俯いた夜に、雫が落ちる。
それは驚くほど新鮮な日常だった。
拾った猫は真の野良猫。
気まぐれで臆病で敏感で。
真っ直ぐ見つめてくる瞳が眩しいのに、目がそらせなくなる。
擦り寄ったと思ったらヒラリと身をかわし。
だけど開けっ放しの窓から出て行かないのは、ここが気に入ったのだろうか。
真っ黒な猫だ。
艶々した毛並みが美しい。澄んだブルーの瞳。
名前を聞いても名乗らないから“ブルー”と呼ぶことにした。
“ブルー”はいつも部屋の隅の机に下にいる。
美しい瞳を輝かせて。
しかし人のそばには寄らない。
たまにしなやかな腕を伸ばして、三本の爪痕を残すこともあるが。
“ブルー”は置物のようだ。
太陽の光が血の色を帯びるまでじっと動かない。
やがて影が実寸を偽るころ、そっと動き出す。
真っ黒な体をしなやかに動かして。
“ブルー”はあまり眠らない。
夜になっても深い青の瞳は閉じられず。
だからずっと愛していられるけど。
だからずっと愛してはいられない。
“ブルー”は行ってしまう。
開け放たれた窓が閉まったら。
それは仕方のないことで、でも悲しいこと。
自由の風を遮られしまうから。
青い瞳は瞼に隠れて、影のような漆黒の毛並みはもう遠い。
それは仕方のないことで、でも悲しいこと。
“ブルー”のいない机の下は、ボクを無言で攻め続ける。
窓を閉めた、傲慢なボクを。
青い瞳は瞼の裏に、影の輝きは遠い。
“ブルー”はもういない。
太陽に血の色が混ざったから。
影が実寸を偽る世界を歩いているから。
“ブルー”はもういない。
閉められた向こうの世界を歩いているから。
閉じこもったボクから、もう遠い。