第三話『言わない関係』

 「・・・もうそろそろ、帰る?」
午前十時半。・・・十二時から、雑誌の取材。長瀬との仕事だったと思う。・・・肌寒い。上半身、裸
だからか。キッチンで皿を洗っている、岡村さんに抱きついた。じゃれつく。肩にキスする。
 「・・・冷たーい」
キスマークが、また一つ。
 「・・・仕事。・・・十二時からやろ?・・・ほら、服着て」
身体中に、点々とキスマークが残っている。俺のと、俺以外の。
 「・・・Hな身体、してるなぁ・・・」
矢部さんは、岡村さんが好き。岡村さんは、矢部さんが好きだった。・・・今は、誰が好きなのか
よく分からないという。この前、加藤さんとやったと。その前は、武田さんとしたと言ってた。
そして昨日は、俺と。若手とはやらないらしい。可愛いと思う子は一杯いるけど、バレたらそ
の相方が五月蝿そうだから、と。悪い人。貴方の相方が、貴方を想っているのを知ってて。
 「・・・Hな身体?・・・男に言われても、嬉しくないわぁ」
と、苦笑してみせる。
 「・・・ねぇ。やっぱり矢部さんの気持ちは、受け止められないんですか?」
・・・一応、心配はしてる。
 「・・・いいの?・・・国分も俺の事、好きなんやろ?」
・・・意地悪な人。
 「・・・ええ。でも、心配で・・・」
岡村さんはふうっと大きく溜息を吐くと、煙草を咥えて、火を点けた。
 「・・・今更言われても、遅い」
一蹴された。・・・矢部さん、可哀想〜。
 「・・・国分。男同士でも、性病ってなるやろか?」
 「岡村さん、性病持ちなんですか!?」
俺、昨日二回貴方としたんですけど。
 「・・・ちゃうちゃう。もしかかったら、大変やなぁって」
あーよかったぁ。アイドルが性病持ちなんて、バレたらどういう事になるか。・・・その前に、
岡村さんが可哀想なのも当たり前なんだけど。・・・でもそうか。岡村さんが今のまま、誰とで
もやってたら、性病、移されるって事もあり得るんだよなぁ。今は手ぇ出さないって言って
ても、何時若手の奴に誘われて、フラフラついてって、やって移されるって事も・・・・・・。
 「そんな深刻な顔、せんと。アイドルが、そんなブサイクな顔したあかんよぉ?」
・・・嗚呼、可愛い人。そんな顔されたら、たまんないです。
 「・・・あ、こらっ!」
岡村さんを、床に押し倒した。
 「・・・下さい、貴方の身体」
他の奴には、渡さない。矢部さんには、申し訳ないけど。・・・中堅芸人。岡村さんが了解したら、
それもしょうがない。一番、俺が許せないのは若手芸人か。文句言われそうだけど、ずっと岡
村さんを想ってきた、こっちとしては許し難い。最近でてきた奴に、・・・手を出されるのは。
 「・・・駄目。仕事遅れる」
 「・・・けち」
矢部さんは多分、こんな事を考えてもいないだろう。自分が知らない間に、岡村さんが他の
芸人や俺と、やりまくってるなんて。知ったらどうなるんだろ、あの人。・・・俺もだけど。
 「・・・岡村さん」
ボクサーパンツを穿き、ジーンズに足を入れる。
 「ん?」
ジッパーを上げる。Tシャツを、手に取る。
 「・・・矢部さんを、もう一度好きになる気は?」
岡村さんの顔が、固まった。
 「・・・ない」
 「どうして」
俺は結局、矢部さんが岡村さんに告って、岡村さんも了解して、二人にくっついて欲しいん
だと思う。もちろん、俺は岡村さんが好きだし、矢部さんに渡したくない。でも、今のままの
岡村さんを、放っておける訳がない。・・・誰にでも抱かれる、岡村さんを抱きたくないんだ。
 「・・・しんどいから」
岡村さんは、こんな俺は嫌いだろうけど。
 「・・・帰って」
 「矢部さんの事を好きになれば、貴方は楽になるのに」
 「・・・帰って!」
 「・・・考えて下さい。・・・貴方が好きだから、貴方に楽になって欲しい」
 「・・・帰れ!!」
・・・そんな顔、似合わないです。
 「・・・帰りますよ、お望み通り」
・・・どうせもうすぐ向かわなければ、遅刻だし。カバンを取って、玄関へと歩いていく。貴方
が傷つくのを見たくないのに。貴方は自ら傷つきたいのか。・・・と、後ろから腕を掴まれる。
 「・・・・・・国分、・・・・・・ごめん。俺、ムキになって・・・」
・・・岡村さん。
 「・・・いいんです。・・・気にしないで下さい」
 「・・・・・・国分」
最後に、一回岡村さんにキスをした。岡村さんは、何も抵抗しなかった。・・・自分でも分かん
ない。・・・俺、何がしたいんだろ。本当は手に入れたい。自ら手放す様な事、何でしたんだ?






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