「カミーユ、大丈夫かい?」
「はい……」
冷たく濡らしたタオルを額に乗せて貰い、カミーユは布団の中でぐっと親指を立てた。
「ごめんね、俺のプレッシャーで」
「いいえっ! アムロさんは悪くないです!!」
悪いのはあの赤い変態である。
「他にも倒れた子はいるんだろうなぁ……参ったな。またあいつ、ブライトに怒られちゃうよ」
「自業自得ですよ。でも、あの人、何やったんです?」
「コウにね、手を出そうとしたから、つい……」
「……コウさんもなぁ……」
あそこまで無知で無垢なのもある種犯罪的である。
ただこういった性的な面では、年下の筈のカミーユでさえ、思わず守ってあげたくなってしまう程だ。
「クワトロ大尉、本っ当に節操ないですね」
「本当にね。あんな子供にまでモーションかけるなんて。……そんなに俺じゃ満足してないのかな……」
「そんなっっ。アムロさんで満足しないなんて! あの人がそんな事言ったら、僕が思いっきり修正してあげますからっ!」
「ありがとうカミーユ。でも、君も落ち着きなさい。俺は平気だけど、また周りに影響が出ちゃうからね」
タオルを取って折り返し、頬に当ててやる。カミーユは直ぐに黙って、気持ちよさそうに目を細めた。
優しく気遣ってくれるアムロの空気に触れていると、とても温かく、心地よくなれる。
更に直接触れて微かにでも交歓すると、羊水の中にでも揺蕩っている様な錯覚に囚われた。
母親と共に過ごした記憶に乏しいカミーユにとって、アムロが見せてくれるビジョンはイメージする理想の母親像に似てとても安らげるものだった。
「……コウ、やっぱり心配だなぁ……」
「大丈夫ですって」
確かにクワトロのことなどこれっぽっちも信用していないが、他人の貞操より、今のこのささやかな幸福の方が何倍も重要である。
「そろそろ顔色も戻って来てるね。もう少し休めば大丈夫そうだし、もう戻るよ。やっぱり、あのクワトロ大尉だと思うと、ねぇ……」
「えっ! ……そんなぁ……」
瞬時にうるうると瞳を潤ませて、アムロの袖を掴む。アムロの目をじーっと見詰めてみる。
「……もう帰っちゃうんですか……?」
カミーユは、クワトロ以上に自分の容姿を知っていた。揶揄われるのも女の子扱いされるのも腹が立って仕方がないが、だからこそ、使える時にはしっかり使う。
「…………心細いな。……もう少しだけ……ここにいてくれませんか……?」
暫く見つめ合った後、アムロは小さく溜息を吐いて苦笑した。
「もう……カミーユったら甘えん坊なんだから……コウの事なんて言えないよ?」
「えへへ……」
桃色の舌を覗かせて、照れくさそうに笑う。アムロがそんな些細なことでも許してくれることが嬉しい。
「……ねぇ、アムロさん……」
「何?」
濡れタオルの具合を確かめながら、微笑んで応えてくれる。その自然な様子に、カミーユの瞳が潤む。
「……何でも……ないです……」
実の母親にも、こんな風にしてもらったことはない。
「…………大丈夫だよ、カミーユ。君は、とても、いい子だから……」
額に、タオル越しではあるが軽く唇を落とされる。アムロの優しい感覚が伝わって、わけもなく泣きたくなる。
アムロにも、カミーユの複雑な感情は伝わっていた。自分の時にはどうにも対処のしようがなかったそれを、出来るだけ、身の回りの子供達には味あわせたくない。
弟だとか、息子だとか、感覚はほぼそれと等しい。
「アムロさん……」
すり、とアムロに擦り寄って甘える。そんな風にされると邪険に出来よう筈もなく、アムロは苦笑しながらよしよしとカミーユの頭を撫でた。
「キス……していいですか?」
「いいよ……」
ちゅ、と柔らかい唇が柔らかい頬に触れる。
啄むように軽いキスが繰り返される。アムロはカミーユのしたいように任せて目を閉じた。
コウが来る前にクワトロの手によってかなり出来上がっていた身体には、簡単に火が点く。カミーユの唇は殊の外甘く気持ちがよいことも、それを助長した。
「ん……」
甘く熱を含んだ吐息が洩れる。
ぴたり、とカミーユが止まった。
そしてアムロも、思わず洩らした息の意味に気付く。一瞬にして首筋まで紅く染まった。
「ア……アムロさん……」
起き上がり強く抱き寄せる。
「あの……ええと………………お願いしますっっ!!」
がばっ! とアムロを自分の隣へ引き倒す。
紅潮したアムロは酷く艶めかしく、可愛らしく、目が合うだけでもカミーユの箍を外す。
「カミーユ……だめ、だよ……」
抱かれることは簡単だ。だが、全てを委ねることは出来ない。
それを理解した時、傷付くのはカミーユだ。そう思うと、この少年のひどく柔らかな心を出来る限り大切にしたいとブレーキがかかる。
「優しくしますから……」
「……そういう事じゃないよ……」
「分かってます。……一度だけですから。俺に想い出を下さい」
駆け引きなど知らない真っ直ぐな瞳に捕らわれて、アムロは言葉を失った。
綺麗な色だ。シャアとは違う、とても深みのある……地球と同じ、瑠璃色の瞳。そこに映っているのが自分の姿だけだということに心が揺らぐ。
カミーユはそのまま上に覆い被さるようにしてアムロの自由を奪い、再びそっと口付けた。
「ん……ぅ……」
アムロには抵抗できなかった。カミーユの方が腕力が強いというだけではない。
一度だけ……そう懇願されて、愛しい子を跳ね退けることなど誰に出来るだろうか。
「…………少しの間だけ……大尉のことなんて、忘れて……」
ぽたり、と涙の雫がアムロの頬に落ちる。
先までの、少々謀略じみていたカミーユではない。アムロは漸く身体の力を抜いた。さっきまでカミーユが故意に甘えてみせていたことには気づいていた。しかし、今は……。
「……泣かなくていいよ、カミーユ……分かったから……」
アムロの手が優しくカミーユの涙を拭う。
「ごめんね、君を選べなくて……」
カミーユはただ、手の甲でごしごしと涙を拭いながら一生懸命首を横に振った。
「……今は俺のことだけ考えて下さい」
「うん……分かってるよ……」
怖ず怖ずともう一度……まだまだ触れるだけのキスを繰り返す。
幾ら大人びて振る舞っていてもカミーユとてまだ17歳だ。いざ本番なれば手際が悪かったり至らなかったりする点もあるだろう。それでもアムロはカミーユに一切を委ねる。
アムロに分かるのはクワトロに仕込まれたことばかりだ。クワトロのことを忘れるなら……忘れることが出来るのなら、自分だって手練手管など知らない。
「……何をしてもいいよ。カミーユの好きなように……」
その一言に驚いて見詰めてくるカミーユの視線が少し痛い。
けれど、アムロの決意と赦しを受けて、カミーユは居住まいを正した。
「えっと……脱がせて、いいですか?」
畏まって尋ねる様があまりにも初々しくて、思わず笑みが零れる。
「笑わないでください! 初めてなんですから」
「ごめんごめん。でもね、一々確認しなくていいんだよ」
すっとカミーユの首筋に指を滑らせるようにしながら、上着のファスナーへと手を伸ばす。
「ムードも大事にしなきゃ。予行演習になるとは思えないけど、君もこれから先、女の子達とだって付き合うんだから」
ゆっくりとファスナーを降ろし、肩肌から脱がせる。
「ね。俺も脱がせて」
甘く誘う声に操られ、カミーユはふらふらとアムロの上着に手を伸ばした。
−続−
蒼下 綸 作