「どうだ、一献」
「いいね……貴方にもこういうのを嗜む気があるって、初めて知った」
 差し向けられた赤い塗杯を取り、酒が満たされるのを待つ。
 くいっと一息に飲んで、シャアからこれもまた塗の銚子を受け取り返杯する。
 幾杯か重ねるうちに、アムロの顔が上気してくる。
 薄赤く染まった目元が、何処か妖艶だった。
「花見酒はよいものだとは聞いていたが……確かに、風情があるな」
「月も一役買ってくれてるね。ああ…………花弁が」
 はらりと舞う花弁が杯に浮かぶ。ほろ酔いに加減に身を委ね、アムロは得も言われぬ微笑みを浮かべた。

 宵闇、月明かり、そして仄明るく浮かび上がる様な桜。
 薄紅には見えず、燃え立つ様な白い炎にも見える花盛りだった。

「君の様だな、この……桜というものは」
「俺? 何で?」
「樹が燃えている様だよ。白き炎で。君の様に……白く、輝いている。美しいものだ」
「白じゃないよ、この花の色は」
「知っているよ。しかし、今は白く見える」

 シャアの友人の私有地だとかで、街の喧噪も程遠い。
 緋毛氈を敷いた上での花見は、シャアの趣味なのだろう。こういうシチュエーションには、やたら凝りたがる男だ。
 用意した三段重を広げ、飲む酒も清酒と、人種を越えた拘りを見せる。
 杯を手にしたまま、アムロを抱き寄せた。
 アムロも拒みはしない。酒と、桜の灯りに酔いしれている。

 手酌で杯を満たし、自分の口ではなくアムロの口元へ寄せる。舐める様に口へ含み、縁を軽く噛んで離さない。
「こら。悪戯を」
 顔を引く。シャアの手から杯が離れた。
 アムロは振り向き、杯をそのままシャアへ差し出す。上手くバランスを保って、中身は未だ残っていた。
 意図を察し、シャアはアムロの向かい側の縁を噛んで杯を受け取る。
 アムロは口を離し、心から楽しげに笑い声を上げた。
「いいね。……酔ったかな、少し」
 手を使わずに杯を干し、そのまま杯を落とす。アムロの肩口を滑り、花弁を敷き詰めた様になっている毛氈の上へと杯は転がっていく。
「私も酔ったかも知れない」
 甘える様に顔を寄せる。どちらからともなく唇が重なった。
 華奢な頤に手を添え、深く交合する。

「……ん……っ…………」
 甘く柔らかな清酒の香り。互いの唾液。
 桜の香に包まれた春の宵に酔う。
「ぁ…………シャア……」
「桜に化かされそうだな……」
「桜には……妖しい力がある気がする。死体に纏わる話のある木なんて、桜とねずの木くらいだよ」
「桜の薄紅は人の血を啜って色付くと? この地上で、生き物が死んだ事のない場所などもう何処にもないだろう。こんな美しい花となれるのなら、食われるのも悪くない。こんな風に……白く、君の色に染まって燃え、尽きていくなら尚更」
 啄む様な口付けは止めない。
 アムロも、拒みはしなかった。
 この男にただ流されるのは癪に障るが、今なら全て、桜と酒の見せる幻想だと言い訳が立つ。

「いい、よ。シャア…………」
 ことり、とシャアの方へ頭を傾ける。

「俺に、食われてよ」

 シャアは耳に心地いいアムロの声音に、嬉しげに目を細めて顔を擦り寄せた。
「…………素晴らしい誘い文句だよ、アムロ」
「桜の所為だ」
「私を、食らってみろ……」
「ん……」
 アムロの方から唇を寄せる。
 貪っているのはどちらなのか……手が互いの身体を弄り、煽っていく。

 宵桜の香気に、目眩がする様だった。


作  蒼下 綸

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