17. もういない

俯いた夜に、雫が落ちる。
それは驚くほど新鮮な日常だった。

拾った猫は真の野良猫。
気まぐれで臆病で敏感で。
真っ直ぐ見つめてくる瞳が眩しいのに、目がそらせなくなる。
擦り寄ったと思ったらヒラリと身をかわし。
だけど開けっ放しの窓から出て行かないのは、ここが気に入ったのだろうか。

真っ黒な猫だ。
艶々した毛並みが美しい。澄んだブルーの瞳。
名前を聞いても名乗らないから“ブルー”と呼ぶことにした。

“ブルー”はいつも部屋の隅の机に下にいる。
美しい瞳を輝かせて。
しかし人のそばには寄らない。
たまにしなやかな腕を伸ばして、三本の爪痕を残すこともあるが。

“ブルー”は置物のようだ。
太陽の光が血の色を帯びるまでじっと動かない。
やがて影が実寸を偽るころ、そっと動き出す。
真っ黒な体をしなやかに動かして。

“ブルー”はあまり眠らない。
夜になっても深い青の瞳は閉じられず。
だからずっと愛していられるけど。
だからずっと愛してはいられない。

“ブルー”は行ってしまう。
開け放たれた窓が閉まったら。
それは仕方のないことで、でも悲しいこと。
自由の風を遮られしまうから。
青い瞳は瞼に隠れて、影のような漆黒の毛並みはもう遠い。
それは仕方のないことで、でも悲しいこと。
“ブルー”のいない机の下は、ボクを無言で攻め続ける。
窓を閉めた、傲慢なボクを。
青い瞳は瞼の裏に、影の輝きは遠い。

“ブルー”はもういない。
太陽に血の色が混ざったから。
影が実寸を偽る世界を歩いているから。
“ブルー”はもういない。
閉められた向こうの世界を歩いているから。
閉じこもったボクから、もう遠い。