本日の作業予定を終え、食事を済ませる。
シャワーで一日の汗を流し、来るべき夜に備える。
……と言っても、ガルマには、何をどう用意すべきなのか殆ど分かってはいなかった。
それなりの教育は当然受けているものの、所詮四男である。上一人は亡くなったとは言え、兄が二人に姉が一人いれば末子であるガルマはその点気楽なものだ。妙なプレッシャーがない。
だからこそ、余計にそちらの方面には疎かった。
その辺りの女と気楽に付き合うわけにはいかない事だけはよくよく言い含められているから欲求は自然に手淫で晴らす事になるし、その事に取り立てて不満も疑問も覚えていない。
ガルマにはもっと他に気にかける事が多くあって、そちらで昇華されていた面も強い。
どうやら手慣れている様子のシャアに負けたくないが、どうしようもなかった。
「ガルマ、私だ」
インターフォンが鳴る。
ガルマは緊張して、込み上げる唾液を飲み込んだ。
「あっ、ああ、入っていい」
「失礼するよ」
入ってきたシャアも湯上がりらしく、皓い頬が仄かに上気している様だった。しっとりとした髪はいつもより少し色濃く見える。
同室なのだから幾度も見ている筈なのに、今のこの状況ではどうしようもなく意識してしまう。
「……さて、ガルマ。どうする気だ?」
後ろ手にロックを掛けたのが分かる。
「お茶でも淹れよう。…………座って」
「…………ああ」
促されて応接セットのソファへ軽く腰掛ける。
緊張で震えているのか、ガルマの手にしたティーポットがかたかたと鳴っているのが面白い。
シャアは足を組み、挑発的な笑みを浮かべてガルマを眺めた。
「っあ!」
視線を受けて緊張が極まったのだろう。
手が滑り、ポットが床に落ちる。幸い割れはしなかったが、茶を被る事になる。
「……く……っ……」
「大丈夫か、ガルマ」
「あっ…………ああ…………」
「火傷は」
「大丈夫だ。大した量ではないから」
「見せてみろ」
言うが早いか、ガルマの纏っていた部屋着を捲り上げる。
「し、シャア!!」
「……火傷にはなっていないな。よかった。君に傷を付けたら、私が君の兄上達に殺される」
うっすらと肌が赤くなっている部分があるが、もう殆どは引いている。
士官学校でそれなりの教育は受けているものの、ガルマの身体は本当にそれだけでしかなかった。肉付きが何処か薄く、肌も滑らかで柔らかそうだ。
「手を離せっ」
濡れた手のまま、必死でシャアを振り払う。
と、その手を取られてしまった。
「心配している友人に、酷い言い草だな」
「……すまない。だが……っ!!」
手を濡らした茶を拭い取る様に、シャアの舌が指を舐める。
血が沸騰した様だ。ガルマは、固まって動けなくなってしまう。皓い指に這わせられる赤い舌が淫靡だった。
「っ……ゃ……シャア、何……」
「タオルまで遠いからな」
指の先、付け根、掌と、丁寧に舌が辿る。
目眩がした。
優しく触れる感覚にぞくぞくと震えが背筋を走る。
「……私を抱くのだろう、ガルマ」
「…………そんな、僕は、ただ…………」
「抱き締めて、口付けるのだろう? それに、君は君を私にくれると言った」
上目遣いの視線が、壮絶なまでの光を放っている。
ガルマはそれに飲まれ、ただ固まったままシャアを見ている事しかできない。
「それとも、また君は出来もしない事を言ったのか? 出来る事なら、何でもすると言った筈なのに。君の「出来る事」というものは、やけに範囲が狭いらしいな」
「っ」
指先に軽く歯が立てられる。
「香りのいい茶葉だ。後で少し分けてくれないか」
「……っあ…………」
息が軽く触れるだけで、既にガルマは限界だった。
突き放していいものか、そのまま抱き締めればいいのかも分からない程に混乱する。
「…………これでは、私が君を犯している気分でつまらない。……ガルマ、私達は明日も仕事だ。するなら、早くして欲しい。出来るだけ休みたいからな」
漸くシャアの手が離れた。
呼吸をするのも苦しく、ガルマは喉元に手を当てて肩で息を継ぐ。
シャアの舌が触れた部分が、ちりちりと熱く疼いている。
そんなガルマを睨む様な目で見て、シャアはポケットから何かを取り出す。
ことり、とテーブルの上に置いた。
小さな瓶と、縁がギザギザとしたビニルに包まれた四角い何かが幾つか連なったもの。
「どうせ何も持っていないのだろう? 用意はしてきたから、使え」
「……何だ、これ……」
「ローションとコンドーム」
「っっ!!」
一瞬にしてガルマの顔が朱に染まる。
本当に、何も考えていなかった。
それ以前に、そう言った意味でシャアを抱こうとは、欠片も考えていなかった。
ただ、抱き締めたい、口付けたい、それだけで他には何も望んでいない。
喘ぐ様に口をぱくぱくと開閉させながら絶句するガルマに、シャアは心底呆れて溜息を吐く。
「…………ガルマ、使い方は分かるか?」
反応が返らない。
「…………仕方ないな。君はベッドへ仰向けになっているがいい。後は私が自分でするから」
腕を掴み、ベッドへと引き倒そうとする。しかし、ガルマはぎりぎりの所で踏み止まった。
「ガルマ、私を困らせてくれるな」
「……シャア……!」
腕が回される。
縋り付く様に強く抱き締められ、シャアは困惑した。
「僕は、君に劣情を抱いたりなどしない!」
「しかし、私は君を貰うと言った筈だ」
「それは……僕の立場だとか、名前だとか、そう言う事だろう?」
「……くっ……ぁは、ははははははははは!」
どうしようもない馬鹿だ。これだけ誘っているのに、何も理解していない。
反応はどれもシャアに好意を示すもので、その上性的な意味を十分に含ませての誘いにも抗わないのに清廉にも程がある。
ガトーにしても、もう少し気が利いていた。
「ガルマ、君は本当にお坊ちゃんだな。私がどんな風にして上を狙っているのか、この間君の兄上との件で十分に理解していると思っていたが」
「あの時は、君を助ける為に!」
「友情か? あれが」
「君が……苦しんでいたから」
「君も満更ではなかっただろう? てっきり、あの時の快楽の続きを教えて欲しいのかと思っていたが」
「ぅ、っ」
前触れもなく、ガルマの股間に触れる。ただ身を竦ませる様が幼い。抱き締めていた腕の力が僅かに緩んだ。
そのまま煽る様に手が蠢く。慣れない他人の手に反応はひどく素直だ。
「っ、くふ……」
噛み締めた唇が色を失くしている。その事に、シャアは微かな愉悦を覚えた。
「……君を嬲る気はないんだがな。それで、抱き締める他に、君は私に何をしてくれるんだったか?」
「……口付け、を……」
「ふぅん……」
目を閉じ、軽く頤を上げる。煽る手は止めない。
差し出されたそこに、ガルマは意を決して唇を押し当てた。
薄く、あまり柔らかくもないが、その温もりは心地いい。ガルマは事の完遂にうっとりと目を閉じた。物足りないのは、シャアだ。
苛立ちを隠せない。
子供だとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。
誘っても落ちないのは、まずその発想がない為なのだろう。その事で多少、シャアのプライドも救われる。
「っ…………」
焦れて、シャアは軽く口を開きガルマの唇を舌で辿った。途端にガルマは狼狽える。
繰り返し舌先で唇を撫でると、怖ず怖ずとガルマの口も開かれた。
するりと舌を滑り込ませ口内を嬲る。
「ぅ、ふ……っ……」
シャアの背に回った手が力なく服を掻く。
ガルマの膝を足で割り、手と膝頭でますます弄びながら、唇で犯す。
感じさせてやる義理はないが、ここまで来て引き下がる気もない。
手を下履きの中に入れ、直接に嬲ってやる。
「く、っぅ……」
引ける腰を引き寄せ、掌で弄う。
途端に熱く解ける息が堪らなく不愉快だった。
「ふぁ…………っ…………」
「くっ」
堪らず声を上げた弾みに犬歯が掛かり、シャアの唇が傷つけられる。淡い血の味が口に漂った。
「ぅ……っく……ぁ……」
返しに強く手にした茎を擦ってやる。慣れない場所への強過ぎる刺激は、痛みすら感じさせた。引き攣り跳ねる腰を、宥める様に撫でる。
「シャア……も……ぃやだ……」
「何を言っている。まだこれからだろう」
ふるふると首が横に振られる。
「ガルマ、君の望みは叶えた。次は私の番だ。君を貰うと言った。構わないな」
「…………僕に、何を……」
「ただベッドで横になっていてくれればいい。今は、他に何も望んでいないよ」
手を抜く。
先端から滲み始めていた粘液を掬い、ガルマの目の前で舐め取ってみせる。清純な頬が染まった。
「目でも瞑って、好きな女の顔でも思い浮かべていろ。それでいいから」
今度こそ、ガルマをベッドへと押し倒す。
ガルマも、緊張しながらも逆らわなかった。
仰向けになり、シャアの手に全てを委ねる。
シャアは軽く肩を竦め、コンドームの袋を歯で千切って開けた。
簡単にガルマの足から下履きを抜き取り肌を晒す。コンドームをガルマの勃ちあがりかけたものへと嵌めた。
「シャア、何を」
「君はじっとしていればいい」
シャアも下履きだけを脱ぎ落とす。
ローションを手に取り、暫く掌で温めてからよく指へと絡めた。
「っ、ぅ…………」
唇を噛み感覚に堪える。自らの指で、自らを犯す。
敵の、子の、前で。
身体を緩めなくてはならないのに、冷え切っていく感覚の所為で上手く行かない。
「ぁ…………」
ガルマが必死で目を背けているのは分かった。
「……ガルマ。私を見ろ」
ぱさぱさと髪が揺れる。
「見ろ!」
「ぅっ!!」
首に手を掛ける。目が見開かれた。
「か……っは……」
「苦しいか? だが……」
もういい。指を抜く。
ガルマの上へと覆い被さった。
「っ、ぁ……あ……」
くぷり、と濡れた音を立てて先端が含まれる。
躊躇いなく、一気に腰を下ろした。
「あ、っふ……っぅ……」
シャアを満たすに十分な質量がある。背が撓り、頭が打ち振るわれた。
首に押しつけた手が緩む。
「シャア!」
「……私の名を……呼ぶな……」
「しかし、」
薄いゴム一枚を隔てているとは言え、その内の熱や蠕動は十分に感じる。
ガルマが昂ぶるには、十分だった。
「……くっ……ぅ…………」
中はここへ来る前に清めてきてある。しかし、潤いもその他の支度も足りず、ガルマを受け入れきるにはやはり尚早だった。
痛みが勝り、暫く動けない。
「辛い……のか?」
自分の方が余程絶え絶えに息を荒くしながら尋ねる。
「…………話しかけるな」
全く余裕が感じられない様子に不安になる。ガルマは恐る恐る、シャアへ手を伸ばした。
頬に触れ、宥める様に腰を撫でる。
「っ……ふ……触るな……っ」
「……僕を君にあげているのに、辛そうにされるのは、厭だ」
「直ぐに馴染む。暫くこうしてくれていればいい!」
甘く優しい声など聞いていたくない。口を塞いでしまいたいが、衝撃の去らない身体では難しかった。
「シャア…………何故、無理ばかりするんだ」
涙の滲む眦をそっと指先で拭う。逃れる様にシャアは首を振ったが、それ以上は何も出来ない。
「…………望みが変わった。頼んでもいいか?」
「…………何だ……」
「君を、抱かせてくれ」
シャアが息を呑んだのが分かる。
ガルマは悲しげにシャアを見詰めた。無理をさせたくない。自分を相手に、身体を張って欲しくない。
「……僕は、君に気を使わせてばかりだ。済まないと思っている」
ゆっくりと身体を起こす。シャアの身体が硬直したのが分かるが、横になっているままでは自由に動けない。
「……力を抜いていて」
「…………っ…………ぅ……」
枕を引き寄せてシャアの背に当ててやりながら、じれったい程の動きで体勢を入れ替えていく。
シャアを横たえ、自身は膝立ちになる。
「……ぅ……くぅっ……」
「ごめん……辛い?」
尋ねれば首を横に振るが、顔は苦痛を示している。
身を屈め、シャアの頬に口付けた。
「シャア。君が欲しいだけ、僕を君にあげる。だから……お願いだから、無理はしないでくれ。君が好きでもない人に抱かれているのかと思うと、辛い。……アナベルの代理は、僕にさせてくれ」
そういう風に受け取ったのか。
何処か冷静な部分のある頭の片隅が、ガルマを侮蔑する。
まだ自分が特別だと思っている。この甘い坊やは。一番に憎んでいるのはガルマの事だというのに、全くその事に気付きもしないで。
「……代理など……要らない…………」
「済まない。そうだな……好きな人の代理になど、誰もなれない。だが……だからといって兄に抱かれるのは、間違っていると思う」
「……ガルマ……」
吐き気が込み上げる。
残酷な言葉が口を突いて出そうになる。言うにはまだ躊躇いがあった。
そのうちに殺す相手だ。その死が、より悲惨なものになる。
「っ…………」
考える程に、背筋に紛れもない快感が走った。雄を銜え込んだ蕾が疼いて収縮する。
「ぁ、っ……あ……」
茎を包む感触にガルマの方が余程辛そうな声を上げる。
言ってしまえ。
そう、理性が瓦解していく。
「……代わりなど………………ガトーが、代わりだったんだ。……君の」
後悔するのだろうか、自分は。ガルマにそう告げた事を。
ガルマの頬に手を添え、唇を奪う。
「ふっ……ぁ……」
腰を揺らし、ガルマを誘い込む。意図して締め上げてやると、熱に潤んだ吐息が洩れる。
このまま舌を噛み切ってやりたい。そう叫ぶ心を理性が押し止める。
ガルマに対して何処までも冷静さを失わない自分が、恨めしい。我を忘れてしまえれば、これ程辛くも思わないだろうに。
「やっ……ぁシャ……も、持たない……っ!」
「抱いてくれるのだろう? 私は、まだ満足できない。動いてくれ。……このままは、辛い」
「ん、ぅ……ん…………」
ガルマへ腕を伸ばし縋り付く様にしながら、物欲しげに腰を揺らす。
簡単に、落ちる。
もう大きさには随分と馴染んでいる。奥までは濡らされていないとは言え、ローションをそれなりに含んだ蕾は既にガルマを拒んではいなかった。
「……分かるな、ガルマ? 君が欲しい」
「シャア……」
透明な青に絡め取られ、視線も外せないままにガルマは抽送を始めた。
「ふ、くっ……」
押し殺す様な喘ぎが痛々しい。全てを飲み込んでやりたくて、ガルマは口付けで封じる。
深く、深く絡み合い、溶ける。
飲み込みきれず溢れた唾液が、互いの喉元を伝った。
「シャア……っあ……く…………」
慣れぬことには仕方がない。
狭く熱い肉の洞に擦られ極まる。
身体を硬直させ、放つ。
「はっ……ぁ……」
どろどろとしたものが身の内から暴発して、ガルマは呆然と身体を小刻みに震わせた。
僅かながら昂ぶりが解放される。だが、シャアは離さない。
「……シャア……あ…………」
「早いな。……もっと、君を感じさせてくれ」
シャアの呼吸も上がっているが、ガルマのそれ程ではない。
「……取り替えた方がいいな、コンドームは」
「っ……」
「んっ……ぅ……」
腰を引き、一度ガルマを退出させる。
ふるりと震えたシャアがどうしようもなく艶めかしく、抜き出したばかりの茎がぴくりと反応を示した。
手を伸ばして処理を手伝おうとするシャアの手を払う。そこまで手を借りるのは屈辱だ。
「僕が全部やる。…………任せてくれていい」
「ああ……焦らすな。早く……」
「ん……」
まごつきつつもコンドームを取り替えながらシャアと唇を合わせる。片時も離れていたくない。
シャアは、自分を選んでくれた。その喜びがガルマを満たしていた。
再び、挑み掛かる。
出来る限り多くの所を接していたくて、唇や下肢の一点だけではなく、掌を合わせる様に繋ぐ。身を屈めると、筋肉で張りのいい胸や腹の一部も触れ合った。
シャアが慣れているのは、全く経験のないガルマにも分かる。
だからこそ、その余裕が憎く、またもの悲しい。
ガトーを代わりにするくらいなら初めから自分を求めてくれたら良かった。
その他の誰に抱かれるより自分だけを求めてくれたら良かった。
シャアは、そうまでして気遣ってくれていたのだろう。そう、純粋にも信じる。
「ふ、っぅ……く……」
腹でシャア自身が擦れている。互いに上半身は服を着たままだ。布に先端の蜜を吸われ、擦れているのが痛いのだろう。片手を解き、そっとそこを手で包んでやる。
「ぅ、っ!」
「……く、ぅ……シャア……っ」
優しくしたつもりだが、張り詰めていたそこへは強い刺激だったのだろう。蕾が強く竦み、ガルマを締め付ける。
「いって、いいんだよ」
先に一度達しているガルマにはまだ余裕がある。
しかし、シャアは強く首を振った。
ガルマの優しげな手が、堪らなく不愉快だ。
次第にその熱に翻弄され始める自分も、不快だった。
ガルマを求めてなどいない。ガルマなど要らない。殺すのだ。この男のことは。
しかし、ガルマの抱き方はこれまでシャアが経験した誰とも違っていた。
勿論技巧があるわけではない。それはむしろ如何にも初めてらしく稚拙だ。
ただ、どうしようもない程、優しかった。
込み上げるのが、吐き気なのか、嗚咽なのか、最早分からない。
片方だけ解放されている手と、揺さぶられるままの両足とでガルマの身体を引き寄せる。
ガルマがザビ家の人間でなければ……もっと、欲しいと思えたのだろうか。
この熱を嬉しいと思えたのだろうか。この優しさを…………愛せたのだろうか。
「ぅ、ふ……」
眦から温い水が流れる。
感じているからだ。下衆な男に感じさせられているからだ。そう、強く念じようとする。
逃れようと頭を振るが、絡め取られた舌と片方だけ繋ぎ合わせられた手が許してくれない。
違う。
つきんと胸を重い痛みが貫く。
食らいつくしてしまいたい。
「要らない」のではなく、全てが、「欲しい」のだ。
気付きたくない。完全に否定してしまわなくてはならない感情だ。それなのに。
「あ、っく……ぅ、うっ……」
シャアの中で、何かが弾けた。
気がつけば、全ての熱は朧気になっていた。
上手く絞れていないタオルが額に乗せられて、水が額から頬へと滴っている。
「……ガルマ?」
声が掠れている。
そんなに叫んだだろうか。我を忘れる程。
「気かついたかい? 驚いたよ。君がそんなに……辛いと思わなかったから」
「……いや……辛くは、なかった…………」
大失態だった。ガルマには、一番見られてはならなかった姿だ。
「一通り身体は清めたが……気持ちの悪い所や痛む所はないか?」
「……いや…………」
起き上がると濡れたタオルが腹の上へと滑り落ちる。ガルマなりの努力の跡は見えた。
箍を外してしまえば、ガルマを貪る事に躊躇いはなかった。
絞り尽くしてやるつもりだったが、結局先に落ちたのが自分だという事が、余計に腹立たしかった。
感じすぎただとか、そういう事ではない。ただ、酷く気分が悪かった事は覚えている。
どれだけ乱れても蔑むことなく甘く優しく接してくるガルマを殺してやりたかった。しかしその時ではない今はどうしようもない。その為に意識を自閉してしまったのだろうと、今なら想像がつく。
ガルマに優しくされて悦ぶなど、絶対にあってはならない事なのだから。
「シャワーを浴びるか? 手伝うよ」
「いや…………だが、ここで眠らせてくれ」
「それは勿論。動けるか? シーツを敷き直す」
「…………ガルマ、ここへ来てくれ……」
タオルを床へ投げ、ガルマを手招きする。薄く頬を染めて近寄ってくる様は、愛らしいと言えば愛らしいのだろう。
再び込み上げる吐き気に顔を顰める。
ただ蔑むだけでいい相手なら、こんなに苦しくはないのだろう。
「君は、私を愛してくれるだろうか。こんな、私を」
堕ちる所まで堕としてやるしか、もう自分の気が済むとは思えなかった。
「ガルマ……答えてくれ。こんな私を、愛せるか」
拒む答えなどは許さない。
死に逝く直前まで、この想いに苦しむがいい。
「……愛せもしないのに、君を抱きたいとは思わない。愛しているとも。勿論」
生真面目な返答に満足して、シャアは深く息を吐いた。
腕を伸ばしてガルマへと体重を預け、起き上がる。
「ソファへ。……シーツを直すのだろう?」
「ああ」
半ば抱き上げる様にしてシャアを移す。
しなやかな肢体にガルマは目眩を覚えた。シャアの痴態はまだ強く脳裏に焼き付いている。
弱く頭を振り、振り払う。消耗している様に見える者へ、もうこれ以上挑み掛かる気にはならなかった。ガルマ自身、もう十分に発散している。
慣れぬ手つきでシーツを張り替えるガルマを眺めることなく、シャアはソファの上で目を閉じた。
これ以上何を感じるのも厭だ。
泥の様に眠りたい、ただ、それだけだった。
終
作 蒼下 綸