……はぁ…………はぁ………………はぁっ……………………。

 はぁっ…………かみー…………ゆ……………………。

 頭ががんがんする。
 こめかみに手を当てながら、カミーユはゆっくりと起き上がった。
 寝起きはそんなにいい方ではないし、大体、まだ寝付いてそんなに経っていない気がする。
 不機嫌倍増で側の時計を見ると、ベッドに入った時間からまだ3時間も経っていなかった。
 穴が空いた壁には応急処置で鉄板を打ち付けてはあるものの、方向が曖昧な光が幾筋も射し込み、見慣れた部屋を不思議に見せている。

 頭が痛い…………それに似た感じではあるが、全く別質のものであると気が付くのに、結構な時間を要する。

 頭の中に、誰かの息遣いが響いていた。

 誰かは分からないが、NTであることは確かだろう。何処かが繋がっているのが、感覚で分かった。
「ちくしょう……」
 顔に似合わない悪態を吐き、手の甲で滲む脂汗を拭う。

 微かに覚えのある感覚が不快だ。
 クワトロがアムロや、それだけではなくてたまに何故か自分に伝えてくる、アムロがクワトロに対して発していたりする、そんな感覚。
「ふ……ぁぅ…………」
 思わず身体を掻き抱く。
 引きずられるようにして、だんだん身体が火照ってくる。
 かなりダイレクトに伝わっている。
 露骨な性的欲求が脳内をかき乱し、誰に触れられているわけでもないのに昂ぶってくる。
 健康な若者には抗いきれるものではなかった。

「くそっ!!」
 カミーユは思い切りベッドに拳を打ち付けた。
 誰かに慰み者にされているようで非常に不快だ。
 確実に、自分をオカズにしている。
 クールな瞳の眦が、ぎりぎりと吊り上がっていく。

 ただでさえアムロにお預けを食らって欲求不満が溜まりいらいらしているのに、自分が別の人間の性的対象になっているのかと思うと本気で腹が立つ。

 しかし、これほど強い思念を発することが出来る人物も限られている。カミーユと繋がることが出来る者も限られる。
 カミーユは怒鳴り込んでやろうと、感覚を研ぎ澄ませた。

 クワトロ……違う。あれはもっと、絡め取られて身動きが取れなくなるような……セクハラオヤジそのままのいやらしさ全開で来る。それに、今は何だかひどく萎縮しているようだった。
 アムロは勿論違う。そもそも、アムロならこんな不快にはならない。
 シーブックはセシリーとよろしくやっている感じがするから違う。
 女の子達ではないのも分かる。
 となれば…………。
 このレベルのNTは一人しかいない。

「あのガキ……」
 側のズボンだけをさっさと穿いて、上半身はいつもの黒のノースリーブという恰好で、カミーユは部屋を飛び出した。


「開けろ!!!!」
 コールを連打し、ドアを蹴りつける。
 暫くして、ドアがスライドする。カミーユは押し入ってドアを閉め、ロックをかけた。
「お前……」
「カ、カミーユさん………………何?」
 カミーユの怒りに満ちたプレッシャーに気圧されて、ジュドーは半泣きになりながら散らかっている床に膝をついた。
「何、じゃないっ!! お前、今の今まで何してた!!?」
「えっ? あ…………あ……………………」
 咄嗟に床にいろいろ散らかっている物の中から何かをゴミ箱に放り投げる。
 カミーユは無言でゴミ箱歩み寄り、それをひっくり返した。
 …………転がり出たのは、丸められた大量のティッシュペーパーだった。

「………………説明できるものならしてみろ」
 問い詰められてジュドーの視線が中を泳ぐ。
 更に強く睨まれて、ジュドーは固まった。額を冷や汗が流れ落ちる。

「…………………………………………………………ごめんなさい〜〜!!」
 根負けしてジュドーは床にひれ伏した。
「さっき見たカミーユさんが、あんまり色っぽかったから、つい……」
 土下座までされると、微妙に怒気が殺がれる。
「さっき……って……」
「アムロさんも凄かったけど……」
 そう言われて寝る前の一件に思い至る。
 野次馬がいた様な記憶はあるが、アムロやハマーンのプレッシャーやそら恐ろしい空気で手一杯で、誰がいたのかまでは記憶にない。
「お前、あそこにいたのか?」
「あれだけ騒いでたら気になるって。…………クワトロ大尉、生きてるかな?」
「あの人は死なないだろ」
「うん。そうは思うけど」
「……………………で、お前」

 話を逸らそう作戦は失敗に終わった。
 つ、とカミーユの目が細められ、睨め付けられる。
 ジュドーは祈るように両手を組んだ。美少女がやれば様にもなるが、実に微妙だ。
「ごめんなさい。……でも、何で分かったの?」
「……………………気持ち悪いんだよ。垂れ流しにするな」
「あちゃーー…………そんなつもりはなかったんだけどな……」
 一人でしているところを感じられてしまった、と思うと、ジュドーだってかなり恥ずかしい気分になる。
 隠れてこっそり、の意味がない。NTは不便だと、こう言うときばかりは痛感する。

「……ったく……このマセガキが……今度気付いたらぶん殴るからな」
「はぁい。ごめんなさい」
 ぺこり、と頭を下げつつ、あまり反省しているように見えない。
 カミーユは呆れつつ、ノックをするようにジュドーの頭を小突いた。反省の色もないジュドーに呆れつつも、何だかこれ以上怒る気にもならない。
 ジュドーはなかなか得な性格をしていた。

「大体お前、エルとかルーとかいるだろ。なんで俺なんだよ」
「…………う〜〜ん……何でだろ……。いつもはちゃんと普通のエロ本とかAVとか、女の子で、その……してるんだけどさぁ……。そーゆー女の子とかより、あの時のカミーユさんの方が綺麗で色っぽかったって事で許してよ」
 悪びれずにそうのたまう。
 カミーユの不機嫌の度合いは深度を増した。
「…………許せるかよ。大体、俺が綺麗とか色っぽいってのが理解不能だ。そういうのはルーとかに言ってやれよ。いい身体してんじゃん。俺の好みじゃないけど美人だし。エルはまあ、ちょっと色気足りないけど」
「………………カミーユさんも男なんだよなぁ……」
「お前のその、無駄に大きな目は節穴か?」
 ジュドーの顔を掴み、親指で両の目尻をぐいっと横に引っ張る。
「見えないじゃんか〜〜」
「元々見えてないんだろうが」
 不機嫌そうに言いながらも、目を横に引っ張られているジュドーの顔に笑いを堪えきれない。
「変な顔」
「……酷い。カミーユさんがそうしてんじゃんかよー」
「うわっ!!」

 反撃、と言わんばかりに、ジュドーの腕がぎゅっと強くカミーユを抱き締める。……抱き締める、といえば聞こえは何だか艶めかしいが、ほとんど絞め技状態だった。
 腕まで抱き込んで、漸くカミーユの手から解放される。戻った視界には、怒りで顔を真っ赤にしているカミーユが真っ先に入ってきた。
 頬も目元も紅く染まって、例えようもなく可愛く、イケナイことをしているような気分に陥る。
 密着した状態でそんな事を考えたのが、尚更良くなかった。
 ジュドーとカミーユの感覚は、とりわけ混じりやすい。
 ダイレクトに伝わったそれに、カミーユの怒りが沸点を迎える。
「っ、てめぇ、」
 腕を振り上げたいが、ジュドーも案外腕力のある方だった。暫く藻掻き、普通には抜け出せそうにないことを悟るやいなや、肘から先をなんとか動かして、ジュドーの肘関節を指を立てるようにして掴む。そして、ぐいっと腕を捻る。
「いきなり何するんだよ、お前っ!!」
 それは、見事にポイントを押さえた攻撃だった。大慌てでジュドーは腕の力を抜く。
 カミーユは腕からするりと抜け出て、ジュドーの腕を手首の辺りを押さえつつ捻り上げた。

「いっっ、痛い! 痛い痛い、許して、カミーユさんっ!!」
 じたばたするジュドーを暫く冷めた目で見詰め、漸く少しだけ抑える力を緩める。
「カミーユさん、何でこんなに手際いいんだよー……これ、空手技じゃないじゃん」
「殴られた方が良かったのか? なら早く言え。言っとくけど、手加減しないぞ」
 空いた手で拳を作り、はぁっと息を吐きかけてみせる。
 ジュドーは青くなって必死で首を横に振った。
「いっ、いえいえ。それだけは丁重にご遠慮します!!」
「根性なし」
「有段者に手加減されずに殴られたら、俺死んじゃうよ」
 哀れっぽく、懇願するように見詰めてみるが、カミーユの視線は何処までも冷たかった。
「死んだらみんなと一つになれるぞ。良かったな、NTで」
「う〜〜〜〜ん…………カミーユさんとかアムロさんとかならともかく、ハマーンとかクワトロ大尉とかも一緒って思うと嫌かも……」
 真剣に考えたジュドーの鼻先を指で弾く。
「ばーか。お前なんか殴り殺したって、俺の手が汚れるだけだろうが」
「あぅ。それはそれで酷いよ?」
「お前にはそれくらいで丁度いいだろ」
「……………………ひょっとして、俺、嫌われてる?」
「今更何言ってんだ」

 ジュドーの完敗だった。
 まあ、そもそも、カミーユより数段人のいいジュドーに、勝ち目など殆どなかったのだが。
「俺は、カミーユさんのこと好きなんだけどなー……」
「だから?」
「だから、って…………だから、カミーユさんも、俺のこと好きになって!」
 じっと大きな目が見詰めてくる。
 本当に大きくて、妙にキラキラして…………カミーユは何故か見ていられない気分になって目を反らした。
「………………………よく分かった」
「ホント?」
「お前が救いようもない馬鹿だって事が、な」
「酷いよぅ……」
「同情の余地なんかあるか、馬鹿」
「何でそんなに怒るんだよ」
「お前がむかつくことばっかりするからだろ」
「何にむかついてるのかちゃんと教えてよ。そうしたら、次からやらないから!!」
「お前、何でそんなに執着するんだよ!!」

 カミーユは、手を離すと同時にジュドーを思い切り突き飛ばした。
 いきなりだったのでバランスを保てず、そのままジュドーは壁にぶつかる。
「いってぇ〜〜…………だから、何で、怒るんだよ」
 ジュドーはただただ不思議で、やっぱりじっとカミーユを見詰めるだけだった。

 怒りは涌いてこない。ただ、分からないだけだ。
 それが、何よりカミーユには理解できなかった。
 乱暴にしているのだから、怒って殴り返すとか、罵るとか、何かすることはある筈なのに。

「お前は何で怒らないんだよ!!」
「……何で怒らなくちゃいけないんだよ。だって、カミーユさんが先に怒ってて、それは、俺が……その……ナニしたり、抱き付いたりしたからなんだろ? だったら、俺が怒るのって筋違いじゃないか。ホントに、悪かったと思ってるし……」
「だからって、突き飛ばされたりしたら、普通怒るだろ!?」
 ジュドーは意を得ない様子できょとんとカミーユを見詰める。
 その様子にますます腹が立ってくる。
「だから、お前っ、」
「何そんなに怒ってるんだよ。……だって、カミーユさん、俺に悪いと思ってくれてるんじゃん。だったら、俺が怒る事なんてないじゃんか」

 カミーユが何故そんなに必死になって怒らせようとするのか理解できない。
 ジュドーは小首を傾げながら、ただただカミーユの顔を見詰めた。
 怒っている顔は仄かに上気して、本当に綺麗で可愛い。年上だなんてとても思えなかった。
 リィナがもう少し幼かった頃に良く起こしていた癇癪に通じるものがある気がして、何だか微笑ましくさえある。

「カミーユさん?」
 一人で怒って顔を真っ赤にして、けれども結局言葉が続かなくて黙り込んでしまったカミーユの顔を覗き込む。
「ええと……ごめん。やっぱり、何か余計なこと言った? いっつも、一言多いって言われるんだよな」
「だから、謝るのはお前じゃなくて、っ」
 赤らんだ顔の侭、はっとして口を覆う。耳まで染め上げて俯いてしまう。
 ジュドーはその反応の一つ一つをじっくりと眺めて、うっとりと呟いた。
「…………………カミーユさんって、ホント、可愛いね…………」
「目を潰されたいのか」
「ホントのことじゃん。さっき、さ。何言いかけたの?」
「何も!!」
 素直じゃないだけで、カミーユはとても分かり易い。
 NT能力の御陰か、全く誤解なくカミーユを受け取っているジュドーには、その意味のない言動が可愛らしく思えてならなかった。

 仕方ないなぁ、と呟きながらも、顔が自然に綻んでしまう。
「カミーユさん、手、貸して」
「……何する気だよ」
「いいから」
 掌を目の前に差し出される。
 渋っていると、焦れたように手を取られ、その掌の上に乗せさせられた。

「うわっ!」
 掌がはっきりと触れ合った瞬間から、交歓が始まる。
 ジュドーが全力で繋ごうとしているのだ。カミーユは咄嗟に手を引こうとしたが、動けなかった。心地よすぎる感覚がそれを許さない。
 身体の芯からじわりと滲む様な心地よさとジュドーの想いに、訳も分からないまま震える。
「ぅ…………ぁ…………」
 熱い。
 こんな想い、伝えられたことなどない。

 アムロが触れてきたときのようなただ優しいだけの感情でもなく、クワトロのような、何処か冷めたようなものでもなく。
 優しいことは優しいけれど、それ以上に力強く激しい想いを伴っていて。
 それなのに、心地よさに目眩すら覚える。
 カミーユには、それが何なのか良く分からなかった。
 ただ、触れ合った手から身体の奥底を燻られるように……熱い。

「や……ジュドー…………」
 立っていることが出来なくて、思わずジュドーに縋り付く。
 しっかりと抱き留められたが、触れ合った部分が増えた御陰で尚更熱に冒される。
 互いの身体の境界線すら曖昧に思えて、カミーユは弱々しくジュドーを突き放す仕草を見せた。
「ぁ……あぁ…………は……」
「逃げないでよ。気持ち……よくない?」
「気持ち…………いい…………?」
 熱に浮かされて潤んだ瞳がジュドーを見上げる。
 何を云われているのか、認識するだけの集中力を保てない。
「俺が、どれだけカミーユさんのこと好きだって思ってるか、分かってくれた?」
「す……き…………」
 知らない。  こんな強い思いは、知らない。
 カミーユは突き放そうと思いながらも更に強く抱き付いてしまいながら、首を横に振った。

 怖い。
 こんな熱さは知らない。
 こんな思いも知らない。
 これ程までに自分と他人の境界が薄らいだことも。
 纏っていた殻は、何処に消えてしまったのか。
 剥き出しになった心が直接に触れ合っているようで、痛みすら覚える。

「…………何で? そんなに怖がらなくても……」
「離して…………」
 弱々しく懇願するカミーユというものを初めて見て、ジュドーも何とかしたいとは思う。……のだが、いかんせん、掌こそ合わせているがそれだけで、縋ってきているのはカミーユの方なのである。
 縋っている手を外せば、そのままカミーユは床に座り込んでしまうだろう。床は先のティッシュペーパーで散らかっていて、カミーユを座らせたくはない。
「カミーユさん、大丈夫?」
 怯え方が半端ではなくて、ジュドーもひどく不安になってくる。
 けれど、こうして触れ合っている以上その不安はカミーユにも伝わってしまうのだと思い、ただカミーユのことを考えるように努める。
 カミーユに縋られたまま身体を捻り、丁度カミーユの後ろにベッドが来るようにする。
 そして、導いてゆっくりそこへ座らせた。

 ふわり。
 そうとしか表現のしようのない何かに包まれるのを、カミーユは感じた。
 物理的にではない。
 擦り切れた皮膚が外気に痛むように、剥き出しに晒されて痛みを感じていた心が、真綿のような何かに包まれる。
 熱はそのままではあるのだが、何かに覆われ守られているような感じがするだけでかなり感覚は違った。
 土の匂いがした。
 緑の匂いも。
 ふんわりと自分を包んでくれているのは、そんな、匂いのするものだった。

「……じゅ……ど…………」
 境界は揺らいだままなのに、身を内から焼き尽くすような熱もそのままなのに、包み込まれるだけで何故こんなにも全てを優しく感じるのか。
 カミーユには分からなかった。
 分からなくて、尚のこと混乱する。

 けれどこの匂いにも、感覚にも、覚えがあった。
 この感じに安心して、頼って…………全てを任せたような。

「……っ……………」
「怯えないで。……だいじょーぶだからさ」
 この人は、どれくらい頑強な殻で心を鎧って来たのだろう。
 その殻の中に、どれくらい繊細な心を押し隠してきたのだろう。
 そんな事をしなくては生きてこられなかった程に。
 ガラスの様な、などという表現を聞いたこともある気がしたが、本当にそんな感じだと思う。
 少しでも傷付く度、剥がれ落ちた破片が自分にも相手にも確実に突き刺さって。
「怖がらないでよ。俺、何にもしないよ。ね? 直接なんてしないから……怖がらないで……」
 カミーユの抱き付いてくる力が強い。
 はっきり言って、空手ではないが絞め技レベルだった。
 震えてしがみついてくるカミーユはどうしようもなく愛おしく、怯えさせたのが自分の責任だと言うことも分かっているので、そのまま好きに抱き付いていて貰いたいものではあるが……いかんせん、背骨がかなり軋んでいた。

 刺激しないようにそっとカミーユの片腕を解かせる。それだけでかなり楽になる。
「ほんっっっとーーーーに、カミーユさんって可愛いねー……」
 怯えているのは分かるが、その他には不快感も嫌悪感も微塵も感じられない。
 こんな事をしても嫌われていないことにほっとする。
「好き、だよ。分かるよね?」
 何処までなら許してくれるものか、ドキドキしながらカミーユの額や頬に軽いキスを繰り返す。
 吸い付くような肌だった。それに、何だかいい香りがする気がする。そしてやはり、触れ合う部分が増える度、心地よさが増した。

 触れ合う、ただそれだけの行為が、性欲をも上回る。
 ジュドーはカミーユを巻き込みながら、ぱたりとベッドに倒れ込んだ。

 カミーユの荒い息が耳を擽る。
「ん……」
 思わずジュドーの口からも熱い吐息が洩れる。
 まだ若すぎて、今一つ自分自身ではコントロールしきれない部分はある。
 それでも、この背筋をぞわりと撫で下半身の一点に血液を集中させていく感覚に従うより、このまま触れ合っていたい衝動の方が勝った。
「カミーユさん…………」
 ぎゅっと抱き付くと、お互いの昂ぶったモノが触れ合ってしまう。
 布越しとはいえ、ひどくダイレクトな刺激に、びくびくと身体が震える。
「っあ……ぅ…………」

 可愛い。愛おしい。守ってあげたい。
 そう思うのは間違いではないと思う。
 戦いにおいては、数値的な平均値はそう変わらない。むしろ分析力だとか経験だとかはカミーユの方がかなり上回っている筈だ。
 そういうことで守りたいのではない。
 他人を怖がるこの人に、人が怖いものではないということを教えてあげたい。もし、怖いことがあっても、その時は絶対に守ってあげたい。
 そう、願う。

「ちょっとじっとしてて。カミーユさんも、このままじゃ辛いでしょ?」
「っ……ぁ……」
 片手で器用に、カミーユのズボンのファスナーを下げる。
 ブリーフを押し上げていた固まりを取りだして、指先で先端を弄る。
「ぁっ! やっ……は……な……っ」
「……カミーユさんって、ホント、可愛い……」
 根元の方から一気に扱き上げながら、軽く耳朶を噛む。
 堪えるという発想自体既に持てなくなっていたカミーユは、そんな僅かな刺激にもあっけなく陥落した。
「ぁ……あ…………」
 手を濡らした熱い迸りを舐めてみる。
 苦いとかしょっぱいとか、そういう不味い味の筈が、何故か予想よりずっとマシな味わいの様に感じる。
 側の箱からティッシュを取って手を拭い、再びブリーフとファスナーの中にそれを仕舞う。

「少し落ち着いた? これ以上は、ホントに何もしないから。もう俺はあんたに何にもしないって、あんたになら分かるだろ?」
「…………分からない……触るな……」
「分かってる筈だって。本当に、俺のことが怖い?」
「……お前なんて……嫌い……」
 こんな子供にイかされてしまった屈辱は並ではない筈なのに、怒れない自分がいる。
 ただ、認めてしまうのが恐ろしく思え、思ってもないことを口にする。
「嫌いでもいいよ。でも、怖くないよな?」
 顔を見ようとすると、すぐに背けてしまう。
 それでも、ジュドーは根気よくカミーユの視線の先に自分の顔を移動させる。
「怖くない怖くない。ね?」
 とんとんと優しく、リィナをあやしていた時の様に背を叩く。

 顔は合わせても目を反らしたままのカミーユの、その瞼が次第に下がってきているのを見て取って、ジュドーは小さく微笑んだ。
 シフトが数時間ずれている為、ジュドーにはまだ眠気はない。
 しかし、さっきの騒ぎとカミーユのシフト時間を鑑みるに、カミーユは睡眠中だった筈だと言うことに気が付く。
 眠っているところを邪魔したこともあって不機嫌が倍になっていたのだろう。
 余計に申し訳なくなる。

 それでも、カミーユの性格からして、他人の部屋でそう易々と眠れる筈がないとも思う。
 とすれば、少しはジュドーに対して、それなりの安心感を抱いたと言うことになるのだろうか。
「カミーユさん……眠っていいよ」
「…………ん……や…………」
「俺、談話室にでも行ってるからさ。ゆっくり寝て」

 ジュドーは微睡み始めたカミーユをベッドの上に引き上げ、靴を脱がせてブランケットを掛けた。
「ん……」
 カミーユに、もう殆ど意識はない。
「お疲れさまでした。……ごめんなさい。おやすみなさい」
 穏やかな表情で寝息を立て始めたカミーユの額にそっと口付けて、ジュドーはトイレに直行した。

 理由は……言わずもがなだが、カミーユの側ではとても出来るものではなかったので。

−終−
蒼下 綸 作

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