「シャ、シャア……私は……」
「心配はいらない。君を傷付ける気はないよ」
 まだ微かに震えている指先がガルマのベルトを外し、ズボンのボタンとファスナーを開ける。
 下着からガルマの一物を取り出す。
 それは、シャアの痴態と先の僅かな刺激に、微かな反応を見せていた。
 さすがはザビ家の男と言うべきか、どちらかと言えば可憐な容姿に反してなかなか立派なものである。
 シャアは、躊躇いなくそれを口に含んだ。
「っあ、ふ」
 ガルマは強く抵抗することも出来ずただシャアの髪に指を絡める。
「シャア……やっ……」
 先端に軽く歯を立て、そこから舐め下がっていく。
 まだ女との情交も知らないそこは、慣れない刺激にすぐさま反応を返してしまう。
 ガルマは浅ましい自分自身とシャアから目を反らそうとしたが、何故か動けなかった。
 口元を唾液と淫液とで濡らし、時折上目遣いに見上げてくるシャアの、その薄青の瞳が捉えて離さない。
「だめ……シャア…………」
 声を洩らしてしまうのが恥ずかしく、手の甲を口に当てる。

 しかし、達するには程遠く、しっかりと勃ち上がった頃、シャアはそれを口から出した。
「ぁ……や、もっ…………」
「これからだよ、ガルマ」
 重い身体を引きずるように、ガルマの肩に手をかけ腰を浮かせる。
 浅い呼吸を整え、片手を後庭に回す。そうしてガルマの逸物と位置を合わせ、ゆっくりと腰を下ろした。
「ふ、ぅ…………っ…………」
 肩に置いた腕がぶるぶると震えている。
 初めての包み込まれる感覚に、ガルマは気が遠くなるのを感じていた。
 それでも、苦しそうなシャアが心配で、辛うじて意識を繋ぎ止める。
「大丈夫かい?」
「……ぁ…………ぁあ…………」
 大した動きをしているわけでもないのに、シャアの額には汗が滲み、玉となってつぅっと頬を伝い落ちる。

 何度も呼吸を整えながら、根元までガルマを銜え込んで、シャアはガルマを強く抱き寄せた。
「あぁ……シャア…………」
「……動いていいよ、ガルマ……」
 しかし、僅かにでも身動ぐ度、酷く辛そうにガルマの背に爪を立てる。
 今にも放ってしまいそうな程、シャアの中は熱く、強く締め付けてきていたが、どうにもガルマにはシャアが心配でならなかった。
「しかし、シャア……」
 ここまで来ても躊躇うガルマに焦れて、シャアは自分で動こうとした。しかし、これ以上は四肢が言うことを聞かない。
 すぐにぐったりとして、シャアはガルマの肩口に額を押し付け、ただ荒い呼吸を繰り返した。
「……無理だよ、シャア」
「助けて……くれるのではなかったのか……?」
「ああ。……けど……」
 ガルマからもシャアを抱き返す。
「ひ……っ!!」
 擦り切れた背中の皮膚に痛みが走り、小さく悲鳴が上がる。ガルマは一瞬戸惑ったが、それでも気を取り直してしっかりと抱き締めた。

 中はこんなに熱いというのに、ギレンとの情事の間から汗に塗れた身体は冷え切っていた。
 手触りでも、滑らかな肌の間に傷の所在が分かる。
「……君は……こんなに傷付いてまで、どうして…………」
「……好きで……していること、だと……言ったろう……?」
「嘘。それくらいは分かる」
 唇が届く範囲の傷に口付けを繰り返す。
「兄上も……何故君を」
「……私が……誘った……」
「だからって、余りにも酷すぎる」
「……君は…………もう少し、大人になった方が……良いよ」
 シャアの唇が縋るようにガルマの髪に触れる。
「こういう……情交もあるのだ」
「それくらい知っている」
「知ってはいても、解っていないだろう?」
 シャアはガルマの背に爪を立てながら、ゆっくりと腰を動かし始める。

「ぁ…………くぅ……っ……」
「やっぱりやめた方がいい」
「やっ! だ、めだ…………急……に……」
 腰を浮かせたガルマに、咄嗟に縋り付く。急に動かれると、抉る位置が変わってかなり辛い。
「すまない!」
「い……い…………じっとして……くれ」
「横になった方が、もう少し楽にならないかい?」
「…………大丈夫だ。君が……支えてくれるなら……」
 今更大きくは体勢を変えられない。苦痛が勝るだけだ。
 ガルマ自身を呑み込んだ秘肛はひどく疼いている。
 しかし、それに反応して再び頭を擡げた男根から滲む淫液には血が混じり、じくじくした痛みが快楽を遠ざけていた。

「シャア……こういう行為は、無理をしてまで行うものではない」
 抑えきれない涙に濡れた眦を吸い、ガルマはそっとシャアの腰を支えた。
 そのまま、少しずつ少しずつ、ゆっくりと持ち上げ、シャアの中から己を抜き出していく。
「っぁ……ぁ…………」
 切れ切れに声が洩れる。余りにも痛々しい響きのそれを聞いていられず、ガルマはシャアの唇を塞いだ。
 さして深いものではない、けれども、触れるだけではない口付け。
 涙を吸ったのと同じ様に、シャアの悲鳴を吸い上げ、呑み込んでいく。
 ガルマの唇に応じながら、シャアはこれ以上抵抗しなかった。
 否、出来ないのだ。優しすぎるガルマの行為に抗いきるだけの気力も体力も残っていない。

 力の抜けたシャアは決して軽くはなかったが、ガルマは何とかシャアを支えて自身をシャアの熱い洞から抜くことに成功した。
 シャアの背が硬直し、痙攣するように震える。
 互いの間に、紅い血の入り交じった精液が放たれていた。
 すぐにシャアはぐったりとして、再びガルマに身体を預ける。
 白金髪に指を絡め優しく梳きながら、ガルマはその耳元に口を寄せた。
「これ以上は無理だよ、シャア。……君は今、冷静ではない。的確な判断に欠けている」
「……あぁ…………」

 穢れない。
 …………穢れないのだ、ガルマは……。

 シャアは酷くぼんやりとする頭の片隅で、込み上げる自嘲と憎しみとに堪えていた。
 ガルマが自分に対して、友情以上の思いを寄せていることは知っていた。
 ならば……これ程の痴態を見せ、縋りついたなら……こんなに股間を昂ぶらせてもいるならば……「何もしない」などという事があり得るとは思っていなかった。
 そうして、組み敷かれたなら……勢いに任せて最後まで辿り着いたなら、シャアはただ心の中で、ガルマを嘲り、侮蔑するだけで良かったのだ。

 こうなっていたかも知れない、もう一人の自分の姿。
 過ぎた世界に「もし」は存在しないが、そう、それでも、もし……父、ジオン・ダイクンが死ななかったら。
 デギン・ザビの思惑に気が付き、彼を追い落としていたならば。
 ジオン共和国の総帥の子息として、何不自由なく育っていたならば…………。

 もし立場が逆であったなら、シャアはガルマほど穢れなく純粋でいられただろうか。
 シャアには、その仮定の結果を想定することが出来なかった。
 とてもガルマの様にはいられないだろうし、ガルマが自分の様に立ち回るとも思えない。
 彼こそ、生まれながらにしての貴公子。
 どんな身分に堕ちようとも、ガルマだけはきっと変わらない。兄にも、姉にも愛されて、ただ、温々と……。
 きっと兄弟の中で、ガルマだけは復讐心などにも染まらないのだ。

「兄上にはちゃんと私から申し上げておく。君は、今日はここに泊まってゆっくり休むといい」
 ガルマの手があやすように背を撫でている。
 その温もりと優しさに、顔が醜く歪む。しかし、体勢から幸いにして表情を見られることはない。
「……厭だな…………」
「では別に部屋を用意させよう」
「君の所に泊めてくれないか」
 ガルマは一瞬躊躇ったが、すぐにシャアの髪を撫でた。
「………………君がそう望むなら。けれど、もう、私は何もしないよ」
「……いいさ……分かっている」
 ガルマの背に回した指先に力が入る。しかし、整えられ磨かれた爪は上質な布地の上を滑るしかなかった。
「君がそれでよいのなら……」
 ガルマは心配そうにシャアを見ながら、僅かに身体を離した。
 ベッドから勢いよくシーツを剥ぎ、シャアの身体を包み込む。
 ギレンが脱がせた衣類はベッドの傍らに散乱していたが、それを一つ一つ身に付けさせられる状態でもない。
 軍服の生地は、傷付いたシャアの身体には痛みしか齎さない。

「少し痛むかも知れないが、人を呼ぶよりはマシだろう? じっとしていてくれ」
「…………気遣いに涙が出るよ」
 嘲りとして吐いた筈のその言葉に、何故か鼻の奥がツンとする。
 シャアは何もかもを認めたくなく、頭すら覆うシーツの中に顔を埋めてガルマの胸に押し付けた。
 ガルマはガルマで、抱き上げたシャアが予想より随分軽い様に思えてぎょっとする。
 まだ大人としては出来上がりきっていない身体。
 ガルマも大柄な方ではないし、身長も、筋力も、体重にも大差はない筈なのに、何故か今のシャアを小さく感じる。

「安心していい。兄上の命で、このフロアは立入禁止になっている」
「……誰かに見咎められでもしたら、ザビの名が地に堕ちるか」
「そんなもの…………ただ、こんなに傷付いた君を、使用人達になど見せられない。……見せてなるものか」
 シャアの顔を隠すシーツを僅かに手で払い、その額に口付ける。
 シャアは微笑みとも嘲りとも区別の付かない表情で目を細めた。
「君がそこまで考えてくれるとはな。友情に感謝する」
「…………ありがとう、シャア……君がそういってくれると、私も少し……気が楽になる」
「君に咎はないと何度も言った筈だ。誰も……何処にも、咎人などいないよ。この行為が償いだというのならば、私はそれを必要としていない。素直に宿舎に帰らせて貰おう」
 身を捩り、シャアの爪先が床に届く。
「待ってくれ! そうではない。償いではなくて……私がただ……全て君の良いように取り計らいたいだけなんだ。受けてはくれないのかい?」
 完全に足を付く前に、ガルマはシャアの身体を抱き直す。
「……シャア……」
 ガルマはじっとシャアを見詰めた。
 その酷く不安げで情けない表情に、シャアは笑いにも見えるよう、口の形を崩した。
「…………君にそんな顔をさせては悪いな。……君の好意、ありがたく受け取らせて貰う」
 ガルマの鼻先に軽く口付ける。それだけで、ガルマの顔は輝いた。
 そしてガルマはシャアを抱き抱え、躊躇いのない足取りで自室に戻った。


 シャアはガルマの寝台の上に降ろされた。
 それはさすがの大きさで、成人男子が二人横になってもまだあまりある。
 シャアは部屋に入ってすぐに風呂を所望したが、即ガルマに却下された。
 擦り傷、切り傷、火傷、打ち身。生傷のオンパレードである。
 取り立てて命に別状があるような傷はなく、シャアにとっては大したことではない。しかし、そもそも傷など見ることすら稀なガルマには、とんでもないことのようだった。

 しかしさすがに、互いに汗や精液に塗れたままでは気持ちが悪い。
 真面には動けないシャアの身体を、ガルマは濡らしたタオルで良く拭いてやった。
 そして、自分は烏の行水並の早さでシャワーを浴び、再びシャアの隣に戻る。

「私の寝間着だが、そう着丈は変わらないだろう?」
 薄紫の正絹の寝間着。
 シャアは僅かに目を反らしながら、つと腕を伸ばした。
「着せてくれ」
「ああ……」
 慣れない行為に戸惑いながらも、ガルマはシャアの命じるままに動く。
「生憎、人を呼ばなくては治療が出来ない……医師を呼ぶか、医務室へ行くかしかないが……厭だろうか?」
「ああ、厭だな。……大した傷ではないよ。これしき、慣れたものだ。血も流れてはいないし、放っておけば治る」
「慣れた……って、君は……」
 寝間着に袖を通しながら、シャアはすげなく答える。
「何処の馬の骨とも知れぬ身で、これ程ザビ家に近いところにいるのだ。よく思わないものだって多い」

 シャアには今更感慨などあったものではなかったが、ガルマには相応の衝撃のようだった。
「兄上だけではないのだな。君をこんな風に傷付けるのは……」
「私を傷付けるのはギレン閣下ではない。閣下とは、あくまでギブアンドテイクだ。あの方が、ただの感情論で動くと思うかい?」
「いや……そうだな。兄上は……少なくとも、君の能力を買っていると思う。意味もなく君を傷付けることはあり得ない」
「そうだろう? だから何度も言っているように、君が償うようなことは何も起きちゃいないんだ」
 未だ強張りの解けない指では、ボタンを嵌めることが難しかった。
 見かねたガルマが一つ一つボタンを嵌めていく。しかし、ガルマも器用な方ではなかった。
「兄でないのなら……軍の関係者や、学校関係者なのか……」
「それも、君が動く程のことではない。それだけ私が優れていることの証にもなる」
 不確かな指先で、漸くボタンを一つ嵌める。
「優れているのは分かり切っているだろう。私がザビ家の者でなかったら、首席の座は間違いなく君のものだった。そんな事で君を傷付けるなんて……なんと愚かな……」
「そのお陰で、私は卒業後の行き先も安泰なのだ。無意味に突っかかってくる者には、それ相応のお返しをしてある」
 二つ目のボタンをかけ終わった手が止まる。
 ガルマは辛そうな表情で俯いた。

「……ガルマ?」
「……なぜ、君は…………そう自分を大切に出来ないんだい?」
「………………大切……大切か…………」
 今にも泣き出しそうな顔だった。
 その顔を見て、シャアは吐き気を催した。
 奥歯を噛み締めてそれに堪える。
「君とはどうも、大切の定義が異なるようだ。私はまだ、私の望みを叶えてはいない。自分の成したいことを成し遂げた後……自分の身体や心を大切にするのは、その後の話だ。……君には、分からないかも知れないが」
「自分自身より大切な、その君の望みとは?」
「いつか……君に分かる日も来るさ。……ボタンはもういい。眠ろうじゃないか」
 はぐらかそうとしたシャアに対し、ガルマは引かない。
「私には、君より大切なものなんてない」
「君にはザビの名がある。それは、君の中で何より勝っていなくてはならないものだ」
 シャアはふっと力を抜くと、そのまま寝台の上に倒れた。胸元までブランケットを引き上げる。
 青い瞳にガルマの姿を映しながら、その目を僅かに眇める。
 それに引き寄せられるようにガルマも横になり、部屋の明かりを落とす。

「軽々しく家より私が大切だなどと言わないことだ。ガルマ、君は、もっと自分の立場を自覚するべきだろう」
「勿論家族は大切だ。君と同じように。けれど……ザビの名は今に至るまで君を傷付けるものにしかなっていないのではないのか? ならば、そんなもの……」
 ガルマの何も知らない台詞に、シャアはブランケットの中で拳を握り締めた。

 今この場でガルマを殺してしまえたら……。
 握った拳の爪が掌に食い込む。
 痛みが逸る気持ちを沈静化させる。
 時期尚早過ぎる。まだ事を起こすわけには行かない。
 この思いを……この憎しみをガルマが知ったとき、ガルマは一体どんな表情をするのか。
 そう、それを考えれば、まだガルマの無知も我慢できる。
 ガルマが自分を愛すれば愛するほど、最期の瞬間は素晴らしいものとなる筈なのだから。

「……シャア?」
 黙ってしまったシャアに不安になり、ガルマはそっとシャアに身体を寄せた。
「君の好意はありがたいが……あまり公に言わない方が良いよ」
「分かっているよ。今の言葉は、私と君だけの秘密だ」
「……そうだな。おやすみ、ガルマ」
「おやすみ、シャア……」
 息の触れる距離でガルマは目を閉ざした。
 シャアは暫くそれを眺めていたが、ガルマの呼吸が寝入ったのを機に寝返りを打った。



作 蒼下 綸

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