百円ライター



カバンをテーブルの上に置いて、がっちりとイスに座る。プラスチック製の安っぽい灰皿を
近寄せて、ポケットからタバコの箱を取り出し、一本取り出し、ライターを取り出し・・・
 「・・・ん?」
・・・ライターが・・・無い。・・・ノブもいない。・・・買ってくるしか、ないか。
 『・・・あ』
ドアを開けると、目の前に丁度、ダイアンの西澤が歩いていた。思わず目が合う。
 「・・・何か、買うんですか?」
黒い、皮製の財布。この前の誕生日に、ノブが買ってくれた奴。使いすぎて、右上端がボロボ
ロになってる。他の奴から見たら、ただのボロい財布かもしれん。けど、俺にとっては宝物。
 「ライター忘れたから、買うてこようと思って・・・
 「ああ、俺の貸しますよ。・・・これ」
ピンクの、百円ライター。火を点ける。
 「・・・ありがと」
 「いいですよ、別に。持ってっていいですよそれ」
 「・・・ええの?」
 「はい」
・・・何や気持ち悪ぅなんて言うたら、悪いか。
 「・・・津田は?」
 「・・・まだ来てないですねぇ。イス、座ってもいいですか?」
 「あ・・・ああ、うん」
何か・・・西澤と二人っきりって、初めてかもしれん。いつもは、隣にノブがおって、他に誰か
おるってパターンやったもん。呑みに行く時も、ノブと他に誰かって感じやし。そーいや最
近、ますます二人でおるなぁ・・・。まぁええか。やって、別に二人でおんの、嫌とちゃうもん。
 「・・・ノブさんは?」
 「・・・まだ、来てないよ。お前と同じで」
 「・・・そうですか・・・」
この前・・・NON STYLEの二人がトイレでキスしてたから、『気ぃつけやー』と言うた。
石田に怒られた。・・・俺は、人に見られるかもしれんから気ぃつけや、いう意味
で言うたんであって、からかった訳では・・・・・・あるけど。それが全部と違うもん・・・。大体、
変に隠しすぎやねん。俺等も隠しとるけど、劇場ではあんませえへんし。外でたら別やけど。
普段めっちゃ隠しとるくせに、劇場のトイレで・・・ねぇ。変と思うけどなぁ、わしは。
 「・・・ノブさんの事、考えてるんですか?」
西澤がタバコを咥えたから、火を点けてやる。
 「いんや?・・・何で?」
 「・・・仕事の事、考えとる顔とちゃいますから」
・・・ノブ、遅いなぁ。さっき『電車乗り遅れた』いうメールが来とったけど、もう三十分ぐら
い経っとるし。早よ来て。西澤とおるんが嫌とちゃうねん。ちゃうねんけど、・・・何か、不安な
んよ。自分の身体の半分、削げ落ちたみたいに不安やねん。お前がおらんと、あかんのよ。
 「・・・あ。今度こそノブさん関係でしょ」
・・・あ。
 「・・・・・・うん。悪い?」
タバコの煙を、吹いた。西澤も、吹く。
 「別に?・・・僕も、・・・津田の事考えてました。同罪ですから」
同罪・・・か。まだ幸運な事に、お互いの両親には、バレてない。舞台とかで変な事になっても、
あれはノリや言うたら納得してる。・・・ノリと、違うねんけどなぁ。単純な親でよかった。
 「・・・あかんのやなぁ」
・・・何でか知らんけど、それが『普通』。
 「・・・あかんのでしょうね」
・・・自分に嘘を吐くまで、守らなければならない『普通』。・・・まぁ、もうどうでもええけど。
 「・・・西澤―?・・・どこー?」
・・・津田の声。さっと立ち上がる西澤。
 「お姫様んとこ行くん?」
 「・・・・・・はい。・・・それじゃ」
 「・・・・・・うん」
・・・ノブ、早よぉ来てぇ。また一人やねん。・・・なぁ、早よぉ。
 「・・・大悟?」
 「・・・・・・遅い・・・」
 「・・・ごめんって。・・・メールしたやろぉ、電車乗り遅れたって」
拗ねるよ、ほんま。・・・ほっといたら、死ぬねんから。泣いても、蘇生なんてしたるか。
 「・・・ごめんごめん、・・・ほんまに。・・・拗ねる前に、メールで怒ってよ」
後ろから、抱きしめられる。タバコの臭い。不安が消える。
 「・・・嫌や。めんどい」
 「・・・はいはい」
そんな、可愛えなぁなんて目でみんといてよ、気持ち悪ぅ。・・・・・・・・・・・嘘やけど。



END