何で。
トーマの瞳が揺れる。
やばいやばいやばい。
俺はきつく目を瞑った。

「…口移し…とか…したいな、お粥」

トーマの声が耳元で聞こえた。
声は掠れているのにいつも通りの柔らかい響き。
皿を持つ手が震える。
俺はロボットみたいな機械的な動きでスプーンを取った。
かたかた。
手が震える。俺は病人かよ。
震えたスプーンですくったお粥は、トーマの口ではなくて俺の顔前へと迫っていく。
嘘だろ?本当にやるのか?
喉が鳴った。
まるで他人の動きを傍観しているみたいなきもちだ。
こんなに熱くて恥ずかしくてどうにかなりそうなのに、それをどこかで冷静に見つめている俺がいる。

「…っ、…むぅ…」

塩の匂いがよくきいたお粥が口の中へ入ってくる。
すぐ傍でトーマがソレを確認した。
それでも、どこか遠慮するように俺を見つめている。
俺は動けなかった。
トーマがしてくれるのを待っていた。
だけど…待つだけの漢にゃなりたくねェ。

「…ふ…く、ふぁ…」

俺は肩で息をしながらトーマに口付けた。
くちゅ。
咥内に伸びてきた舌がお粥をゆっくり取り去っていく。
軟体動物か何かのように、トーマの舌は俺の上顎をくすぐってきた。
すぐにそれが押し付けるようなキスへと変わる。

「んんっ…あっ…は…トーマ…まだ、食べるだろ…?」

何か、誘ってるみてぇにも聞こえる俺のセリフ。
トーマが喉を鳴らした。
食い入るような目が、俺へ向けられている。
俺は震えた手のまま再びお粥を口に入れた。
今度はトーマから、俺に口付ける。
さっきと違うのはどこか貪るようなキスに変わったってこと。
俺は皿とスプーンを握ったままきつく目を瞑った。

「…ふぁ…んっ…トーマ…と…ま…」

子供みたいに鼻にかかったような声を上げて、俺はトーマの肩にしがみつく。
背中に回された手が、動いた。
俺の隊服を捲り上げて、背中や腰を撫でている。

「…マサ…ル…どうしたんだろう、僕…いつもはこんな事…考えないのに…」

トーマの言葉と同時に、熱い手で乳首をキュッとつままれる。
身を堅くすると皿がベッドの下に落ちた。
お粥がカーペットをぐっしょりと濡らす。

「…っ、あ…やば…俺、零し…」

のろのろとした動作で皿を拾い上げようとする俺の体は、やや乱暴な動作でベッドに寝かされた。
圧し掛かってきたトーマの顔は赤い。
肩で息をしていて、苦しそうだ。
トーマの手が、俺の隊服を完全に捲り上げる。
外気に晒された俺の身体はトーマに見られているだけで火照り出してくる。
熱い手がまた俺の突起を摘んだ。

「…ひっ…あく…トーマ…もっと…熱ィの欲しくてたまんねェよ…はぁ…っ…」

トーマの匂いがするベッドで、俺は身を捩った。
逃げようとする俺を制するように熱い唇が、重なる。
これだ。これが欲しかった。
食むような動きで、トーマの唇が俺の唇を吸う。
トーマの口から漏れる吐息が色っぽくて、ドキドキした。

「すごく…色っぽい…」

俺の髪を撫でながらトーマが言う。
こんな、ガサツな俺のどこが色っぽいのか全然わかんねえ。
それなのに身体はどんどん熱くなっちまうし、トーマとえっちしたくなってくる。
だけど、口に出したくない。
やらしい奴だっておもわれるのが嫌だから。
だからせめて体の力だけでも抜いておこうと肩を上下させるけど、小さく震えている俺の身体はなかなか緊張が解けない。
そんな俺を見て、トーマが嬉しそうに笑った。

「…大丈夫、だよ…僕もすごく緊張している。無理に力を抜かなくたっていいから…」

「…っ、あふ…っ、ひ…あっ…」

白い指の腹が俺の突起をくりくりと転がしていく。
俺はシーツをきつく握ったまま与えられる快感にあわせて声を上げた。
自分でもびっくりするくらいデカい声だ。
恥ずかしい。だけど嬉しくてたまんねー。
トーマの背中に腕を回して、甘ったるい声を上げるたびに耳元で優しく俺を呼ぶ声が聞こえる。
俺の頭の中をぐちゃぐちゃに溶かしちまうような優しい声。

「んんっ…はぁ…トーマァ…すき、すげー好き…愛してる…っ、んぁ…」

熱に浮かされたような声で俺は何度も言った。
体中を撫で回す手に応えるべく、トーマをきつくきつく抱きしめる。
俺は幾度となく恋人と口付けを交わした。
もちろん、その後風邪を移されたのは言うまでもないけど。
つきっきりで介抱してくれたのは他でもなく俺の大事な恋人だ。

















=====================================================================
トーマサ熱が膨れ上がって書いたものです(笑)
なんか色々滅茶苦茶詰め込んでいてすみません…;;
トーマササイトさまを巡って修業しようとおもいま…す(汗)