「下ろせよ! 畜生っ!!」
 ひたすら暴れるがガトーの腕は一切緩まない。
 それどころか、偶さかに思い切り頭を殴りつけられて目の奥に光が散った。
 デッキから居住区は少しばかり距離がある。その間にすれ違う人がないでもなかったが、ガトーの顔と勢いに皆逃げていく。
 今のガトーなら、単機で出撃しても敵を一掃できそうだった。
 しかし、

「やぁ、ガトーにウラキ中尉、アムロを見なかったかな」
 ……空気を読まない人間というものは、何処にでもいるものである。
 ガトーの放つ殺気もものともせず、妙におめでたい金髪の男が通りすがり声を掛けてくる。
 ぎろり、とそれだけで人を殺せそうな視線が向けられたが、クワトロは軽く肩を竦めただけだった。
「ウラキ中尉、何かしたのかな? 早く謝った方がいいぞ」
「俺は何もしてませんっ! 下ろせ、ガトーっ!!」
 肩に担ぎ上げられている様は恥ずかしくてならない。
 しかし、ガトーはやはり動じなかった。
 コウもそのままに、つかつかとクワトロに歩み寄る。
 大体、この男がアムロを御していないから悪いのではないか。恋人なら、他へ目が行かない様に自分の所へ縫い止めておいて欲しい。
「な、何だ?」
 真正面の至近距離に立たれると、さしものクワトロも身構える。
 そのままずんずんと距離を詰められ、クワトロは壁へと追い詰められる。
 顔から余裕が消え、額に冷や汗が滲んだ。
「……ガトー? 私が、何かしたか」
「貴様の責任だ!」
「な、っんっ……く……」
 コウは目の前で繰り広げられる阿鼻叫喚図に、ざーっと自らの血の気が引いていく音を聞いた気がした。

 理解が出来ない。目が拒否している。
 ガトーは片手でコウを支えつつ、クワトロの後頭部を鷲掴みにしていた。
 その顔が合わさっている。
 コウの視界からはクワトロの後頭部しか見えないが、その余りの近さに、何をしているのかは大体分かってしまう。
 しかし、分からなかった。理解不能だ。
「っ……んっ……んー……!!」
 くぐもった声からも、状況は分かる。
 しかし、やはり分からない。
 コウの頭の中はただ真っ白だった。

 ややあって。
 くちり、と濡れた音が聞こえ、コウは我に返った。
「………………っ〜〜〜〜!!!! 何やってるんだ、ガトーっ!! っ、うわっ!」
 叫ぶのとほぼ同時に、コウの身体が振り落とされる。咄嗟に壁に手を付いて身体を反転させると、コウは直ぐさまガトーに掴み掛かった。
 そのお陰で、しっかりと見てしまう。
 スクリーングラス越しで目元は分からないものの、クワトロの白い顔は怒りなのかその他なのか分からない熱に、上気していた。
 抵抗と言うには微かすぎるクワトロの動きを空いた手と身体で封じ、コウに尚更見せつける様に口付けているのが分かる。
 舌、なのだろう。偶に頬が不自然に膨らんだ。
「ん……っぅ、く……」
 状況の異様さと恐ろしさに、コウの血の気は未だ戻ってこない。いっそ気でも失ってしまいたい程だったが、完全無欠の健康体にはどだい無理な話だった。
「ガトー」
 何故にこの様な事になっているのか理解できないながら、ガトーの奇行の原因が自分にあることだけはうっすらと悟る。
「ガトぉ……!」
 クワトロが抵抗しないのも分からない。
 思い切りガトーに飛びついて、引き離そうと試みる。
 バーニィと話していたのを見た時より更に最悪だ。
「大尉も、何で!!」
 叫ぶ。
 漸く、クワトロの腕が動いた。

「っは、っ……ぁ……っ……ガトー……きみ……」
 クワトロの抵抗は、さすがに封じはしない。ガトーは手を離した。
 壁に背を付けずるずると座り込み、ガトーを睨み見上げる。
「何をする……君は……」
 声が地を這う様だ。
 口を拭うことも忘れている。
 赤く濡れた唇がコウに、たっぷりと状況を見せつけていた。
「何で、ガトー……っ!」
「何事なのだ一体」
「貴様がアムロ大尉を御していないからだ!」
「アムロ?……アムロが、どうしたのだ」
 すっくと立ち上がる。アムロに関してだけは、切り替えが早い。
 しかしガトーは答えず、ただクワトロの胸倉を掴んで壁へと押しつけた。
「貴様が満足させないから、副艦長ともあろう者が艦内風紀を乱すのだ」
「満足させていない、だと」
 さしものクワトロも気色ばむ。それだけは聞き捨てならない。
 例えあまり出撃命令を受けないにしても、その前後のアムロのケアには精一杯努めているつもりだし、作戦やその他参謀としての役割は果たしていると自負している。
 ケア、と言うのには、勿論この狭くも娯楽が少なく、何事にも発散の場のない戦艦内に於ける性的な面を多分に含んでもいるつもりだ。

「君がそうまで怒ると言うことは……ああ」
 グラスを外し、ちらりとコウを流し見て唇に笑みを浮かべる。
 凄絶なまでの色香に、コウは身を竦ませた。クワトロの視線は、何処か心臓に悪い気がする。
 頬に朱を走らせたコウの首根を、ガトーは力強く掴んだ。
 クワトロとコウをそれぞれ片手で押さえるのはさしものガトーでも難しい。
「っ、何だよ! ガトー変だぞ、さっきからっ!」
「……まったく……痴話喧嘩に私達を巻き込んでくれるな」
 ガトーの手を掴む。
 掴んだ腕の筋の内側へと指を差し込む様に力を込めると、ガトーの手も緩んだ。
「それで、今のがウラキ中尉へのお仕置きの一つだというのか、ガトー。……君らしくもないな。正気になれ。私のことなど、蛇蝎のごとく嫌っている癖に」
「私は至って正気だ」
「……だそうだよ、中尉。愛されているな」
 思い出した様に舌先で濡れた唇を舐め取る。
 コウは背筋にぞわりと震えが走るのを感じた。
「アムロにもお仕置きが必要の様だな」
「縛り付けてでも、コウの側に近寄らせるな」
「だが、アムロが出撃しなくては、勝てる戦いも勝てなくなる。戦場では……私は守れないな。君が片時も離れずウラキ中尉を守ればいい」
「ほんの僅か目を離した隙にこの様だ」
「……アムロにも困ったものだな……。ウラキ中尉を弟か息子の様に可愛がっているのは分かる話だが。ガトー、君も気をつけることだ。アムロの他にも、狙う者だっているかも知れない。これだけの逸材なら、女性だって放っては置かないだろう。ニナ君の他にもな。ああ…………私だって」
「…………死にたいか」
「いや。……だが、私に分がある気がするな、今の君よりは。……ウラキ中尉。こんな男は放っておいて、私と楽しいことをしないか?」
 手を差し伸べられる。コウはその手を取りかけて……我に返った様に思い切り首を横に振った。
 今のクワトロはコウの敵だ。
 ニナに、バーニィに、クワトロ。
 少し前にクワトロから聞いたガトーの好みを思い出す。黒髪に黒い瞳の自分は、それこそ本当に不利だ。

「私も嫌われたものだな」
「大尉は何で抵抗しないんですか!?」
「抵抗? ああ…………あんまり驚いたものでね。真っ白になりもするだろう。ガトーなんぞに、いきなり噛みつかれたら。食われるかと思った」
「大尉はガトーのこと嫌いじゃないんでしょう!?」
 必死の詰問に、クワトロはコウの全てを察し、微笑みを深くした。
 可愛らしい嫉妬だ。
 アムロもこれくらい嫉妬してくれたらもっと可愛らしいというのに。
「嫌いでは、ないな。確かに」
 ちらりとガトーを見る。全く、この二人の恋愛というものは眺めている分には素晴らしい娯楽だ。
「だからといって、当然性愛の対象になるわけではないがね。……自分で言ってもぞっとしないな」
「本当に?」
 肩を竦めるしかない。自分よりナリの大きな男など基本的にはごめん被る。
 人間的な好き嫌いと、性愛対象かどうかと、更には損か得かと、それはそれぞれに違うものだ。
 しかし、盲目的になっているコウは納得できなかった。
 クワトロの方がずっと綺麗だし、ガトーが好みそうな金髪碧眼である。
 クワトロ程は無理でも、せめてバーニィ辺りに近付く手はないものか。
 ぐっと拳を握る。
 そして、昔、キースに聞いたことがある方法を思い至った。
 まだ首根を掴んでいたガトーの手を振り払う。
「何処へ行く気だ」
「うるさいっ! 待ってろよ、ガトーっ!!」
「コウ! ちぃっ! シャア!! 貴様との決着は後ほど付ける!」
「……決着も何も、勝負にすらなっていないのだがな……」
 壁や床を蹴り逃げ去っていくコウをガトーは慌てて追う。
 完全に巻き込まれダシにされた形のクワトロは、それでも呆れた溜息を一つついただけに留めてアムロを探しに向かった。
 こちらも、それはそれでいいネタが出来たのだから、よしとすることにする。
 ガトーのキスも、まあ、下手ではなかった。それなりに、焚き付けられる程には。
 アムロに下すお仕置きを考えながら、クワトロはにやりと厭な笑みを口元に浮かべた。


「ハサン先生!! 過酸化水素水ありませんかっ!?」
 駆け込んだ医務室でコウはハサンに掴み掛かった。
「過酸化水素水?……あるにはあるが……どうしたね。怪我かい?」
 取り敢えず、と差し出された小さなディスペンサーには目もくれない。
「ボトルで下さいっ!」
「飲み物じゃないぞ」
「知ってます!」
「右から二つめの棚の上から三段目に入っている。少し濃度が高いから気をつけた方がいい。同じ棚に精製水が入っているから10%に希釈して使うんだぞ。手に触れない様に、手袋はこっちに」
 コウの勢いに負ける。
 希釈する前のものは少し濃度が高い。直接肌に触れると炎症を起こすが、コウも子供ではないのだし渡してもそう問題はないと思われた。
 コウはハサンから離れると、棚に駆け寄った。目当てのボトルを見つけると、意を決して取り出す。
「洗面器ありますか」
「……洗面器?」
「薄めるんでしょう?」
「…………ウラキ中尉、何に使うつもりなのか、聞いてもいいかな?」
「脱色するんです、髪を!」
 高らかに宣言した直後、折良くガトーが追いついてドアを開けた。

「何をしている!」
「うるさいっ! 待ってろって言っただろ!」
 ボトルを手に手洗い場へ向かう。
 ガトーが待つ筈もない。直ぐに追いかけコウを押さえつけると、手からボトルを奪った。
「返せっ!」
「……過酸化水素? 何をする気だ貴様」
 消毒以外の用途がガトーには浮かばない。
「傷むから止めた方がいいと思うがなぁ」
「ハサン先生も黙ってて下さい! 金髪になるんだから!!」
「金髪……だと」
 思わず唖然として呟いたガトーを、キッと睨み付ける。
 激昂し過ぎて、黒い瞳が潤んできらきらとしていた。
「…………貴様、馬鹿だとは思っていたが……」
「カラーコンタクトはこんな所じゃ手に入らないけど、髪くらいは金色に出来る!」
「貴様は!!」
 思い切り頭を殴りつける。
「くっ、ぅ〜〜〜〜」
 目の奥に火花が散った。頭を抱え、蹲る。
「許さんぞ、この愚か者が! 何故そんなことを考える!」
「だってガトー、金髪の方が好きじゃないか!」
「馬鹿な!」

 ハサンはそっと席を立った。
 どう聞いても痴話喧嘩にしか思えない。居るだけ野暮というものだろう。ここでやるなら自室でしろと怒鳴ってやりたい気もするが、今の迫力の二人に突っ込みを入れる気には、あまりならない。
 静かに部屋を出て行っても、睨み合っている二人は気付きもしなかった。

「何故その様に愚かな考えに至ったのか、聞かせて貰おうか」
 コウが金髪などになったところで腹立たしいだけである。
 黒く艶やかな髪を掴んだ。指に絡め強く引っ張る。
 コウの性質をそのまま表しているかの様だ。澱みもなく美しい色合いに、癖のない素直な直毛は大変に好もしい。
 それを染めて、どうしようというのか。
「だって、ガトー金髪の方が好きなんだろ」
「誰がそんなことを言った」
「ニナと付き合ってたし、バーニィと凄く仲いいし、クワトロ大尉とキスするし!! それに、クワトロ大尉が言ってた! ガトーが昔付き合ってたのって、金髪碧眼の美人ばっかりだったって!!」
「くだらん! 貴様、そんなデマごときで、この髪を傷めるというのか!!」
「っっ」
 髪を掴んだまま引き上げる。
 釣られて立ち上がるものの頭皮が悲鳴を上げ、コウは苦痛に顔を歪ませた。
「離せっ! ぅ、あぁっ!!」
 足が浮いた。
「痛い! ガトー、厭だっ」
 必死で爪先を伸ばし、床に触れさせる。
「クワトロ大尉から何を聞いたかは知らんが、私が外見で人を選ぶ男だと思っているのか。未熟者が!」
「じゃあ何でバーニィに笑ったり、クワトロ大尉とキスしたりするんだよ!」
「……嫉妬したのか」
「違う!」
「では、何だ」
 怒っているのはガトーの方だ。ただでさえアムロはコウに触れ過ぎる。
「貴様こそ、アムロ大尉と口付けただろうが! 他人に言えた義理か!」
「不可抗力だろ!」
「貴様の方が腕力があるだろうが! 何故抗わなかった」
「だってビックリしたし……」
 ぎろりと睨まれ、直ぐにくっと唇を引き結ぶ。
 言い訳をガトーが好まないことは知っている。自分でも明確な理由が分からない以上、何を言っても言い訳だと、よりガトーは怒るのに違いなかった。
「俺はアムロさんにキスされたけど、ガトーはクワトロ大尉にしたろ! どっちが酷いんだよ!!」
「先に私に見せつけたのは貴様だ」
「見せつけたって、何を」
「貴様は、私の何だ! それが、何故私の目の前で他の……それも女ではない相手と口付けて平然としている! ふしだらな!!」
「…………ガトーこそ、嫉妬してるのか?」
「っっ!!」
「確かに俺はアムロさんにキスされたけど、俺がしたかったんじゃないし俺からしたわけでもない! ガトーに怒られる筋合いなんかないだろ! ガトーは、自分から大尉にキスしたくせに!!」
 本当に泣き出しそうだ。
 込み上げそうになる嗚咽を飲み込み、妙な風に喉が鳴った。

 涙を堪える様に歪んだ顔に、ガトーも微かな冷静さを取り戻し始める。
 これでは自分もコウと同等だ。怒りで我を失いかけていたが、これは頂けない。
 下腹に力を込め、息を深く吐いて気を落ち着ける様努める。
 子供の口喧嘩に付き合って我が身まで貶める必要はないのだ。
 そして漸く、ハサンが退室していることに気がついた。
 コウを床へ降ろし、手を除ける。
 握った拳を震わせコウは俯いた。
「……お前は、私が……クワトロ大尉に口付けた時、どう思った」
「凄く厭だった」
「私も、お前にアムロ大尉が口付けた時、そう思ったのだ」
「……それだけじゃない。ガトーが凄く優しい顔で、バーニィと話してたのも、厭だ。俺には……全然笑ってくれないのに!」
「ああ…………」
 子供の我が儘、そう言いきってしまうのは容易いが、それ以上にその拗ねる様が可愛らしい。
 責任を取れないなら渡さない、そうアムロは言っていた。
 自分では十分に責任を持っているつもりでいたが、コウの未成熟な部分まで引き受けられなければ同じ事だとアムロは言いたかったのだろう。
 結局は、自業自得と言う事なのか。……随分釈然としないにしても、コウが相手では仕方がないのだろう。
「ワイズマン伍長は弟の様なものだ。お前もそれでいいと言うなら、優しくもしようが」
「弟…………?」
「兄弟に口付けたり、その先を考えたりなどはせん。それでいいのか」
「……厭だ」
「なら、下らない嫉妬をするな」
「でも……厭なんだ」
 潤む目でガトーを睨む。きかん気の強い子供そのままだ。
「お前がキース中尉と話している時と同じだ。私がそんなものにまで嫉妬しては、おかしいだろう?」
「してよ、嫉妬!」
 叫ぶなり、コウはガトーに飛びついた。

「俺ばっかりガトーのことが好きなんじゃないって」
「先日はっきりと言っただろう。私の言葉が偽りだとでも思うのか」
「違う! だけど!!」
 自分ばかりではなく、もっとガトーにも自分に対して我が儘になって欲しい。
 しかし上手く言葉に出来ずただ強く抱き付いた。
「ガトーが持ってる顔、全部見せてよ。怒るのはいっぱい見たけど……俺にも笑って」
「コウ……」
 鬱陶しいと思う前に、愛おしさが込み上げる。
 抱き返し、口付けようとしたが、しかしコウは顔を背けてガトーの口を手で覆った。
「厭だ、ガトー!」
「何故だ」
「……クワトロ大尉にキスしたままの口で、俺に触るな」
 我が儘で、潔癖。清冽なまでの怒りを秘めた瞳が美しい。青々と茂る竹の様な性分が堪らなかった。
「お互い様だ。諦めろ」
「なっ、っう……うぅ〜〜」
 頤を捉え、噛みつく様に唇を合わせる。
 顔を振って逃れようとしたが、叶わない。
 厭だ。生理的な嫌悪感が込み上げる。知らぬ唇ではないが、今だけは、堪えられそうにない。
 どうしようもなくなって、とうとう堰を切った様に涙が溢れ出した。

「ぅ、ふ……くぅっ」
「っ! ちぃっ! やってくれる」
 口の中にうっすらと鉄錆びた味と香りが広がっていた。ガトーは眉を顰める。
 容赦なく噛まれた舌が痛い。
「…………ガトーなんか、嫌いだ……」
 顔を伏せ、目の前の厚い胸板に額を押しつける。
「大っ嫌いだ!」
「子供の様な駄々を捏ねるな」
 嫌いだという癖にガトーに抱き付く腕の力は全く緩められない。
 涙も洟も全部をガトーに擦り付ける様に顔を擦り寄せる。
「…………コウ、顔を上げろ」
「厭だ」
「せめて腕を解け。これでは動けん」
「厭だっ!」
 艶やかな翠髪を見下ろす。
 これを無茶な手段で染めてしまおうとする程に金の髪の彼らに嫉妬するコウの、自分への傾倒ぶりが愛おしくもあり、怖くもあった。
 今のコウでは、ガトー次第で如何様にも染まってしまうだろう。白いままで置いておくのも、黒く染め上げてしまうのも、ガトーの匙加減一つだ。
 引き受けるだけの覚悟は疾うに決めているが、一層腹帯を締めて掛からねばならない気持ちになる。
「コウ……お前という奴は……」
 耳元で囁いてやると、ひくりと身体が震えた。
 嫌々をする様に首を振る。
 ガトーはコウの肩を掴むと無理に引き離し、少しばかり腰を屈めて目線を合わせた。コウの手はそれでも、ガトーの背を掴んだままだ。

「…………私は、今以上に嫉妬してもよいのか」
「ガトーは全然してくれないじゃないか」
 睨む為に僅かに顔が上げられる。
 への字に口を曲げた表情は、本来の年齢をひどく曖昧にさせる。
「……お前の目に私がどう見えているのかは知らん。だが……同じだ、私も。お前を縛り付けてしまいたくなる」
「それでもいい! ガトーだけ見て、ガトーのことだけ考えて、ガトーにだけ触って、ガトーとだけ戦って……それが許されるなら、それでいい!」
「頭を冷やせ」
「ガトーが俺だけを見て、俺のことだけ考えて、俺にだけ触って、俺とだけ戦ってくれるならいいのに」
「ああ…………」
 思わず溜息が零れた。
 幸せなことだろう、それは。
 ……だが、出来る筈のない夢物語だ。
「…………許せ。口付けたい」
「………………厭だ」
「お前の唇からアムロ大尉を払拭してしまいたい。お前も……私から、クワトロ大尉を消し去ってくれ」
「もう……しない?」
 恨めしそうな視線が見上げる。
 まだ涙は失せていなかった。
「ああ。もう二度と……あの男に触れたくなどない。お前も、私を嫉妬させてくれるな。次は……お前を懲罰房へでも閉じ込めてしまうかもしれん」
「……何もかも終わったら、それでもいい」
 分かっていないのだろう。コウの瞳には何の澱みもない。
 黒々と潤んだ瞳に映る自分の姿に、理由も分からぬまま胸を掴まれた気になる。
「言葉は、もっとよく考えてから発するものだ」
「考えても、答えは変わらない」
 本当に、子供だ。
 監禁などしたらどうなるのか……本当に、分かっていない。
「…………お前には、一度よく教えてやらねばならんな」
「何を?」
「男の性だ」
「サガ?」
「一つ一つ教えていこう。全てが終わったら」
「うん。……全部、終わったら、ぁ、ぅん……」
 もうこれ以上、耳馴染みのいい声を聞いているだけなのは堪えられない。
 ガトーはコウの口を唇で塞いだ。
 そのまま身体で押しきり、一番近くのベッドへと縺れ込む。

「ん、っんぅ……っは、ぁ……ここで、するのか?」
「先生が気を利かせて下さったことだしな」
「誰か来たら、」
「鍵を掛ければ問題はない」
「でも」
「黙れ」
「っあ、ふ、っ」
 乱暴に服を脱がせた手がそのまま下履きの中へと入り込む。
 コウはまだ慣れることの出来ない湧き上がる感覚にぎゅっと目を瞑り、ガトーの首へ腕を絡めて縋り付いた。

 外では、ハサンから簡単な報告を受けたアムロに依託されたカミーユやそもそもコウのことが心配なキース達が、様子を伺っていることを知りもしないで。


作  蒼下 綸

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