SとMの抽象画


深夜の東京。新宿。・・・ラブホテル。
 「ビビってる?」
大上に、手を引かれる。・・・大きな手。俺の身体を愛撫する、大きな手。俺の尻を揉む、厭らしい手。
ライブの帰り。男同士で・・・来てええんか?今更だけど。大上は、何とも無いような顔をしている。
別に今更、こいつとやるのが怖いんじゃない。この後、バレるんかバレないんかが怖いだけ。
 「ビビってへん」
俺の事を、猫を可愛がるような目で見る大上。・・・嫌いだ、この目。むかつく。確かに俺は受け手で、
やってる間に、ありえないくらい甘い声を出してるけど。甘えたいけど。・・・でも、甘やかされるの
は嫌い。須知と木部なんかはよく見るけど、俺は須知程、相方にべったり、甘えられない。
 「・・・なぁ」
雨が降って、場所が場所だからか、桑田圭祐の、『東京』を思い出してしまう。
 「・・・やっぱすんの?」
ラブホテル。・・・”ラブ”ちゃうよな、絶対。
 「せんで、何すんの?」
確かに。・・・セックス以外の目的で、ラブホテルに泊まる人って、何すんの?雑誌の取材?でも、ど
ーせエロ本の撮影やろ?AV?・・・あれもある種のセックスだと思うんだが。それに、AV女優と
カメラマンって、やってると思うねんけどなぁ・・・俺が、汚れてるんかな。でも、そう思えば思うほ
ど、偽造セックス、AVでヌイてる男の後姿ほど、哀愁のあるもん、無いよなぁと思う。
 「・・・着いたよ」
ラブホテルの名前は、何処にでもありそうな、簡素な名前。外装も、特に大した事無い。内装は、青
と黒を基調としていて、嫌な感じはしない。部屋も、少なすぎず多すぎず。・・・ラブホテル。これほ
どまでに、この世の中の、人間が、日頃溜まったストレスを発散できる場所が、あるだろうか?俺
は、大上と抱き合う時は、セックスを楽しみたいから、ストレスなんか発散する気は無いし、発散
していないと思っているけど、もしかしたら、しているかもしれない。でも、しょうがないと思う。
無意識のうちに、ストレスをぶつけてしまうのだと思う。でも、ストレスから生まれた性欲が強姦
とか、青姦やレイプみたいな、間違った方向に進んでいくよりは、ラブホテルでセックスをする方
が、よっぽどいい。セックスをする為に作られた空間。・・・ある意味、生活必需品なのだろう。
 「・・・すいません、ライブの打ち合わせに使いたいんで、音が響かない方がいいんですけど」
困惑しているロビーの係員に、大上がそう理由づけた。
 「・・・さすが漫才師」
大上が微笑する。・・・前は、嫌味な位素直な笑顔だと思っていた。でも、それは大きな間違い。こい
つはこんな笑顔で、俺の事を苛める。その時のこの笑顔は、とても厭らしく、引っ掛かりたくなる。
大上は少し上機嫌でエレベーターに入り、俺は案内されるがままに部屋に入る。・・・満席のホテル。
今夜何度同じ瞬間に、絶頂に達する男女が居るのだろう?・・・嫌になるほど、素直な性欲が疼く。
大上は、部屋に入ると、ベットシーツに腰を下ろした。
内装もさっぱりしているが、何処か厭らしく、性欲を増幅させる。
 「そう言えば・・・何で知ってたん?こんな所」
大上と仲いい奴・・・須知?・・・あいつは知らんやろ。・・・というか、そうであると思いたい。俺だっ
て知ってる。須知と木部の関係は、もう肉体関係を含むものになっていると。しかも、須知は木部
に相当夢中になっていて、何度も身体を求めている事。それでも、あいつの事を汚したくない。
 「・・・ん?・・・チュートの徳井に、教えてもらって」
 「・・・・・・え!?」
信じたくない、それも。
 「えって・・・やりまくっとるやん、あいつ」
 「・・・いや、そういう事やなくて・・・」
俺もな、まだ理解できるで?徳井が福田に夢中になって、福田に告って、ずっと前からやってるっ
て事。でも・・・ラブホテルは―・・・まずいんちゃうか?同性愛者やぞ?あいつ等。
 「・・・そんな顔せんでええやん。徳井も誤魔化したらしいで、さっきみたいに」
もー、何か嫌や。何で俺の周り、こんな奴ばっかなん?
 「・・・後なぁ・・・」
 「・・・まだあんの?」
俺もベットに乗る。大上はすかさず寄ってきて、俺を抱き寄せる。・・・ま、ええか。大上の誘いに乗
ったんは俺やし、別にセックスすんの、嫌とちゃうし。じゃれあいたいってのも、あるし。
 「ホテルに来た目的が、福田の写真を撮りたいっていうん」
は?
 「・・・やって、あいつ、幾らでも撮れるんとちゃうの?」
隙、すぎる程あるやん。
 「・・・普通のやなくて、コスプレしてんの」
・・・え?福田が・・・コスプレ・・・??
 「見せてもらったけど、・・・凄かった。ナース、セーラー、ネコ耳・・・」
 「・・・何か・・・引くな―――・・・」
 「あんだけ男前やからなぁ。意外やったわー」
意外とか・・・そういう、簡単なもんだろうか。やって、好きな相手に、そんな事をするって・・・俺が
困惑していると、大上が弁護した。大上は、徳井の気持ちが良く分かるという。本当は、自分も俺の
ことをきつく束縛したいという。自分だけのものにしたいと。自分だけに従い、自分だけとセック
スをし、自分だけを好きだと言ってくれる存在。福田は凄い天然やから、本人は意識していないか
もしれないが、徳井はそれでもいいと言っているらしい。例え相手が気づいていなくても、自分は
それを幸せだと感じ、自分を安定させる事が出来るから。福田を、余計に傷つけなくて済むから。
俺は大上に、『お前はしたくないん?』と聞いた。大上は苦笑した。・・・確かに、自分もしたいと言
う。俺が他の芸人と楽しそうに話していると、どうしても嫉妬に駆られるし、セックスをした後、
何処かに閉じ込めてしまいたくなると。でもそれは、その時々の快楽しか生んでくれない。大上は
その快楽の後の自己嫌悪を味わいたくなくて、そこまでしようとは、思わないらしい。
 「俺の事、好きとちゃうん?」
何か、セフレみたいに扱われてる気がする。そんなんは嫌。
 「そういう意味とちゃうよ。ただ、お前はそこまでせんでも、俺の側、離れへんかなって」
 「分からんよ?・・・離れるかも、しれんで?」
『可愛い』とはよく言われる。他の事務所の奴からも、同じ事務所の奴からも。一晩だけやらせて
くれと、言い寄ってくる奴も居る。俺やって、浮気しようと思えば、今にでも浮気できんねんで?
 「・・・お前はせんよ。それは俺が、一番よく分かってる」
・・・悔しい。よくも堂々と、そんな事を言えるなぁ。
 「・・・何かむかつく」
何時もそう。俺の事を知らない、考えても居ないような顔をして、実はよく分かってる。俺が何を
考えているのか、体調はどうだとか、何時も当ててみせる。苛々するほど、のほほんとしているく
せに。でも、そんな所も好きだ。最初は、そんな自分が認められなかったけど、今は違う。半分、諦め
だけど、・・・これは、いい事だと思う。少しは、大上への、自分の気持ちに素直に慣れた気がする。
 「で?・・・まさかお前も、俺の写真、撮りたい・・・とか?」
福田は、ベットに押し倒され、転んだ様子、体育座りをしている様子を、・・・・・・全て局部のアップ、
ローアングルで、何枚も撮られたらしい。信じられないが、全てシラフで。徳井に写真を撮られる
度、ファインダー越しで見られ、写真を撮られるのが快感となり、そのまま、やってしまったとも。
 「いや?・・・服は、来てもらうけど」
・・・え?
 「嫌、・・・そんなん、嫌やっ」
福田には悪いけど、俺はあかん。そんなん、できへん。
 「・・・恥ずかしいから?」
そりゃそうや。だって、考えてもみぃ?・・・ミニスカート履いて、やらせてくれなんて・・・只の変態
じゃないか。徳井は、違うかもしれないけど。徳井は福田を自分のものにしたいっていう欲望を、
福田の為に抑えようとして、写真を撮らせてもらったんだから。でも、俺が思うに、大上は徳井と
は、違う。絶対、俺のブルマ履いた格好が見たいとか、スカートからパンツが見えそうで見えない
チラリズムを味わいたいとか、そんなくだらない理由からだ。・・・その証拠が、この厭らしい目。
 「・・・せえへんからな・・・・・・んっ、ふっ、んんっっ・・・!」
大上に無理やり、キスをされる。息が苦しい。大上は俺の身体にのっかかってきて、両手首を掴み、
俺はどうする事もできずに、悔しくて、涙を流してしまう。唇が離される。畜生。俺がもう少し力が
あったら、大上を蹴り上げて、このままホテルを出るのに。・・・大上の、目が少し冷たくなる。
 「・・・お前が、俺の言う事、今夜だけ聞いてくれたら、痛い事、せえへんよ?」
・・・それは、多分本当の事。でも・・・やっぱ恥ずかしいもんは恥ずかしい。大上の目が、何時もの優
しくて、甘い目とは違う事に怯える。何て、意地悪な目。俺の身体に喰いついてきそうな、嫌な目。
サディスト、とでも言うんだろうか。じゃあ、そんな目で見つめられる事に感じてしまう俺は、マ
ゾヒスト?・・・大上は、自分のサディズムを、嫌に綺麗な外見と性格で、何時も隠している。それを
ぶつけられるのは、何時も俺。大上のセックスにサディズムを感じたのは、最近だけど。
 「ユウキ・・・」
俺の後を歩いてきて、素直で従順そうな顔をした犬は、背後から俺を襲う。俺を、精神的に、雁字搦
めに縛ろうとする。大上は荒い息を吐きながら、ギラギラした目で俺を睨みつける。・・・そんなに
欲しい?俺の身体。そんなに早く喰べたい?・・・慌てなくても、俺は此処から逃げないだろうに。
 「・・・変態」
 「変態で悪かったな」
開き直った、乾いた答え。
 「・・・これ、着て来て」






continue・・・