次の日から、俺は一人になった。慣れない。此処から出る事は出来ない。便所で用を足すにも、
看護婦を呼ぶ事を義務付けられているし。和田と会う事は、もう出来ない。和田に会いたい。
 「気分はどうですか?」
ドアを開けたのは、中山だった。こっちに近寄ってくる。ぎゅっと、右手を握られる。逃げよ
うとする。でも、抑えつけられる。じっと見つめられる。また、キスなのか?それとも・・・。
 「・・・監獄みたいでしょ?それか、鳥篭か」
キスは、なかった。最も、俺は今、何をされても構わない。そんな事はないだろうと思いつつ
も、昨日の晩、そのまま犯されて殺されてもいいと思っていた。和田とは、もう赤の他人でい
たい。昨日別れた瞬間、俺はもう誰とも関係を持たない、と決意した。その方が、幸せだから。
 「辛いですか?」
辛く無い事は、無い。辛い。胸がはちきれそうになる。中山が憎い。
 「・・・辛いなら、言っていいですよ。すぐ、楽にしてあげますから」
死にたくないと、あんなに思ったはずだった。なのに今は、死にたいという感情しかない。
 「・・・中
 「そろそろ、失礼します。次の患者が、来ているはずですから」
殺してくれ。いっその事、殺して。
 「・・・まだ、殺しませんよ。ゆっくり、貴方を壊したいから」
・・・中山は、俺の事を本当に好きなんだろうか。束縛欲が、先走って強くなっているだけじゃ
ないんか。逃げたい。こんな所逃げて、和田と死ぬまで、樹海かどっかで暮らしたい。手首に
繋がれた点滴が、俺をベッドに縛り付ける手枷に思える。・・・絶対、命綱なんかじゃない。

側に居た存在が、ふと消えた。現れる時は時間をかけたのに、消える時は一瞬だった、宝物。
何も代えがたい人だと、久しぶりに思っていたのに。何も、生きる事に希望が無くなった。
 「・・・町田・・・」
すうっと息を吸うと、ボロボロになった臓器に、空気が入り込んでいく。内面が傷だらけに
でもなっているんだろう、こうして呼吸をするだけで、酷く痛む。・・・死が、近づいている。
 「・・・・・・」
青い鳥、という本を、小さい時に読んでもらった。内容は、はっきりとは覚えてない。幼い兄
弟が、見つけたら幸せになれるとかいう青い鳥を、探しに行くっていう話だったと思うんだが。
・・・青い鳥。気持ち悪いと言われそうだが、俺にとって町田が、青い鳥だったと思う。青い
鳥は、青い鳥を手に入れたいと思う第三者の手によって、俺の鳥篭から連れ去られた。町田
が、本当にどう思っているかは分からない。でも、俺は町田が好きだ。もう一度、会えたら、俺
はもう逃がさない。首吊りでも何でもいいから、一緒に死にたい。もう、離れる事が無い様。
 「・・・気分はどうですか」
本人の志望だと聞いた。俺の主治医には、中山がついた。
 「・・・すごぶる悪いわ」
俺の大事なものを、力尽くで奪った犯人。腸が、煮え繰りかえそうだ。
 「・・・貴方も、すぐ死にたくはないでしょ。大人しく、腕を貸してください」
中山の手の前に、腕を出す。この手が、俺から町田を奪った。
 「・・・何するんですか?」
中山の手首を掴む。へし折ろうとするが、手に力が入らない。
 「・・・可哀想に。・・・憎い相手一人も、殺せないなんてね」
中山は、そう哀れんでおきながら、本当に嬉しそうに笑った。
 「・・・町田さんも、会う度に反抗的になるんですよね・・・。僕の興味をそそるだけなのに」
壁一枚を隔てた、向こうにいる最愛の人。壁一枚が、凄く遠い。心は近くにあるのに、身体が
遠い。・・・この身体が動くなら、今すぐ会いに行くのに。今更自分の病魔を、憎らしく思う。

午前三時半。・・・事は起きた。中山に叩き起こされ、何かと思い個室を出た。隣の病室に案内
された。・・・自分の目を疑った。町田は胸を数回めった刺しにされて、ベッドに倒れていた。
 「・・・お前っ・・・!」
 「・・・町田さんが、抵抗するから、・・・手が、止まらなくて、・・・それで、それで・・・!」
中山はぶるぶる震えていた。昼に見た自信満々の様子は何処へやら、その顔は青ざめている。
町田は上半身全体が血で赤く濡れていて、眼に光は無く、口は半開き。・・・・・・もう手遅れだ。
 「・・・どうするんや」
中山の手には、べっとり血がついている。刀は、素手の状態でぎゅっと握られている。警察が
調べれば、いとも簡単に中山が町田を殺した、という事実は明らかになるだろう。憎かった。
やっと大切に思える存在を見つけたのに、それを奪った中山が憎かった。でも、今目の前で
震えている中山を、ただ憎いとは思えないでいる。中山も、本当は町田が好きなだけだった。
 「・・・分かりません・・・」
俺には未来がない。町田にも未来はなかった。もう数日後には、失う身体だった。
 「・・・無かった事にしよう」
 「え?」
涙で赤く充血した眼。・・・同情してしまうのは、優しすぎるだろうか。
 「・・・俺が入院していた事も、町田がいた事も町田が俺とくっついて入院した事も、皆、
無かった事にするんや。そうすれば、お前は何の罪にも問われなくて済む」
自分の中の罪の意識は、恐らく消える事は無いだろうけど。でも、俺が中山を警察に出すよ
りは、中山にとっていいはずだ。警察に出して中山が罰を受けたところで、何になる?町田
は戻ってこないし、俺は数日後には死ぬのに。・・・そんな空しい思いをするなら、消えたい。
 「・・・いいんですか?だって、僕は・・・」
俺は町田を好きになってくっついて、町田は俺を好きになる事で思いつめて、俺と身体を重
ねた。元々俺が町田を好きになんてならなければ、こうはならなかった。死にはしなかった。
町田は否定するだろうけど、俺だって間接的にではあるものの、町田を殺そうとしていた。
 「・・・いい。もう、いい。・・・その代わり」
一緒にいれるなら、何でもしよう。その気持ちは、今も変わらない。
 「もう、何もせんといてくれ。二人きりで、死なせてくれ」
中山はぽろぽろ涙を流しながら、ゆっくりと頷いた。

用意は、順調に進んだ。俺は布団にくるまって安定させた町田の身体を支えながら、中山の
運転で富士樹海まで行った。中山とは、樹海の入り口で別れた。樹海の中に躊躇いなく入り、
背の高い木で囲まれた、深緑の綺麗な場所を見つけた。町田の身体を、ゆっくり倒していく。
 「・・・ごめんな、守ってやれんくて」
俺は何もできなかった。待っていただけだった。頭上から、光が差してくる。
 「・・・痛かったやろ?・・・ほんまにごめんな」
マッチに火を点け、下に落とす。火は簡単に周りに燃え移り、みるみるうちに勢いを増して
いく。町田の着ていた服が燃えていく。中山に預かったナイフを、自分の首に押し当てる。
 「・・・今すぐ、行くから」
最後まで、君を守れなかった。だから、せめて君が怖がらない様に、一緒にいてあげたい。






END