「あら」

 開けた窓から、色づいた葉が一枚舞い込む。
 それは、カミーユの横たわるベッドの、枕のすぐ側に舞い降りた。

 外を見ると、街路樹のマロニエが半分ほど色づき始めている。
 日々に追われ、看病に追われ、季節が過ぎゆくことにも気が付いていなかった。
 まだ秋深いと言うほどの季節でもないが、ここは高い緯度に位置している為か、ファが思うより寒い季節の訪れが早い。

 葉を手に取り、サイドテーブルに置く。
 捨てるには惜しい気がした。
 一足早く染まった葉は、一足早く散ってしまったのだろう。
 成熟は、いいことばかりではない。

「ぁ…………ぅあ……」
 天井を見上げて大人しくしていたカミーユの唇が微かに動く。
「カミーユ?」
「あ…………」
 視線はファに向けられない。
 向けられたとしても、紗のかかった瞳にファの姿は映らない。
 少年にしては華奢な手が、すいと伸ばされた。

 水差しが欲しいのなら、ファには分かる。そうではないようだ。
 ファは今し方置いたばかりの赤い葉を、伸ばされた手に握らせた。
 マロニエの葉は大きく、ファの手ほどもある。
 カミーユの手にならさほど余るというわけでもないが、カミーユは上手く掴めずにそれを握り潰した。

 カミーユは満足げに手を収め、葉を握った手を頬に当てている。
「…………カミーユ…………」

 赤い葉。
 おおよそは赤く、端の方が少し黄色い。

 ファは何故か苛々して、カミーユからそれを取り上げた。

「あぅ……」
 カミーユは癇癪を起こすわけではなく、僅かに眉を顰めた。
「外のものだもの。きれいじゃないわ」
 濡れ布巾でカミーユの手を拭う。

 ふと。

「あ……」
 ファの手が握られる。
 驚いてカミーユの顔を見ると、カミーユはひどく柔らかな笑みを浮かべていた。
「カミーユ……」
 かつてのカミーユが決して浮かべたことのない無垢な微笑み。
 ファは、涙から溢れることを止められなかった。

 季節が過ぎる。
 過ぎてしまう。
 いや、過ぎてしまったのかも知れない。
 この落ち葉のように。
 カミーユは早すぎたのだ。
 望まない大きな力に追い立てられて、追い立てられて、覚醒して。
 大人達はそれを望んでいた。
 でも、自分達には……本人にすら、必要のないものだった筈なのに。
 そして、速やかに色づいて、一瞬で散ってしまった。

 木々は冬を迎え枯れ果てる。
 しかし、やがて春を迎え、再び芽吹き、青々とした葉を茂らせる。
 中には花を咲かせるものもあるだろうし、実をつけ、多くの恵みを齎すものもあるだろう。

 ファはカミーユの手を握り返した。

 カミーユが木々ならば、自分は大地であろう。
 再び芽吹くように。
 再び花を咲かせるように。

 そして、実がなるように。


作  蒼下 綸

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