コウキと名乗る少女との戦いが終わって三日が経った。
学校では何事もなかったように穏やかな日々ばかりが続いていく。
昨日もそうだった。
宿題を教えてくれって隣の席のアイツにしつこく言われて、僕はげんなりした。
そのくらい自分で考えればいいのに、なんておもいながらまっすぐ家に帰ったのだけど。
次の日…つまりは今日。
疲れが溜まっていた僕は一日だけ学校を欠席することにした。
軽い微熱があるけど大したことじゃない。
そうおもっていたのだけど、僕のパートナーは相当大事だとおもったらしい。
ぴょんぴょんと跳ねながら、出来もしない料理を作りに行くと叫んで既に2時間が経った。

「……馬鹿。そばにいてほしいのに…」

僕は小さく呟いてからベッドの中で身を捩った。
一番そばにいてほしい存在は隣にいない。
それがどんなに心細いことか、きみは知らないんだ。
馬鹿、馬鹿、ワニャモンの馬鹿。

「ばか…」

きつくシーツを掴んだ僕はジンと目頭が熱くなるのを感じた。
枕を涙で濡らして、恋する人をおもいながら少しだけ身を捩る。
そうして何となく、ふともも同士を擦り合わせるとなぜだかいやらしい感じがした。
深く考えてはいけない、いやらしいきもちだ。
シーツを掴んでいたままの手がそろりとパジャマのボタンに伸びる。
僕はぼんやりとした頭で自分の行動を認識しながらボタンをひとつ、外した。
服の中へと手を差し入れてみると平らな胸に指が触れる。
恥ずかしいくらい平らな胸だ。

「…ん…ふ、熱い…」

僕はおもいきってズボンと下着を脱ぐと、上着もすぐに脱ぎ捨ててシーツにくるまった。
肌に直接触れるシーツの冷たさがきもちいい。
ぴったりとくっつけたままの両足を少しだけ開いて手を差し入れてみると、そこは僅かに湿っているのがわかる。
花びらをゆびでなぞって、自然と見つけたクリトリスへも愛撫を向ける。

「…っ、ふぁ…や…やらしいことっ…してる…」

僕は指を上下させながらベッドの中で身悶えた。
そうだ、僕はいやらしいことをしてる。
ベッドの中でこんなことをして自分を慰めているんだ。
きみに、触れてほしいから。

「ミラージュ…あっ…んん…きもちい、よぉ…」

独り言みたいに呟いて、ゆっくりと指を動かしている僕はこの場所が自室であるせいか、少し大胆になっているようだ。
腰を揺らしながらベッドから抜け出ると、そのままゆっくりとベッドのそばにある姿見の前へ立った。
そこには、幼い体をした少女が映っている。
情けないくらい平らな胸の少女だ。
貴族であるというのに、魅力的な体でもない。
……だから僕は父上やおばあさまに日夜しつけを施されるんだ。
裏社交界の華になるために。男を悦ばせる術を学ぶ為に。
僕はいつもあの人たちに教育されていく。

「…みじめだな、トーマ・H・ノルシュタイン…」

僕は自虐的に呟いた。
姿見に映った少女は小馬鹿にしたような笑みを浮かべて僕を見ている。
その笑みは僕が少女に向けたものだ。
僕はきつく拳を握った。

「そんな目で…僕を見るなッ!!」

おもわず拳を少女に向ける。
いやな音がした。
何かの砕ける音、鉄の匂い。
それでも僕の熱は冷めなくて、何かにとりつかれたかのように拳を振り上げて少女を殴った。
そのたびに砕けるガラスの音。
赤く染まっていく、姿見。
「マスターッ!!」

鋭い叱責のような、悲鳴のような、そんな声が聞こえた。
荒い息をつきながら振り返ると、前掛けを腰に巻いている僕のパートナーが立っている。
パートナーは大股で僕に歩み寄ると、僕の肩を痛いくらいに掴んで泣きそうな顔をした。
つり目がちの金色の瞳が細く歪められる。

「治療、しましょう…マスター」

ゆっくりと手を下ろしたパートナーが言う。
言われて我に返ると、腕に鋭い激痛が走った。
おそるおそる腕を見ようとすると、パートナーに強く抱きしめられる。

「…ミラージュ…?」

「今、治します…」

ミラージュは強く僕を胸に押し付けて傷口を見せまいとしている。
だから傷口の状態はあまり分からなかった。
けれど指を伝ってカーペットに落ちていく熱いものの感覚だけは分かる。
腕全体が腫れあがったように熱い。
指にガラスが刺さっているんだろうか?少しだけちくちくした。

「ミラージュ、ごめんなさい…」

どうして謝るのか分からなかった。
自分の体を傷つけるような真似をしたからだろうか。
けれど謝らなくてはいけない気がした。
小さい声でそう呟くと、ミラージュは優しく僕の頭を撫でてくれる。

「…マスターはがんばりやさんなんですよ。自分の体が悲鳴を上げているのに、それに気付けないんです」

「…がんばりや…?」

「はい、治療が終わりました」

ミラージュは優しい低めの声でそう言って抱擁を解いた。
僕の腕は何もなかったかのように白い肌のままだ。
おそるおそる姿見へ振り返ると、既にミラージュが魔法を使ったのか完全に修復されている。
姿見にはミラージュとハダカの僕が映っているだけ。

「…っ…!見ないで!」

不意にハダカであることが恥ずかしくなってミラージュの胸に顔を埋めると、彼は僕の体を抱いて笑ってくれた。
恥ずかしい。
僕がどうしてハダカになっているのか、ミラージュは知らないだろう。
自慰をするために裸になった、だなんて言えない。
きっと、淫乱な奴だとおもわれる…。

「…っ…僕…ぼく…」

「マスター、指示をお願いします」

ミラージュはおもむろに跪くと僕の唇に口付けた。
僕を見つめるミラージュの目は、何かを求めるような色をしている。
言っても、いいのか?
僕に言わせる気なのか?
僕がきみを求めている、って。

「…ミラージュの…好きに、して…ください」

「イエス、マスター」

体を堅くして、ついかしこまったように言ってしまうと、ミラージュは優しく笑って僕を抱き上げた。
その表情は穏やかなものだけど、どこか決意を込めたような、そんな表情をしている。
ミラージュは僕の体をベッドに寝かせて、ゆっくりと口付けてくれた。
ぎしり、とベッドが軋む。

「私はあなたのパートナー失格だ…。あなたが苦しんでいるのに何も出来ず…」

ミラージュは悔しそうに呟きながら、僕の唇や頬、額、首筋に口付けを散らせていく。
そうすることで僕のきもちを落ち着かせようとしているのだろうか?
いや、たぶん…ミラージュ自身が平静でありたいためにこの行為をしているのだとおもった。
僕のあんな姿を見てショックだったろう。
悲しかっただろう。
誰よりも僕を大好きだと言ってくれるミラージュのことだ。
僕が自傷する行為なんて見たくないに決まってる。
あの行為が無自覚のものだとしても僕は自分自身を傷つけていたのだから。

「…ごめんなさい…心配、かけて…」

僕は、子供のような謝罪をして涙を零した。
一旦涙を流してしまうと、そこからはもう洪水のように溢れてくる。
苦くて、悔しい涙の粒を零して、僕はただミラージュに謝罪をした。
そんな僕の髪を、ミラージュが優しく撫でる。

「…あなたは悪くありません。悪いのはこの家と…ひろあkiたちの行為です。家でも学校でもこんな辛いおもいをして…壊れないほうがおかしいんですよ」

「みらーじゅっ…みらーじゅ…ひっく…う…」

どこまでも優しく微笑んでくれるミラージュに、僕はまた涙を零した。
ミラージュの手が、ゆっくりと僕の頬を撫でる。
その熱っぽい瞳に、僕は体が熱くなるのを感じた。
抱いてほしい。
子供心にそうおもって目を閉じると、望んだものが優しく唇に触れる。
甘くて、大人の味がするキス。
次第に、鈍く揺れるベッドの音と、僕の甘い声しか聞こえなくなった。
セックスがこんなにきもちよくて神聖なものだと教えてくれたのはミラージュだけだ。
こんなことをしていいのはミラージュだけなんだ。

「ミラージュ…大好き…」

僕はきつく恋人を抱きしめて確認するように言った。
彼が人と異なる生き物だとしても僕はミラージュが好きだ。
家にある何もかもを捨ててミラージュと共にありたい。
もちろん、それは叶わぬ願いなのだけど。
ミラージュの作ってくれた料理を食べた後は、すぐにやってきた父上に連れられて今日も躾の時間。
眠る暇も与えられず、三角木馬に座らせられて僕は鞭できつく縛り上げられた。

「トーマ、もっと腰を振れ。おまえはノルシュタイン家の娘なのだからな…くくッ…」

父上が欲望の目で僕を見ている。
おばあさまは汚らしいものを見るような目で僕を嘲った。
僕はいつまでここにいればいいのだろう。
いつになったら、この籠の中から救い上げてもらえるんだろう。
僕の心が壊れる前に、ただ、きみとひとつになりたい。
願いはそれだけ。

















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ミラトマです。悲恋?
トーマは家のせいでうんざりしているのでマサルに対して冷めているということで。