グリーン・グリーン


岡ちゃんが死んでから、四年。意外と早く、四年が過ぎた。死体は、自宅で見つかった。全裸で首を
絞められ、バスタブに投げ入れられた姿は、警察にとってとても異様なものだったらしい。ベット
の上にはコンドームが散らばっており、バイブが転がっていたそうだ。女とやっている間にノリ
でやってしまったのだろうと、容易に判断できるかもしれないが、そういった根拠が全く無く、そ
の代わり、相方の矢部浩之と一緒に居た根拠が、しっかりと残っていたらしい。警察当初は、まさ
か・・・と思っていたらしいが、何しろ同性愛を嫌悪し、認めないという日本国家ゆえ、疑惑は意地
汚い、マスコミ間でのみ、取り上げられる事になった。
 「・・・・・・」
岡ちゃんと矢部には悪いけど、正直言って迷惑やった。ちなみに矢部は容疑者とされたが、すぐ逃
げてもうて、未だに見つかっていないらしい。もちろん二人と仕事をしている関係者は、洗いざら
い事情聴取を受けた。よゐこ、極楽とんぼ、武田君・・・『めちゃイケ』メンバーは特に。全員、毎日の
様にマスコミに追っかけらるわ、警察には『本当に関係が無かったのか?』と問いだたされるわ。
それも二年くらい。今となっては、音沙汰も無い。こうして岡ちゃんが死んだ日に、墓参りに来る
時以外は、事務所も周りもマスコミも、何も言ってこない。
 「・・・濱口?どーしたん、難しい顔して?」
有野に珈琲を貰い、タブを上げる。・・・真夏の日の本に居た所為か、キンキンに冷えた珈琲は、頭を
酷く刺激する。・・・墓の前の、白と黄色のコスモス。綺麗過ぎて、嫌になる。
 「・・・四年前。色々あったなぁって」
有野が、隣に座り込む。
 「・・・そうやなぁ・・・凄かったなぁ、岡ちゃんの葬式」
 「うん」
その場はまるで何かのイベントの様に、お笑いタレントが勢ぞろいだった。圧巻、といった感じで。
 「・・・でもなぁ。岡ちゃんの死、必ずしも、皆心から悲しんでないって思ってん」
 「・・・何で?」
 「ナイナイってなぁ、めっちゃ人気あったやん?若手の子等にとって、目の上のタンコブ、みた
いな存在やったんとちゃうんかなぁって」
最もな意見だ。
 「・・・まぁなぁ」
確かに、そうかもしれないが。でも、岡ちゃんの遺体を見た時の、若手の子等の涙を、心からの涙と
信じたい。例えあの後あの子等がいい思いをしたとしても、あの涙だけは真実であって欲しい。
 「・・・岡ちゃん、死んだ時、どんな気持ちやったんやろなぁ」
 「・・・可笑しいかも知れんけど、・・・・・・気持ちよかったんやろなぁ」
 「・・・うん」
聞いてはいたけど、初めて見た。本当に、SMプレイ中に死んだ奴。結果はどうであれ、マゾヒスト
は、傷つけられる事に、確実に快感を感じてしまう。俺自身、物凄いマゾやから、その気持ちは痛い
程よく分かる。きっと俺でも、そのプレイが死に近いと知っても、してしまうだろう。岡ちゃん
は、”痛い”という感覚はあっても、それから生まれるものは快感でしかなく、逆に”矢部を殺して
やる”という感情は無かっただろう。一般的には『狂人』とか『変態』とか称されるだろうが、そ
れがマゾヒスト故の感情なのだ。矢部はどうであれ、岡ちゃんは別に恨んでいないだろう。もし、
岡ちゃんが矢部に対して感情を抱いていたとしたら、それは、壊れていく彼に対しての同情。
 「人間って・・・意外と簡単に死ぬんやなぁ」
有野の言葉が嫌にリアルで、思わず笑ってしまう。
 「笑うとこちゃうやろ〜?」
 「やって、気持ち悪いねんもん。・・・お前がそんなん言うん」
有野が苦笑する。二人して笑う。・・・でも、確かに人間ってもろいなぁって思う。小学生の時、人体
模型が怖かった。何か気持ち悪くて、何時も目をそらしていた。あれが俺の身体の中にあると言わ
れても、信じられなかった。人体模型が夜中に動き出すとか言う、七不思議とかいうのにビビッっ
てたんだと思う。中学、高校で、やっとあれが俺ん中にあるんやなぁって理解できた。同時に、人間
の精巧さを知った。俺は鍛えている方じゃないし、筋肉もついてるけどマッチョって程じゃない
し、馬鹿な方だけど、それでも人間って、精巧に作られとるんやなぁって思った。けど。岡ちゃんが
死んだ時。もろいんやなぁって思った。前日まで『めちゃイケ』のロケやってたからやろか、ほん
まなんか信じられんかった。でも、メンバーが泣いてて、矢部がいーへんくて、葬式の準備が始ま
ってて・・・嗚呼、ほんまやったんや、って思い知らされた。これが、人間が死ぬって事なんやなぁ、
って思った。何だか、虚しい様な哀しい様な気持ちがした。同時に、涙が出た。
 「・・・濱口?どーしたん、急に泣き出して?」
有野にそう言われ、気付かないうちに、涙を流している事に気付いた。
 「何か・・・色々、思い出してもうて。でも、何でやろ、安心した。あの二人の事、とっくに忘れても
うてるって思ってたからやと思う」
 「うん」
 「忘れられへん。ずっと一緒にやってこな、言うてたからかな」
 「・・・うん」
 「四年経ったけど、やっぱあかんわ」
 「・・・うん」
『「めちゃイケ」がダメになるんじゃないか?』マスコミは何だかんだ、好き勝手にでたらめを書
いた。しかし結局、『めちゃイケ』はナイナイ不在のまま三年続き、メンバーもそれぞれ、安定した
仕事を貰っている。ただ、長年仲間としてやってきたメンバー、スタッフの心の中には、ぽっかり
と穴が開いているような感じがある。時々、メンバーと呑みに行く事があるが、・・・二人の話題は
出てこない。出ない様、努力しているんだ。・・・皆して、泣いてしまうから。
 「忘れたあかん」
 「・・・うん」
辛いけど、二人の事は絶対、忘れたあかん。きっと俺等が忘れたら、二人の記憶は、紙や機械の上に
しか残らなくなってしまうから。だから、これからも忘れたあかんのやと思う。
 「・・・そろそろ、行こか」
 「・・・うん」
もう一時間で、仕事が始まる。・・・ますおかと、アメザリと、俺等の六人の番組。・・・岡ちゃん、又な
なんて言うのも可笑しいけど、又来年、此処に来るわ。・・・又、岡ちゃんの命日に。
 「ほんなら・・・
 『有野さん、濱口さんっっ!!』
紗理奈が、凄い勢いで走ってきた。息が荒い。
 「・・・ど、どーしたん?そんな、急いで」
紗理奈は息を正常に戻すと、口を開いた。
 「矢部さんの死体が・・・見つかったんです」
突然の事に、頭がパニック状態になって、正常に動いてくれない。
 「どこで?どこで見つかってん!?」
 「青森の山奥で・・・死体は腐ってて、骨と皮しか無くて・・・警察の人が、間違い無いだろうって」
少し、怯えた様な目。泣き腫らした跡が、酷く痛々しい。
 「今、皆、向こうに居て・・・有野さんと濱口さんがおらんから、・・・皆が、多分此処だって・・・」
よほど恐ろしいものを見たのか、紗理奈はそう言うと、身体を崩し、顔をくしゃくしゃにして泣き
出した。俺達は一時間ほど紗理奈を慰め、その後、紗理奈の案内で、現場に向かった。深い、深い森。
下から見ると、空が遠くの方に薄れて見える。警察の、『KEEP OUT』の黄色いテープ。青い
制服の警備員と、刑事らしき人物。メンバーと合流し、少し話をし、テープに囲まれた中を、覗き込
む。・・・有野が口を抑えた。・・・人間とは、思えない程腐った死体。これが、人間だろうか?これが、
あの矢部なのか?・・・死体の周りには虫が散乱しており、蛆が湧いているところもある。俺たちは
警察が帰った後、石を其処に置いて、偶然落ちていた牛乳瓶の中にそこら辺に生えていた野花を
挿し入れ、両手を合わせて、目を閉じた。・・・これが、俺達から矢部への、小さな餞別。

・・・後日。警察に聞いた話なのだが、死体は二年以上前から、あそこにあったそうだ。ロープがあっ
たそうなので、矢部は自殺したとされている。しかし、第一発見者は土の中から死体を発見したの
だが、奇妙な事に、今ある手がかりでは、矢部が死んだ後、矢部の死体が、第三者の手によって、土
の中に埋まっているという事は、人通りの少ない山の中では、・・・不可能なんだそうだ。



END