ヒコウキグモ


嗚呼、雨が降るなんて。
 「・・・おーい」
項垂れる。携帯・・・は持ってきてない。吉本、気づくかな。気づいてくれると、嬉しいんやけど。
誰もおらんかな、大楽屋・・・。一人で財布だけ持って、コンビニまで来てもうて。・・・あーあ。
コンビニで傘を買っていく高校生。買った方がええか?・・・いやいやでも、五百円はでかい。
それに、吉本や他の芸人が気づけば、事務所に置いてある傘を借りて、来てくれるはずだ。
 「・・・・・・」
もう、突っ立っていて十分経つ。・・・行くべきか。
 「・・・大介!!」
俺の事を名前で呼ぶのは、相方の吉本か彼女か両親くらい。
 「・・・さっき川島に聞いて、雨降ってるって・・・。持ってきたよ、ほら」
柄が白の、シンプルなビニール傘。吉本が、一つを俺に渡した。
 「・・・ごめんな、気づかんくて」
道頓堀から、商店街に入る。傘を閉じる。
 「・・・見つかった?欲しいもん」
春期限定で売られているビールが気になって、探しに行くと言って出て行った。
 「ああ。・・・よしの分と、二つ」
 「別にええのに。・・・でも、有難う」
吉本が、笑いかける。俺も思わず微笑んでしまう。・・・見ている人が見れば、只の相方同士な
んだろうか。・・・NSCで知り合って、コンビ組んで。色んな事があって、今こうして存在して。
 「・・・どうしたん?止まって」
考えすぎて足が止まっていたらしい。吉本の顔で、はっと我に返った。
 「・・・ん、いや」
・・・一緒にいる時間が、多すぎたか。よしへの気持ちは、最初とは随分違ってしまった。
 「可愛えなぁって思って」
 「・・・おだてたって、何も出んよぉ?」
人を喜ばせる台詞なんて、こうして幾らでも思いつく。

依存しているのだ、と思う。
 「大介っ・・・ぁっ、ちょ待ってっ、・・・あっ、あっ・・・!」
之は、純粋な愛情じゃない。俺は、吉本へ依存する事で、安心感を得ている。
 「・・・はぁっ、あぁっっ、・・・ぁっっ、あ・・・!!」
首に、噛み付く様にキスをした。少し吉本は痛がった。跡は赤く、葉型が出来ている所もある。
身体を挿入すると、酷く淫乱になる。・・・吉本は、ええんか?・・・俺が、吉本に依存していても。
・・・そう今聞いても、吉本は答えてくれないだろうけど。俺を、蔑んで帰るだろうけど。
 「・・・大介っ、大介ぇぇっっ・・・!」
好きだ、と言ったのは俺だった。一線を越えよう、と誘ったのも俺だった。
 「・・・はぁ、はぁあぁっ、ああ、あぁっっ・・・!」
外は、まだ雨。荒い吐息と、吉本の喘ぎ声が、雨の音で掻き消されていく。心地いい雑音。

 「・・・大介」
事後、吉本はさっと風呂に入ってしまった。・・・少し寂しい。
 「・・・さっき。関係無い事、考えてたんとちゃう?」
 「え?」
 「Hしてる時。大介、変な目してた」
どうして、分かってしまうのか。ずっと一緒に居るからだろうか。
 「・・・ごめん。・・・許して」
キスをする。が、拒否されてしまう。
 「・・・誤魔化さんといて。・・・こっちも駄目」
Hをして誤魔化そうとしても、無理らしい。
 「・・・どうしたらいい?」
ごめん、馬鹿で。でもほんまに、どうしたらええか分からんねん。
 「・・・どうもせんでいい。・・・ただ、もう一人で悩まんで」
吉本はそう言って、俺を抱きしめた。
 「・・・ごめん」
相方だから、ずっと見てきたから、何でも分かると言う。
 「・・・依存してええの?」
 「依存?」
 「うん。・・・多分、吉本への恋愛感情は、半分依存ででてきてる」
 「バファリンみたい。ええよ、依存でも。・・・依存でも、ええやん。・・・大介、可愛い」
依存でもいい。その言葉は、柔らかく俺を癒した。吉本を、抱きしめた。
 「可愛いんは、よしやって」
俺は可愛くないよ。
 「・・・何人の女の子に、同じ事言うたん?・・・まぁ、素直に受け止めとくけど?」
どんな相手にも、こんな気持ちは抱かない。俺のいい所も嫌な所も受け止めて注意をしてく
れるから、甘えられる。依存できる。今は恋人関係だけど、この関係が無くてもそうだろう。
 「・・・飛行機雲」
 「うん?」
 「・・・俺の心に、無くなったなぁ。雨を降らせる、飛行機雲」
もう、雨の音で雑音を掻き消さなくてもいい。雑音が聞こえて不快になれば、吉本が聞いて
くれるから。甘えだろうけど、それを受け止めてくれると言うんだから、甘えるしかない。



END