うるさくドアのブザーが鳴り響いている。
目の前にはそこかしこに、自分が付けたのではない紅斑を散らした裸体が横たわっている。これでアムロの感じるところを探る必要もなかったが、腹立たしいことこの上ない。
「あの……カミーユ……ちょっとプレッシャーがきついんだけど……」
「ドアの向こうの人に、後で言ってやって下さい。アムロさんの所為じゃありませんから」
「分かるけど……」
思ったより復活は遅かったものの、こうなることは目に見えていた筈だった。
分かっていながらもカミーユにO.Kを出してしまったのは失敗だったかも知れない。
「っん……ぁ、カミーユ……」
微かにでもクワトロのことを考える度、少し手荒に扱われる。その青臭い反応が、アムロには少し嬉しかった。
クワトロでは行為の最中に他のことを考えていても余裕の笑みで返されるだけなのが、少し悔しい。
「あんな人、放っておいて下さいってば」
「うん……」
少しの反論も許さないと言わんばかりに、荒々しく唇を奪う。しかし、少しでも反応を返すと、カミーユの身体の方から力が抜けていく。
「ん……」
赤らんだ頬と目元が可愛らしい。アムロは目を細めてそれを見詰め、頬に手を這わせた。
「……早くしないと、あいつが入って来ちゃうよ」
「ちゃんと二重にロックしてありますから」
手を取り、指を絡ませ合う。
互いにキスを繰り返す。アムロの身体にはより鮮やかに。カミーユの身体にも紅く。色が白い分、アムロより余計鮮やかに映える。
絡み合う指先からは、互いの優しい想いと熱が伝わり、身体の中に入り込んでは拡散していく。ただの恋人同士でも心地よい行為が、付随する能力の御陰か何倍も感覚が高まっているのが分かる。
クワトロでは、こういった意味では感じきれない部分がある。力に差がありすぎて、アムロの側ではどうしても物足りなさがつきまとう。まあ……それを補って尚余りあるものをもってはいるのだが。
「あ、アムロさん……これじゃ……」
「何? 気持ちよくない?」
「気持ちいいですけど…………そうじゃなくて!! これじゃ、どっちがどうなんだか」
「……カミーユは、ただ僕としたいだけ?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「じゃあいいじゃない。そういうの、些細なことだと思わないかい?」
「ぅ……ぁ……」
アムロは小さく微笑み、カミーユの肩口に今までより濃い跡を残した。
「君に抱かれても、君を抱いても、きっと……僕達はお互いに心地よくなれると思うよ」
「だったら、どうして、僕を選んでくれないんです」
必死なカミーユに対して、アムロは困った様に微笑み返すことしかできなかった。
カミーユを選べないわけではない。ただ、クワトロを放ってはおけない。その両方を相手に出来る程、自分は器用でないことは分かっている。
カミーユのララァに似た感覚が好きだった。
一途で繊細で、そんなクワトロが持ち合わせていない部分も愛おしいと想える。
けれど……カミーユには、自分以外にも、沢山の人が心を砕いている。
クワトロには……誰もいない。
「……ごめんね、カミーユ……」
「そんなにあの人がいいんですか」
あんなNTのなり損ないの。今現に、アムロだって言外にではあるがクワトロより自分の方がいいと言ってくれた筈なのに。
「そうじゃないよ。ただ……あいつには、僕以外、誰もいないから。僕の為に全てを捨てた人だから。だから……」
「僕だって、貴方の為になら何だって捨てます!!」
「ファも……? フォウも? 君の為にあそこまで尽くしてくれる人達を捨てて、それでも僕にかけられるって言うのか?」
そう言われると言葉に詰まる。
言葉に詰まる、という時点で、既にクワトロに劣っていることに気付いて、カミーユは愕然とした。
「それでも……僕は貴方のこと……」
「うん……僕も、君のことは大好きだよ」
優しく頭を撫で、限りないキスを額や頬に送る。
「今は、僕だってあいつの事を忘れるって言った。なら君も……忘れて」
「…………はい」
大人はいつだってずるい。
カミーユはぎゅっと目を閉じて、アムロを強く引き寄せた。触れる部分が増えるほど、アムロの感覚が伝わってくる。
他には何も感じたくなかった。
他の何も考えたくなかった。
その時。
チュイン!! チュイン!! ──────バァン!!!!
「なっ……」
絡めた指に力が入る。二人はより密着して、凄まじい音が響いた方を凝視した。
ドアのあった辺りから、もくもくと煙が立っている。
その中で、ゆらり、と人影が立った。
「…………その手を離して貰おうか、カミーユ!! って……」
銃を片手に、薄らぐ煙の中でそう高らかに宣言したクワトロは、しかし、二人の姿を視認した途端、鼻の辺りを押さえて蹲った。
ほぼ全裸で二人、ベッドの上で身を寄せ合っている。
身体にはどちらも艶やかな花弁を散らし、惜しげもなく滑らかな肌を晒していた。
その上二人とも、妙に涙目で頬を赤らめている。
はっきり言って、目の毒だった。
保養と言うよりは、立派に「毒」だ。
これだけで、敵の殲滅さえ計れそうだった。
「きっ、君達は……一体、何を……」
鼻の辺りと下半身の一点に身体中の血液が集結している。
「シャア……?」
「大尉……?」
急な爆発音に驚いて、二人ともきょとんとした顔で妙な動作を見せているクワトロを眺める。
「何してるんだ?」
「何してるんです」
「君達こそそんな……破廉恥な!!」
「……はぁ?」
そんな単語、久々に聞いた。アムロは呆れた表情に変わってベッドの上からクワトロを見下ろす。
「邪魔しないでくれない?」
不機嫌そうに言ってカミーユの身体に腕を回す。カミーユも、がっちりと抱き返した。
クワトロ程度のNT能力でもはっきりと視認できるほどのプレッシャーが、妖気の様に揺らぎながらアムロの身体から立ち昇っている。
それにつられる様にして、カミーユからもどす黒いプレッシャーが巻き起こった。
「くっ……」
クワトロは堪えきれず、がくりと床に膝をついた。
「せっかくノってたのに……気が殺がれちゃったじゃないか」
「君……アムロ、それはないだろう。恋人の貞操の危機に駆け付けた人間に対してそれは」
「誰が恋人だよ、誰が!!」
「私と君だろう!! 他に誰がいる!!?」
「知るか、馬鹿っ!!」
一層膨れあがった妖気がクワトロを押し潰す。
アムロの本気は半端ではなかった。先程コウを守る為に発したものから、更に桁違いである。ただ、抱き寄せられている御陰かカミーユには影響を及ぼしていないようだった。
しかしさすがのカミーユもプレッシャーは関係なく怯え気味である。艦内の様子など、考えたくもなかった。おそらく強化人間達は半狂乱だろうし、真性NTの面々も瀕死なのではなかろうか。
カミーユは何を言っても今のアムロの逆鱗に触れそうな気がして、口を開くことも出来ない。ただ、早く何とかしろとクワトロにきつい視線を向ける。
同じように何とかしてくれとカミーユに視線を送っていたクワトロと目が合い、微かな火花が散った。
「行こう、カミーユ。シャア、俺の部屋まで壊したら、宇宙の藻屑と消えると知れ」 クワトロのカミーユの微妙なアイコンタクトになど欠片も目もくれず、二人の身体をシーツとブランケットで包む。
「ア、アムロ……そんな格好で…………」
「俺がどういう格好してようが、貴方に関係ないだろ」
もう殆どカミーユのことを引きずりながら、ドアがあった位置に空いた穴から部屋を出ようとした丁度その時、
「シャア・アズナブル。これは貴様の仕業か」
…………凛とした低い女の声が場に響いた。
ピンク色の髪が逆立っているようにさえ見える。更なるプレッシャー元に、カミーユは思わず胸の前で祈るように手を組んだ。
「アムロ・レイ、カミーユ・ビダン! 貴様達も同罪だ。ミネバ様がおられることを、貴様達は何と心得るか!!」
仁王立ちになって穴を塞いでいる。
しかし、彼女もそれなりにアムロのプレッシャーのあおりを食らったらしく、足が微かに震えていた。
「ハマーン……」
ふ、とアムロのプレッシャーが揺らぐ。
「コレが諸悪の根元ではあろうが、アムロ・レイ、貴様、この艦にはミネバ様がご搭乗あそばしておられるのだ! 少しはわきまえんか」
ピンヒールが床に転がったシャアの背を踏みつける。
「ミネバ様が怯えておられる! アムロ・レイ、手控えよ!!」
「ハマーン、じゃあ、それ、あげるよ。何よりそいつが悪いんだから、煮るなり焼くなり好きにすれば。そいつが余計なことさえしなければ、俺だってこんなにまでするつもりなかったし」
「ほう、貴様、コレを捨てると?」
すっとハマーンの目が細められる。
「捨てるも何も、初めからこんなの俺のものじゃないし。貴女がコレをどうしようが、俺の知った事じゃないもの」
ハマーンより更に冷たく見下すような視線でシャアを一瞥し、ハマーンに向けて満面の笑みを見せる。
プレッシャーはハマーン登場の御陰かかなり薄らいだものの、それ以上に恐ろしげな空気が流れた。
カミーユの額には、じっとりと冷や汗が滲んだ。
「了解した。アムロ・レイ。では、コレはこちらで引き取って、それなりの処断をさせて貰う」
「お好きにどうぞ」
「暫く戦闘には出られなくなるかもしれんが、構わんか」
「どうせ出ないもの。貴女がちゃんと戦ってくれるだろう?」
「分かった」
にやり、と笑う。対するアムロも笑みを崩さない。お互い笑っているのに、二人分のプレッシャーより何より恐ろしい何かが渦を巻いていた。カミーユはあまりの恐ろしさにもう既に半泣きだった。
「行くぞ。ミネバ様の御前で詫びるがよい、シャア!! 」
その細い腕の何処にそんな力があるのか……襟元を掴み、崩れたドアの残骸やら廊下との段差やらを無視して、ハマーンはシャアを引きずって去って行った。
やっと恐ろしい空気から解放されて、カミーユはほっと胸を撫で下ろす。組んでいた手には、嫌な汗を掻いていた。
「……まったく……とんだ邪魔が入っちゃったな。……ごめんね、カミーユ。気が殺がれちゃった」
「いえ……」
それよりは、恐怖の時間が終わったくれたことに対する喜びで一杯だ。
「また今度……でいいかな?」
「…………今度、ですか?」
また機会をくれると言うのか。ぱっとカミーユの表情が明るくなる。
「あいつなんか、暫くハマーンの所で修正でも矯正でもして貰えばいいんだよ」
カミーユを再びベッドの上に戻し、アムロはそっとカミーユの身体にかけたシーツを剥がした。
そして、鎖骨の少し下辺りに唇を寄せる。
「っア、アムロさん……!!?」
ちり、とちょっとした痛みが走る。思わず身を竦ませると、余計に強く、アムロの唇が張り付く。
「ぅ……アムロ……さん……」
暫くして漸く離れてくれる。
歯も立てられたらしいそこは、濃い鬱血として跡を残していた。
唾液で濡れた唇を舌先で舐め、アムロは微笑む。カミーユは今一つ何をされたのだか理解しきれず、涙目でアムロを見詰めた。
「この跡が消えるまで、君は俺のもの……どう? こういうの」
大人の余裕。
カミーユは潤んだ瞳の侭、こくこくと頷くことしかできなかった。
切られた期限は、恐らく、シャアの解放より早い。
「……貴方を……僕のものにしたい」
考えるより先に口が動く。
アムロは少しの逡巡の後、無言で身体にかかったブランケットを落とした。
くまなく紅斑の散る身体の、それでも、分かり易い鎖骨の狭間に、そっと口付けを送る。
「……カミーユ、もっと強くしないと、暫く残るような跡にならないよ」
「分かってます」
言われても、カミーユには濃い跡を残すことは出来なかった。
アムロの身体に残された、シャアが愛した証が視界に入る。
……それを上塗りできる自信はなかった。
今のこの瞬間以外、彼は自分に何も、許してはくれないのだから。
ハマーンにああまで言っても、それでも、シャアを選ぶのだろうから。
「…………ごめんね」
「……いいんです。謝らないで下さい。……僕は、これ以上惨めにはなりたくない」
「うん…………」
それから暫く……騒ぎに集まってきた野次馬の目に堪えられなくなるまで、二人は抱き合っていた。
−終−
蒼下 綸 作