「ルルーシュ、落したよ!」
不意に背中から声がかかる。
ひらりと空を切った紙切れが後方を通り過ぎるのを俺は目の端でちらりと見てから、さも今気付いたかのように振り返った。
教科書を小脇に抱えなおし、慌ててその紙切れを拾った友人は俺と目を合わせるとはにかむようにしてそれを差し出そうとしてくる。
たれ目がちの瞳を瞬かせて、無邪気に紙切れを差し出す友人。
俺は目を細めてすぐに笑った。
「拾ってくれてありがとう、スザク。大事なものなんだ」
少しだけ語尾を強調しながら言うと、友人、スザクは意外そうに目を丸くして紙切れを見つめた。
遊園地の割引券。
都内の某所に工事中だった遊園地がある。
最近、そこが再オープンしたらしい。
再オープンというのも…元々そこはなかなか繁盛していた遊園地だった。
だが最近になって戦の被害をバッチリ受けたそこはしばらく営業停止…のちに工事中となってしまった。
俺自身、別に遊園地なんかに興味はないんだが今日は特別だ。
「デート…行くのかい?」
目の前の猫っ毛をしたクラスメイトは口の中でそう呟いた。
どこか嫉妬を含んだような表情で、可愛い奴めと声に出して言いたくなってしまう。
いや、それは駄目だ。硬派な俺のイメージが崩れるじゃないか。
俺の…スザクに対する邪なおもい…恋心を知られてはいけない。
コイツは俺を親友としかおもっていないのだから。
できるだけ平静を装って、硬派な俺のイメージを保ちつつ…。
「こうはなおれのいめーじって…?」
「あ!いや、なんでもない」
まずい。まんまと声に出していたらしい。
馬鹿め。
俺は一回咳をしてからわざとらしくスザクを見やる。
午後の授業に遅れるというのに、奴は俺の言葉を待つように首を傾げていた。
さあ言ってやろう、とどめだ。
「…行くか?俺と遊…」
「あっ、午後の授業に遅れるっ!」
「俺の話を聞けっ!」
いきなり駆け出そうとしたスザクの腕を掴むと、奴は不思議で仕方ないと言った表情で俺を見ている。
廊下には既に生徒はいない。
俺は息を吸った。
「俺と遊園地に来い。今週の土曜だ、良いな?忘れるな。これを渡しておくからな」
「え?だって誰かとデート…するんじゃ…」
「ごちゃごちゃ言うんじゃない!」
俺は強引に遊園地のチケットをスザクの教科書に挟んだ。
もったいぶって遊園地に誘おうとした俺の計画が台無しだ。
これじゃあ俺が無理やり誘ったみたいじゃないか。
そんなつもりはない。
ただ、スザクの誕生日をふたりで祝いたいとおもっただけなんだ…。
「僕の誕生日?あ、そっか…それでルルーシュは僕を誘ってくれたんだ」
「うぐっ!!」
俺は、やっぱり、またしても、なぜかおもった事を声に出していた。
この口が憎らしいとおもった事は生まれて初めてだ。
おもい起こせば、C.C.にもすぐ考えている事を当てられたり、ナナリーにもくすくすと笑われたりすることがよくある。
何故だ。俺が抜けているとでも言うのか?
「へへ、ありがとう。誕生日を祝ってくれるなんて嬉しいな」
誕生日祝いのデートであることを隠し通したかった俺をよそに、スザクは幸せで仕方がないと言った顔で笑っている。
ちくしょう、違うだろ。
俺は、ムードのある場所で誕生日祝いである事を宣言して、驚くスザクの顔を見たかっただけなのに。
「何言ってるんだよ?ルルーシュが一生懸命考えてくれた誕生日祝いなんだろ?ムードなんかいらない。君がいてくれればそれでいい」
「また俺の口が勝手に…!!」
幸せそうに笑ったスザクをよそに、俺は壁にもたれかかるようにして自分の行いを悔いた。
この馬鹿な舌を抜いてやりたいくらいだ。
壁に爪を立てながら自分を呪っている俺の肩を叩いてスザクが笑う。
「大丈夫だよ、そんなルルーシュも好きだから。じゃあ土曜日…楽しみにしているね」
スザクは俺の肩を軽く叩いて笑うと、小走りに廊下をかけていった。
安易に好きだなんていわないでほしい。
素直に困る。いや、本音は嬉しいんだが。
…だが。
「おまえ、底なしの馬鹿だな」
馬鹿という言葉におもいきりアクセントをつけた女の声が背後から聞こえる。
振り返らなくたって正体くらい分かっている。
「盗み聞きとは悪趣味だな、C.C.」
「いや、面白いから見てた」
「どこから?」
「わざとチケット落としたところから」
「最初からじゃないか」
俺はようやく振り返ってため息をつく。
翡翠の髪をした女は呆れたような顔をして、それでも面白いものを見つけたような表情を浮かべている。
ニヤニヤと言ったほうが正しいだろうか。
「いやらしい。ニヤニヤするな」
「いや、おまえがあんまりにも分かりやすいものだから…くく…」
C.C.は腹を押さえて愉快そうに笑うと、ぐいと顔を近づけて笑みを浮かべる。
「よかったじゃないか、両思いで」
それだけを言い残すと、軽い足取りで窓から身を乗り出した。
両思い。その意味が俺には分かりかねる。
誰と誰が両思いだ。
スザクとのことを言っているのなら、それは俺の片思いにすぎない。
あいつは俺を友としかおもってない。
だってそうだろう?
俺たちは男同士なんだから。
「ルルーシュ、もう一度絶叫マシーンシリーズを制覇しよう!」
目を爛々と輝かせてスザクが俺の腕を引っ張る。
まだまだ体力が有り余っているといったふうだ。
俺は既に足が棒になってしまいそうなくらいがくがくになっている。
今日は週末の土曜日…つまりスザクとのデート当日だ。
遊園地についた途端、こいつは「遊園地なんて初めて来た!」と浮かれて俺を色んな乗り物に誘った。
それはいいんだ。初めて遊園地に来たならたくさん遊んでやろうじゃないか。
そうおもっていたのだが、スザクの好む遊具はすべて高速だとか絶叫系。
1回、2回はまだ良かった。10回20回になると心臓が口から飛び出そうになる。
もう地面に立っているという感覚さえない。
俺は酔っ払いのような千鳥足でスザクについていくのがやっとだ。
「…ルルーシュ、どうしたの?ごめん…僕ばっかり楽しんで…」
俺の異変にようやく気付いたのか、スザクは慌てたように辺りを見回した。
そうして、身近なベンチへと俺を寝かせる。
俺の体の中では内臓がぐるぐると回っているようで、今にも口から飛び出してきそうだ。
目を開けることさえできなくて低く唸っていると、額に冷たいものが触れた。
タオル?
「…スザク…うーん…楽しかったか?今日は…」
先にくたくたになった俺が言うのもナンだが。
苦笑した俺を見て、スザクがにっこりと笑みを返す。
すっごく楽しかった、と囁くような声でスザクが言う。
「久しぶりだよ…こうやってはしゃいだのは。何年ぶりだろう?」
そう言いながら、スザクの手が俺の前髪を払う。
楽しそうなスザクの顔が見られたのなら、俺の目的は達成された。
いや、まだ達成されてはいない。
誕生日プレゼントを渡さなければ。
そのためにデートに誘ったのだから。
「…ぐ…スザク、これを…」
俺は上着のポケットに手を突っ込んで小さな小箱を取り出した。
手が震える。
本当は、夕陽の見えるロマンチックな観覧車の中で渡す…というのが理想だった。
何だか最近、おもいどおりに事が運ばないな…。
「…ありがとう。開けてもいい?」
「帰ってからにしろ。適当に買ったものだ…大したものじゃない」
嘘だ。
何十件も店を回って、悩んで、ウェブサイトも見て…徹夜しながら探し回ったプレゼントなんだ。
だから…受け取ってもらわないと困る。
「…これは…」
スザクが小箱を開けると、中からシンプルな銀のロケットが転がり出た。
シンプルなものだけど、俺はこれがスザクに合うとおもった。
もっと高価なものにすればよかったろうか?
でもスザクにピアスだとか指輪などのものは似合わない気がする。
「ふふ、よくわかってるね。僕はピアスや指輪よりもこういうシンプルなものが好きだよ。…ありがとう、宝物にする」
「……」
また口に出してたのか、俺は。
本当に馬鹿だな。
もう自分を罵るほどの気力もないが。
「…ルルーシュ」
ふと、スザクが俺を顔を覗きこんでいるのに気付く。
奴の瞳はほんのすこし細く、キュッとすぼめられていて。
見ているだけで頬が火照る気がする。
俺は目を逸らした。
「…大丈夫?」
不自然なくらい顔を近づけて、スザクが言う。
ひんやりした手が俺の頬から首筋までをゆっくり撫でた。
ぞくっとした、可笑しな感情。
頭の後ろが痺れるような感覚だ。
「…僕、もうひとつ欲しいものがあるんだ、けど。わがままかな?」
「…高価なものか?」
「すごく高い」
「…あまり高いものは、困る…」
「あはは…」
スザクの指はじらすように俺の頬をなぞっていたが、人差し指を俺の唇へ当てて声を低めた。
まっすぐな瞳から目が離せない。
見るな。
目を瞑ろうとした俺を、スザクが制した。
「…ルルーシュのキスがほしい」
スザクは低く、それでもハッキリした声で言うと俺の目を掌で覆う。
俺の頭の中にキスという甘美な言葉が響く。
抵抗にもなっていない抵抗をしようと膝を立てるけれど、すぐに温かなもので遮られた。
「…んっ、く…ふ…はぁ…」
吸い上げるようなキスに、俺はしゃくり上げるような情けない声を上げた。
違う。俺が想像していた結末と全然違う。
こんなはずじゃなかった。
「…ずっと、君がほしかった…ルルーシュが好きなんだ」
それは俺のセリフだ。
スザクの立場も、俺のもの。
こんな場所でそんな事を言われて、頭がぐちゃぐちゃになる。
「んん…はぁ…冗談はよせ」
「僕は冗談なんて言わない」
「そんなこと知ってる!」
俺は滅茶苦茶な事を言って顔を背けた。
そうしている間にも俺の胸中はドクドクと早鐘を打っていて、熱い。
恥ずかしいという感情をようやくおもいだして顔を両手で隠そうとすると、スザクが呟いた。
「君のきもちは知ってたよ。僕はそれを知ってて…でも、言い出せなくて…今日、言わなくちゃっておもった」
真剣なスザクの目が俺を見下ろしている。
何を言ったらいいのか解らない。
ただ口に出せる言葉と言ったら…。
「馬鹿…」
それだけだった。
「僕は馬鹿だけどルルーシュが好きだよ」
目の前の男は俺の髪を撫でながら笑った。
俺が口にするのを躊躇ったことを、こいつはあっさりと言ってしまう。
それどころかポジションまで奪われた。
「…俺も…」
「好き?」
言葉にならない先を、スザクが言ってしまう。
スザクは俺の髪を撫でながら眩しいくらいの笑みを見せている。
そんな顔をされると俺に言えるセリフはひとつしかなくて。
「…馬鹿…」
まるで女がするみたいに、両手で自分の顔を覆った。
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ルルスザと見せかけたスザルルです。ギアス小説第一弾。
どっちのCPも大好きなのですよ(照)