一ヵ月後。
『痴人の愛』・・・って、誰の小説だったか?忘れてしまった。
「・・・ん・・・・・・増田?此処・・・」
・・・内容は覚えてる。凄く、凄―く、うろ覚えだけど。確か、超が百個くらいつくお金持ちのボンボンが、見た
目がハーフみたいな超美人の女の子を見つけて、普通の人が見たら目が飛び出るくらいの服を買ってあげ
て、家を買うんだけど、結局その女が他の男と関係持ちまくって、別れて、・・・又くっつきそうになる、って話
じゃなかったっけ?簡単に言うと。俺は多分、その女、『ナオミ』の方になるんだろう。
「・・・俺の家」
岡田は飛び起きて、俺の目を見つめる。
「・・・大丈夫、俺以外、・・・誰も居ないし、来ないよ」
キス。・・・又、ベットに沈む。
「ん・・・ふっ、んっ・・・ん・・・」
馬鹿で可哀想な主人公は、松口?・・・じゃあ、ナオミの相手は、岡田か。あの小説に書かれていた若くて格好
のいい、少年とは違うけど。・・・おっさんやけど、まぁまぁ男前の方か。・・・・・・俺も、ナオミ程美人じゃないか。
でも、関係はほぼ一緒。可哀想な松口、今頃何処に居るんだろう?お願いだから、俺の事、早く嫌いになって。
厭らしい男だ。何度そう思っただろう。大嫌いだ。何度そう言っただろう。俺を憐れんだ目で見つめる大上が
嫌で嫌で、大上を殴った。すぐに正気に戻って、バンソーコーを貼ったけど。横には、すっかりおねむの大上。
「・・・・・・嫌いだ」
今頃又、やってるんでしょう。昨日だってどうせ、嘘吐いて?騙して、一晩中、やりまくってたんだろ?
「・・・・・・ユウキ」
大上は起きていたらしく、のそっと立ち上がった。
「・・・コーヒー、煎れようか」
「・・・おん」
大上はさっと、黒いコーヒーメーカーで、インスタントコーヒーを二人分、煎れた。深みもコクも無い味。何
ともチープ。でもこの庶民臭さが、又好きで。貧乏性なもんでね、そう大上に言うと、俺も同意、と笑って言っ
た。大上と、色々話した。増田さんに会って何を言ったかとか、どうなったとか。ビールを呑みながら、二人と
も酔っ払って。大上は、怒鳴った。俺にじゃなくて、増田さんに。岡田さんにも。二人が嫌いだと。何時もは好
きな先輩だけど、今回だけは絶対に許せないと。・・・少し、俺に謝って。調子のいい奴だと、正直思ったけど、
でも、何か凄く楽になった。ああ、こいつええやん、と普通に思った。相方とか、そういうの抜かして。
「・・・なぁユウキ」
嗚呼、この、鼻に入ってすぐ消えてしまう、薄い匂い。・・・増田さんみたいだ。手に入りそうなところまで見え
て、俺を惑わせて、岡田さんの所へ行ってしまう。結局、あの人は岡田さんのものにしかならない。
「・・・・・・好きや」
・・・え?
「・・・嘘やろ」
「・・・嘘吐いてどうすんねん、こんな事」
大上が、俺の事を?そんな事・・・言われても困る。自分の恋愛だけでも大変なのに、好きだと言われても。
「ずっと、やりたいと思ってた。・・・お前が増田さんしか見て無くても、俺はお前が好きだった」
大上の、真剣な目。
「・・・俺の事を、好きにならなくてもいい。・・・やけど、覚えてて。俺が、お前を好きな事」
そう言って大上は、俺にキスした。・・・俺、最悪や。大上に好きやって言われて、大上もええなぁ、ってフラフ
ラ思ってる。増田さんが好きなんちゃうんか。あんなに好きやったのに、ころっと大上に傾くのか。さっきま
で岡田さんに恨みを持っていたのに、いいきっかけになったんじゃないかとか思っている。ほんまに、増田
さんが好きやったんか?それとも、その「好き」っていう感覚に浸りたかっただけなのか?分からない。
「・・・コーヒー、もうええ?」
とりあえず頷く。大上はずっと、俺の事を見ていたんだ。そう考えると、自分の今までの行動が全部、恥ずか
しく思えてくる。俺、なんて事をしてたんだろう。今もそう。多分、大上は一杯傷ついた。それでも、俺の事を
気遣って、応援してくれていた。本当は、早く増田さんにフラれてしまえと、思っていたかもしれないけど。
「・・・大上」
皆そうやんな。好きな人とくっつきたい、そう思って当たり前やんな。
「・・・ん?」
「・・・ごめん」
これしか、今言う事が浮かんでこない。
「何やぁもう。急にしおらしくなってー」
・・・やって。
「・・・俺、気付かんかった。お前が俺の事、好きだなんて」
・・・自分の事しか見えてないなんて。増田さんは見透かしていたんだろうか、こんな事も。俺が余裕が無いの
に嫌気が差して、・・・いや、元々恋愛対象として見れないのかもしれないけど、そうと取れなくも無い。
「・・・やから、ごめん」
大上は何時も、気にしていたというのに。
「謝られても・・・って感じや。でも、すっきりしたーぁ。これでやっと、妻に顔向けできるわ」
・・・あ。
「何か嫌やってん。自分の妻の事好き好き言うといて、ユウキに・・・って状態」
「・・・うん」
大上は笑って、流し場に、マグカップを二つ置いた。
「・・・なぁ」
増田さんは・・・今頃、又岡田さんと・・・だろうか。仕事だろうか。いずれにせよ、岡田さんとは一緒なのだろう。
今まで辛い辛いと思っていた事が、そうでもなくなるのだから、俺も随分軽いなぁと思う。大上と馬鹿みた
いに話し合って、好きやって言われて、考え直して・・・心が、こんな簡単に復元できていいのか?・・・馬鹿み
たいだ。もっといるんだ。俺を好きで居てくれる人は。大上はそうだった。・・・増田さんはそうじゃなかった。
でもいい。誰かが俺を好きでいてくれてるんだって、思える事ができ始めそうだから。大上、ありがとう。
「ひっさしぶりに、一緒にマックでも行きますか!」
そういえばまだ、朝飯を食ってない。
「・・・・・・おう!」
増田さん。貴方を嫌いにはなれません。どう頑張っても、僕は貴方を嫌えません。貴方が好きだから。でも、貴
方が嫌だというなら、・・・時間はかかるかもしれないけど、少しずつ、貴方を恋愛感情を抜きにした、普通の
先輩として、見るように努力します。・・・岡田さんと、できるだけ幸せに、暮らしていって下さい。
「・・・っくしょい」
岡田が、くしゃみをした。・・・楽屋。今朝、キスをした。セックスをした。可笑しくなってしまうほど、口付けを
交わした。息ができなくなるほどに。・・・松口はどうしているだろう。・・・・・・我ながら、酷い事をした。でも、
松口だって悪い事をした。どっちもどっち。人は俺ばかりを攻めるだろうけど、俺だって嫌なもんは嫌だ。
「・・・誰かが噂してるんかな」
松口だろうか。きっと、あいつが一番憎んでいるのは、岡田だろう。俺ではなく。
「・・・そうやね」
俺だろうか。・・・だといい。やって、岡田は悪くないから。こういう場合、岡田が悪いとは思われがちなんだろ
うけど、悪いのは俺だ。浮気をけしかけたのは、俺の方で、岡田はそれに便乗してしまっただけだから。
「・・・俺、今ものすごーく、岡田とやりたいと思ってたから。それのせいや」
松口の恋愛感情はウザかった。・・・でもそれは、俺みたいな奴を相手にすんなって事から。決して、松口が嫌
いなんじゃない。きっと、松口は分かってくれる。俺がどうして、あの時にあんな事をしたのか。
「・・・じゃあ、お前ももうすぐくしゃみするで」
・・・ごめんな、最悪な先輩で。
「・・・何で?」
「・・・俺も今、ものすごーく、増田とやりたいと思ってたから」
・・・ごめんな、ほんまに。
「・・・んっ・・・」
END