主よ、我を憐れみ給え。

 主よ、我を憐れみ給え。


「…………どうして……?」
「君にだって、分かっているだろう?」
「分からないよ。分かりたくもない」
「何故そう意地を張る」
 シャアは、本当に何も分かっていない顔でアムロを見詰めた。困った様に……。
 アムロはそんな彼に呆れながら、その額の傷に触れる。
「貴方こそ」
 肩の傷に触れられると、微かな痛みが走る。
 そこはもう、痕が残るばかりで傷は完全に癒えているものを。
 アムロは微かに眉を顰め、その手を離させる。
「…………分かっているくせに。どうして茶番を繰り広げる?」
「君が、私の側にいてくれないからだ」
 まだ求める様に手が伸ばされる。
 しかしアムロは、その手の甲をぴしゃりと叩いた。
「…………貴方を信じる人達を、どうするんだ?」
「そんなもの、どうだっていい」
 拗ねた様に顔を逸らせる。
 腹が立って、両手で頬を挟み、無理に自分の方を向かせる。
「貴方のために犠牲になる人達の事を、どうでもいいだって?」
「君さえ…………君さえ、私の側にあるならば、他の事など、どうだっていい」
「なんてエゴイストだよ」
 二の句が告げない。
 呆れて溜息すら洩れなかった。
「何と言われても……私は、君が欲しい」
「俺の他に……貴方が手に入れたいものは何だ?」
「君と共にあるララァ……」
「他には?」
「何も要らない」
「それで、宇宙の民を納得させるつもりなのか?」
「父の理想でも継ぐ事にするさ」
「貴方の理想は?」
「君と共にあるために。…………君を、全てから解き放つために」
「……貴方が再び俺を籠に閉じこめるのに?」
「捕らえはしないさ。ただ、私が、君と共にありたい」
 ひたすら駄々っ子の様だ。
 アムロはシャアの顔から手を離し、軽く身体を突き放した。
 これ以上の触れ合いが、これ以上の会話が、何の意味を齎すというのか。

 目を眇めてシャアを見る。
 それでも、憎いと思えない自分が分からなかった。

 シャアは歪んでいる。
 その歪曲すらも、


 シャアは、見付からなかった。
 兵力を増強しているらしいと知り、彼を捜し初めてから半年程が経っている。
 それでも、彼は見付からなかった。
 コロニーでは地球連邦に対する不信感や嫌悪感が相変わらず強い。しかし、かたやシャアは、父ジオン・ダイクンの思想を掲げて今や英雄扱いである。

 何とか補給は受けさせて貰えるものの、コロニー内での視線は冷たい。
 補給ついでの生活備品の買い出しに、若手のクルー達は船外に出ていた。

「アムロ、お前も少し艦を出てきたらどうだ?」
「この間に書類やっつけちゃわないと。ブライトこそ、少し休めよ」
「いや、お前に、俺の分の買い出しを頼みたくてな」
「何? さっき頼めば良かったのに」
「いや……あいつら、冷やかすからな」
「ミライさんにか」
「ああ……自分で買いに行けばいいんだろうが、俺が私用で艦外に出るわけにもな」
 聞けば、誕生日が数ヶ月後なのだという。今買って地球に送れば、丁度いい時期に届く。
 アムロはにこりと笑ってそれを引き受けた。

 そもそも、それが間違いの始まりだったのだ。

 宝飾店で店員にプレゼントを見繕って貰い、店を出る。
 これで買い物は終了だった。
 抱えた紙袋の中には歯磨き粉やボディーソープ、下着の替え、それから、ハロの部品となる電子回路や配線が幾つか。
 その上に小さな、けれども綺麗に包装された紙包みを入れる。
 久しぶりに宇宙食やパイロット食以外のものを食べたくなって、戻りがてらレストランや喫茶店のウインドウを覗きながら歩く。
 そんな、何の変哲もない、繁華街の街角。

 コロニー内とは言え、久々に艦外の空気を吸って心持ち身も心も軽くなる。
 だから。

 だから、気が付かなかったのだ。

 すっと、珍しい程クラッシックで大きな自家用車が近寄り、次の瞬間には車内に連れ込まれていた。
 当て身を食らわされるわけでも、薬を嗅がされるわけでもなく。
 それは本当に、一瞬の出来事だった。

 言葉もない。
 ただ、車内に引き込まれた途端、背筋がぞわぞわと落ち着かなくなった。
「……シャア…………」
 両脇は屈強な男に固められている。
 表情を伺ったが、良く訓練されているらしく何の反応もない。
 こんな風に自分を拉致する心当たりなど、ただ一人しかなかった。
 こうして、人を使ってそれを行うであろう者も。

 車は通りを抜け、裏路地に入った。
 そして、車から降ろされる。
 目の前には、更に高級そうな大型のリムジンが停まっていた。

 抵抗はしない。疲弊するだけ無駄だ。
 それに……。待っていた車の窓から、絡み付く様な視線を感じていた。
 自分が傷付いて、罰を受けるのは周りの彼らだ。

「いるんだろ。無精してないで降りてこい」
 スモークガラスを軽く小突く。
 こんな感覚、齎す相手は一人しか想定できない。

 窓が開く。
「俺に何か用か?」
「それを問うか?」
「…………何処へ連れていく気だ? 暫く空けるなら、ブライトに連絡を入れさせてくれ」
「心配はいらない。こちらから伝えておく」
 アムロは軽く肩を竦めた。
 ドアが開く。背を押そうとする手を払い、アムロは自らその車内に乗り込んだ。

 車は静かに滑り出す。
「良く素直について来たな」
 かけていたサングラスを外して胸ポケットにかけ、シャアは上機嫌でアムロに微笑みかけた。
 対してアムロは、剣呑な視線でシャアを睨む。

 いかにも高級車らしく、後部座席は対面になっている。二人は向かい合って座っていた。
 ボディーガードも助手席にしかおらず、後部座席は真実二人きりである。そして、運転席や助手席との間は、分厚いガラスで仕切られていた。おそらくは、声も届くまい。

「抵抗したって無駄だろ」
「君を傷付けるつもりはない」
「薬でも使うか?」
「……怖いな。そう睨まないでくれ」
「誰が不機嫌にさせてるんだよ」
「どうだ、一杯」
 ワインクーラーを開けて見せる。アムロは一瞥もせず首を横に振った。
「そうか。残念だ。君の為に極上のものを用意させたのだが」
「いらない。用件を手短に話せ。それが出来ないなら、貴方を殺して帰る」
 その答えに満足した様に微笑み、シャアは長い足を組み替えて手を膝の上で組んだ。全てに余裕が見える。
「君に出来るかな?」
 そんな言い方も態度も気に障り、懐から小さな拳銃を出して安全装置を外し、シャアの額に突きつける。
 後部座席には二人きりだ。止める者はいない。
 シャアはただ微笑んだまま、為されるがままになっていた。

「どうした。引き金を引けばすぐだぞ。それで君は解放されるし、もうコロニー巡りで無駄足を踏む事もなくなる。部下達には、私に何があっても君を無事に帰すよう命じてある。君がそう望むのなら、引き金を引きたまえ」
 指先すらぴくりとも動かさず、ただ差し出す様に顔を少し上げる。
 微笑は崩さず目を閉じる。張り詰めた空気が、何故かそこだけ温む様だった。
 邪気のない空気に、アムロは構えた手を下ろし、安全装置を戻した。シャアの策だと頭では分かっていても、無抵抗で生身の人間を撃てる程、未だ軍人として割り切れてはいない。
「いい子だ」
 膝の上に下ろした手に、シャアの手が重ねられる。
 アムロは動けなかった。

 それをいい事に、シャアはその手に軽く体重を掛け、腰を浮かしてアムロの隣に座り直した。
 深く淡い瞳がじっとアムロを見詰める。

 シャアの空気を感じ取り、アムロはそっと目を閉じて差し出す様に小さく顎を上げた。
 間も置かず、さもそれが当然ででもあるかの様に唇が重なる。
 深く重なり合う。間から濡れた音が立った。

「っ…………ふ…………」
 ズボンに縋ろうとしたアムロの手が優しく包み込まれる。アムロは容赦なくその手に爪を食い込ませた。それでも、突き放しはしない。

 餓えて…………いたのだろう。

 そう思わざるを得ない程、口付けに全てを潤されていくのを自覚する。
 こんな男を求めても仕方ないのは分かっているのに。
 それでも。

「ずっとこうして君に触れたかった」
 濡れた唇を親指の腹で拭われ、アムロは顔を背けた。
 嫌だ。
 触れ合いたくない。

「俺じゃなくて、ララァに、だろ」
「勿論。しかし、今、あまり意味は違わないだろう?」
「全く違うだろ。大体最近は、ララァは俺の所にだって来ない」
「こんなにララァの感じがするのに?」
「馬鹿言うなよ」
 もう、ここ数年はララァの夢を見ない。怪訝そうにシャアを見る。
 自分に分からぬものが、シャアに分かる筈もないと高を括ってもいる。
「確かに感じるのだがな……」
「この俺がいないって言ってるんだ」
「ふむ……それでは、君が限りなくララァに近くなっているのか?」
「俺が分からないって言っているのに、貴方に何が分かる」
「……それもそうだな」
 シャアは軽く肩を竦め、コトリ、とアムロの太腿の上に上体を倒した。
「なっ」
「目的地に着くまで、こうしていさせてくれ……」
 思わず振り上げた拳を降ろす先がなく、アムロは握ったままの手をゆっくり下げた。

 すり、と顔を擦り寄らせられる。ぞわりと走った悪寒に再び手を上げたが、その手はアムロの意志に反し、シャアの頭にそっと降りた。
 指先が優しく髪を梳く。いい歳をした大人の男の髪だというのに、柔らかく繊細で、ひどく手触りがいい。
 シャアは心地よさそうに目を閉じ、するに任せる。
「……何甘えてるんだよ……」
「君が許してくれているからだ。少しだけ…………」
「年は幾つだよ」
「さあ……33にはなっている気がするが。まだ今年の誕生日は迎えていないな。祝ってくれるのか? まだ数ヶ月ある。楽しみにしているよ」
「ばーか。子供過ぎるって言ってるんだ。貴方の部下が見たら泣くぞ」
 アムロの手に自分の手を重ね、指を絡める。アムロはシャアのするに任せた。
 ふっと小さな吐息が洩れる。常に気を緩める事のないシャアの、ほんの僅かな文字通りの息抜きに、アムロも微か、気が抜ける。
「隠してはいないよ。ただ、認識してくれない人間は多いな」
「信じたくないんだろ。貴方、外面だけはいいんだから」
「私自身に関わりのない人間の前でなら、幾らでも有利な様に立ち回るさ」
 片手は重ね合わせたまま、もう片方の手を伸ばしてアムロの髪に触れる。
 そう柔らかくはないが、ふわふわとして優しく、シャアは久々の感触に深い笑みを零した。

 ぐっと頭を引き寄せて、再びアムロの唇を奪う。
 懐かしい香りに入り混じり、ほんの僅かに不愉快な匂いが漂う。
「……女がいるのか?」
「当たり前だろ。貴方だって、そんなに化粧と香水の匂いをさせて。こんなの、貴方の好みじゃないだろうに」
「私の好みを覚えていてくれたのは嬉しい限りだが」
「好みじゃないってよりは、遊びの女なんだろうけどな。貴方、分かり安すぎるんだよ」
「確かに。君はこんな強い香りは纏わないし、必要ない。しかし、こんな香で男を惹こうとする相手とは、遊びで十分だろう。相手だって、分は弁えている筈だ」
「そう思っているのは貴方だけなんじゃないのか? それで失敗した事もあるだろうに」
「見て来た様に物を言うのだな」
「貴方の事だもの」
 互いの唇を濡らした唾液を舐め取り合いながら、嘲りにも似た笑みを洩らす。
「君は……ベルトーチカではない様だが?」
「……彼女は地球で待ってくれている」
「では、同部隊の女か。幾ら愚かな女達でも君程の人間を放って置く筈はないと分かってはいるが……不愉快だ。一人の女なら許しもしようが」
 親指の腹でアムロの唇を辿り、割る。アムロは小さくその指を噛んだ。そのまま手袋を引っ張る。
 仕草が無意識の媚を含んでいる。
 女に媚を売られるのは不愉快になるのに、アムロの様子ではそそられる他ない。
「何で貴方の許しを請わなくちゃいけないんだよ。…………遊びだよ。貴方と同じ」
「……大人なってしまったものだな」
「悪い見本が目の前にいるからな」
 もう一度手袋を強く引っ張って脱がせる。
 そして、指を舌で掬い、絡める。
「…………どうせ、貴方の目的なんてこんなものだろ? 俺達だって遊びだったじゃないか」
「私としては、遊びのつもりなどなかったのだが?」
「遊び以外で、男となんて付き合えるかよ」
「私と君とは、身体よりも深い所で繋がっている。そうは思わないか?」
「思わないよ。下らない」

 ……疵が、疼く。

 アムロはシャアに見えないよう、そっと右の上腕を撫でた。
 そして、シャアの額に唇を落とす。
 シャアは目を細め、心地よさそうに委ねる。
「相変わらず、君の唇は心良いな……」
「毒でも飲ませてやろうか?」
「君の唇から移されるのなら、何だって呑み込むさ」
「貴方って……本当に馬鹿だよね……」
「そうしみじみ言われると、さすがの私も少々傷付くな……」
「貴方でも?」
「君に関しては、何処までも馬鹿になれるがね」
 シャアの手が伸び、アムロの腕を掴む。
 指先が疵痕を愛おしげに撫でた。
「……触るなよ」
「まだ痛むのか?」
「何年前の疵だよ。貴方だって、もう痛くないだろ?」
「痛む事もある。その疵が君に苦痛を与えているのなら、申し訳ないと思ってね」
「俺が貴方に付けた疵の方が……」
 舌先で眉間の疵痕を辿る。
「あと数ミリ深かったら、貴方、死んでいたかも知れないんだよ?」

 この美しい顔の唯一の汚点が自分の齎したものだと言う事に、微かな愉悦を覚える。
 それと同時に、あの時ヘルメットがなければと考えてしまわざるを得ない。

「……あの時は、まさか君に負けるとは思っていなかったがな」
「夢中だったからな。ララァの事でいっぱいで。貴方なんか死んでしまえばいいって、そればかりだった」
「私もな。君が戦場にいさえしなければ、ララァが死ぬ事はなかったと」
「よく言うよ。貴方が引きずり出したんだ。俺も、ララァも。諸悪の根元が何を言うんだよ」
「それが……こんな触れ合いまで行う仲になれるとはな」
「貴方が勝手に触ってくるだけじゃないか」
「君との触れ合いがあまりに心地よいものでね。今も……とても、安らげる」
 アムロの柔らかな内股に後頭部を擦り寄せる。

「相変わらず柔らかいな。トレーニングはしていないのか?」
「やっ……何処触ってるんだよ!」
「いい手触りだ……」
 手が腕を滑り、太腿を這う。アムロは容赦なく拳をシャアの頭に落とした。
「ふざけるな」
「痛いな。……ふざけてなどいない。まだ今夜の宿泊地に着くまで時間がある。それまで、君にじっくりと触れていたい。駄目か?」
「…………ここでするのは嫌だ」
「……そこまでするとは誰も言っていない。そう考えてくれるのはとても嬉しいがな」
 かぁっとアムロの頬が朱に染まる。
 シャアの思考回路に毒されている自分が酷く恥ずかしくなる。
「まあ……このまま君がじっとしていてくれるのなら、私は君の肌に触れたいのだが」
「どうせ宿泊先とやらに着いたらするんだろ。それ迄くらい待てよ。……車を使ってるんだから、遠いと言ってもそんな距離じゃないだろ?」
「相変わらず頭の回転が速くて助かる」
「貴方が分かり易すぎるだけだ」
「君だけだよ。そんな風に、私の全てを感じ取ってくれるのは」
 太腿を撫で回していた手がまた移り、アムロのベルトにかかる。
「しないんじゃなかったのか?」
「君の温もりを得るには、この上着は厚すぎる。面倒な服を着ているのだから、仕方がないだろう。大人しく少し脱がされたまえ」

 シャアの手は片手ながら器用にベルトを取り払い、ファスナーを引き下げた。
 その下にはハイネックで長袖の白いシャツを着ている。
「……邪魔だな」
「仕方ないだろ。お仕着せなんだから」
「色合いもデザインもまあ、君に似合ってはいるが……脱がせる者の事も考えて貰いたいものだな」
「自分で脱ぐならともかく、誰がそんな事考えて服を作るんだよ」
「仕方ないな……」
 シャツの裾から手を差し入れ、腹から胸へと撫で上げる。
 アムロは擽ったさと、それとは違うぞわりとした感覚に身体を震わせた。
 しかし、抗いはしない。
 自らシャツを捲り上げ、その裾を口に喰む。
「恭順してくれるのだな」
 目を細めて見上げてくるシャアから顔を背ける。
 素直にはなりきれない。
 自尊心も、羞恥心も、人並みには持ち合わせている。

 漸くシャアはアムロの膝から半身を起こし、それまでとは反対にアムロを膝の上に抱え上げた。
 熱い息が耳にかかる。
「ん……」
 手が胸を這い、突起を抓む。アムロは身を捩った。
 7年前以来、こんな形で他人と肌を触れ合わせた事はない。
 声を洩らすまいと、シャツを噛む歯に力を加える。
 そんなアムロの様子を知ってか知らずか、シャアの手はスラックスの中にまで進入を果たした。
「っ、ぅ……ん……!!」
 アムロの背が反り返る。
 トランクスの中で微かな反応を見せ始めていたものに指を絡め、軽く扱く。
「ん……ぁ……」
 シャアに完全に背を預け、頤をも反り返らせる。
 まだ抗う余地はある筈だったが、感情がそれを阻む。
 先の口付けによって潤された身体が、切なくなる程シャアを欲しているのが分かる。
 ただそれが、本当に自分が求めているのか、シャアが自分を求めている感情が伝わっているだけなのか、今のアムロに区別は付かなかった。

 無理に首を曲げ、振り向いて物欲しげに唇を開く。シャツの裾が口から零れた。
 唾液を布に吸われて乾いていた唇を、舌先で舐め濡らす。
 仕草の意味に気付いたシャアは、すぐさまそこに口付けた。

 濡れた音が耳を犯す。
 しかしアムロには、その音が唇のものなのか、下半身から立っているものなのか判別できない。
 ただ音が、羞恥と快楽を煽っていく。

 手と唇と、それだけでしかシャアの熱を感じ取れない事がもどかしい。
 こうして一方的に自分一人が嬲られる、それが、シャアの求めるものではない事は分かるのに。
 温もりは分かち合うもの。与え合うもの。
 シャアが自分の温もりを求めてくれるのなら、シャアだって肌を晒して、それを直接に受け取りたい筈なのだ。それが。

 力の抜けた手をシャアに回す。
 弄(まさぐ)り、シャアの上着のボタンを外そうと試みる。
 しかし軍服に近い上着のボタンは固く、容易には外れてくれなかった。
 アムロの行動に気付き、シャアの手が重なる。
 後ろ手のアムロよりは器用にボタンを外し、上着を脱ぎ捨てた。
 しかし、その下にも幾重かに重ね着をしている為、生肌は遠い。
「シャ………貴方も……」
 息を継ぐ合間に、喘ぎに紛れる声で囁く。
「そんなに私が欲しいか?」
「……ちがっ…………貴方……が……俺を……」
「私が……?」
「貴方が……俺を、欲しがる……から……」
 狂おしい程シャアを欲するのは、シャアが自分を欲しているからだ。そう思う。
 自分がこれ程までにシャアを欲しがるなんて有り得ないと信じたかった。
「確かにな。私は君が欲しいよ。分かるだろう?」
 嫌らしく耳に残る囁きを送る。
 ぐりっと尻朶に押し当てられる滾る物が、シャアの昂ぶりを伝える。
「ケダモノ」
「何とでも言うがいいさ」
 残った手袋を脱ぎ捨てる。

 触れてくる手から体温と、それとは比べものにならない程熱く滾る感情とがアムロの中に押し入ってくる。
 熱に浮かされながらも、アムロはより強い思いを求め、身を屈めて胸を弄るシャアの指先に唇を触れさせた。

 もっと奥底まで触れて欲しい。
 誰も気が付かない、自分の根幹を成す部分まで。
 火照る身体が叫んでいる。

 そうして魂の眠る場所に……ララァと……ララァが受け入れるシャアとだけが、触れる事の出来る筈の場所に、シャアの指先が届きさえすれば────────。
 アムロのこの乾きは、そうでもなければとても、完全に潤される事などないだろう。

 触れた指先が、淫靡な動きを伴って唇を辿る。
 舌を伸ばしてそれに触れる。
「貴方も脱げよ」
「誘ってくれているのか?」
「そうじゃない。ただ…………貴方が遠い……」
「もうすぐ着く。我慢したまえ」
 アムロの言わんとする事の半分も理解していない様子でさらりと返す。
 アムロもアムロで、その事を詰る気力もなく銜えかけていた指を吐いた。そうして、心にもない事を言う。
「俺ばっかりこんな恰好にさせてずるい」
「ああ、見えてきた」
 僅かにアムロから離れ、身を屈めてフロントガラスの向こうを見遣る。
 アムロには見る余裕などありはしなかったが、そこにはこのコロニーで最も高い建物があった。

 こんなに身体は密着していても、ひどく心が遠い。
 あと一歩でも、シャアが歩み寄る気配を見せてくれたら……こんな惨めな思いもしなくて済むのだろうに。
 アムロは溢れそうになる涙を堪えた。
「シャアの馬鹿…………」
「何か言ったか?」
「ううん……何も…………………」

 着いた先は、このコロニー随一の高級ホテルだった。
 調べたばかりの筈の場所。
 連邦の嫌われ方とシャアの受け入れられ様に嘲笑が込み上げる。

 車から降りようにも殆ど腰は立たず、服は辛うじて整えたもののシャアに抱き上げられたまま運ばれる。

 通された最上階のロイヤルスイートには、数人の部下が控えていた。
「下がりたまえ。明日の朝コールを入れるまで誰も近付かないように」
「……了解しました」
 部下の一人、栗色の髪をした女が頭を下げる。スタイルのいいかなりの美女だったが、凄い目つきでアムロを睨んでいる。
 アムロはうんざりした表情で顔を逸らした。
 ついさっき車内で嗅いだのと同じ香水の香りがする。
 彼女が今のシャアの相手に違いなかった。

 そんな表情を酌んだのか、シャアの手が小さく閃く。
 良く飼い慣らした犬の様に、部下達は下がって行った。
 これで正真正銘二人きりになる。

 キングサイズのベッドに降ろされ、アムロは室内を値踏みする様に見回した。何カ所かで目を眇め、小さく溜息を吐く。
「枕の中、ベッドの下、サイドランプの笠の中、電話の中、テーブルの下、椅子の下、天井照明。……優秀な部下みたいだけど、御し方は考えた方がいいよ。こんなに思念が残る程嫉妬するんじゃ、仕事に差し障りが出るんじゃないか?」
「放って置け。別に君から何かを聞き出そうとなど思っていない。君だって、そんな事を口走りはしないだろう? 聞かせてやればいい」
 そう言いながらも枕を引き裂き、中にあった小さな機械──盗聴器を床に捨てる。
 容赦なくブーツの踵で踏みつけて、アムロに口付ける。
「誰かに聞かれていると思えば、より燃えるだろう?」
「俺、そんな趣味ないんだけど。……ついでに、カメラも天井と棚に3つ付いてるし」
「見せつけてやればいい……というのも癪だな。君のイイ姿など、勿体なくて誰にも見せたくない」
 言うなり、アムロの懐に手を差し入れ何かを弄る。
「やっ、ちょっ、」
「借りるぞ」
 内ポケットから先の小型拳銃を見つけ、引き取って安全装置を外す。
「……勝手にしろよ」
 丁寧にお辞儀をして答えるや否や、先にアムロが視線で示したカメラの位置に向け、3発続けて発砲する。
 動かない的にはさすがに当たるもので、全弾しっかり命中していた。

「これで邪魔はなくなったな」
「まだ盗聴器が残ってるんだけど?」
「それくらいの楽しみは彼らにも残しておいてやろう。私は寛大だからな」
「よく言うよ……」
 そのままベッドに倒れ込む。情事の途中で放り出された身体はどうしようもなく火照り、堅固だった筈の理性を揺るがす。
 仰向けに転がり、目を閉じた。
「ブライトに連絡入れてくれるんじゃなかったっけ? 俺か、貴方直々じゃないと納得しないと思うんだけど」
「彼はとても君を大切にしているからな」
「貴方の事だって……大切に思ってた……」
「…………知っている」
 掌サイズのプライベート端末を立ち上げ、壁にヴィジョンを投影する。
 ブライトへのプライベート回線はアムロが知っている。仕方なく、そのコードを教える。
 暫くの調整の後、白い壁にブライトの顔が大迫力で写し出された。

『…………まさか貴方直々に交信してくるとは思いませんでしたよ』
 ブライトは一気に10歳も老け込んだ顔をして、大きな溜息を吐いた。
「アムロを預かっている。明日には無事な姿で返すから安心したまえ」
『本当に無事でしょうね』
「相変わらず心配性だな、君は」
 端末に付いたカメラをベッドの上のアムロに向ける。
 アムロは呆れながらもカメラに向かって手を上げた。
「ごめん、ブライト。拉致られた」
『注意が足りんぞ』
「小言はこの馬鹿に言ってよ」
 ブライトはぐりぐりとこめかみを揉みながら、更に大きな溜息を吐いた。
「ああ、分かっているとは思うが、逆探知は不可能だよ」
『そこまで馬鹿だとは思っていない』
 不機嫌きわまりないブライトに対し、シャアは何処までも上機嫌だった。
「この回線は悪用しないから安心したまえよ」
『好きにしてくれ…………。アムロ……いろいろ無事ではないかもしれんが、生きて帰ってくるんだぞ』
「はーい…………シャアが帰してくれたらね」
「死姦の趣味はないな」
『もういい……了解した……』
 ブライトは疲れ切って、回線のオフボタンに手を伸ばした。
 シャアは肩を竦め、一つ気にかかる事を尋ねる。
「しかし、案外冷静なのだな、ブライト」
『帰参時間をとっくに越しているから案じてはいた。しかし、貴方が滞在中という情報のある場所でアムロが帰ってこないとなれば、まず貴方を疑うのが筋でしょうが』
「それにしても落ち着きすぎている。……そうか。既に場所まで特定しているのだな? なかなかやる」
『…………………馬鹿にしているのか?』
「いいや。君が優秀で嬉しいと言っている。好敵手はこうでなくては」
 なかなかやる、もへったくれもない。
 一度調べはしたし、その際には見つける事は出来なかったものの、シャアの性格からして他に滞在しそうな場所はなかった。しっかりマークはしてある。
『…………アムロ、今すぐそれを殺して帰ってこい』
「そうしたいんだけどね…………」
「物騒だな。私は何時だって殺される準備は出来ているよ。それをしなかったのは君だ」
 カメラの前で見せつける様に、アムロの頬に舌を這わせる。
 アムロは小さく溜息を吐きながらも、それを拒まなかった。
「そういうわけだ。まあ、そう心配しないで明日を待っていたまえよ」
『…………アムロ、無事でな』
「ごめんね……」
『シャア、くれぐれも大切に扱ってくれよ』
「私がアムロに酷い仕打ちなど出来るわけがないだろう」
『それが怪しいんだ…………』
「さて、それでは、アムロも堪えてくれている事だし、通信を終わるぞ」
『アムロ、また明日な』
「うん」
 力無くカメラに手を振る。
 ぷつりとヴィジョンが消えるまで、ブライトは心配げにアムロを見詰めていた。

 端末を適当にテーブルに投げ、シャアはベッドのアムロに覆い被さった。
「父親の了解は取った。これで、明日の朝まで君は私の物だな」
「俺は俺のもので、他の誰ものでもないんだけど」
「そういうな。…………ほら、まだ身体は熱いままだ」
 ゆるりと股間を撫で上げる。
 抗う事も出来ず、はっきりと背筋が震えた。
「…………分かった。じゃあ、脱がせてよ」
 つい、と両腕を伸ばす。その手を取って指先に口付け、シャアは促されるままにアムロの服を取り払った。
 足をシャアの肩に上げると、ブーツさえも丁寧に脱がせてくれる。
 靴下を脱いだ足先にキスをされ、そのプライドのない様子にアムロは倒錯的な悦びを感じた。

 そう、この様に……シャアの方が行動を譲ってくれるのなら、何も争う必要などないのに。

「馬鹿だよ、貴方……」
 足指を一つ一つ丁寧に嘗め舐られる度、背筋に例え様もない震えが走る。
「汚いよ」
「だから清めているのだよ」
 目を細め、足の甲に頬擦りする。
「こんな所、部下には見せられないだろう?」
「構うものか。彼らは私という象徴が欲しいだけだ」
「それでも……貴方が選んだ道だ」

 足先を振り、シャアを払う。
 この無駄なまでにプライドの高い男が、自分に対してだけは犬の様に傅く。それが心地よくないわけではない。しかし、それ以上の情けなさに呆れる思いがする。

「こうでもなければ、君と対峙する事など出来ないだろう?」
「何故戦わなくてはならない」
「君が未だ縛られているからだ」
 身を屈めて再び足先に口付けられて、アムロは小さく吐息を洩らした。
「この足は未だ大地に縛り付けられて自由を得ない。……君こそが我々の理想だというのに、その存在が、我々の最も嫌悪する状態に置かれている事に憤りを感じるのだ」
「何処にいても変わりはない。地球にいても宇宙にいても、OTなんてものは自分の身の回りしか見えないし感じられないんだ。貴方の周りにどれ程のNTがいて貴方に賛同してくれているのか知らないけれど、少なくとも俺や、俺の知るNT達は貴方に従いはしないだろう」
「しかし誰も、地球の現状を良しとはしていないだろう? 君だって」
「変えられるなんて、思い上がるなよ」
 足先を伸ばし、シャアの頤を押し上げて口を止めさせる。舌を噛もうが知った事ではない。
「貴方が俺と何処までも平行線の道を行こうとするのなら……もう話す事はない。…………抱くなら抱け。貴方の気の済む様に」

 目を眇め、シャアを睨む。
 シャアは理解できない様子で、僅かに首を傾けながらアムロを見詰めた。
「どうして君は……私を分かってくれない」
「…………どうして……?」
「君にだって、分かっているだろう?」
「分からないよ。分かりたくもない」
「何故そう意地を張る」
 シャアは、本当に何も分かっていない顔でアムロを見詰めた。困った様に……。
 アムロはそんな彼に呆れながら、手を伸ばしてその額の傷に触れる。
「貴方こそ」
 お返しと言わんばかりにシャアの手も伸び、肩の傷に触れられる。微かな痛みが走った。
 そこはもう、痕が残るばかりで傷は完全に癒えているものを。
 アムロは微かに眉を顰め、その手を離させる。

「…………分かっているくせに。どうして茶番を繰り広げる?」
「君が、私の側にいてくれないからだ」
 まだ求める様に手が伸ばされる。
 しかしアムロは、その手の甲をぴしゃりと叩いた。
「…………貴方を信じる人達を、どうするんだ?」
「そんなもの、どうだっていい」
 拗ねた様に顔を逸らせる。
 腹が立って、両手で頬を挟み、無理に自分の方を向かせる。
「貴方のために犠牲になる人達の事を、どうでもいいだって?」
「君さえ…………君さえ、私の側にあるならば、他の事など、どうだっていい」
「なんてエゴイストだよ」
 二の句が告げない。
 呆れて溜息すら洩れなかった。
「何と言われても……私は、君が欲しい」
「俺の他に……貴方が手に入れたいものは何だ?」
「君と共にあるララァ……」
「他には?」
「何も要らない」
「それで、宇宙の民を納得させるつもりなのか?」
「父の理想でも継ぐ事にするさ」
「貴方の理想は?」
「君と共にあるために。…………君を、全てから解き放つために」
「……貴方が再び俺を籠に閉じこめるのに?」
「捕らえはしないさ。ただ、私が、君と共にありたい」
 ひたすら駄々っ子の様だ。
 アムロはシャアの顔から手を離し、軽く身体を突き放した。
 これ以上の会話が、何の意味を齎すというのか。

 目を眇めてシャアを見る。
 それでも、憎いと思えない自分が分からなかった。

 シャアは歪んでいる。
 その歪曲すらも…………。

 その歪曲すらも──────愛おしい。

 違う。
 …………違う!!

 浮かんだ言葉を即座に否定する。 
 そう、認めてしまえば、自分は何処にどうして立っていられるだろう。
 受け入れられる筈もない。
 否定するしかないのだ。自分が自分である為に。
 そして、シャアがシャアである為に。

「もう…………会話なんてしたくない…………。俺を抱くなら貴方も脱げ。その後は好きにしろよ……」
「アムロ……」
 もう一度平手打ちをしそうになり、アムロは自分の手を掴んだ。
 これ以上口を開かせない為にもと、シャアの唇を塞ぐ。

 しかし、そこまでの逃げは許されなかった。
 シャアの頭越し、部屋の隅。
 視界の端が揺らめく。

 視覚しているものなのか、ただ知覚しているものなのか分かりはしなかったが、それは次第に分かり易い姿を取り始めた。
 その形に眉根を寄せる。
 どれ程久々に会う大切な存在であっても、今会いたいものではなかった。

 ……………………君が、シャアを動かしているのか?

 違うわ。あたしはただ見ているだけ。
 動かしようがないじゃない。大佐はあたしがどんなに側に行ったって、気付いてくれないわ。

 この人を愛おしいと思ったのは君?

 それも違うわ。愛おしいと思ったのは貴方。

 まさか。君がそう仕向けているのだろう?

 貴方よ、アムロ。あたしじゃないわ。
 あたしは確かに大佐を愛したけれど…………あたしは、大佐を愛おしいなんて思わない。
 あたしは、大佐に愛おしいと思われたかったのだもの。

 シャアは君を愛さなかった?

 いいえ。愛してくれたわ。
 でも、愛おしいとは思ってくれなかった。

 ララァは近付いたり離れたりと漂いながら、次第にシャアに重なり始める。

 あたしにもキスをして。大佐だけじゃずるいわ。

 僕には……シャアに与えるだけで精一杯だ……。

 貴方の唇から赦しを受けたいのは、大佐だけじゃないわ。

 僕だって、君の赦しが欲しい。

 あたしが赦していないなんて、どうして思うの?
 赦されてくれないのは貴方達なのに。

 僕達が?

 そうよ。あたしはただ、貴方達と一緒にいたいだけ。
 貴方達の間で、愛されていたいだけよ。
 貴方達が勘違いしているのでしょう?

 ララァの幻影が、ふわりとアムロの頬を掠める。
 思わず身震いした事を勘違いされてか、シャアの手が背へと回された。

 こんなに近くにいても、何にも気付いていないのだろう。
 こうして、ララァからは触れているのに。この男は。

 目を閉じ、シャアを抱き返す。
 確かな温もりと手触りに爪を立てる。
 ララァの声も、シャアの睦言も聞きたくない。
 ただ…………四肢を侵す感覚に全てを任せたかった。

 最後に身体を繋いだのは何時だったか。
 それ以来、女は抱いても男となど、するもされるも一切なかった。
 そのまた昔の幽閉中には、物好きで好色なお偉方に犯された事もあったが、カラバ時代、そして、その後の連邦では、それなりの噂と年齢、地位に守られてそういった事もなかった。
 シャアと身体を繋いだのは、真実、グリプス戦役時代の3度だけだ。
 それでも、指が辿る度、舌が這う度、まざまざと記憶が呼び覚まされる。

 シャアの抱き方を身体が覚えていた。
 そしてそれは、ベルトーチカやチェーンとの情交では決して得られないものを持っている。
 触れて欲しい場所に、余すところなく愛撫が施される。
 欲しいと口にするわけでもないのに、望むところ全てにシャアの唇が、指が、触れる。
 触れて欲しい心には、ほんの僅か掠める事すらない癖に。
 見えるところにも、そうでないところにも、皮膚の柔らかいところには数多の紅い痕が刻まれている。
 数日の間だけの所有の証が、今はただ虚しい。

 今宵一夜。
 自分達には、ただそれだけの時間しかないのだ。

 もう何度達しただろう。
 酷い倦怠感に襲われている。
 ひたすら続く愛撫は、甘すぎる拷問の様だ。
 横目に見えるシャアの逸物は十分に猛っている様だったが、それでも、シャアはまだ入れる事はおろか、触る事も嘗める事も要求してこない。
 きっともう、シャアの唇が触れていない所など、この身体の何処にもないだろう。
 朦朧とした意識と昂ぶり過ぎた身体。そしてプライドとが鬩(せめ)ぎ合い、悲鳴を上げている。
 もう、声を堪えるのも限界だった。

 もう何度口付けられたか分からない首筋から胸へと移ろうとしたシャアを強く抱き締め引き止める。
「……じら……す……な…………」
 堪えても洩れ続けた擬音の所為で、かなり声が掠れる。
 シャアの耳元でそれだけ告げると、アムロはシャアの首筋に歯を立てた。
「は……やく…………」
 乱れた呼吸が整わない。
 後ろの窄まりとて例外ではなく、十分に熱を孕ませられている。
 唾液やアムロの放った淫液を中に送り込まれ、何度も長い指が奥まで探り、アムロを最も弱くする場所を弄っている。
 肛交の快感を十分に思い出させられ、そこはひどく疼いていた。

「……私が欲しいか?」
 声音に滲む欲望を隠そうともせずシャアが囁く。
 アムロは緩く首を振ったが、それは否定でも肯定でもなく、ただ耳にかかる息の故だ。
「言ってくれ…………」
 シャアの息も十分に荒い。
 中を弄っていた指が引き抜かれ、濡れた手が太腿を這う。
「なん、で…………?」
 無意識に、シャアの腰に足を絡め、腰を押し付ける。
 互いの昂ぶったものが擦りあう。アムロは強く背を反り返らせた。
「貴方が……欲しが……てるのに……」
 伸ばした舌の先が形のよい鼻先に触れる。そしてそのまま辿り、額の傷へ。
 傷の通りに舌を這わせ、首を伸ばして口付けすらする。
「ああ………………そうだ。君が欲しい……」
「ど……して抱かない……?」
 自分の発する声音の甘さに顔を顰(しか)めながら尋ねる。
「まだ……早い……」
「……何故?」
「今君を抱いて、私のものにしてしまったら…………その先はどうなる……? 怖いのだよ……。君を抱いたら、もう…………今宵が終わってしまう様で……」
「……まだ、何も……始ま……てない……」
 強く掻き抱(いだ)いてくるシャアがどうしようもなく愛おしく、口付けを繰り返す。

「終わら……いよ……」
 シャアの首の向こうへ回した自分の手指を口に喰む。
「貴方が……終わらせない限り…………スクリーンを……閉ざ……てしまえば……朝だって来ない……」

 頭の片隅でララァが笑っている。

 笑うがいいさ……。
 ……君の言うとおりだ。

 大佐を愛してあげて。
 あたしも、大佐も……それだけしか望んでいないわ。

 君の為じゃない。
 ましてやシャアの為なんかでもない。

 アムロはララァから逃れる様に目を閉じた。

 救われたいのも……愛されたいのも……僕なんだ…………。

 あたしも大佐も、貴方を愛しているわ。

 うん…………だから……。

「…………愛してよ……シャア…………」

 嗚咽にも、悲鳴にも聞こえる様な声音だった。
 アムロはより一層強くシャアを抱き返すと、自ら腰を浮かせ、手探りでシャアの逸物を自分の後庭へと導いた。
「ア……アムロ……!」

「…………朝なんか来ない…………!」

 そう叫ぶなり、アムロはシャアの唇を塞いだ。
 そうして、腰を揺らめかせる。
「っ……く…………」
 執拗な愛撫にそこはすっかり解れてはいたものの、あまりに久々なもので衝撃を忘れかけている。
 押し開かれる圧迫感に、アムロの喉の奥から苦痛を示す喘ぎ声が洩れる。

 昂ぶったまま放って置かれた幹の先端に粘膜を感じ、シャアも行為を拒めなくなる。
 シャアはゆっくりと体勢を変え、自ら腰を進めていった。


 翌朝、気が付くとアムロは無人タクシーの後部座席に寝かされていた。
 ガタガタと揺れるのは、道の舗装が完全ではない為だろう。
 起き上がって車窓から外を眺めると、港はすぐそこだった。

 空気にも肌の感触にも温もりはない。ただ上着にだけ、微かにシャアの残り香がある。
 上着を抱き締める様にして、アムロは俯いた。

 殺してしまえばよかったのだ。
 そうすれば、こんな風に物別れに終わる事だってなかった。
 何度もそのチャンスはあったのだ。
 シャアは酷く無防備だったし、銃を向けても拒みもしなかったのに。

 殺せなかったのは自分だ。

 シャア一人を楽になどさせたくない。
 同じ業を背負っているのだ。
 シャアを救ってやるなんてまっぴらだ。

 ふるりと身体を震わせたその時、ふと、上着を掴んだ手に覚えのないものを見つけた。

 細工など何もない少し太めの男物の指輪が、左の薬指に嵌められている。
 その指の意味に呆れながらそれを外す。
 内側には、ただ「C to A」と刻まれているだけだ。

 気障な上にオヤジ臭い。
 いかにもシャアのやりそうな事だ。

 アムロは暫く呆れ顔でそれを見詰めていたが、思い切った様に一度だけ口付けると、勢いよく窓から放り捨てた。
 もう、こんな甘いものとは決別しなくてはならない。

 …………朝は来てしまったのだ。

 車が止まる。
 チップは既に支払い済みだった。
 残り香の他に、昨晩の数少ない証として身体が軋む様に痛んだが、蹌踉めきながらも車を降りる。

 ちゃんとプログラムされたもので、そこはラー・カイラムデッキへの外部入り口だった。

「お帰り、アムロ」
 ブライトは何も言わない。
 アムロは答える言葉もなく、ただ俯いた。
「済まなかったな……。俺が買い物を頼んだばかりに」
「…………ブライトの所為じゃないよ」
「ゆっくり休め。出航は明日に」
 シャアとは違う、けれどもアムロよりは大きな手が肩を包む。
 アムロは甘える様に、ブライトの肩口に額を押し付けた。
 今自分は酷い顔をしているだろう。それを見られたくない。
「……今すぐなら、まだシャアに追いつける」
「休め。これは艦長命令だ。…………レウルーラは昨日のうちに出航している」
「シャアはそれには乗っていない。恐らく小型のランチか何かで、」
「シャアではないよ、アムロ。それは……かつて、我々の同志だった男だ」

 ゆっくりと、慰める様に発せられたブライトの台詞を聞いて、アムロはやっと、嗚咽を上げた。



作 蒼下 綸

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