「手作りチョコが作れない!!!」

午前中からずっと食堂を陣取っていた親友は、いきなり怒鳴ると呆気に取られている俺たちの目の前に立ってむすっとした顔のまま言った。
俺は思わず弁当に入っていたタコさんウインナーを落としてしまう。
隣で同じように弁当を食べていた岩崎がのほほんと笑った。

「うんうん、一年に一度のイベントだもんね、女の子が躍起になるのも分かる気がする」

「そう!岩崎よく言った!」

語気荒く言った親友、石田咲良はテーブルを叩いて皿に入った黒い物体を見せた。
多分チョコだったもの。

「家事技能0の私にも作れるチョコ教えてくれないかなぁ?」

両手を合わせてそう言った彼女は、俺たちに断れないオーラを発しているように見える。
俺はようやく食べ終えた弁当箱を閉じて石田へ向き直った。

「…14日まであと1日。家事技能くらい取れると思うけど」

「さっきから何度もやってる!あんたらも見てたじゃない」

石田はぐちゃぐちゃになった厨房を指すと、大きくため息をついてからチョコだった黒い物体をゴリゴリ齧り始めた。
つられるようにして俺と岩崎もそれに手を伸ばす。
…が。

「うぐっ!!」

「うっ!!」

俺と石田は同時にむせこんで口を押さえる。
いやこれは…食べ物じゃない。
というか体が受付拒否をしている。
咥内で留まったまま、喉に通そうとしないほどそれはすさまじい味だった。

「うえっ、口の中ザリザリしてるー…」

石田は水道の水で口をすすぎながらうんざりした顔をしてる。
お前が作ったんじゃないか…。
作っているときに味見でもすればここまで酷くならなかったろうに。
ついでに聞いておく。

「…味見してるかい?」

「何で?私の料理なんだから失敗するはずない!味見なんて凡人のやることでしょ」

…だめだ、こいつナルシストだった。
俺は石田同様に水で口をすすぎながらテーブルの上の物体を見た。
岩崎が何ともない顔をしてチョコだったものを齧っている。

「あはは、きっと歯が丈夫になるね。岩石みたいで美味しいよ石田さん」

どういう褒め方だ。
岩崎は最後の岩石チョコを手に取って品定めするように見ると、石田へと視線を移す。

「うんうん、この堅さならスキュラでも殺せるよね。そんなにチョコが作りたいなら葉月さんに指導してもらうと良いよ」

最初の一言は余計だと思うが、岩崎の提案は俺も良いと思う。
だが、石田は気が進まないらしい。
渋るように眉を寄せて、うーんと唸っている。

「…気がすすまないなぁ…チョコ作れないって知られたら恥ずかしい」

「葉月さんは良い人だよ?…うん、口の中が砂だらけになってきておいしいなぁ…」

岩崎が最後の岩石チョコを口に入れてゴリゴリとかじりながら言った。
確かに岩石を砕くような音に似てるかもしれない。
岩石の形のチョコはまだ可愛らしい、で済まされるかもしれないが味も岩石だとどうだろう。
心配する俺をよそに、二人は会話を盛り上げていた。
話を聞きながら、石田がチョコを渡す相手は俺たちの教師であると知る。
ちょっと罪悪感。
だって俺も渡すしな、チョコ。
それも教師に。
そう言うと、石田はあっけらかんと笑って勝気に言った。

「小島も先生にチョコ渡すの?じゃあライバルって事か…余計燃えてきた!」

「男以前に兄弟同士なのにね、あはは」

岩崎が何だか余計な事を言っているが気にしない。
俺は先生に、いやいや兄さんにチョコを渡すつもりだ。
ブラコンだろうが関係ない。
…家事技能0な石田さんだけには負けない自信があるんだが。

「あっ、小島…今私には負けないぞって思った!?」

「おおお思ってないさ」

「小島くん…嘘はよくないよ、嘘は」

「嘘じゃないって!」

思いっきり心の中読まれてた…。
今度からはこっそり考えよう。
そう思いながら弁当を袋に仕舞うと、頭に柔らかいものが触れた。

「忘れ物だぞ、弟」

柔らかいトーンの声が頭の上からかかる。
はっと顔を上げると、穏やかな顔の兄がいた。
手には、いつ落としたのか俺のシャーペン。
それを受け取ると、俺の後ろから石田が顔を覗かせた。

「空せんせーっ、バレンタイン…チョコ以外に何か欲しいものある?」

チョコが作れないから他の攻撃できたか。
一応俺は家事技能レベル1だが、やっぱり失敗は怖い。
手っ取りばやいのはヤヴァネットで何か兄さんが好みそうなものを買えば良いんだけど…。

「ん〜?先生に何かくれるのか?はは、嬉しいなあ…生きててよかった。チョコ以外に欲しいものか…」

兄はほのぼのと笑いながら頭をかいた。
石田が少し頬を赤らめながら答えを待ってる。
言葉少なに答えを待っていると、兄はみつあみを指でいじりながら嬉しそうに言った。

「…やっぱり自爆装置かなっ!」

「……なんかもっと可愛いのないの!?」

語尾にハートマークが付きそうな兄さんの答えに石田がガックリと肩を落とす。
俺は、兄さんが喜ぶなら自爆装置でも何でもいいけどやっぱりバレンタインだからチョコを渡すべきだと思うのだが。

「弟、お前も何かくれるのか?」

「うん?ええ、まあ…気が向いたら」

曖昧に頷いて返すと、兄は拗ねたように唇を尖らせて返事をした。
俺の答え方が悪かったらしい。
声をかけようとすると、兄はひらりと片手を上げてきびすを返してしまう。

「ほら、午後は美術の授業だぞ。早く教室に戻ってきなさい」

兄は教師らしくしっかりとした声色で言うと、さっさと食堂から出て行ってしまった。
あの人は何を怒っていたんだろう。
すると、後ろから軽く肩が叩かれる。
石田かと思ったが、それは違った。

「だめだねー、あんな事言ったら。空先生のことが本命なんじゃないのかい?」

「…だって俺男だし…弟だし…石田さんに貰ったほうが喜ぶとおもう」

「ん?らしくないなぁ、小隊長。大丈夫大丈夫、しっかりしなよ」

岩崎は大人びた口振りで言うと俺の背中を叩いて笑った。
何が大丈夫なのかは分からないが、口に出してしまうと幾分気が楽になった。
そのまま午後の授業を受けた俺は事前に通販で頼んでおいた湯煎ブロックチョコを手にして厨房に閉じこもる。
目指すは…本命チョコレートの作成と家事レベル向上だ。
腕まくりをして、一人気合の入った俺を、ペンギンが見つめている。
頑張れよとでも言いたげだ。
俺は小さく笑ってすぐに作業を開始した。

「あーっ、小島!」

ふと裏口から声が聞こえて振り返ると、買い物袋を手にした石田がいる。
急いで走ってきたのか、コートを着たままで頬が赤くなっていた。
俺はチョコを取り出しかけてそのまま止まった。

「…石田さん、なんでこんなところに」

「それはこっちの台詞!…も、もしかしてあんたも…チョコ作るの?」

石田は両手に買い物袋を持ち直すと困ったような顔をして俺を見た。
俺は作業の手をやめて石田を手招く。

「おいでよ、俺と一緒に作ろう」

「で、でも…作り方分からないし」

「…心配しなくても俺が手取り足取り腰取り教えてあげるよ」

「……小島のえっち!」

「…そ、そうか?」

「…よ、よくわかんないけどやらしい」

何だかんだと言いながら石田は俺と向かい合うようにして立った。
相変わらず俺たちを見守っているペンギンを見て、石田が満面の笑みを浮かべる。

「作り終わったらあんたにもあげるねっ!感謝しなさいよ」

その微笑みは無邪気な女の子なんだが、ペンギンも身の危険を感じているのか激しくかぶりを振っている。
安心しろ、骨なら拾ってやるから。

「じゃあ早速作ろうか」

「うんっ」

話し合いながらチョコを溶かして、型に取ったりチョコチップや菓子を乗せたりしてみる。
なかなか上手くできていると思う。
石田の様子も伺おうと目を向けると、何やら焦げ臭い匂いが。

「…何やってるのかな、君」

じゅう、と何かが跳ねる音が聞こえる。
石田はフライパン片手に笑った。
フライパンの上にあるのは、あの岩石チョコ。

「手作りチョコっ!」

「それはもはやチョコじゃないっ!!」

俺が突っ込むとペンギンが呆れたようにため息をついた。
そうして、フライパンを指差してかぶりを振る。
それから冷蔵庫を指差した。
ペンギンにチョコの固め方教えてもらってる女の子って一体……。

「えっ?なあに、ペンギン。何でフライパン使っちゃだめなの?」

「…それが普通だからだよ」

「えーっ、フライパンのほうがこんがりしてて美味しそうなのに?」

「それがあの岩石チョコになったんじゃないか!さっさと残りのチョコ溶かして来て下さい」

「小隊長だからって私に命令するな小島のくせに!」

石田はむくれたように言うとフライパンにかかっている火を止めて使わずに置いていた板チョコを取り出した。
その間に、俺は自分のチョコを冷蔵庫の中へと入れる。
同時に、警報が鳴った。

「げっ、幻獣警報!?何もこんな時にこなくても…」

俺たちは作業の手を止めると、そのまま厨房を飛び出した。
残されたペンギンが、小さくクァーと鳴いている。
分かってるさ、すぐに戻るよ。
…と決めて戦地へ向かったものの、体力気力共に磨り減っていたためか注意力散漫で被害を多くしてしまった。
戦車も一機駄目になったし…バレンタインどころじゃない。
結局、みんな徹夜で修理に励んだ。
冷蔵庫の中のチョコなんかすっかり忘れて。


翌朝、眠った頭で学校への道のりを歩いていると思い切り後ろから背中を叩かれた。
思わず前のめりになる。

「おはよー小島!昨日のチョコ見にいこうよ」

俺の後ろで石田が笑った。
まあ、忘れてたから言ってくれて嬉しいんだけど。
揃って教室に行かず厨房へと走ってみると、まだ昨日の状態ままでチョコや袋が残っている。
そっと冷蔵庫を開けると、ちゃんと冷えて固まったチョコレートがあった。
ゆっくり取り出して、それから用意していた包装紙にくるむ。
何だか、すごくドキドキしてきた。

「石田さん、チョコあった?」

ずっと黙りこくっている石田が気になって振り返ると、彼女はボウルを手にしてガクリと肩を落とした。
作りかけという嫌な言葉が頭をよぎる。
ちらりと見やると、ボウルの中には寒さで凍ったのかカチカチのチョコレートが入っていた。
ヘラを使ってこびりついたチョコを取りながらカップへと移す。
大きくため息をついている石田をなだめながら俺は後片付けを始める。
食堂のおばさんがいつ来るか分からないし早く片付けておかないと怒られるだろう。
時計を見ると、もうとっくに一時間目は始まっている。
遅刻だな、これは。
そんな事を考えながら片づけを終えると、後ろに大きな影ができた。
振り返ると…。

「…ったく、何やってんだお前ら」

教科書を片手に持った呆れた顔の教師、だった。
みっちり絞られた俺たちは食堂の手伝いをさせられて午後の授業を受けて、それから…あっという間に授業は終わった。
午後はみんなそれぞれ、訓練したり食事したり雑談していたりと様々だ。
俺がチョコを渡そうと思っている想い人は大きな欠伸をするといそいそと教室を出て行った。
そのままどこに行くのかと思ってついていくと…屋上にたどり着く。
兄は屋上の雪だるまを眺めながら上着のポケットからゆっくりとワンコインで買ったのであろう酒を手に持ってご機嫌そうな顔をしている。
酒を飲んで、大きく満足げなため息を吐く兄に声をかけるべきか迷ったけど、俺は意を決して声をかけた。

「弟じゃないか。どうした?酒の匂いにつられてきたとか」

「…兄さんじゃないんだからそんなことない」

俺は後ろ手に隠し持っていたチョコの袋を兄の前へと差し出す。
兄は酒を片手にきょとんとした顔をしてたけど、すぐに何なのか察したらしい。
目を瞬いてから慌てたように口に手を当てている。
反応が乙女で可愛いな…笑い方はオヤジだけど。

「えーと…弟、それは他の奴にあげるチョコじゃ…」

「兄さんに」

俺はぶっきらぼうな言い方をして袋を兄の胸へ押し付ける。
何ともうまい言い方が出来なくて、つい捻くれた言い方をしてしまう。
兄は押し付けられたまま、そのチョコを受け取った。
俺の顔とチョコを見比べるように、伺うように見てから袋の中からチョコを出す。
形は崩れていない。OKだ。
チョコを睨むように見つめていると、兄は苦笑して俺へチョコを差し出す。

「…ありがとう。お前も食べてみたらどうだ?」

そう言われて控えめに口元へ差し出されたチョコを軽くかじると、やっぱりプロのようにはいかないものなのか、少し固かった。
カリカリとチョコをかじっている兄さんを見て、少し申し訳なくなってしまう。
俺は雪だるまに視線を移した。

「石田さんからは貰ったの?」

「ん?ああ、何だか岩石みたいなチョコとセットでもらったぞ。嬉しかったなぁー…」

それは食べちゃだめだ。
内心突っ込みながら、俺は兄へと目を向ける。
兄は俺の作った一口サイズのチョコを口の中に入れて満足そうに笑ってくれる。

「ホワイトデーにはお返ししなきゃな」

「…楽しみにしてるよ」

そういって笑うと、ふと兄は俺に顔を近づけてチョコの甘い匂いをさせた。
口の端にチョコがついていて、何か可愛い。
ちらちらと雪が降り始めてきたのか、俺たちの周りを白いものが舞っていた。

「…なあ弟。何で抵抗しない?」

すぐ近くに兄の吐息を感じる。
抵抗しない理由を聞かれた。
そんなのとっくに分かりきってることじゃないか。
俺は兄のおとがいを掴んだ。
不意打ちの事だったのか、兄は僅かに身を強張らせている。
驚いたような表情がとても可愛い。

「…知ってるくせに」

そう言って兄の唇に自分のものを、できるだけゆっくり重ねる。
甘ったるい味だ。ミルクのような、濃厚な味。嫌いじゃない。
いつしか貪るようになった口付けをゆっくり解いて兄の肩に顔を埋めると、彼は俺の背中を軽く叩いてくれた。

「…ありがとうな、最高のバレンタインだ」

「何で最高なんだ?」

「そんな事も分からんのか?…確信犯なんだか、天然なんだかわからんなお前は。知らなくていい」

「…兄さんはずるいよ」

「ははは」

少しムキになって言い返す俺と、上機嫌な兄。
口の中には、ほんのりと酒の味がした。
大人の味だな、なんて思いながら兄の肩に頬を乗せたまま目を瞑る。
ドッと疲れが押し寄せてきたような気がして、俺はゆっくりと心地良い流れに身を任せた。

















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GPOのホモ小説第一弾。航空になります。