……これは、何だ?
 分からない……認識、出来ない…………。

 暫く沈黙の時が続いた、その静寂を破ったのはドアをノックする音だった。
 瞬時にシャアの表情が強ばる。誰に見られたい姿でもない。
 しかし、もちろんギレンがそんな事を憂慮する筈もなかった。
「入れ」
 声に呼応してゆっくりと重厚なドアが開かれる。
「失礼致します、兄上」
 甘い声音。嫌になるほど馴染んだ、品の良い音がシャアの耳に届く。シャアは声の方を向くことも出来ず、息を飲んだまま硬直した。
 全身から嫌な汗が吹き出るのを感じる。血の気が引き、唇が言葉を紡ぐことも出来ず戦慄く。

 それは、部屋に入ってきた者も同じだった。
 兄の命に従い何も考えずにこの部屋を訪れたガルマは部屋に踏み入れた途端、完全に言葉を失って立ち尽くした。
「……こ……れは…………」
 目が、脳が、目前の状況の全てを否定する。

 それでも、立ち直るのはシャアの方が早かった。どのみち事実は変えられない。そのことを感情でも理解している分、シャアの方が精神的にも打たれ強い。
「ご冗談が過ぎます、ギレン閣下……」
「顔色が悪いぞ、シャアよ」
「……私より、弟君をお気遣いください」
 目眩でも起こして倒れてしまいそうな表情で、ガルマはまだ復帰してこない。

「……私はもう飽きた。ガルマ、この玩具はお前にやろう。後は好きに遊べ」
 そう、二人を詰りながらもギレンの顔は晴れぬ侭だった。苦々しげにシャアの顔を一瞥し、思い切ったように部屋を後にする。
 残された二人は、気まずいまま固まっているしかなかった。

「……ガルマ。ガルマ」
 沈黙が身に痛い。シャアは立ち尽くすガルマに声を掛けた。何度か名前を呼ぶと、漸く此岸に戻って来る。
「……シャア…………」
 艶のある甘い声音は、今や思う影もなく掠れている。
「済まないが、腕を解いてくれないか。少し痛い」
「あ、ああ……」
 何事もなかったように平然と振る舞うしかない。しかし、目の前に突きつけられた現実が、それを許さない。

 小刻みに震える繊細な指先が、何度かの試行の末にシャアの腕の戒めを解く。
 幼ささえ残したガルマの顔は、未だ蒼白だった。
 士官学校時代からほとんどの時を共に過ごしたとはいえ、シャアの顔を見たのはまだ数える程だ。身体を見たのも……その中心に息づくものを見たのも。
 シャアは殊更に肌や顔を見せることを嫌っていたし、親友が嫌がるものに無理を通すほど、ガルマは意地の悪い質でもなかった。
「シャア…………兄上が……」
「ギレン閣下には何の咎もないさ」
「でも!」
「これは全て私が望んだことだ。閣下には、何も関係ない」
「…………こんな傷を負っても? この傷はまだ新しいじゃないか。兄上が付けたんじゃないのか?」
「私が望んだことだと言ったろう。……どうやら私は君に払い下げられたようだからな。君も、打ちたければ好きにするがいいよ」

 そう、自嘲の色さえ滲ませずに微笑む、その顔の美しさにガルマは再び絶句した。
「……どうし……て……」
 ぎゅっと握った拳が震えていた。泣き出すのを堪えているような表情が、どうしようもなく甘く幼い。
「そんな顔をするものではないよ、ガルマ。私が好きでしていることだ。こうすれば……出世が早い」
「そんなっ!! そんな……私に言ってくれれば、何とでも、」
「それでは、君まで卑怯者の誹りを受けることになる」
「けれど……自分を貶めてまで手に入れた地位に何の意味がある?」
「ギレン閣下ご本人に、直接お会いできただけでも僥倖だ」
「兄上に会いたいなら、そう言ってくれればいい。何なら、父上にだって」
「………………君は、とても恵まれている」
 ガルマの例えようもなく澄んだ瞳が、シャアの心の奥底に燻る焼け付く感情を煽る。
「ああ、分かっている。だから、その恩恵を君と分かちたい。私一人の身には余る」
 ぽろりと、大粒の涙がガルマの瞳から零れ落ちる。頬に筋をなし、頤まで伝う。
 シャアは解かれたばかりの手を伸ばし、ガルマの頬を包んだ。濡れて冷たくなっている。親指で目尻を拭ってやると、ガルマは小さく洟を啜ってシャアを見詰めた。
「では、一つ頼まれて貰おうか」
 頬にかかる髪を梳き、耳にかけるように流す。優しげな手つきに、ガルマはそっと身を寄せた。
「私に出来る事があるのか?」
「ああ……自分では痛みが勝ってどうしても触れられなくてな…………これを、抜いてくれないか?」
「え……ぁ……」
 シャアがそれとなく指したものに気付き、さっと顔が赤らむ。
「私を助けてくれ、ガルマ……」
 哀願するように言い、先程ギレンが外した嵌口具を再び口に銜える。そして上を向き膝を曲げて足を開く。少し動く度に美貌が引き攣れるように歪んだ。しかし、この程度の動きが、今のシャアに出来る精一杯だった。未だに、四肢に力は入らない。
 痛みと過ぎる感覚に生理的な涙が浮かぶ。そのままにシャアはもう一度ガルマを見詰めた。
 目があった瞬間に、ガルマの表情は悲愴にさえなる。
 絶え絶えに手をガルマへ伸ばす。弱々しく縋るように。ガルマは誘われるようにその手を取ってしまった。そして、強く握る。シャアの昏い微笑には気が付かない。
 ガルマは緊張に唾を飲み込みながらベッドに上がり、シャアの足下に正座した。

 シャアの怒張は無理な遊戯に無惨な姿となっていた。
 放出を許されぬまま達せさせられた為か鬱血し変色しており、全体に蝋が絡み付いている。先端は特に厚い蝋に覆われ、先に微かな棒の存在が分かるだけである。
 手をそれに伸ばす。蝋を剥がそうとそっと爪を立てると、内股に緊張が走って足が閉じられる。
「す、すまない。大丈夫かい?」
 嵌口具を噛み締め、声を堪えようとする仕草を見せるばかりで、ガルマの問いには応えられない。
 何度か繰り返すが、すぐに足が閉じてきてしまう為なかなか進まない。
 焦れて、ガルマはシャアの両の太腿を手で押さえた。

 シャアはガルマの動作に、より深い微笑みを浮かべた。
 足を押さえながら、ガルマがぴたりと固まる。
 手で足を押さえた場合、結局肉茎に対して行える行為はただ一つに限られてしまう。
 それに思い至らないほどには、ガルマも子供ではなかった。
 しかし、躊躇いなくその行為を施せるほど、割り切った大人にもなれない。
 自分に出来る行為とするべき行為、そして、シャアの潤んだ瞳と頼りなげに伸ばされた手が脳裏を交錯する。

 …………ガルマにはやはり、唯一無二の親友を救う選択しかできなかった。
 暫くの躊躇の後、そこに唇を当てる。
 抗おうと藻掻く足を押さえ、蝋を歯で剥がしていく。
「っう……ぅ、ぁっ……」
 シャアの腰が浮く。ベッドヘッドの方へと擦り上がろうとするが、足を押さえられている為上手く行かない。
「シャア、そっとするから、動かないでくれ」
「んっ……ぁ…………」
 出来る限り自身には当たらぬよう、最新の注意を払う。しかし、そう巧くできる筈もなく、触れる歯だけではなく呼吸や舌も、シャアに苦痛となり得る程の感覚を与える。
 嵌口具に歯が当たり、ガチガチと硬い音を鳴らしていた。
 少しずつ先端が露わになる。赤黒く鬱血したそこは目を反らしたくなるような有様だったが、口を付ける前以上にはガルマは躊躇しなかった。
「ぅ……ふっ……くぅ……」
 意味を為さない音がただ洩れ続ける。シャアの優位も余裕も、この状態では無意味だった。さしものシャアも何も考えられない。ただひたすら、与えられる感覚に耐えるだけだった。
 嵌口具があったのは幸いだった。なければ、唇を食い破っていたかも知れない。
 爪がシーツを掻く。手探りにも頼れるものはそれしかなく、ぎゅっとシーツを掴む。しかし、もっと確かな頼りが欲しかった。
 片方の手を彷徨わせ、太腿を抑えているガルマの手に触れる。やっと探し当てたその指を絡ませ、強く掴む。
 それに促されるように、恐る恐るでぎこちなかったガルマの動きも次第にスムーズになってくる。

 先端を覆っていた蝋を完全に剥がし終えると、その先に覗く棒を歯で挟んだ。
 そして、ゆっくりと顔を引く。
「ぐ、っぅ……ぅあああぁぁっっ!!!!」
 抑えようもない悲鳴が上がる。がっちりと嵌口具を銜え込んだ喉の奥から、悲痛な叫びが上がり、ガルマの鼓膜を否応なく打ち付けた。
「っ、ぐ!!」
 ガルマの端正な顔が白い粘液に濡れる。受け止めきれず、ガルマは咳き込んだ。
「ぅ…………ぁっ……」
 ふらり、とシャアの頭が揺らぐ。ぽろりと口から嵌口具が零れ落ちた。
 下肢は棒を引き抜ききった瞬間に汚れていた。中で達しながら放出を許されなかった分と今の衝撃で達した分とが混じり合い、かなりの量となって流れ出ていた。

 慣れない匂いと味わいに、ガルマは暫し此岸に戻ってこられなかった。生々しく温い感触が頬を伝う。
 自分のもの以外を手にすることも初めてならば、当然、他人のものを顔で受けるなどということも初めての経験である。それも親友のものとなれば、茫然自失としたくなるのも道理だった。
 しかし、無意識にも流れているものが気にかかり、手に付いた分をぺろぺろと舐め取る。そして、手の甲で顔を拭い、それも舐め取る。
 自分が何をしているのか、全く認識できていなかった。

 先に我に返ったのはやはりシャアだった。
 行為にも、衝撃にも、精神的にも、自嘲したくなるほどに耐性がついている。
 軽く首を起こし、我を失っているガルマを見て小さく嗤う。
 下腹や茎は未だ痛みを訴えているが、それよりもこの先の行為と想定されるガルマの反応に更に笑みが零れる。
「ガルマ…………」
 そっと手を伸ばし、ガルマに触れる。それでも、ガルマは戻ってこられなかった。
 その反応に、微かな不安が過ぎる。壊してしまっては意味がない。
「ガルマ、大丈夫か? すまない……ガルマ」
「ん…………ぁ…………シャア…………?」
 ぼんやりとした瞳に微かな光が戻る。
「大丈夫か、ガルマ。すまない……君を汚してしまった……」
「ぇ……あ、あぁ!! いや、私こそ、すまない。大丈夫かい、シャア」
「ああ。ありがとう。御陰で随分楽になった」
「そうか……それはよかった」
 笑みが儚い。まだ、彼岸に引き擦られている。
「ガルマ、顔を洗ってくるといい。そのままでは匂うだろう?」
「後でシャワーを使うよ」
 髪にも白い液体が絡んでいる。服の襟や、袖、胸元もかなり汚れていた。

 シャアはなかなか動いてくれない四肢を叱咤し、起き上がった。
 そして、ガルマに手を伸ばし、髪を染める粘液を掬い取ってちろり、舐める。
「シャア!」
 かあっとガルマの顔が真っ赤に染まる。まだ女すら知らないガルマには、刺激が過ぎる。
 シャアはガルマの反応を目で楽しみながら、そっと躙り寄った。
 顔を寄せ、直接ガルマの髪や頬に舌を這わせ、自らの放ったものを舐め取る。
「シャア、よしてくれ……」
「君を穢したままでは申し訳ないからな」
 頬や首筋を舐め、それから手へ。何の力仕事も……MSの操縦さえたしなみ程度のガルマの手は皮膚が薄く柔らかだった。そこへ、傅くように顔を寄せ、犬が飼い主にそうするように舌を這わせる。
 ガルマは動けなかった。
 淫靡な赤い舌が、皓い皮膚の上を丹念に舐め取る。
「ぁ……シャア…………」

「…………ガルマ……私を……抱けるか?」
 シャアの問いに、ガルマは目を大きく見開いた。ただじっとシャアを見詰める。
 勿論考えた事もない。
 ただ、シャアの舌に、痴態に、背筋を撫でていく震えと何故か熱くなる男の証が、シャアの問いを否定出来なくしている。
「……君の兄上が使った薬が、私の中にまだかなり残っている。このまま放って置かれるのも辛い。…………どうだ?」
 ガルマを見上げる瞳はひどく潤んでいた。肩は震え、目元は紅く染まっている。
 懇願するように見詰められ、ガルマは否定も出来ないまま固まった。
 シャアは親友だ。しかし、この一線を越えることが、友情なのか、そうでないのか、ガルマには分からなかった。
「シャア、私は…………っ! シャア!!」
 どうにか逃れようと口を開いたガルマの足の狭間に、シャアの顔が埋まっていた。
 布越しに、少し興奮したものを舐める。
 ガルマは押し退けることも出来ずにただシャアの髪に指を絡ませた。
「出来ない相談ではなさそうだな、ガルマ。君のここだって、私を否定してはいないようだ」
「シャ……ア…………駄目…………」
「ガルマ。君の知らない快楽を、教えてあげよう」
 シャアの優位は揺るがない。
 ガルマには、シャアを拒否することも、この場から逃げ出すことも出来なかった。

続く

作 蒼下 綸

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