「まさる、あのね、あのね…」
ちょこちょこと少年の後をついて回りながら、金髪の幼児が言った。
まだ男か女か判断もつかないほどの幼児だ。
声は甘ったるく、少女のような声色で"恋人"を呼ぶ。
マサルと呼ばれた幼児が顔を上げて目を瞬かせた。
頬に泥がついていることも気にせず、雑草をかきわけながらカエルを探している。
「なんだよとーまッ、おれはいまかえるをさがしてんだぞ!」
子供特有のきつい声で言ったマサルは、ハッと口をつぐんだ。
"恋人"が目に涙を溜めてしゃくりあげている。
「うぇ…まさるぅ…ひっく、ふぇ…まさるはぼくがきらいなんだ…ふぇえ…ん…ばかぁ!」
トーマは両手で涙を拭きながら大粒の涙を零していた。
ふくふくとした顔立ちを歪めて泣き声を上げたトーマは、マサルにしがみつくようにしてわんわん泣いている。
恋人を泣かすなんて漢として失格だ。
マサルは直感的にそうおもった。
それでも、どうしたらいいのかさっぱり解らないマサルは、トーマを慰めることも怒ることもできずに眉を下げてしまう。
「お、おい…とーま…泣くなってば…」
「ふぁあん…やだぁ!ぼくのことみてくれないとやなのぉ!ふぇえ…」
トーマはマサルの名を呼びながらしっかりとしがみついている。
アイスブルーの瞳がギュッと細められた。
カエルに嫉妬をしていると自覚できないトーマは、駄々をこねるようにかぶりを振っている。
恋人である意味も、友達である意味もまだ理解していないトーマだが、苦しいほどの胸の痛みはしっかりと感じていた。
だから唯一の必殺技「わがまま」で恋人を繋ぎとめようと必死になる。
「わがまま」がいけないことだとは知らない。
ただ恋人が自分を見てくれればそれで良いとおもっていた。
立派に成長した今も。
「お、おい…何だよ急に…」
目の前の恋人はトーマの行動に、どこか嬉しそうな、それでも恥ずかしそうな顔をしている。
あの時とは違う態度だとトーマはおもった。
子供の頃とは違う、知らないことをたくさん覚えたせいだろうか。
「…きみには関係ない」
トーマは強めに言った。
不機嫌そうな、強い声色。
それでもマサルをきつく抱きしめた駄々っ子の姿は可愛らしいもので。
マサルはトーマの背に腕を回して強く抱き寄せた。
「構ってほしいのか?トーマさま」
間近で見るマサルは、からかうような顔でトーマを見つめている。
トーマはきつく眉を寄せた。
キツめの細い眉がピンと跳ね上がる。
それでもアイスブルーの瞳は欲するように恋人を見つめていた。
「…っ…そうだと言ったら…どうするつもりだ?」
僅かに語尾が震えた。
トーマはきつくマサルの服を掴んでいる。
そんなトーマをいとおしげに見つめたマサルは、不意に大人びた表情で微笑んだ。
「んじゃ、こうする」
「…ん…っ…く…」
不意打ちのように重ねられた唇は、互いの歯が乱暴に当たってカチカチと音を立てた。
柔らかい唇をすべて貪るように、マサルがトーマを襲う。
きつく抱きしめられて唇を貪られているトーマは息も絶え絶えにしゃくり上げている。
歯列をじっくりなぞって舌を絡めながらマサルが言う。
「俺はカエルを追っかけておまえの知らないトコにゃ行ったりしねーよ。安心しな…」
「…っ…カエルなんて…きらい、だ…」
マサルに指摘されたトーマは、首まで赤く染めている。
目尻を涙で濡らしてアイスブルーの瞳を伏せた。
子供のように唇を噛み締めながら、トーマがマサルの肩に顔を埋める。
「…マサルのばか…」
涙に濡れたその声は、次第に小さなしゃくり声へと変わっていく。
泣き虫な恋人をきつく抱きしめたマサルは子供をあやすように、それでも大事なものをまもるようにトーマをきつく抱きしめた。
恋人が泣き疲れるまでずっと。
そういえば、あの時もそうだった。
必死に大人ぶって見せながら、マサルは父親のように言ってみせたのだ。
「おれはかえるととーまのどっちかをえらぶとしたら、だんぜん、とーまをえらぶぞっ!」
きもちいいくらいにキッパリ言ってのけると、恋人はおそるおそる顔を上げた。
ぼろぼろと涙を零しながらしがみついている恋人は涙を拭うこともせずにマサルと虫かごを交互に見つめている。
どこか睨むように虫かごを見つめたトーマは、たれ目がちのアイスブルーの瞳をマサルへと向けて言うのだ。
「…ひっく…じゃあ…そのかえるさん、ぜんぶすてて」
「へっ?」
「はやくすててぇ!…ひっく…ふぇえん…!」
トーマは年相応の駄々をこねるように声を上げて泣き出してしまった。
虫かごの中には、マサルが捕まえたカエルが入っている。
大小さまざまで魅力的なカエルばかりだ。
マサルは虫かごを開けようとして僅かにためらった。
それでも勢いよく虫かごを開けて逆さにすると、と雑草のクッションにカエルたちが尻餅をつく。
どのカエルも、何をされたのかよくわかっていないふうで目をきょろきょろさせていたが、マサルをちらりと見るとおもむろにぴょんぴょんと跳ねて雑草の陰に消えていく。
空っぽになった虫かごを手に、マサルは大きく息をついてからトーマを抱きしめなおした。
「ほら、すてたぞ!これでいいか?」
虫かごを掲げて言うと、トーマは肩を震わせてしゃくり上げながら何度も頷いた。
トーマが独占欲のようなものに突き動かされてあんなことを言ったとはまだ理解できないマサルは、少しだけ残念そうに眉を下げている。
そんなマサルを見て、トーマが泣きそうな顔をする。
「ぼく…かえるさんきらいになった…」
「え?」
トーマはアイスブルーの瞳を細めて拗ねたような声をあげた。
痛いくらいにマサルの服を掴んで離すまいとしている。
おもわず聞き返してしまったマサルに返事をせず、トーマが自分の腹を撫でて唇を尖らせる。
「まさるぅ…あのね…ぼく、おなかへったのー…」
「えっ?あ…なんかくいにいくか?」
「うん、おかしたべたいー」
呆気にとられているマサルを見て、トーマがにっこり笑う。
コロコロと表情を変える恋人に振り回されながらも、大好きな子にはいつでも笑っていてほしいとマサルはおもっている。
それを自覚したのは、もう少し大人になってからだった。
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ミクシで書いたパラレルを大幅修正しました。
仔トーマは絶対甘ったれで修正がきかないくらいのわがままぼうやだったとおもってますYo!(笑)