「私の名前を覚えてる?」

彼女は確かにそう言った。
日をあまり浴びていないのか、白い肌をした俺の最愛。
深く赤い炎のような瞳をちらちらと揺らしている。
その赤い瞳は燃えるように綺麗なのに、彼女の命のともしびは消えかかっているのだと察した。

「石田咲良。君は石田咲良だよ」

「うん…そうなの」

頬を撫でてやると、彼女はこくりと頷いて目を閉じた。
誰もいない食堂から渡り廊下までの長い道で。
俺は彼女を壁に押し付けるようにして抱きしめた。
互いの心音が高鳴っている気がする。
俺は、彼女の頬に手を当てて、そっと青い髪を梳いてやるとなるべく安心させるように笑った。

「じゃあ俺の名前は?」

「こじま、こう」

「よくできました」

俺は彼女の頭をゆっくり撫でて、それからじょじょに彼女の唇へと目を移した。
小さく薄い唇を噛んで君は俺の事を見上げている。
怯えた子リスのように壁を背にして、少しだけはにかんだ。
大丈夫だよ。
俺はそう言って、彼女を抱き寄せる。
夕暮れの放課後で、ふたつの影がゆっくりと重なった。

「私、たぶん…もうすぐ死ぬ」

「何を言ってるんだ…君は死なないよ」

「こじまには分からない」

彼女は俺から抱擁を解くと、ゆっくり自分のこめかみに人差し指を向けた。
赤い瞳が、俺を映す。

「最近、よく人の名前をわすれるの」

彼女ははっきりした声でそう言うと、俺の制服のネクタイに手を伸ばして手遊びしながら続けた。
俺の頭の中が、だんだんと現実を受け入れなければならない方向へ動いている。
自然と、手が拳を作った。

「私が死んだら、葬式をするの?こじまも黒い服を着るの?」

彼女は淡々とした声で言った。
そうして急に俺の体を抱きしめると、喉から搾り出すような声が聞こえた。

「私、天国なんか行きたくない。こじまと、そらせんせいと…りょうまと…みんなでいっしょにいたい」

小さな体が震えている。
俺はただ、彼女の体を抱きしめる事しかできなかった。
咲良、と名前を呼んで強く抱きしめる。
彼女は俺の服を強く掴んで応えてくれた。

「…こじま、そうやって呼んでてね。私が忘れそうになったら…ちゃんと私の名前呼んでね」

「…うん、分かった」

微弱な体温が服越しに伝わってくる。
出来るなら直接触れ合いたいとさえおもう。
けど、そんなことをしても彼女の死期が遅れるわけではない。
彼女が死亡することは、確定していることで。
俺はただそれを黙って見ているしかできないのかな。

「…咲良、俺の名前も呼んで」

彼女の髪を撫で上げていきながら掠れきった声を上げると、君は小さく笑って応えた。

「…航。これでいい?」

「もっと聞きたい」

「航、こーう。こう…コウ」

「一生分聞きたい」

「上官に生意気言うなっ!」

「ふふっ、ごめんなさい…隊長」

俺はつい漏れてしまった笑みを押さえながら言う。
目の前の小さな隊長は俺につられて笑むと、再度名前を呼んでから吐血した。
夕日のせいで嫌に赤く見える彼女の口元と、床に伝う赤。
俺は強く拳を握ると、泣き出したいのをこらえてすぐさま彼女を抱き上げる。
そのまま泣きながら、唯一の身内がいるであろう職員室に向かって走った。


















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航咲良ふたつめ。
普段の航咲良は先生を交えたギャグかラブラブが好きなのですがこればかりはシリアスで。