「小島くーん、待っておくれよー」

白い息を吐き出しながら他人行儀っぽく恋人の名前を呼んでやる。
しかめっ面をして僕の前を早足で歩く男は僕の声に気付いたのか目を僕に向けて、すぐに顔を背けた。
僕は少しだけ早足になりながら何とかその男の隣に並ぶ。

「もう、せっかくのデートなのに恋人らしくないじゃないか。腕くらい組もうよ?」

「いつ、誰が、どこで、誰と、何で恋人になったんだ?」

翡翠のつり目が僕に向けられた。
子供っぽい表情が可愛いけど声は冷え切っている。
整った顔立ちと白い肌、パッと見ただけでは男に見えない僕の恋人。
名前を小島航っていう。
僕よりもひとつ年上の学生だった。
ああ、ってことは小島くんは僕の先輩ってことになるのか。

「うんうん、小島くんは質問が多いねぇ」

「…お前が買い物があるっていうから付き合ってるだけだろ。誰が恋人だ、ふざけんな」

航はそれだけ言うと肩まで切りそろえられた髪をなびかせてスタスタと先に行ってしまう。
あっちゃー。
僕は軽く額を叩いて笑った。
怒らせてしまった。
でもそんな恋人の顔が好きだからついついからかいたくなってしまう。

「そうそう、買い物があったんだ。いいコスプレショップがオープンしたんだって。このご時世なのにお店を開店するなんてすごいよね」

「…コス…何だと?」

駆け寄った僕に対して、恋人は不審そうな顔を返す。
僕は笑って「コスプレ」だと復唱した。
航は目を丸くして、少しだけ機嫌を戻したのか不思議で仕方が無いといった表情を浮かべている。

「…で、コスプレってのは何なんだ」

「ん?行けば分かるよ」

僕は少しだけ大胆になって、航の手を握った。
思いのほか冷たい手だ。
もう片方の手はコートの中に入っていたけど、出されたほうの手はとても冷たかった。
航の目尻が僅かに赤くなる。
無言で手を振り払われた。

「…行くぞ」

コートを翻して、またさっきのように航が先を歩く。
本当にガードが堅くてつれない子だ。
つい数日前、大雪の降った木曜日、僕は屋上で航に告白した。
よりにもよって寒い風と雪が叩きつける真夜中だ。
さすがに迷惑そうな顔をしていた航だったが、僕の告白を聞くとすごく怒ったような顔をして帰ってしまった。
告白は失敗…いや、そうでもない。
翌日、僕の家の前で朝の6時から弁当片手にずっと待っていてくれたのは彼だったんだから。
だから告白は無言の了承を得ているのだと解釈した。
いや、了承されているんだろう。
僕は小走りになって、航の隣に並んだ。
それが不服だとでも言うように航が僕を睨む。

「…何だ」

「店の場所知らないだろう?だから僕が先を歩くよ」

それだけ言って航の姿を追い抜くと、不意にコートの裾が掴まれる。
僕は少しだけ笑ってから、すぐに笑みを消して振り返った。
航が何か言いたげに口を開けてそれから閉じる。

「どうしたんだい?」

できるだけ航の感情を刺激しないようにやんわり言うと、航は軽く下唇を噛んだ。
そろりと僕の腕を引き寄せて視線を背けてしまう。
言葉には出さなかったが「先に行くな。一緒に歩け」って言うことなんだろう。
さっきは航が先を歩いていたくせに、わがままな子だ。
僕は顔の近くにある綺麗な黒髪に口付けた。
柔らかくてしっとりした僕の大好きな航の髪。
航の表情に合わせて揺れるし、冬の太陽に当てられてきらきらと光る様子はとても美しい。
僕は髪から唇を離して航を見た。
僕より少しだけ背の高い君は、眉を寄せて強張ったような表情を浮かべていたけど小さく唇を動かしてみせる。

「言いたいことがあるなら言え」

航は顔を隠すように視線を逸らす。
彼は本当に女の子みたいな顔をしている。
この顔のせいで苦労してきたっていうのを聞いたことがあるなぁ。
もちろん本人からじゃなくて、小島先生や谷口くんからだ。
散々言い寄られたり、そういう趣味の人に声をかけられてきたためか航は普段からうんざりしたような顔をしていた。
そのせいか、物言いもすごくキツイし突き放したような雰囲気を纏っている。
そんな彼が僕に気を許してくれるのは何でだろう。
僕も君を狙っているひとりなのに。

「髪が綺麗だなぁとおもって見ていただけだよ」

僕は笑みを返してから、その髪を手で梳いてやる。
指に引っかかる事もないさらさらした黒い髪が気持ちよかった。
ゆっくりと航の髪を一掴みして、さらさらと零していく。
ふっくらとした頬に黒い束がかかった。
航はその様子をじっと見つめていたけど、すぐに長い睫毛を陰らせる。
おや、失言だったかなとおもったとき、航はおずおずと僕に目を合わせた。

「…朝、梳いてきたんだ。兄貴が…岩崎が喜ぶだろうからやれって」

航は拗ねたような、照れくさそうな、そんな声で言った。
あの空先生が、そんな事を言ったなんて何だか笑ってしまう。
普通は女の子がこういう事をするんだろうけど、航がやると余計に可愛いなって感じた。
僕の心中を察したのか、航はきつく眉を寄せて手を払う。
いつもどおりの近付きがたい航の顔がそこにあった。

「勘違いするな。俺はお前を喜ばせたくてやったんじゃない。…兄貴がうるさかったからやったんだ」

「うんうん…ちゃんと分かってるよ」

僕はそれだけ言うと、航の前髪に口付けをした。
突き飛ばされるだろうかと構えていたものの、航は何もしない。
表情を盗み見てやろうとして視線を上げる僕。
航はぼんやりと僕を見つめていた。
翡翠の瞳が僕の行動を待つようにじっと見つめている。
その瞳に見つめられることが耐えられなくて、僕は航の手をきちんと掴んだ。

「行こうか」

少しだけ強く引っ張って歩き出すと半歩遅れてついてくる航の足音が聞こえる。
手を握り返してくるぬくもりが少しだけ熱くなってるのが僕のせいだとおもうと少し照れくさいな。
僕らは付き合ってるんだ。
だから手を繋いでいてもおかしくない。
少しだけ振り返って航の顔を見ると、君はハッとしたような顔をして唇を真っ直ぐに結んだ。
まずい顔を見られたとでもおもってるんだろうか。
僕は笑みを堪えながら目的の店へと入った。
そこは女の子向けの可愛い店で、航に似合うんじゃないかな、なんておもっていたりする。
僕に続いて店に入ってきた航は眉を寄せてから僕を見た。
どういうつもりだ、とでも言いたそうだ。
僕は入口のすぐ傍にあった半ズボンのような、かぼちゃぱんつのような履物を手に取る。

「…ドロワーズって言うんだって。スカートの下に履くみたいだよ。ふわふわしてて柔らかいんだね」

そう言って値札のついたドロワーズを航に見せると、彼は嫌そうな顔をして僕を見た。
僕はその中で一番安いものを手に持ち、黒い生地と白いレースのスカートを手に入れる。
スカートはセパレートだったから上下がセットになっており、ヘッドドレスもついている。
そのままレジに出すと、店員が僕の後ろにいる航を見て僕の彼女か何かだとおもったのかにっこりと笑う。
悪い気はしなかった。

「やあやあ小島くん、待たせたね」

僕は軽い足取りで、いつのまにか店の外に出てしまった航の傍へ近付く。
航は何も言わなかった。目も合わせちゃくれなかった。
ただ地面を見つめて、何かもうんざりしたような顔をしている。

「石田とか横山と行けばよかったじゃねぇか」

航は僕を見てぽつりと呟いた。
苦笑しか返せない僕を見て航が喋るのをやめる。
そうして、不意に僕へ手を伸ばすと意外と強い力で僕の腕を掴んだ。

「わ、小島くん?」

僕の声に、航の手が止まる。
腕を掴んだまま強く歯を食いしばって僕を見つめていた。
掴まれた腕が痛い。
翡翠色の瞳が大きく揺らいでいた。
僕には航が泣きそうに見えてしまって、空いたほうの手で彼の頬を撫でる。
ふっくらとした航の肌を撫でたとき、ぽろりと小さな雫が滴った。
航の手が僕を弾く。

そうして、航の瞳から止まらない涙はぽたぽたと白銀の絨毯を濡らしていった。
道行く人々が僕らを見てる。
傍から見たら僕が女の子を泣かしているように見えるよね。
僕は苦笑しながら航の肩を抱いて足早にそこから離れた。
僕より年上で背も高いはずなのになぜか可愛いと言う言葉が似合う君は目尻を伝う涙を拭きながら僕に歩幅を合わせた。
人通りの少ない路地まで歩くと、航の足が止まる。
閉店してしまっている店と店の間、ゴミ捨て場になっている場所へと入り込む。
僕らの左右は店の壁だ。
航は目尻を拭いてから至近距離にいる僕を見た。

「…その服、誰に着せるつもりなんだ」

「え?」

僕は言葉につまった。
あんな泣き顔見せられたら「君に着てもらいたい」なんて言えないよ。
女顔に見られる事を一番嫌ってる君にそんな事言ったら絶交されるだろう。
僕が黙っていると、航もおなじように黙った。
僕の心中が分かるのだろうか。

「…何が、"好き"だ。嘘つき野郎」

航の口から暴言が飛ぶ。
そうして、僕の肩に顔を埋めると強く抱き寄せてくれる。
だが、暖かいというよりもどこか張り詰めたような空気が僕たちの間に流れていた。

「…嘘つき?」

「そうだ、俺が好きだって言っておいてお前はそんな服の買い物に付き合わせて…」

航の言葉が飲み込まれる。
僕を見つめる翡翠色の瞳が揺れていた。
背中に航の腕が回る。
航は再度僕の肩に顔を埋めると、小さく身を強張らせた。
僕に彼を抱きしめる権利は無い。
だから腕を下ろしたまま黙っていた。
すると、不意に体を離した航に至近距離で見つめられる。
航はつり目がちの瞳を細めると、僕の頬に手を当てて言った。

「教えてやろうか、俺の気持ち」

いつも無感情な彼の声に震えが混じっている。
長い睫毛に影を落としていて、とことん君は綺麗な顔をして僕を見る。
僕が何も言わないでいると、航は強く唇を引き締めてから目を瞑った。
同時に、ずっと欲しかった唇が重なる。
僕が後ずさろうとすると、強引に引き寄せられた。
間近で見る航の睫毛は震えている。

「ん、んん…岩崎」

航は息を切らせながら僕の後頭部に手を当てた。
先生がこれも指示したんだろうか、航の体からは僅かに花の香りがする。
本当に女の子みたいだ。
僕はそっと航の腰に手を回す。
細くて、折れそうな腰に。

「お前が好きだ」

額を突き合わせたような格好のまま、航は小さく言った。
そうして僕が手にしている袋を苛立たしげに見つめると、ひったくるように取り上げる。
何をするのかとおもって取り返そうと袋を掴むが、鋭い翡翠の瞳に睨み返された。

「他の女に着せるくらいなら、俺が着てやる。お前が、こういう服が好きだって言うなら他の女よりもずっと綺麗に着てやるぜ」

航は勢いに任せてそう言うと、乱暴に袋の中に手を突っ込んで僕が買ったあの服を取り出した。
ああそれは。
女の子に着せるために買ったんじゃないよ。
誤解しないで。
君に着て欲しくて買ったんだよ。

「小島くん、違…」

「うるせえ黙れ。それ以上喋ったら殴る」

航は低い声でそう言うと制服の上着を脱いだ。
体育の着替えの時もこんな気持ちで見た事はないのに航の体が僕の目の前に晒される。
航は手馴れた仕草でネクタイを解くとワイシャツのボタンをひとつひとつ、もどかしげに外していく。
シャツの合わせから覗く白い肌にドキッとした。
見た目どおり細くて適度に引き締まった体が綺麗だ。
航は僕が買った上着付きのスカートを手に取ると、どこから着るのか迷っているような顔をしたがすぐに頭の上からそれを被った。
綺麗な黒髪に、黒と白の服はよく映える。
まだ履いているズボンを脱ぐ為に航がスカートを捲り上げた。
ベルトがカチャリと音を立てる。
同時に、地面にズボンが落ちた。
残ったドロワーズを手に取ると不思議そうに眉を寄せた後、僕の表情をうかがうように目を合わせてズボンを履くようにそれを着用してくれた。
ヘッドドレスはカチューシャをつけるような感じで頭にはめてくれる。
そうして出来上がった姿は、日本人形という言葉がよく似合う可愛い女の子に見えた。
膝丈でふわりと広がったスカートには短いエプロンがついており、ちょっぴりメイドのようにも見える。
僕がまじまじと見つめていると、航が口を開いた。

「…岩崎、気持ち悪いのか綺麗なのか…さっさと言えよ。気持ち悪いなら脱ぐから」

「え」

気付くと、航は顔を赤らめている。
そうだよね、こんな服着て恥ずかしくないわけないし。
僕はさっきまで触っていた黒髪に手をやった。
恥ずかしそうに目を伏せた航が可愛らしい。
揺れる翡翠の瞳に、イケナイ炎が宿っている気がした。

「すごく可愛いよ」

「な…可愛いじゃねえ。気持ち悪いのか綺麗なのかって言ったろ」

「んー、小島くんは綺麗だけど今は可愛いんだよなぁ」

僕は上機嫌になって航の頬を撫でた。
誤解、とかなきゃ。
航の頬を撫でながら僕はおもむろに顔を寄せる。

「ねえ…その服、小島くんに着て欲しくて買ったんだ」

「え」

初めて、航のきょとんとした顔が見られた。
つり目がちの瞳を丸くして、無防備に可愛い顔を見せてくれる。
いつも感情を隠している小島くんもこんな顔ができるんだねぇ、なんておもいながら、僕は深く息を吸い込む。

「でも小島くんに嫌われてるかな、っておもっちゃって言えなかった」

僕の言葉に、航が押し黙る。
いつもの感情のない瞳だ。
けれどおずおずと目を合わせた航の顔は赤く染まっている。
航は、不意に肩を竦めると恥ずかしそうに俯いてから僕の頬にキスをした。

「馬鹿野郎」

言葉遣いは乱暴だけど、その行為はとても優しくて、僕は何だかくすぐったい気持ちになってしまう。
頬だけじゃ満足できなくて、その唇に自分のものを重ねると航はすぐに応えてくれる。
ちゅう、と唇を吸い上げて、大好きなデザートをじらして食べるみたいにゆっくりと舐め上げてく。
航は僕の行為を追いながら、それでも控えめに応えてくれた。
そっと、航の足の間に僕の片足を割り込ませると、航がびくりと震える。
スカート越しに足で触れるそこは少しばかり堅くなっていた。
それに気付いたのか、航は僕の足を押しやるように両手で押さえる。

「よ、よせ…違う!」

「何が違うの?」

僕の声に、航が身を竦めた。
ふとももで軽く航の下腹部を押してやる僕の行為に航がきつく目を瞑った。
ヘッドドレスのフリルが目の前で震える。
僕の問いに答えるように、航の口がおずおずと開く。

「…こんなの、俺じゃない」

そう言って目を合わせた航の瞳があんまり綺麗だったから、僕は急速に高まった熱をどうにかしたくて航を壁に押し付ける。
ゆっくりと足を引いて、膝で下腹部を二度ほど押すと航がいやいやとかぶりを振る。
その顔がもっと見たくて、僕は膝を使って下腹部をぐりぐりと刺激してやった。

「あ…ぁ…うあ…いわ、さき…やっ、あ…ちが、違う…」

航はしきりに、違う違うと言いながら僕の足をしっかりと両手で押さえてくる。
それでも僕の行為の妨げにはならなかった。
僕は自分の唇を舐めると、押し付けるように航へと口付ける。
小さな抗議の声が聞こえた。

「んんっ…んっ、んふ…」

下腹部を刺激されているからだろうか、航の吐息は上擦っている。
僕は膝で航に快感を与えていた。
上着のフリルに手を突っ込んで、素肌に手を伸ばすと航の片足が僕の腰に絡む。
その脚で僕の腰を寄せて、離さないと言うように極上の甘ったるい声を聞かせてくれた。

「ん、小島くん…気持ちよくない?」

僕は分かりきっていることを聞いた。
唇を離して、恋人の顔を覗きこむと、君は口の端に黒く綺麗な髪の筋を貼り付けて、大きくかぶりを振る。
長い睫毛が濡れていた。混乱から涙がこぼれたのだろうか。
僕が貪った桜色の唇が小さく動く。

「ち、違う…こんなに感じるなんて、俺…おかしくてっ…。男にこんなことされるの初めてなのに…違うっ…」

航はかぶりを振りながら自分の額を押さえた。
その顔は赤く染まっている。
僕が何か声をかけようとすると、その前に航が口を開いた。

「…俺は、この顔のせいでいっぱい嫌な目にあってきた。でも…」

そこで航が息を飲む。
航の頬を涙が伝った。
それを拭いながら言葉の続きを待つ僕。
航は大人しく壁に体を預けたまま小さく呟いた。

「こんなことしたいっておもったのはお前が初めてなんだぜ…?こんな馬鹿げたこと…」

僕は航の言葉を黙って聞いていた。
それから自然と口元に笑みを作る。
そうして航の耳へ口を寄せると、風にさえ聞かれないくらいの小さな声で言った。

「君の言う馬鹿げたことがどんなに気持ちいいか、教えてあげる」

「んっ…」

僕はそろりと航のスカートをまくりあげて、ドロワーズの中に手を入れた。
ドロワーズの腰周りはゴムでできており、航みたいに細身な男子なら十分入るサイズだ。
僕は航の表情を伺いながら、すぐ傍に感じた熱を指で弾く。
甲高く、押し殺したような声が聞こえた。
航は壁によりかかったような格好で僕の行為を受けている。
壁に爪を立てている航が可愛くて、ちょっと意地悪な気持ちになる。
もちろんそんなことはしない。
僕も優しくしてやりたいから。

「小島くん、先のところ触られると気持ちいい?」

「んんんっ…!」

僕が少しだけ手を動かすと、航は背筋を伸ばして艶かしい声を上げた。
そうしてスカートの端を乱暴に銜えて、ぜぇぜぇと荒い息をつく。
気持ちいいんだろうな。
僕は先端を親指で軽く押してやりながらそれを擦りあげていく。
はらりとスカートが航の口元から落ちた。
航の口はだらしなく開いている。

「っあ!…あぐ、っひ…んんっ!あぁあ…んっ…」

航の吐息や声、ひとつひとつが一際艶かしくて、僕はそれだけでもっともっと航のトリコになってしまいそうだった。
彼は僕を狂わせる気なんだろうか。
そうおもっている僕とは逆に、彼は彼で切羽詰っている様子だった。
初めてなのだと言ってたよな、だったらこんなふうに他人から快感を与えられる気持ちも知らないはず。
きっと彼は混乱しているんだろう。
何度も言い続けている"違う"って言葉もそれなのかもしれない。
僕は後ろのつぼみに指を忍ばせた。
航の体が強張るけど、抵抗はない。

「ねえ航、好きだよ」

照れくさいけど名前で呼んでみる。
航は肩で喘ぎながら僕の言葉に反応した。
翡翠の瞳に涙をいっぱいためて僕の事を見つめていてくれる。

「お、俺も…好き…好きだッ…嫌いになれるわけね…ひァ…ふあ…」

体内の異物を感じるのか、航が苦しそうな声で言った。
既にかたくなってしまった僕のものを解放して航の入口に押し当てると喉を引きつらせたような声が聞こえる。
僕はゆっくりと挿入を開始した。
もちろん、いきなり入る訳ない。
痛いくらいの締め付けが、航のきつい性格をあらわしているようで、少し笑みが浮かんだ。
それでも航は僕を迎え入れようと、何度も呼吸を繰り返している。
僕と目が合うと、航は少しだけ笑ったように見えた。

「…奥まで、しても平気…っだから」

短くそう言った航の声は僕の耳に染みこんでいく。
平気なんかじゃないくせに、君は優しく笑う。
こういう時だけそんな笑顔を見せる。
笑顔はとっても上手いのに、君は感情表現が下手。

「気持ちいいって言ってごらん?」

僕はゆっくりと挿入を繰り返しながら極力優しい声で言った。
航の口が小さく動く。
時折艶めいた吐息を吐きながら、それでも僕に応えようと航が口を開いた。

「き、気持ちい…っ…ふぁっ…」

航はか細い声を上げながら僕にしがみついてくれる。
本当に、腕の中の相手は小島航なのかとおもってしまうくらい可愛くて綺麗で、可憐な少女みたいだ。
そう、君は良家のお嬢様。
そして僕はそんなお嬢様をたぶらかすイケナイ犯罪者。
…そんな脚本、どう?

「航、もっと声聞かせてごらん?すっごくえっちで最高の声、聞きたい」

僕は、花のにおいを感じながら航の体を強く抱きしめる。
汗と香水の匂いが混じったのか、その匂いはちょっと濃かった。
フェロモンみたい。
僕の行為をすべて受け止めて、大人しく応えてくれる君は可愛い声を上げて背の壁に身を預ける。
こんな顔を他の人に見られたらそいつは、きっと航の色香に夢中になってしまう。
どんなノンケでも、こんな可愛い顔をして抱きついてこられたらおしまいだ。
なんて酷い媚薬だろう。
悪い子だよ、君は。
この僕までトリコにして、ドロドロに溶かすんだから。

「はぁっ、あ…ぁあっ…んぁ、仲俊っ…んうぅ…!」

航は僕を名前で呼ぶと、とびきりの甘い声を聞かせてくれた。
形の整った桜色の唇が僕の名前を呼ぶために形作るたび、ぞくりと背筋を快感が駆け上る。
愛してるよ愛してるよ愛してるよ。
僕はそう言い続けながら、まるで子守唄を聞かせるみたいに航にキスの雨を降らせた。
好きなんだ、君が。

「ひあ…ふっ…あああぁっ!!!」

一際甘い声を上げた君につられるようにして僕は航の体内に熱くてドロドロしたものを注ぎ込んだ。
びくりと航の体が大きく跳ねる。
突き出された舌がいやらしかった。
いつも大人しい航が…こんな顔もできるんだ。
僕は突き出された舌に自らの舌を絡めて深いキスをした。
求め返してくる舌が、離さないでとでも言うように僕に吸い付く。
互いの吐息が交じり合って、すごく甘美だった。

「あ、はぁ…あ…仲俊、はぁっ…好き…」

甘ったるい声を上げる君は、ゆっくりと腰を落として座り込んだ。
白濁で下肢を汚して、ぽうっとした顔の君を見ているとイケナイ事をしてしまったような気分になる。
でも、そんな僕の心中に気付いたのか君は恥ずかしそうに笑って言った。

「…そんな顔するな。恥ずかしい声出してた俺が馬鹿みたいだろ」

ぶっきらぼうに言いながらも、君は普段よりも少し柔らかい笑顔で僕の腕を引き寄せる。
同時に重なり合った唇があったかい。
変なところで大胆な航に圧倒された僕は苦笑気味に航の額と僕の額を当てた。
きょとんとした航の顔が、すぐににっこりとした無邪気なものに変わる。
おもわず心臓が跳ねた。
どうしてこんなに僕の寿命を縮めるような笑顔を見せるんだろう。
ああもう、イケナイ子。


















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アニメ岩航ですー。ひー!!ごめんなさ…!