その日、マサルは猛烈に腹が立っていた。
特に理由はない。
ただ、もんもんとした曇り空が湿っぽくて、ぐずついた天気だったからかもしれない。
春だと言うのに少しばかり寒くて、ああ、半そでで来たのは失敗だったかななんておもいながら、マサルは公園のベンチでジュースをあおっていた。
炭酸のよくきいたコーラを喉に通して、少しだけきもちも解れてきた。

「お、太陽だ」

空を見上げると、重い雲の合間から陽のひかりが覗いている。
午前中はずっと曇っていたが、午後からは晴れてくるのだろうか?
マサルは飲み終えたジュース缶をゴミ箱にほおって大きく両腕を天に伸ばした。
一目をはばからない大きな欠伸をしてゆっくりと立ち上がる。
そんなマサルを眺める影が、ほんのすこしだけ動く。

「さーて…今日は何して暇つぶすかなァ」

肩にかかった赤銅色の髪がさらりと揺れる。
一見すると少女のようにも見える顔立ちはまだ成長途中の少年のものだ。
大門マサルは、その外見のせいかしょっちゅう言い寄られる。

「そこのお嬢ちゃん、オレたちとキモチイイことしねェ?」

丁度、今のように。
気分良く公園を出ようとしていたマサルは、つりあがった眉をキュッとひそめた。
声に聞き覚えはない。
ただのゴロツキだろうと振り返ったマサルの目に、10人かそこらの学生がずらりと並んでいた。
休日の公園を利用していた家族や子供は皆ゴロツキのガラの悪さにそそくさと公園を出て行ってしまっている。
マサルは大きくため息をついてつり目がちの瞳を上げた。

「…おまえら、俺を誰だとおもってんだ?日本一の喧嘩番長、大門大だぜッ!ナンパならヨソでやんな!!」

そう言って真っ直ぐに突っ込んできたマサルは、自分よりも大きな体格の男を殴り飛ばす。
次の男は背負い投げ、足払い、きもちいいくらいの動作で次々と男たちをなぎ倒していく。
5人ほどに減ってしまった男たちは、苦笑いをしながらマサルの回りを囲んだ。
手には金属バットやスタンガンなどが握られている。
マサルは自分の拳を自らの胸に当てて言った。

「道具に頼らなきゃ何にもできねーのかよ!?真の漢なら自分の拳で正々堂々とぶつかってきやがれッ!!」

そう叫んだマサルの後ろで男が動く。
マサルもそれに気付いていた。
すぐに足払いの姿勢を取るが、すぐにマサルの動きが止まる。
目の先を、何やら黄色い恐竜のような生き物があるいている。

「よいしょ…ここまで来れば追ってこねーかなー」

のんびりと喋りながら辺りを見回している生き物は小走りになりながら、マサルの目の前から遠ざかっていく。
その様子をおもわず見送ってしまったマサルは、背後からハンカチを口に押し付けられた。
塩素のような匂いが鼻にツンと広がっていく。
突然の出来事に、マサルは身動きが取れなかった。

「ん…くふ…んん…」

身を突っぱねてハンカチをもっている男の手ごと噛み付こうとしたマサルを、目の前の男が遮る。
男の手は、マサルの下腹部を探るようにして動いた。
マサルのつり目がちな瞳が大きく見開かれる。
ベルトの外れる音が、その場にいる全員の耳に聞こえた。
ズボンの前がゆっくりと開かれる。
そうしている間にも、マサルの身体は指先が痺れてきておもうように動かない。
ハンカチに薬でも染みこませていたのか、それは体の自由がきかなくなるものだった。
男の手が乱暴にマサルの下腹部を掴む。

「んっ…んは…」

「へへ…いい声じゃねェか…」

男の下卑た笑い声がマサルの神経を逆撫でする。
嫌悪感を露にしてもむくむくと起き上がるマサルのものは、男たちのいいように弄ばれている。
携帯カメラで一部始終を撮る者や、マサルの肌を直接触るものなど様々だ。
今まで、喧嘩に負けた事はなかったマサルだが今回のことは想定外だった。
だが、まだ喧嘩は続いている。
ここで諦めてはいけない。
そうおもいながら足を上げようとすると、男の手がマサルのふとももを撫でながらゆっくりと持ち上げた。
くちゅ、くちゅ、と響く淫らな音がマサルの耳につく。
小さく腰を震わせながら、マサルは男の胸に寄りかかる形で甘ったるい喘ぎ声を上げた。

「んあっ…は…やめ…あっ…あっあ…」

掠れたような声に反応したのか、男たちの息が次第に上がってくる。
おもむろに跪いた男は、マサルのものを口へとくわえてしまう。
突然の出来事にしゃくりあげたような声を上げるマサルは、次の瞬間全身を震わせながら声を上げた。

「…あ…あああ…ぁっ!!」

悲痛な叫びとともに放出された精液を男が飲み干していく。
マサルには、その行為が理解できなかった。
男のものを飲み干すだなんて汚いし、会ったばかりの喧嘩相手をこうして組み伏せようとする精神も解らない。
きつく眉を寄せたマサルを見て男たちがニヤニヤと笑う。

「どうだ?良かったんだろ…?次は俺たちをイカせろよ…大門マサ…どわっ!?」

不意に男の突拍子もない声がかかり、マサルの体は解放される。
ゆっくり顔を上げて男たちの視線の先をうかがうと、先ほどの黄色い恐竜がこちらを見ている。
パクパクと口を動かしている男たちをよそに、恐竜はマサルたちを見回して唇を尖らせた。

「人間ってヘンなの。ちんちんくわえられて喜んでるし」

「なッ…」

マサルはおもわず声を上げた。
好きであんな声を上げていたんじゃないし、喜んでなんかいない。
そうおもった途端、自然と全身に力が沸いた。
マサルは両端にいる男ふたりの胸ぐらを掴むと、互いの額を力強くぶつけてやる。
すぐさま失神してしまったのを見計らってズボンの前を正したマサルは、わなわなと拳を震わせて男たちを睨んだ。

「おまえら…ぜってー許さねー!!」

そう叫んだマサルの顔は羞恥や怒り、はたまた訳のわからない感情のせいで真っ赤になっている。
次々と男たちを殴り飛ばしたマサルは、大きく息をつきながら黄色い恐竜を見やる。
恐竜はきょとんとした顔をしてマサルを見つめていた。
この恐竜に一部始終を見られていたなんてとんでもない恥だ。
さらにこの恐竜は、マサルを見て「ヘンなの」とまで言ってのけた。
喧嘩を売っていると見て間違いない。
マサルは拳を向けると、恐竜に向けて声を荒げた。

「誰があんな事されて喜んでんだよッ!俺はあんなに抵抗してただろ!!」

マサルの声に、恐竜は小馬鹿にするようにして笑う。
恐竜如きに笑われるなんて男が廃る。
大きく息を吸い込んだマサルは、助走をつけながら恐竜へと殴りかかった。

「わ、何すんだよ!」

「うるせェ!大体ッ…おまえが出てこなければ俺はあんな奴らにこんな事されずに済んだんだぞッ!?」

「あんなとかこんなとか意味わかんねーよ!」

「わかんなくていいんだバーカッ!」

マサルの激昂に、アグモンは眉を寄せて臨戦態勢を取る。
その時だ。
いつの間にかギャラリーができていたのか、その中から一人の少女がやってきた。
赤茶けた短髪を揺らして、体の曲線がよく分かるようなパンツを履いている。
ピンク色のジャケットを羽織っており、活動的な衣服だった。

「キミ!そんなところで何やってるの!?危ないから早く下がりなさい!」

少女の声にマサルは眉を寄せて恐竜を指差す。
そんなマサルを見て恐竜は「指指すんじゃねーよぉ」と攻撃的な態度を取った。
マサルが口を開く。

「うっせぇ!下がるのはおまえのほうだろッ!!コイツのせいで俺がどんな目にあったとおもってんだッ!?」

怒鳴ったマサルに怯んだ少女は、数歩後ずさってから再び声を上げた。

「は、早くそいつから離れるのよー!そいつは凶暴なデジ…」

言いかけた少女の声など、マサルの耳には入っていない。
すぐさま恐竜に殴りかかると、恐竜もすぐに反撃してきた。
腹を狙った蹴りに、先ほど男たちに行為を受けた余韻の痺れが広がる。
マサルはカッと頬を染めた。

「おまえのせーでッ…俺は知らないヤローにあんな事されたんだッ!責任取れェエッ!!」

「そんなの知るかーッ!!」

マサルと恐竜の殴りあいはますます勢いを増していく。
どっぷりと日が暮れていた頃に、マサルは恐竜と殴り合っていることの意味を自分自身に問いかけていた。
マサルは単純なのである。
八つ当たりのはずが、いつの間にか喧嘩を楽しんでいた。
たぶん、喧嘩ができればそれでよかったのだ。
殴りかかった理由など今更どうでもいいことだと感じている。
荒い息をつきながらそんな事をおもっていたマサルに、ゆっくりと手が伸ばされた。
するどい爪が目立つ黄色い腕。
腕には赤いベルトが巻かれている。

「さっきはゴメンな、おれ…アグモン」

アグモンと名乗った恐竜は、マサルと同様に大きな息をつきながら楽しそうに言った。
その手を取って、マサルも笑いかける。

「俺は大門マサル…よろしくな」

「うん、よろしくな〜マサルのあにき」

「あにき?」

兄貴という呼び方に噴出しそうになったマサルは、傍に近付いたアグモンの笑顔を見て笑うのをやめた。
アグモンはどこか遠くを見て目を瞬く。

「おれを一人前の男って認めてくれたのは、あにきがはじめてだから。今日からおれは、あにきのこぶんになる」

その言葉には、どこか含みが込められているように感じて、マサルはしばらくぼんやりとアグモンを見つめていた。
遠慮がちにアグモンの肩へ手を伸ばそうとすると、再び少女の声がかかる。

「もう用事はおしまい?ラプター1、大人しく私と来てもらうわよ」

そう言った少女は腰に手を当ててずかずかと歩み寄ってくる。
何のことだか訳がわからないマサルは少しばかり後ずさってアグモンと少女を交互に見つめた。
アグモンは、子供のようにマサルの腕にしがみつく。

「あいつ、俺を施設に連れ戻しに来たんだ。やだよ…もうあんな所に戻りたくない」

アグモンは先ほどの楽しそうな顔とは打って変わって暗い表情を浮かべて俯く。
さっきまでたっぷりとマサルと拳をぶつけ合ってあにきとまで呼んで慕ってくるアグモンの事を、マサルはどうにも嫌いになれなかった。
さっきは大変な目にあったけどな、と心の中でつけたしたマサルは口の端を上げてアグモンの体を背負う。

「おら…行くぞ。おまえをかくまってやる。あんな奴に渡すもんか」

「あにき…ありがと…」

マサルの声に、アグモンは目を大きく見開いてから甘えたようにしがみついてきた。
まるで弟でもできたような気分だ。
マサルはおもむろに立ち上がると、いたずらな笑みを浮かべて少女を挑発するように口を開いた。

「ってことで、コイツは渡せねーから。じゃーな」

「…ちょ…キミ何言ってんのッ!?ララモン、リアライズ!!」

少女はやにわにピンク色の小さな機械を取り出した。
携帯電話のようにも見えるが、どこかが違う。
機械がまばゆいひかりを放つと、いつからその場にいたのかピンク色の花びらをかぶったような生き物が空中に浮いている。

「…な、何だコイツ!?」

マサルはおもわず声を出した。
ピンク色のそれは、のっぺりとした顔にまめつぶのような目と口がついている。
どう見てもとぼけた顔だ。
少女は腰に手を当てて口を開いた。

「ララモン、やっちゃいなさい」

「OK、淑乃」

ピンク色の生物、ララモンはニヤリと笑みを浮かべるとゆっくりマサルたちへ近付いていく。
その瞬間、アグモンが口から火の玉を吐いた。
マサルが驚いていると、頭の後ろからアグモンの声がかかる。

「あにきっ、今のうちにっ…」

「おまえスゲーな…よし!」

アグモンを背負ったまま、マサルは行く当てもなく真っ直ぐ走り出す。
人の目に入らないように狭い路地へ突っ込んだマサルは、大きな灯台を目にした。
そのまま灯台に向かって走り出しながら、背中のアグモンへ声をかける。

「アグモン、おまえさ…カエルだよな?」

「カエルじゃねーよ…デジモンさ」

マサルの背で心地良さそうなアグモンは、少しばかり疲労の感じられる声色で呟く。
ゆっくりとマサルの肩に顔を寄せて、アグモンが口を開いた。

「…ずっと逃げてばっかりだったから疲れちまった…寝てもいいかな?」

そう言いながら、アグモンの声はどんどん小さくなる。
マサルはあえて返事をせずに灯台を目指した。
人の目につかないようにと配慮をしていたが、もうすっかりあたりは暗くなっているためか人通りも少ない。
すんなりと灯台に入り込んだマサルは、エレベーターで外の景色がよく見える場所に到着した。
そっとアグモンを下ろすと、大きな欠伸が耳に入る。

「んー…あれ、ここどこだ?」

「おまえをかくまってやるって言ったろ?」

マサルは、壁際にアグモンを座らせると、囁くように言った。
しばらく外の景色を見ながらぼんやりと寄り添っていると、殴りあったことが嘘のようにおもえてくる。
アグモンがマサルの手を握った。

「俺、生まれたときからずっと施設にいて…まずい薬いっぱい飲まされたんだ」

「…薬?」

聞き返したマサルに、アグモンが頷く。
そうして自分の顔を指差すと、苦笑気味に言った。

「おれ、他のやつと違うから珍しがられたんだよ。…よくわかんねーけど…毎日毎日…薬ばっかり飲まされてきたから確実に他の仲間と違う体になってきちまってる」

アグモンはそう言ってマサルの肩に寄りかかった。
ほんの少し、病院独特の匂いがマサルの鼻腔をくすぐる。
マサルはアグモンを抱き寄せて、軽く肩を叩いた。
慰めになんか、ならないのは分かっている。
目の前のアグモンがどんな生き物なのかもよくわからないけどアグモンはマサルにとって子分だ。
無心に、「あにき」と慕ってくれる子分なのだ。
アグモンの正体が何であったってどうでもいい。
宇宙人でも、未確認生物でも気にしない。
子分は子分なのだから。

「今日は楽しかったなァ、あにきと会えたし…しらない外の世界の事…たくさん見られた。楽しかったぞ」

「…明日になったら…俺が連れてってやるよ。もっと色んなトコに」

マサルはアグモンの頭をぐしゃぐしゃとなでて言った。
パッと表情を輝かせたアグモンは、マサルを抱きしめてコロコロと笑う。

「ホントかぁ?じゃあ…うまい飯が食いたい!いますぐ…」

そう言いながらゆっくりとアグモンがマサルの体を押し倒す。
冷たい床に寝かされたマサルは、目を瞬いてアグモンを見上げた。
ふざけているのかと笑みを浮かべるが、アグモンの様子はどこか違う。
ちょっぴり野性味溢れた目で、マサルに顔を寄せた。

「あにきが食べたい…」

そう言ったアグモンは、おもむろにマサルの腹の上に馬乗りになった。
先ほど、男たちになぶられた肌にアグモンの手が触れる。
身を竦めたマサルを見下ろして、黄色の恐竜は愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべた。

「俺、兄貴のセーエキが飲みたい。アイツらもしてただろ?アレ見てから…すっごく飲みたくなったんだ。俺、腹ペコで死にそーだよ…あにきのセーエキ…欲しい」

「…な、に言ってんだよ…」

そんなに腹が減ってるなら何か買ってくるから、と言いかけたマサルの素肌を、アグモンが撫でた。
脇腹をなぞる手はどこか飢えた狼のようにマサルの肌を這う。
マサルは大きく息をつきながら眉を寄せた。
施設で育てられて、薬もたくさん投与されて、可哀想な奴だとおもってればこんな行為をしてどういうつもりなんだ…と顔を赤らめる。
そんなマサルを見て、アグモンが苦笑気味に笑った。
くるしそうなアグモンの笑顔を見せられては、マサルに抵抗する術はない。
マサルはもう一度大きな息をついてアグモンに身を任せた。

長く感じた行為を終えて、アグモンが喜ぶようにとコンビニへ菓子を買いに行ったマサルは、そこで夕方に出会った少女、藤枝淑乃と再会した。
淑乃は何が何でもアグモンの居場所を聞き出そうとしている。
マサルは嫌悪感をあらわにしてそっぽを向いた。
そんなマサルを諭すように、淑乃が口を開く。
淑乃が所属しているDigital Accident Tactics Squad…通称、DATS。
DATSは、別世界デジタルワールドからやってくるデジモンたちを取り締まるチームの事だと淑乃は言った。
アグモンもデジタルワールドという世界の生き物らしく、本来はマサルたちの住む世界に生きていてはいけない存在らしい。

「そりゃ、あんなのが出てきたらフツーびっくりするもんな」

すっかり淑乃の話に耳を傾けているマサルは納得したように言った。
そんなマサルに淑乃が畳み掛ける。
アグモンは、薬が必要な体なのだと。
その言葉を聞いて、マサルは眉を寄せた。
アグモンは、施設、つまりDATSにいた時に散々薬物を投与されたと言っていたが、もしかしたらその薬がないと生きられない体なんじゃないだろうかと嫌な考えがよぎる。
淑乃は言いにくそうに頬をかくと、小さな声で言った。

「デジモンは適格者の精液を…ね、好んで飲むそうなの。
今までは適格者なんていなかったからいつもタブレットやカプセル、点滴などで誤魔化してきたけど…彼はDATSから脱走した。
このままじゃ薬が切れて人を襲うかもしれないのよ」

淑乃の言葉は切実だった。
マサルは少し俯いてから、おもむろに淑乃の腕を取る。

「…来いよ、アグモンの所に連れて行ってや…」

そう言いかけたマサルの言葉は淑乃の耳に入っていなかった。
淑乃は通信機に耳を傾けている。

「ハンバーガーショップでデジモンが街で暴れてる…!?」

顔を上げた淑乃は、マサルを振り切って走り出す。
マサルは淑乃の後姿を見送っていたが、ふと嫌な予感を覚えた。
薬が切れたら人を襲うかもしれないアグモン。
もしかすると、街で暴れているデジモンというのはアグモンなのかもしれない。
マサルはきつく眉を寄せて走り出した。

「淑乃ーっ、ちょっとこれ持ってろ!」

「へ?あ…ちょ…キミ!」

大量に買い込んだ菓子の袋を淑乃に押し付けたマサルは一目散に駆け出した。
頭の中はアグモンの事でいっぱいになっている。
先ほどの行為で肌に触れたアグモンの手が生々しく蘇る。
マサルはそれを振り切ってハンバーガーショップまで駆けていった。
同時に、目の前をふらふら歩いているアグモンと正面衝突してしまったマサルは大きくよろけて目を瞬く。

「おま…何でこんな所にいんだよ!?やっぱりおまえがハンバーガー…」

「えー?腹が減ったからふらふら歩いてただけで…」

そう言ったアグモンの後ろで大きな爆発が起きた。
マサルが顔を上げると、巨大な鳥が建物を燃やしながら前進している。
でっぷりと太った白い鳥は、口からまばゆい光を放ちながら辺りを焼き尽くしていく。

「…何だアレ…ニワトリ?チャボ…?」

「コカトリモンって言うんだぞ」

マサルのギモンにアグモンが手を貸した。
だが、コカトリモンなんて名前の鳥は聞いたことがない。
ということは、やはり…。

「デジモンかよっ!?」

マサルの声とともに、コカトリモンが甲高い声を上げた。
耳につく鳴き声に眉を寄せたマサルは、武者震いを感じながらコカトリモンに近付いていく。
巨大な敵、喧嘩相手。そして自分は喧嘩番長。
相手にとって不足はない。

「うらァッ、ニワトリヤロー!勝負だッ!!」

声を上げたマサルに気付いたのか、コカトリモンはおもむろに振り返って甲高い声を上げた。
身を震わせたコカトリモンの羽がマサルの体にまとわりつく。
ふわふわと宙に浮かぶそれを払ったマサルだが、羽は次第に形を変えていった。
白い羽は、みるみるうちに白い触手へと変貌してしまう。

「なっ…うぁ…」

触手の手がマサルの上着を捲る。
ズボンの隙間からももぐりこんできた触手は、良いようにマサルの体をまさぐりながらビクビクと震えた。
触手がマサルの肌を滑るたび、とろとろした粘液が肌にこびり付く。
マサルは粘液のせいで滑りながら触手を強引に引きちぎろうと試みた。
それでも、触手はガッチリとマサルの体に絡み付いて離れない。

「このやろー…あにきを離せよぉーっ!」

アグモンが火の玉を飛ばして触手を焼き尽くそうとするが、炎が小さすぎる。
触手の一部を焼いただけで、火の玉は全く効き目がなかった。
そうこうしているうちに、マサルの下着の中で触手がぬるぬると蠢き始める。

「…あうっ…ひ、くぅ…やめ…ろぉッ…!!」

声を上げて叫んでみても、解放してもらえるわけがない。
マサルのものに絡みついた触手はくちゅくちゅと音を立てて発育途中のものを上下に扱き始めた。
耳につく粘液の音が、マサルの意識をぐずぐずにする。
頭の中が快楽に埋まり始めたとき、大きな炎が触手に命中した。

「やった!」

アグモンの声が聞こえる。
やっと自由になったマサルはよろけながらアグモンへ向き直ろうとした。
だが、コカトリモンのくちばしから発せられた光線がアグモンを直撃する。
マサルが声を上げる時間さえなかった。

「…アグモン…っ、アグモン…なあ…おい…」

触手の液体でべたべたにされた重い体を引きずりながらアグモンの傍へ近付いたマサルは、動かないアグモンを撫でながら言った。
今日初めて外の世界に出たばかりのアグモンが、あんな奴にやられるなんて我慢ならない。
アグモンはもっともっと外の世界のことを知るべきなのに。
俯いたままのマサルはアグモンを抱き寄せた。
いつの間にか降って来た雨が、ふたりを濡らしていく。
やっぱり、午後も晴れじゃなかったんだ。
マサルはそんな事をおもいながら立ち上がる。

「よくも、俺の子分をッ…」

口の中でそう呟きながらコカトリモンへと真っ直ぐに駆け出していくと、触手が纏わりついてくる。
それを乱暴に払ったマサルは、高く跳躍してコカトリモンを力強く殴った。
同時に、拳にオレンジ色の光が広がる。
マサルの拳で大きくくずおれたコカトリモンは暫く動かない。

「…なんだこれ…目の錯覚か?」

拳に宿った光をぼんやりと見つめながらマサルが呟くと、不意にどこから現れたのか釣り人らしい格好をした初老の男性が立っている。

「これを使うんじゃ」

「ってアンタ誰だよッ!?」

オレンジ色の小さな機械を差し出す釣り人に、マサルが後ずさる。
釣り人は愉快そうに笑って「さぁ、誰じゃろ」なんておちゃめな反応をして見せた。

「拳に宿ったデジソウルをこのデジヴァイスに注ぎ込んで、アグモンを進化させればいい。そうしないとコカトリモンは倒せんぞ」

釣り人はオレンジ色の機械、デジヴァイスをマサルへ向けると笑みを深めて言った。
進化だとかデジソウルだとか、解らない言葉ばっかりだ。
マサルはデジヴァイスとアグモンを交互に見やってからコカトリモンへと目を移した。

「デジソウルチャージッ!!」

拳のオレンジ色の光をデジヴァイスの端末に注ぎ込んだマサルは、まばゆい光に目を伏せた。
デジヴァイスの光とともに、アグモンの体にも同じ色の光がまとわりつく。
一旦強い風が吹いて目を伏せたマサルが顔を上げると、そこには巨大な恐竜が尻尾をゆらりと動かしながら佇んでいる。
また新しい敵が出てきたのか?とおもう半分、マサルの口からは別の言葉が漏れた。

「アグモン…なのか?」

マサルの問いに、巨大な恐竜は目だけで答える。
口の中で炎がくすぶっていた。
同時にコカトリモンへ向けて熱い烈風と炎の渦を叩き込む。
その様子から目が離せないマサルは目を丸く見開いて、コカトリモンが小さなタマゴに返っていく瞬間を確認した。

「すげェよ…アグモン!」

コカトリモンのタマゴから目を離したマサルが振り返ると、巨大な恐竜は元のアグモンへと戻っている。
アグモンは目を擦りながら肩を落とした。

「ねむい…腹へった…あにきー、何かたべたい…」

じゃれるようにマサルの体に擦り寄ったアグモンは、大きな欠伸をして顔を上げた。
いつの間にか、ポンポンとアグモンの頭を撫でて笑みを浮かべるマサルを見つめる影がある。
コカトリモンのタマゴを手に持っている淑乃だった。
淑乃は通信機に手を当てると小さく頷いてマサルへと近付いていく。

「大門マサルくん…薩摩隊長からの命令よ。一緒にDATSまで来てもらいます」

子供に言うような口振りで言った淑乃の言葉に一抹の不安を抱きつつ、マサルはアグモンと顔を見合わせた。
これから始まる淫らな行為や、自分が加わるであろう組織の事を、マサルはまだ知らない。

















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オリジナル設定バリバリ入れて第2話へ(笑)
次の話辺りでアグモンが擬人化する…かもしれません。
1話目なので説明などが入ったためおもいきり長いですが2話からは短いです。
キャラ口調になりますので感情移入しやすいかも…?