何故かよく、視線を感じていた。
自分なんて見詰めていて何が楽しいのか、初めは見当も付かなかったし、睨まれているように思うことも多かったから、嫌われているのかと悩んだりもした。
優しい響きのする、自分の名前が嫌いで。
綺麗に整った顔立ちも嫌いで。
自分で設計をするほどには、MSが好きで。
思春期故の神経質さなのか、もともと繊細なのか、苛々していたり、喧嘩沙汰を起こしたり……。
放っておけなかったのは確かだ。
今もそう、シャア……クワトロと話している自分を見ている。
初めは自分に向けられているのかと思ったプレッシャーも、よくよく気をつければそうでないことには気が付いた。
自分と話しているときの、クワトロに向けられているのだ。
それが何度も繰り返され、相当な鈍感であるアムロにも、カミーユの気持ちが分かるようになっていた。
応えてあげる事は簡単だ。
自分とて、カミーユのことは嫌いではない。
一人っ子だった自分にとって、年若いニュータイプ達は弟や妹のようなものである。
カミーユも、もう少し角が取れたら、本当に誰からも好かれる子になるだろうに。
「アムロ、どうかしたのか?」
「……ううん。何でもない」
自分に向けられたプレッシャーにさえまともに気づけないでいる目の前の男が情けなくて仕方ない。
しかし、結局こういった情けないのを放っておけなかったりするのだ。
慕ってくれる感覚は、そう心地の悪いものでもない。
それは、カミーユに対しても言えることだ。
「それで、この乗り換え一覧なのだが……」
それとなくクワトロの手が腰に回る。
途端に背筋がそそけ立つほどのプレッシャーが起こった。
漸くクワトロも気付いて青ざめる。
きょろきょろと周りを見回しているが、カミーユは巧く視線を逸らして逃れた。
「アムロ……今、ものすごいプレッシャーを感じなかったか?」
「そう? 気の所為じゃない?」
内心大笑いしたいのを堪えて白々しく返す。
クワトロはここぞとばかりに腰に回した手を妖しげに動かした。更には肩にも手を置き、軽く抱き寄せる。
……プレッシャーは倍増した。
「っ……」
「……何情けない声出してるの?」
「君は……感じないとでも言うのか?」
怯えるようなフリを見せて抱きつこうとする。
これ以上はカミーユが可哀想だ。
「離れろよ、シャア。取り敢えず、乗り換えに関しては貴方に一任するから。俺はパイロット編成で手一杯なんだ。今こんなにべたべたしてる暇なんて無いだろ」
「…………分かった。だが、これを片づけたら私に付き合ってくれるな?」
「俺の手が空いてたらね」
副艦長を務めるアムロに暇など出来るはずもない。しかし、クワトロもそれ以上何を言う気もないと見えて、渋々ながら離れていった。
カミーユにしろクワトロにしろ、行動が所構わずなのが困りものである。
特にカミーユが発するプレッシャーに関しては、かなりの被害届が出ていたりもする。
そこまでのプレッシャーを発するとは、自分事以外にも、クワトロに何かされて、恨みに思っていたりするのではないかと疑いたくもなる。
何せ、クワトロのことだ。
クワトロが立ち去ってから、アムロはそっとカミーユに近寄った。
悔しそうにクワトロの背を睨んでいる様を可愛いと思う。
「どうしたの? カミーユ」
「……? あ」
白い陶器の様な頬が一瞬にして朱に染まる。
瞬く間にプレッシャーも掻き消えてしまった。
「大丈夫かい? 何だか凄く怖かったけど……」
「す、済みません! 別に、アムロさんがどうとか言う訳じゃなくて……」
「うん。それは分かるんだけど……シャ、じゃない、クワトロ大尉が君に何かしたのかな、って」
あの節操なしの事だ。こんな可愛い子が近くにいるのだから、何をしでかしてもおかしくない。
「何かされたらちゃんと僕に言うんだよ。しっかりお灸を据えておいてあげるから」
「はい。でも……アムロさんこそ、何もされてないでしょうね」
「え?」
一瞬思考回路が真っ白に抜け落ちる。
そして、昨晩の自分の痴態を思い出して顔に血が上った。
再び背筋を震えが通り抜ける。
カミーユのプレッシャーが再燃していた。
──あの変態赤男が!!──
「あ、あの、カミーユ……それ、あんまりハマリ過ぎてて洒落にならないから、口に出すのは止めときなよ。ね?」
感覚を通じて聞こえたカミーユの罵声に、思わず吹き出しかけた。
慌ててそれを堪えようと顔が歪む。
「はぁい」
白々しい返事の仕方も可愛らしい。
カミーユは手の掛かる弟達の筆頭だ。だからか、尚更可愛く思えた。
「……今の、ジュドーとかに聞こえてたら大尉も可哀想だねぇ、さすがに」
「ちょっとくらいいいですよ。俺のアムロさんに手を出す方が悪いんだ」
頬を膨らませて言う表情は、カミーユをとても幼く見せた。
やっぱり可愛い弟だな、と思いつつ、漸くカミーユの台詞の内容へと考えが至る。
カミーユの感情は、自分とは全く別種のものだ。
そのストレートな感情に触れ、更に赤面する。
熱い頬に手を当てていると、つられた様にカミーユも紅くなった。
「あ、あの、えっと……俺達の、ですよね。あはは……俺、何言ってんだろ……」
いとおしい。
その素直じゃない純粋さや。
綺麗な顔や。
率直な感情が。
照れ隠しにか頭を掻いていた手をそっと取る。
「あ、アムロさん!?」
無限の青が二人を包む。
カミーユの持つ宇宙と、アムロの持つ海と……その融合した青が。
それはもう澄み切って、透明でカミーユそのものだと感じた。
「…………ああ、カミーユは本当に可愛いね」
「そんなっ! アムロさんの方が100倍は可愛いです!!」
頬を紅く染めたまま、力んで叫ぶカミーユはまだまだ歳相応の青さを滲ませていた。
だからなのか。つい、唇をカミーユの額に寄せた。
感覚としては、息子におやすみのキスをする母親そのものである。
カミーユは一瞬硬直し、アムロから数歩離れた。
耳も、首筋も、見事なまでに紅く染まっていく。
今にも泣き出しそうに群青色をした瞳が潤んでいる。
拒んでいるわけではないだろう。
自分とカミーユの感情のすれ違いが痛い。
けれど、エゴかも知れないが、傷つけたくなかった。
カミーユが誰より繊細な心を持っていることは強く感じている。
「ごめんね。今はこれだけ。カミーユくらいの歳だったら、もっといろいろ考えちゃうだろうけど……」
フォローを入れなくては可哀想だ。
カミーユの脆さを感じる度、つい過保護になってしまう。
少し待ってカミーユを見詰めていると、そのうちにパニックから戻ってくる。
まだ握っていた手を握り返され、強く抱き寄せられた。
「全然平気です! アムロさんが側にいてくれる限り、大丈夫ですから」
──あんな変大尉とは違うんだから!──
そんな声まで聞こえてしまうと、より一層カミーユがいとおしくてならない。
若くて青い気負いに苦笑しながらも、暖かい感情に満たされていく。
カミーユの手をやんわりと外させ、その頭を繰り返し撫で付けた。
癖の強い自分の髪とは違い、さらさらとした手触りが心地よい。
少し落ち着かせるために、頬や鼻先に口付けを与える。
「戦いがね、落ち着けば……ちゃんと応えてあげられるかも知れないんだけど」
カミーユの最終的な望みを感じながらも、そう言ってあげたくなってしまったものは仕方ない。
クワトロに抱かれるよりもきっと……きっと、心地良くなれるのだろう。しかし、カミーユをそういった性愛の対象として見たくないと思うのもまた事実だ。
ただ、カミーユがそう望むのなら……受け入れることは出来る。
「俺、頑張りますから!」
「うん。……大丈夫。きっと、もうじき終わるから」
「はい!」
この、誰より繊細で、脆くて、危うい子や、その他の大勢のパイロットを守って、ロンド=ベルを勝利に導く。それが何よりの任務。
だが、不思議と危機感はなかった。
そうして、ロンド=ベルの勝利を信じて疑っていないことに気付く。
自分の安心は、ニュータイプ、強化人間達、そして、その他のクルー達の安心に繋がる。
その堂々巡りに微笑みが零れた。
「頑張ろうね、僕のカミーユ……」
そっと囁きを送り込む。
その一言に、カミーユの表情が明るく輝いたのを見て、少し早まった一言だったかと微かに後悔の念が起こる。
しかし、そんな様も可愛いと思えたので、気付かなかったことにした。
−終−
作 蒼下 綸