世に万葉の花が咲くなり。


第一話 いろはにほへと

 「・・・またか」
溜息を吐く。『約束していた頁までは書き上げたから、持ってって』。乱雑に置かれた二つの
草履。今、何時やと思ってんねん。昼の二時やで!?・・・昼間っから、二人っきりで・・・・・・。

 「・・・このホモが」
 「・・・・・・それは、俺への文句?」
町田さんが、苦笑しながら俺の方を向く。
 「いや、そういう事じゃ・・・」
 「ええよ。慣れてるし」
町田さんはそう言って、また原稿の方へ目を戻した。町田さんは、小説家。そして俺は、町田
さん専属の編集者。こうして、決まった日に町田さんに原稿を貰いにいくのが仕事。町田
さんは、・・・この町の警察官をやってる和田さんと、できていたりする。結構事例はある。芸術
家に限って、同性愛者が多いというのは。でも、実際側にそういう人がいると・・・変に意識
したりする。町田さんは鼻で笑って馬鹿にするが、実は俺、狙われてんちゃうかなぁ・・・と。
 「・・・だって、昼間っからですよ?」
仕事しろ!と何回怒鳴りこみにいこうと思ったか。
 「ホモは皆、昼間っからやってる訳ちゃうしなぁ」
町田さんはふと空を見て、何かを思いついた様に、原稿に筆を走らせる。
 「分かってますけど・・・。仕事やれって話ですよ」
 「確かになぁ。西澤は?・・・仕事・・・・・・あ、記者やからか。休み不定期やもんなぁ」
もう書き終わったのか、紙を数え、また間違いがないか見ている。
 「・・・津田の原稿は?貰ってきたん?」
 「はい。玄関においてあったんで」
 「・・・ふぅん」
町田さんは全ての原稿に判子を押すと、二つに折って俺に渡す。ふう、と大きなため息を
吐きながら椅子にゆったり座ると、何かを思いついたらしい、ぱっと跳ねる様に立ち上がる。
 「お茶入れたる。置いてあんのでええ?」
 「あ!いいですよ、俺やります!!」
 「・・・・・・他人に家、触られんの嫌やねん。ごめんな」
・・・潔癖症なのか何なのか、町田さんは時々、俺が町田さんに近づく事を嫌がる。和田さんは、
何時も近くに居るのに。抱き合って、何もかも、触れているのに。・・・・・・あれ?俺、もしかして
和田さんに嫉妬してる?何で?・・・やって、俺は別に町田さんの事なんて思ってへんのに・・・。
 「ほい。茶菓子はええ?」
首から背中にかけて、点々と、和田さんに愛された跡が残っている。和田とするのは楽しい、
と本当に楽しそうに言う。・・・口付けをするのも、触れ合うのも、一つになっていくのも。
 「いいです。・・・原稿、きっちり貰いました。お疲れ様です」
何時もは冷たそうな顔をしているのに、和田さんの事を話す時だけ、顔が全然違う。
 「あー・・・俺もしようかな。昼間っから」
 「・・・止めて下さい。僕の負担が増えるじゃないですか」
二人で笑う。津田さんも嫌いじゃないが、町田さんと話すのは楽しい。・・・可愛いな、と思う
事もある。女だったら、好きになってるなぁ、と思う。・・・ああ、言っておくが俺はホモじゃない。
男を好きだと思った事なんて、生まれてこの方一度も無い。・・・吐き気がすると思う。

布団の上に倒れる。嗚呼、またやってしまった。疲れた・・・もう、何をする気にもなれない。
 「・・・眠い?」
眠いのもある。ゆっくり頷く。功太は、また怒っているだろうか。俺だって、抵抗はした。仕事
は終わったけど、昼間っからやるんはどうかと思った。でも、・・・誘惑には、勝てなかった。
 「何か、飲みもん取ってくる」
 「・・・うん」
西澤とは、幼馴染だった。つい数年前までは、ただの友人。今は違う。完全にそれを越えてる。
身体、重ねてもうてるからなぁ。西澤は、新聞記者。一度、何か面白い事件はないか、と聞いた
のがきっかけで、一つ仕事が終わりそうになると、西澤の仕事が終わり次第、こうして会って、
話を聞いている。そしてまぁ、話だけで終わる訳がなく。・・・こういう事を、している。
 「・・・水でよかった?熱いもんはどうかと思ってんけど」
身体を重ねるのは、嫌いじゃない。でも最近、頻繁になってきているのが気になる。
 「おぉ、ありがと」
熱くなった身体に、すっと冷たい水が馴染んでいく。
 「あっ」
ぎゅうっと、後ろから抱きしめられる。普通の恋人なら、こんな昼間っからは抱き合っては
いないんだろう。作家という仕事は何て不健全なのか、と思う。二日三日寝ない日もあれば、
その後は一日中抱き合う日もある。西澤も同じ。不健全な生活にも、浸かってしまっている。
 「・・・今日、仕事ないから。もっかい、ええよな?」
・・・そう聞いておきながら、するする足の間と胸の間に手を入れていく。
 「あっ・・・」
 「・・・こんなんにしといて、厭な事無いよな?」
くちゅくちゅと局部を揉まれ、乳首を念入りに愛撫される。・・・もう、こうなると駄目だ。
冷めていた身体が、どんどん熱を帯びていく。それに反応してか、手の愛撫が、どんどん丁寧に
なっていく。気持ちいい・・・・・・功太への罪悪感も、綺麗に消えていく。・・・ごめんな、功太。






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