Like cotton candy
好きだとは、気づいた。でも、気づきたくなかった。
相手は仕事上のパートナーで友人で、その関係を壊したくなかった。吉本が傷つくのを見た
くなかった。でもそれは、自分に都合のいい方の理由。本当は自分が、怖かっただけ。
自分が傷つかなければ、吉本が傷ついても、どうでもよかった。それが、本当の理由だろう。
『・・・なぁ、今日大介ん家で、飲も?』
そんな可愛い甘え方をされて、断れる訳がなかった。元から可愛い可愛いとは思ってきたが、
最近髪型を変えて、更に可愛くなった。飲みに行こうと言う、周りの誘いは全て断った。
「・・・んー・・・」
頬を赤く染めて、机に顔をくっつけて、俺を上目遣いで見る吉本。・・・嗚呼、可愛い。
「酔っ払ったぁ・・・今、めっちゃ気分ええ・・・vv」
気持ちが、するする言葉になって出ているんだろう。吉本はふにゃ、っと顔を緩ませる。他の
芸人に言うと「のろけや〜」と非難されるんだが、・・・ほんまに、子猫みたいに、愛らしい。
「・・・そっち行っていい?」
セックスは、しようと思えば何時でもできる。今日はしない。
「うん」
吉本はそう、嬉しそうに答えた。這って吉本の方へ移動し、きゅっと抱きしめた。
「・・・酒臭」
「お前かて臭いよ」
苦笑する。臭くても、いい。柔い肌。首の付け根には、三日前に抱き合った跡。酷くSM色が強
いセックスもすれば、のろのろとゆっくり身体を重ねる事もある。どっちも好き。楽しい。
「・・・よしは、可愛いなぁ」
更に抱き寄せる。触れている所が、だんだん熱くなる。
「お前とあんま背ぇ変わらんし、歳も変わらんよ?」
不思議そうに、聞いてくる。
「そういう事ちゃうよ。俺は可愛くない、お前は可愛いん。元々の違い」
歳を幾つ重ねても、可愛い人は可愛いままだ。
「んっ・・・」
酷く無防備だと言うと、大介が相手だから無防備やねん、と恥ずかしがらずに言ってきた。
酔っ払っていたから、と自分の中では解決した。でも内心、嬉しくてどうにかなりそうで。
「Hすんの?」
・・・してもええんやけどな、俺としては。吉本とHすんの楽しいし気持ちええし、今ええ感じ
やし。でも、たまにはHなしで、いちゃいちゃしてみたい、っていうのもある。キスをする。
「・・・せえへんよ」
吉本がしたいって言うなら、俺はしてもええよ?
「・・・・・・あ!」
吉本が何か思い出した様に、俺の腕の中からするっと抜けた。
「どうしてん?」
「・・・あー。忘れてたー・・・」
吉本は、悔しそうに携帯を握り締める。
「・・・菜の花」
・・・菜の花?何じゃそら。
「・・・川島が、言うてたんよ。劇場から大介ん家に行く道の途中に、菜の花がめっちゃ咲い
てる所があるって。めっちゃ綺麗やったって、言うてて。一緒に、見に行きたくて」
「・・・・・・」
「あ!変な顔しとる。・・・ええやん、たまには。アホみたいかもしれんけど」
馬鹿ップルかもしれないけど、その話をしている川島があまりにも楽しそうだったから。き
っとそれは、言い訳だろう。でも、何て心地のいい言い訳。可愛くて、たまらなくなる言い訳。
「・・・行こ。まだ十一時やし、明日には響かんやろ」
手を握り締める。戸惑う吉本。
「・・・ええの?」
「・・・勿論」
嫌だという理由なんて、ある訳ないやん。
菜の花は、ビルとビルの間の空き地に、ぎっしりと咲いていた。空き地から、溢れんばかりの
菜の花。歩道から見た菜の花の黄色い花は、ちらし寿司の上の、金糸卵みたいに見えた。甘い
匂いが、鼻をついた。長くは見ていなかった。お互い、こっ恥ずかしかった。・・・楽しかった。
帰りにコンビニに行って、アイスを二つ買った。二つとも、オレンジ味のアイスキャンディ
ー。今はまだ、夜は肌寒い。寒い寒いと言いながら、帰り道を歩きながら二人して食った。
感情は大体、知り尽くしているから。
ああ今日は機嫌がいいだとか、ああ今日は機嫌が酷く悪いだとか、確実に近い形で感情を読
み取ってしまう。・・・今、めちゃくちゃ機嫌が悪くて、俺が嫌いで、別れたがっているってい
う時も。言葉を交わさなくても、分かってしまう。何時か吉本は、そういう顔をするだろう。
それが、酷く怖い。
「・・・大介ぇ・・・」
何時まで、俺の側に居てくれるんだろう。
そういう不安を持ち続ける事は、吉本を好きになった以上、しょうがない事なんだろう。吉
本も、俺と同じ様な不安を持ち続けているんだろうか。・・・また、あの菜の花を見に行こう。
END