第二話『需要と供給』
「・・・やーべさんっ♪」
新宿を歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。ロンブーの敦だった。その存在に
気付いたのか、周りがざわつく。敦は俺の腕に自分の腕を絡ませて、近くのスタバへ入る。
「久しぶりですね、27時間テレビ以来ですか?こうして話すの」
いや、俺は連れてこられたし、抵抗する間もなく。
「ラテでいいですか?」
慣れているんだろうか、敦はさっと席を見つけ荷物を置くと、俺にそう言った。
「あ、ああ・・・」
何時もこうして待っている側は、相方の亮だろうな。
「お待たせしましたー」
白いコップが二つ並ぶ。どっちもラテらしい。手前に置かれたコップを取った。
「・・・ねぇ、矢部さん」
本題だろう、敦がぐっと顔を近付けてくる。
「・・・俺とやりません?」
突拍子もない浮気のお誘い。
「ええの?亮君は・・・
「家族旅行でいません。酷いですよね、あんなに何回も欲しがってくるくせに」
・・・いや、そんな笑顔で同情を求められても。
「知ってますよぉ、最近食ってるんでしょ?若手の子。結構可愛い子いますもんねぇ」
う・・・さすが情報通。多方に人脈持ってるだけあるわぁ。けどやなぁ、亮に俺が敦抱いたって
バレたら、どうなるか・・・。確実に相手にしてくれんやろう。あの子は馬鹿真面目やから。
「いいですよ、亮君にバレたらフォローしますから」
・・・そう言われると、フラフラと行ってしまいそうになる。
「・・・ね。しましょう?・・・俺ん家で。・・・迷惑かけませんから、マジで」
あまりにも美味しい、悪魔の囁き。・・・その囁きに、ひたすら弱いのである。
「・・・ぁ、あっ・・・ん・・・」
ベッドの上。・・・惜しい。この身体が、妻子持ちの馬鹿真面目に何度も喰われているなんて。
敦とのHは、思ったより全然よかった。本人も言っていたが、かなり男の扱いに慣れていた。
「・・・お茶要ります?」
さっとティッシュで周りを拭くと、今度はお茶。・・・ほんまに慣れてる。
「・・・ん、ああ」
冷たいお茶。嗚呼美味い。このベッドの上で、敦は亮とやっているんだろうか。時間が空いた
時、お互いに連絡を取り合っているらしいが。亮の家では、さすがにこんなんできんしなぁ。
「・・・結構上手ですね、矢部さん」
ノーマルはもちろん、SMも軽いスカトロ(あれを喰うとかじゃなく、挿入したまま出させる
っていう奴だ)も経験しているという。相手は何時も同じ。・・・意外と身ぃ固いんやなぁ。
「ありがとう」
今まで抱いてきた中では、恐らく一番最高級の相手だろう。テクニック、態度共に◎。
「・・・まだ言えてないんですね、岡村さんに」
人の恋愛に首をつっこんでくる所は、イマイチだが。
「・・・うん」
でもまぁ、後輩に馬鹿にされる(された事はないが)より、大分マシだけど。
「・・・可愛い、矢部さん。・・・後輩に手ぇ出すのは頂けないけど」
可愛いなんて言われたらメロメロやろなぁ、亮。・・・俺もちょっと心が動くけど。
「・・・お前かて、こうして浮気してるやん」
「そうですねぇ。人肌恋しいんですよ、・・・亮君の身体が欲しくて」
だから、俺を誘うのか。人肌が恋しいから、他の奴でその寂しさを埋めるのか。俺もそうだろ
うけど。岡村さんへの性欲を、まだ男同士のセックスに慣れていない後輩へぶつけてる。
「・・・ええの?・・・亮が好きやのに?」
嫌じゃないのか?
「・・・矢部さんに分からかもしんないけど、僕にとって、僕と亮君以外のチンコは、その他
大勢のチンコなんですよ」
・・・分かりやすい例えで。
「ほんまに?・・・亮よりセックスが上手くても?」
少し黙る敦。
「・・・のろけかもしれないけど、例え浮気相手に比べて亮君がセックスが下手でも、『可愛
い』としか思えないんです。セックスだけじゃないから」
・・・だろうな。俺は抱く方だけど、岡村さんともしくっついて、岡村さんがマグロだとしても、
『大人しくて可愛い』としか受け入れないだろう。少し可笑しいけど、多分そうだと思う。
「・・・時々ね、泣きたくはなるんです。亮君と一緒にいると」
・・・敦。
「・・・でも、それを見て『うんうん』って聞いてくれるんですよね。・・・ほんと、馬鹿」
・・・好きなんやな、亮が。
「沢山泣いて、すっきりして。・・・また亮君が好きになって、辛くなって」
そう言う敦の目には、きっとにこにこ笑っている亮が見えているんだろう。寂しそうに、何
も無いはずの天井を見上げている。・・・恋をしている敦。・・・恋をしている俺。早く、亮みたい
に愛されてみたいもんだ。・・・何ヶ月後だろう。ずっと来ないだろうか。・・・早く矢部さんも、
岡村さんとやれたらいいですね。そう言って敦は、空のコップを持ってキッチンへ行った。
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