文=十七夜  絵・原案=シン

鬼の涙と雪月花


夜、そよ風が着物を軽く持ち上げる。
そこは開けた場所、ダム開発の名残から切り崩された森への入り口。
命をなくした重機の墓場であるそこに彼女は居た。
季節は初夏、夜に吹く風は少し冷たさを持っている。
風が今度は髪を運び、それを色の無くした瞳で見る。
過去の幻影か、いつか見た桜の花が風に乗って飛んでいく。
手にした刀をゆっくりと、しかし力強く握る。
風が急速に大きさを増した、暴風へと一瞬で育ち四散する。

「―――レナ」



鬼の涙と雪月花


「やっぱり、ここに居たんだね魅ぃちゃん」

月光さえも届かぬ闇、森の木々の間を縫って現れたのは一人の少女。
姿は学校の制服だが、それに似合わない獲物を右手に携えている。
それは鉈だ、月光を反射しその刃を魅音は直視する。

「アンタが私を追ってた事、知ってたよ。
―――――まさかとは思っていたけど……オヤシロ様のため?」

「魅ぃちゃんは信じてなかったんじゃないの?オヤシロ様の事や、皆の事」

「私は、わかってるつもりだった。けど、それだけじゃいけなかったんだ」

「うん、だからこそ、私はそれが許せなかった。だから私はここに来たの、魅ぃちゃんをこの手で殺すために」

風が流れる、一瞬の後に二人の体が流れるように動いた。



鬼の涙と雪月花


一瞬で五メートル程の距離を詰めると、振りかぶった獲物で互いに一閃。
高い音色は互いの獲物が鳴らしたもの、不協和音であるそれが響く。

「刀……そんなもので受けられるなんて、私の腕も落ちちゃったかな?かな?」

「その言葉使い止めたほうがいいよレナ、あんまりかわいくないから、さっ!」

刀を寝かせるように構え、鉈を振り下ろすように構え、そして一閃。
鉈の一撃が刀を揺らす、それに構うことはない、その一撃の威力は揺らす程度、それ以上ではない。
返しの一撃、刃の背で鉈を弾き、レナの腕へと一閃。

「甘いよ」

一瞬で持ち帰られた鉈が刀の一撃を受ける。風の如く流れる動作ではなく山の如くそれを受ける。
追撃は不必要、次の一手は無意味なことを互いに認識している故。
数度の後ろ跳び、相手の動きに合わせてこちらも距離を離す。



鬼の涙と雪月花


「……まさか、私の速度に追いつくなんてね、おじさんレナの事を見直しちゃったよ」

「それは、こっちも同じだよ魅ぃちゃん」

「でもね、ここで時間をかけるわけにはいかない、会わなくちゃいけない人がいるから。
―――――そして、どうしても言わなければならないこともある」

「その役目は、それだけは魅ぃちゃんのものかもしれないけど、魅ぃちゃんに合わせるわけには行かない」

「だからこそだよ。レナを殺してでも私は会いに行く」

風が止まる、それは錯覚。
額に汗が浮く、下手に動いた方が負ける事を本能で悟る。
時間が止まったと知覚が錯覚を得る。
動く、互いの速度は初撃のそれの倍。
刀の一閃はレナの首を狙う。
鉈の一撃は私の腕を狙う。
交差する二つの凶器、一瞬の後に密着する二人の体。

―――思い描いた予想図は、第三者の介入により幻と消えた。

獲物同士が重なった瞬間、それは足元と交差する獲物を直撃した。
それは二本の矢。