第一章
「エルセル・ヴェル・フィーリング!」
そう呼ばれた、少年は王座の前で跪く。
ここは、アロール王国の王都アロール城にある国王の間。
玉座には一人の青年が座り、その隣に宰相である老人、部屋には様々な大臣、宮廷騎士団の各隊長が並ぶ。
「汝を独立部隊の軍将に任ずる!」
王座の横に立っている老人が朗々とした声で、命令書を読み上げた。
王座には、一人の青年、国王代理ガーセル・ヴェル・フィーリングが座っている。
「謹んでお受けいたします!」
はっきりとした少年の声が、部屋にこだました。
アロール王国は、まわりに5つの王国に囲まれた、内陸にある王国である。
土地は肥沃で湖が多いため、国内は裕福で困ることはなかった。
しかし、まわりの4カ国はその土地に目を付け、何とかして自分たちの土地にしようと数年前に宣戦布告した。
その王国を列挙すると、北東にあるロイシュ、北西にあるバル=デ、西にあるフィンガス、南にあるザイルール。
西にあるファルク親王国国王キルクスは、アロール現国王グリーク・ベェル・フィーリングと友人であり、グリーク王が即位時より同盟関係にあった。
グリーク王は、まわりの列国が宣戦布告をする以前から、その国に対して最低一つの騎士団で対応できるように大量の兵を組織した。中央には宮廷騎士団も組織し、最後の砦として機能する。
これらの騎士団は列国の軍を全て跳ね返し、堅固な壁として立ちはだかった。
その後も数回戦闘は起こったが、全て勝利し今に至る。
現在、現国王グリークが病の床にあり、治療を続けるも芳しくなかった。
そのため、グリーク王は二人の王子、ガーセル、セルエルを呼び、後継者を自分の口から発表すると宣言。それまでの間、ガーセルに国王代理を務めるように命令した。
この宣言は小さな混乱をもたらした。
宣言せずに死去した場合である。
その場合、後継者がいなくなり、兄弟で争いが起こる可能性が起こる。
二人の王子もその臣下もそれだけは避けたかった。
国境にいる4つの騎士団が、二人の兄弟喧嘩に巻き込まれでもしたら、列国の思うつぼである。
力をつけるために宮廷騎士団を取り込む可能性も出てくる。
そうなれば、この国はバラバラになってしまう。
ガーセルは、それを聞こうと寝ている国王に突っかかったが国王は何も答えず、ただガーセルを見つめたままであった。
ガーセルはしばらく問いただしたが、無理と悟りその場は引き下がった。
その状態で、2ヶ月が過ぎた。
国王代理のガーセルは、各国境の守りについている騎士団を助けるために、遊撃部隊を作り支援させようと考えた。その軍将をセルエルに命じたのである。
王国歴189年10月のことである。
セルエルは、とある部屋で待つように命じられた。
兵士はガーセルが用意するということだったのである。
「あわててもしょうがない。ゆっくり待つか・・・」
セルエルはテーブルに置かれていた、お茶を手に取り一気に飲んだ。
やっと、兄上の役に立てる。
早く、手柄を報告したい!
「あ、いけないいけない。さっきあわててはいけないと、自重したばかりでは無いか・・・」
セルエルは苦笑する。
今まで、自分は兄の足手まといでしかなかったと感じていた。それは、自分が子供であったからだ。それを、今回重要な任務を与えてくれた。
ただ、嬉しかった。
ノックの音がする。
「開いている」
扉が開いた。
「邪魔するぜぇ!」
それは、宮廷騎士団の鎧をまとっているが、所々の部品がはずれ、薄汚れていた。
無精ひげを撫でながら、セルエルの前にやってきた。
「アンタが今度の上司かい?」
「君は?」
「宮廷騎士団13部隊隊長ガルストンでさぁ」
聞いたことがあった。
宮廷騎士団は基本的に貴族の人間が編入されている。しかし、時々平民や傭兵を編入させている。
これらの部隊が正式に12部隊存在する。
その中で、騎士団の軍将とそりが合わず、上司を殴る、規律を守らないなどのはぐれ者たちを集めた部隊であった。
つまり独立愚連隊を押しつけられたのである。
「そうか、私が遊撃部隊軍将のセルエルだ。よろしく頼む」
セルエルは、ガルストンに手を出した。
ガルストンはその手を一瞬見つめた。
「変わってるな?アンタ?」
「何が?」
「宮廷騎士団13部隊の名前を聞いたことがあるだろう?」
「あるが?」
「ふつう、怖がったり、震えるぐらいのリアクションがあるはず何だが、手を出されるとは思わなかったぜ」
「そうか?私はこの目で見るまで部隊の評価をしないたちなんだ。まさか、噂だけで君たちを追い返すわけにもいかないからね」
セルエルは苦笑しながら問いの答える。
ガルストンは、その無邪気な顔と瞳を見た。
これでもガルストンは人の見る目がある。上司を殴るのは、ただ、気に入らなかったからではない。ただ、自分という人間を使いこなせないと悟っただけである。そのため、ガルストンは同じ境遇の人間を集め、13部隊を作ったのである。
このため、基本的に部隊を統べるべき「軍将」の地位にいる者がいない。
ガルストン自信、部隊長と言う身分でこの部隊を率いていた。
「負けた。アンタは、いい人だ」
突然の事にセルエルは驚く。
そのとたん、ガルストンは差し出されたセルエルの手を握り返した。
「大将!今後ともよろしく頼む」
ガルストンがにやりと笑う。
「ああ、こちらこそ」
セルエルも苦笑しながら答えた。
(初めてだぜ、この俺がこいつの瞳に吸い込まれそうになったのは。こいつなら、俺達を・・・)
その時に、また、ノックの音がする。
「開いてるよ」
セルエルの声が響く。
「?!」
ガルストンは驚いた。
「リュース!」
セルエルが叫んだ。
そこには、宮廷騎士団の鎧を脱いで剣のみをさしている男が立っていた。
「おい!宮廷騎士団第二部隊の軍将殿がなんでここにいる?」
ガルストンが素っ頓狂な声で聞く。それほどまでに、リュースと呼ばれた軍将がここにいることがおかしいのである。
第二部隊の軍将といえば、大軍将、第一部隊軍将の次ぐ軍のNo.3である。
そのような男が、ここに来た。
「セルエル殿下、私もこの部隊に入れていただきたい」
「待てリュース、軍将の地位はどうした?」
「辞めてきました」
「おい・・・」
ガルストンは、声を無くした。そんな地位を簡単に捨てるなよ。
リュースが話を切り出す。
「水くさいですよ、殿下。幼なじみである、この私に声をかけないなんて」
「いや、そんなことをしたら、宮廷騎士団に迷惑がかかるだろう?」
「そんなことはありません。それに、これは我が養父よりの願いなのです」
「先生の?」
リュースの養父、グラドスは宮廷騎士団大将軍である。セルエルの幼少の頃、たびたびグラドスの家に預けられ、剣術・帝王学などを学んでいた。
また、グラドスには子がいなかった。そこで、国王の友人である東にあるメルクアーナ国の貴族ゴッド家より養子を迎えた。それが、リュースである。
二人は、共に剣術を学び、時折いたずら等をしてまわりを困らせている。
リュースが15歳の時に宮廷騎士団に召し抱えられ、5年でその頭角を現し、若干20歳にして宮廷騎士団第二部隊の軍将に登り詰めた。まわりから、大将軍グラドスが裏で手回ししたという噂も立ったほどだが、本人達はきっぱりと否定。国王もそれとなりに調べたが、そういったこともなかったので、安心した。
セルエルもリュースが騎士団に入団したときと同時に王家に戻っている。
この時、9歳。
まだ、年端もいかぬ少年であった。
この時から、人前での、この二人は主君と臣下になってしまった。
セルエルは、それが寂しかった。
人前と解っていても、当時のセルエルにとってのリュースという存在は、共に遊んだ親友であり、優しい兄だった。
その状態で6年が経過した。
そして、今、その親友である男が目の前にいた。
閑話休題。
「そうです。養父は『殿下が一人ではさぞ辛かろう、お前は殿下と共にあり、その身をお守りするのだ』と」
セルエルは嬉しかった。ただ、嬉しかった。
また、あの時の様に一緒にいることが出来る。
セルエルはリュースの手を握った。
「ありがとう・・・・・・」
それしか、声に出せなかった。
ここに、後に「セルエルの両腕」と呼ばれる騎士が集まった。
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