Cross Road 4

「んっ……や、ぁ……がとー……」
「選択したのはお前だろう。少しくらい我慢できんのか」
 身体を這い回る手から逃れようと身を捩るコウを叱咤する。
 しかしコウにはその動作を止めることが出来ない。
「コウ」
「だって……ぞわぞわって……きもちわるいよ……」
「普段より神経が過敏になっているのだろう。大丈夫だ。気持ちが悪いのも今だけだろう」
「でも……っ、ぁ、あ!!」
 するりとズボンの中に入り込んできた手が、微妙な興奮を見せているそこをそっと包み込む。
 コウはぎゅっとガトーに縋り付いた。
「……何も考えるな」
「ぅ……ぁ、ぃや、だ……ぁ……」

 軽く手を動かしてやると簡単に勃ち上がる。そこは酷く敏感になっているようで、コウは痛みにも似た刺激に堪えようと、必死でガトーに縋る手に力を込める。
 下着が濡れてきたことを感じて、ガトーは躊躇いもなくズボンと下着を足から抜き取った。

「が、がとー!!」
「汚れるだろうが」
「だけど、」
「そろそろ達さねば、お前も辛いだろう?」
「でも、っ……ん……」
「堪えることはないのだぞ」
 コウの言葉と行動の先を取る。じんわりと濡れた先端を親指の腹で擦ってやると、よりとろりとした液体が溢れる。コウはとうとう顔を背けて枕の端を口に含んだ。

「今日ばかりは、男らしくない言い訳も容認する。だから……逃げても良いのだぞ、コウ」
 聞いたこともないような優しい声で、噛んで含めるように囁く。
 コウは強く瞑っていた目を恐る恐る開けた。とんでもなく近い位置に紫色の瞳が迫っている。枕を強く噛みながら、それでも、涙目でガトーを見詰める。
 空いた手で静かに髪を梳いてやる。こんな穏やかな仕草は何とか受け入れられるようで、コウは再びそっと目を閉じた。
 微かにも受け入れる様子を見て、ガトーは尚更唇を耳元に寄せた。

 欲情を押し隠し、極力穏やかに囁く。
「今のお前の状態はお前の所為ではない。こうなってしまった要因は、少なからずお前の甘さにもあるが、今は考えるな。クワトロ大尉の事を恨んでも、私を恨んでもいい。快楽に逃げ込め。それで、今のお前が少しでも楽になるならばそれでいい。考えることは後でも出来るだろう。今は……身体をどうにかすることだけを思っていればよい。誰も、お前を責めたりはせん。お前が望むなら、今までの痴態も、これから先の痴態も全て忘れよう。だから、コウ……無理をするな。今のお前では、その熱の逃がし方すら分からんのだろう? コウ……」
 ガトーがひどく言葉を尽くしていることを感じて、コウは熱い息を浅く吐いた。

 「逃げることを許してくれるガトー」というのが、とても珍しく、不思議でならない。けれど、その優しさがどうしようもなく嬉しかった。

「コウ……後に私を恨んでくれてもいい」
 呼びかけられる名前の響きが、自分のものだと認識できない程甘く優しい。ずっと昔に、両親が呼んでくれたままの空気と響きがそこにはあった。
 噛み締めていた布を口から離し、ガトーの肩口に顔を押し付ける。

「…………恨まないよ…………頑張る……」
「いい子だ……」
 額に軽い口付けを落とす。
「…………なんか、がとーって……おとーさんみたい……」
「なっ…………」
 人の気も知らないでそんな脳天気なことを言うコウに、怒りを覚える。

「おとーさんね、おれがないてたら、いっつもぎゅってしてくれたんだ」
 たった6歳しか違わない息子などいらない。
 けれど確かに…………コウに対して「恋人」という言葉は何だか違う気がする。
 好き嫌いで言えば多分に好きの部類に含まれるし、性的な欲求を感じたりもするのに。それなのに。
 あまり固定の恋人を持ったことはないし、男と付き合うのもこれが初めてではあるのだが、そういう類に「違う」と感じるわけではないと分かる。
 ただ、愛しく思う気持ちだけは違えようがないのだが。

 コウがそう望むのなら、と、強く抱き締めてやる。
 小さく笑う気配がした。大分落ち着いてきているらしい。
 こうなると、次第にガトーの中の熱も冷めてくる。「幼気(いたいけ)な子供」に手を出す趣味はない。
 抱き締めつつ、コウを横にさせる。側のテーブルからティッシュを取り、自分の手とコウのそれを拭う。
 そして、そのままでは体勢が難しいので、諦めてガトーも寝台に上がった。
「…………寝付くまでこうしていてやろう。イきたければ手を貸す。無理だけはせんようにな」

 また不発に終わるのかと、内心大きな溜息を吐く。思い返すに、この前より退化していないだろうか?
 下半身だけ剥き出し、というかなり情けない恰好のコウにブランケットを掛けてやる。さすがに下着を穿かせ直すのは間が抜けていてする気になれない。
 …………全て。全てに於いて、悪いのはクワトロだ。それに他ならない。
 コウが寝付いたら……どうしてくれよう。あの二の腕変態尉め。

 ぎり、と歯を噛み締める。音と呼吸とが微かに耳にかかったらしく、コウは身を竦めた。
「……………みみ……やだぁ…………」
「ああ……すまない」
「んっ……」
 謝罪の言葉にも身体を震わせる。
 戦艦内の個人部屋のベッドは、いかに身体の大きなガトーに合わせて他の部屋のものより多少大きいとはいえ、大柄な男二人では窮屈で仕方がない。
 息苦しさと圧迫感。それでも、コウは何だかとても幸せな気分だった。

「がとーがやさしいのって、なんかふしぎ」  くすくすと笑いを含んだ声が耳に心地いい。
「今敵対しているわけではないのだから、優しくもなる」
「じゃあ、もうてきたいしないで…………ええと、おれと、たたかってはほしいけど、でも……せんそうとか、けんかとか、そういうのじゃなくって、」
「ああ……」
 志を共に出来るのならば……。
 コウの想いは痛いほど分かる。
 そっと、コウの背に手を置き、優しく撫でる。
「ん……」
 ふるりと震えながらも寄り添ってくる身体が愛おしくてならない。
 呼吸は未だ落ち着かない。顔だけではなく、首筋や太腿など、露わになっているところ全てが微紅に染まっている。
 それでも、コウにガトーを求めることは出来なかった。
 性に関する話をすることでさえ逃げがちなのに、実体験など気が遠くなる話だ。
 昂ぶったままの股間をぎゅっと両手で押さえ付ける。

 しかし、この様では、ガトーも身動ぎすら出来ない。
 蛇の生殺しとはよく言ったものである。

 自覚がないながらも欲情しきった身体からは、淫香とでも言うべき匂いが立ち上っているような気すらする。
 荒い呼吸やその度に動く汗ばんだ身体に、ガトーも十分煽られている。
 果てしなく続く葛藤に、ガトーの目は完全に座っていた。

 コウを純粋なまま守っておきたい自分と、完膚無きまでに蹂躙してしまいたい自分。

 身体こそ狭いベッドの御陰で密着しているものの、肩を抱くことすら出来ない。
 目前にはすっきりとした色香を放つ首筋があるというのに、口付けることすらも。

 生身の、二〇代半ばの男としての理性は、せめぎ合いすぎて崩壊寸前だった。

 …………………そして。
 悶々としているうちに、無情にも時は過ぎてしまった。

 一〜二時間というのは、そう長い時間でもなかった。
 緩やかに落ち着きを取り戻したコウは、そのまま速やかに眠りに就いてしまった。
 こうなっては、自分の欲望の為だけに起こすことなど出来ない。

 ………………やはり、ガトーの完敗だった。

 更には、昂ぶりを鎮めようにも、コウを使うのも悪い気がして、それすらできなかった。
 高潔且つ頑固なのも困りものだった。




 翌日、いつも通りに元気いっぱいのコウと、それとは正反対に、何時になく姿勢が悪く目の下に濃いクマを作ったガトーの姿があったという。

−終−
蒼下 綸 作

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