十二月、だ。師走である。
 どこからか迷い込んできた公孫樹の鮮やかな葉も日に日に色を失っていく。
 色あせた黄色の葉にはらりはらり楓の真紅が舞い落ちる。
 冬である。
 なにものんびりと晩秋の風情を楽しんでいるわけではない。
 切羽詰っているのだ。
 年末、と言うのは原稿の締め切りが妙に多い。年末進行というやつだ。
 私は普段からいつが期限かを意識しているのでこれといって困る事はないのだが。
 なので無論、切羽詰っているのは私ではない。
 琥珀、である。

 琥珀は歌人なのだが、短い随筆やなにかを頼まれる事もあり、今抱えているのはどうにもそれらしい。
 そもそも吸う息吐く息が歌になる男なのだから歌を詠む、ということで困る事はあるまい。
 先ほどまでは庭に出て小難しい顔をしていた琥珀も姿を消し、今はゆったりと冷たい空気が流れていくばかり。
 風に枯葉が吹き散らされていく、音。
 舞い上がる枯葉の、匂い。
 そんなものが随分心地よかった。
 この枯葉が飛ばされていくときのかさかさという音はどうしてこんなにも人を物憂げにするのだろうか。
 眺め、聴く。ただそれだけで妙に叙情的な気分になれる。
「篠原さぁん」
 琥珀が呼ぶ。
 嫌な予感がする。声が変に弾んでいる所為だ。
 恐る恐る振り返る。
「もう十二月だしね」
 そう言った琥珀の腕にはなんと、クリスマスツリーが抱えられ。
 お前原稿は、とはさすがに聞けなかった。
「今年はどんな風にしようか。あの子が帰ってきたら驚くだろうねぇ」
 あの子と言うのは私の甥である。いまだ居付いたままの甥が帰ってきたらそれは驚くに違いない。
 なにせ私の職業も琥珀の職業も熟知しスケジュールまでを知り尽くした彼なのだから。
 当然琥珀が締め切りにあえいでいる事もわかっているのだ。
 それが帰ってきたらクリスマスツリーがでていれば驚かないわけがない。
「ね、驚くよね?」
「原稿が書き上がっていればもっと驚くだろうな」
 つい意地悪を言えばぷいと琥珀はふくれた。
 そんな態度を取るからからかわれる、ということをこの男はいまだ理解していない。長い付き合いであるのに。
「今年はあんまり騒がしく飾るのやめよう」
 どうやら琥珀は私の皮肉を無視する事に決めたらしい。
「ほら、去年はあんまり評判よくなかったし、さ」
 去年のツリーはすごかった。
 もともとれっきとした日本建築の家にそんなものを飾って欲しくはないのだが、甥が欲しがるとどうにも弱い私たちはかれこれ数年、彼のためにツリーを飾り続けている。
 元がまめな琥珀のことだ。
 毎年毎年趣向を凝らし、飾り付けの雰囲気を変えている。
 そして去年、だ。
 去年の飾りは本人曰く
「おもちゃ箱をひっくり返したような」
 雰囲気だったそうなのだが、これが甥には不評だった。
 そもそも当時で十歳の男の子だ。あまり子供っぽい事はもう嫌なのだろう。
 彼にしてみれば琥珀が楽しそうだから付き合ってやっている、というところかもしれない。
「今年はあの子、なに欲しがるかな」
「なんだか万年筆が欲しいとか言ってたぞ」
 言えばませた子だよ、琥珀は笑う。
「あぁでも、もうそんな年頃かな」
 不意にため息をつき琥珀は庭に視線を投げる。
それから少しさみしそうに、笑った。
「そういえば、ラブレターみたいなのもらったって言ってたもん。篠原さん、知ってた?」
「は……、誰に?」
「同級生だって」
 言われて少々頭を抱えたくなった。
「……男子校だったと思ったが」
「だから突っ返したって」
 琥珀は彼の成長を喜んでいるのだろうが、伯父としてはなにか素直に喜べないものが無きにしも非ず、というところか。
「あ、知らなかったんなら、あの子には言わないでよ?」
 もちろん、そんな事は言われるまでもない。
「今年はじゃあ……大人っぽく飾り付けてやったら、喜ぶかもしれないな」
 自分でも驚くほど自分の口から出た声はさみしげで。
 どうやら父親代わりとしては、大人になっていくのがうれしくもあり、さみしくもある、そんなところか。
「もうきっとあと何年もは付き合ってくれないと思うからね、篠原さん」
 琥珀が笑う。
 私などよりもよほど「親代わり」にふさわしい顔で。
「今年はクリスマス、三人でしようね?」


昭和四十三年十二月一日   篠原忍記す



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