そう、仕向けるのは容易いことだった。
 その為に──その為だけに、顔も身体も磨き上げてきたのだ。

 のし上がる為に。

 己の全てを捨てて、賭けて。

「どうした。初めてというわけでもないのだろう?」
「……は」
 その前に跪く。
 目的を遂げる為ならば、そう、こんな男に屈してみせるのも簡単な話だ。

「シャア・アズナブル……いや、敢えて、キャスバルと、そう呼び慣わした方がよいか?」
 ひくり。震えた肩を見逃さず、ギレンは目を細めた。
「…………よく、お気づきになられました」
「私と貴様の年齢差、分からぬ道理もなかろう」
 手が伸び、顔を上げさせられる。大きな骨張った手が、兜と仮面を取り払っていく。

  「変わらんな」
 頤に手が掛かり、更に顔が引き上げられた。
 シャアは臆することなくギレンを真っ直ぐに見詰める。
 ギレンに小賢しい細工が通じないのは承知の上だ。
「幼き頃の私を、覚えておいでなのですか」
「お前が姿を消したのは8年ほど前か……かつての面影はまだ、色濃いな」
 鋭い形に切り揃えられた爪が、柔らかみを残した頬の線を辿る。
「ガルマは知らぬのだろうな」
「……恐らく」
「愚かなことだ。幼き日に、共に過ごした記憶もあろうに」

「……っ」

 爪が立てられ、頬に血が滲む。
「ふん……確かに赤がよく似合う」
 僅かに流れたそれを指の腹で掬って舐め、ギレンは口元を歪める様にして嗤った。
「キシリア辺りは、そのうちに気付くのだろうな」
「覚悟はしております」
「よい心がけだ」
「お褒め頂き、光栄です」
 シャアの言葉には全く澱みがなかった。ギレンは、殊更楽しげに嗤う。

「それで、貴様は私をどの様に楽しませてくれるというのだ」
「……閣下のお望みの侭に……」
 その言葉は、十分な引き金となった。

「悔しかろうな」
 余程機嫌が良いのだろう。口の端と双眸に笑みが絶えない。
 ヴン……と、低い振動音が聞こえていた。
 苦痛と快楽に歪む美貌。噛み締めた唇には血が滲んでいる。
「父を殺した男の息子に嬲られる気分はどうだ?」
 目を閉ざして緩く首を振る。応える言葉を探す前に思考は散逸した。
 薬物に因り、四肢に力は入らない。そのくせ、感覚だけはやけに研ぎ澄まされていた。
 妙に自身は昂ぶっているが、両手には手錠がかけられベッドヘッドに繋がれていた。望みは叶えられず、ただ燻る熱に腰が揺らぐ。

「どうした。私以外に人もおらぬ。存分に声を上げても、私が聞くだけだ。問題はなかろう?」
 手袋を嵌めた指先が唇を辿る。シャアは逃れる様に顔を背けた。ナイトテーブルに置かれたランプからの淡く暖かみのある光に軽く瞼を閉ざす。
「仕置きが欲しいのか?」
 緩やかに首を振っても、当然の様にギレンは視界に入れようとしない。
「仕方がない。息子がこの様に淫らだったとは、ジオン・ダイクン閣下もご存じないまま亡くなられてよかったのだろうな」
「……っ……く……」
 触れられぬ侭立ち上がっていた物に触れ、ギレンが笑みを深くする。
「簡単にイかれては、つまらんからな」
 低く振動を続ける異物が押し開いている穴の襞を辿り、軽く指でその玩具を更に奥へと押し込む。
「っぁ!……ぁ……ぅ……」
「じっとしていろ。傷付きたくなければな」
 そそり立つ欲望を手に持ち、ナイトテーブルの引き出しから何かを探り出す。
「決して動くな」
 そう厳しくも嗤いを含んだ声音で言い置いて、欲望の先に何かを押し当てる。

「ひっ……あ、ぁ……か、閣下!! あぁぁっ!!!!」
 激しく手錠の金属が触れ合う。シャアは何とかギレンから逃れようと、必死で藻掻いていた。
 そこに、先程までの余裕はない。

 直接に尿道を擦られる感覚に背が撓り、腰が浮く。抑えようもなく、悲鳴に似た声が漏れ続けた。
「動くな。……ああ、傷が……ふむ、まあ、やはり、貴様には血が似合うが」
 尋常ではない痛みが肉茎から伝わる。しかし、それを上回る強すぎる刺激が、余計に困惑を招いていた。

 細い金属の棒が尿道に差し込まれている。激しく動いた為に傷付いたのだろう。金属と肉の狭間から血が滲み出ていた。
「ひっ……ひぐっ……」
 全ての感覚に耐えようと、シャアは唇を強く噛み締める。くらりと意識が揺らいだが、ギレンの手と痛みがそれを許さない。抑えようもない射精感が渦を巻くが、出口を塞がれてはそれも許されなかった。
「目立つところに傷は作るな」
 一度場から離れ、ギレンはスティック状の嵌口具を取ってシャアの口に嵌めた。そして手首も手錠から皮のリストバンドに似た形状の物に変える。両腕の間に狭間はなく、肘に近い辺りまでしっかり釦で留め合わせられる。
「く……ぅ……ふっ……」
 一つ一つ束縛する物が増える度に恐怖心が増していく。次第に色を無くしていく貌に、ギレンは例えようもない充足感を覚えた。
 固い棒を噛み締め、生理的な涙に滲む視界でギレンを見詰める。こんな様に追い込まれても、未だ誘ったのは自分なのだと理解している様で、感情の隠(こも)らない瞳だった。

 その、どこか屈し切らない瞳の奥に潜む光に、ぞくりとする程の色香がある。
「……そうして、幾人の男を誘ってきた?」
 長い睫に沿う様に指を這わせる。
 拒む様に目を瞑り顔を背けたシャアに、ギレンの表情がすっと冷たく凍った。
「仕置きが足りんようだな」
 一瞬にしてシャアの表情が強張る。大きく目を見開いて唇を戦慄かせる。

 これ以上、どんな陵辱があるというのか。

 別に、男に抱かれるのはこれが初めてではない。そこそこに酷い抱かれ方をしたことは幾度もあるし、強姦まがいだったことも、輪姦まがいだったことも、ないわけではない。
 だが、今回ばかりは程度が違った。
「良い声で啼け」

 ふとナイトテーブルから明かりが消える。

「んぐっ、ぁ、ぅあぁぁぁ──────────!!!!」

 疑問に思う間も与えられなかった。
 凄まじい熱が股間を襲う。先ほどの痛みも感覚も醒めやらぬ、やたらと過敏になったそこへ、一滴、また一滴とひどく高温の液体が落ちる。
「くぅ……んぅ……」
 ひくひくと全身が引き攣る。過ぎる感覚にどこか神経回路が焼き切れでもしたかの様だった。のたうち回るにも至れず、ただ硬直する。

「つまらん。声も出せぬか」
 冷めたギレンの声も届かず、ガチガチと歯と棒の触れ合う音が立つ。止めどなく溢れる涙が脂汗や涎と混ざり合い、シーツを汚した。
 そんな様にも関わらず、後ろに銜え込まされた玩具の所為で勃起は萎えない。

 こういった遊戯に使う低温蝋燭のものではなくごく普通の照明用の蝋が、次第に白く固まって先端を覆っている。
 それは、尿道とそこに差し込まれた棒との隙間も埋め、手を離しても吐き出されぬ様になっていた。その上、蝋は白いものの何処か透明感を秘めている為か、先端から溢れ出たものが固まった様にも見えて壮絶に淫らだった。

「っぐぅ!」
 ぽたり、と、蝋が仰向けた腹の上に落ちる。

 また、ぽたり、と。

 今度は紅く色付いた乳首へ。
「ひぁっ……ぁ……」
 漸く身じろぎを見せる。身を捩り、熱さから逃れようと藻掻く。しかし、まだ固まらぬ蝋が身体を流れ、痛みが増すだけだった。
 固化しかけたところを剥がし、また蝋燭を傾ける。皓い皮膚に薄く、紅く、痛々しい痕が走る。
 少し動く度にその振動が雄根に伝わり、強い刺激が背を駆け抜ける。
「んっ……んぁ、あ……」
 視界が白く濁る。
 眼底で明滅する光に意識を委ねようとしても、すかさずギレンの手が蝋を零し、あるいは茎を弾き、現実に引き戻す。
 閉じ切らぬ唇からは絶えず唾液が溢れ、既に飲み込むことさえ意識の中になかった。

   ギレンはそれを見詰めながら、歯痒い思いに捕らわれる。

 美しかった。

 こんなに喘ぎ、乱れ、無様な姿を晒しているにも関わらず、余計に艶を増している様にさえ見える。

 

 ギリ、と奥歯を噛み締め、ギレンはおもむろに、壁に掛けて展示されていた乗馬鞭を取った。
 一度振って空を切る。鋭い音がシャアの耳にも届いた。
 再び、痛みの予感に身体が強ばる。

 

 鞭が撓る。
「っくぅ────っ!」
 悲鳴が長く、高く響いた。

 身体の力を抜くことさえ出来ればまだ楽なのだが、それが出来る状況でもない。強ばった筋肉の上に振り下ろされた痛みが、長く引いてシャアを苦しめる。
 続けざまに二度、三度、鞭が振り下ろされる度、縦横に赤い刻印が刻み込まれる。
 意識が混沌としてくる。しかし、やはり気を失うことは許されなかった。
 ぐったりと目を閉ざし脱力した瞬間に、負った痣の上に熱い蝋が落とされる。

 

 痛い。辛い。苦しい。しかし、何故かそう厭ではなかった。下衆な中年の舌や手が身体を這い回るよりまだ、精神的苦痛は軽い。
 痛みは、余程でない限り耐え難い苦痛とはならない。歯を食いしばる為の枷も与えられ、死なず、動けなくなりもしない程度に嬲られるのならば、幾らでも堪える術はあった。

 

「つまらん。……もっと乱れて見せろ」
 そう言う口調はどこか苦々しく。さりとて不快ではない様子だった。
 何度となく硬い鞭を受けた身体は指の一本を動かすことさえ億劫なほど疲弊している。
 そんなシャアの肉体を見下ろし、更に苦虫を噛み潰したような表情になってギレンは鞭をシャアに投げつけた。
「っ……つぅ……」

 

 ギレンには、自分が何故こうまで苛つくのか分からなかった。超天才と呼ばれるだけのIQをもってしても、さっぱり分からなかった。
 ただ、ぐったりと目を閉ざすシャアの美しい顔立ちに、何某かの既視感を覚える。
 昂ぶらされたままの茎が邪魔をして蹲る事も出来ず、後庭に埋められた玩具のお陰で身体をずらすことさえ容易にはままならず……そうして、淫らな饗宴に呈されているにも拘らず、全く色褪せぬ美貌が、何か…………。

 

 そこで漸くギレンはシャアが横たわる寝台に腰を下ろし、シャアの胸や腹に無数に走った裂傷や火傷に、そっと指を這わせた。

 

「……痛むか?」
 ぽつり。そう洩らされた声音は、今までシャアには聞いたことがないものだった。
 薄く、開けるだけ目を見開き、ギレンの様子を確かめる。力は入らずとも、頭の中はクリアだ。そうして垣間見たギレンの表情は、いつものジオン公国総帥としてのものではない。
 それを見て、シャアは緩く首を横に振った。

 

 今のギレンを否定することはいくらでも出来る。しかし、シャアはもっと打算的だった。
 媚びる様な、さりとて淫蕩な熱の篭らぬ視線を向ける。
 ギレンも情を知らぬわけではないのだ。そのことに気がつくまでにやたら時間は要したが、気づけば簡単な話だった。

 

 肩で嵌口具を外そうとする仕草を見せる。切なげな吐息が唇から洩れる。哀願する様に見詰めると、操られた様にギレンの手が伸び、嵌口具のベルトが外された。
「はっ……ぁ…………」
 媚びることは難しくない。自分の心に背くことにさえ目を瞑れば、一番楽な方法かも知れない。
 ギレンが顔を覗き込む。唇が合わさる。絡み合う舌も、注ぎ込まれる唾液も、堪えられぬものではない。
そう、堪えられぬものでは……。

「っ、ぐっ……」

 吐き気が込み上げる。

 心の片隅に引っかかる微かな感覚があった。NTの自覚はないにしろ、のうのうと生きている輩よりは優れた感覚を持っている自負がある。
 ギレンは、ここまでの行いをシャアに施しても尚、シャアを見てはいない。自分を通して何を見ているのかに気付き、吐き気は酷くなる。
 自由にならぬ手を握り締め、嘔吐感に堪える。

 

 これだけは穢されてはならない、心の聖域。

 ギレンもまた、シャアと同じものを聖域としていた。しかし、ギレンがどれほど気を使おうが、シャアにとっては汚されている以外の何物でもない。

 

「……閣下……どうか……鞭をお取り下さい……」
「打て、と……?」
 唇が離れた隙を窺って、弱々しく懇願する。
 すっと冷めゆく瞳。

 それでいい。

 シャアは微笑みさえ浮かべて、頷いて見せた。

 

 ギレンはシャアの傍らに転がった鞭を再び手に取った。
 しかし、それを振るうことをしない。そればかりか、苦虫を噛み潰した顔のまま、シャアの菊門で蠢いていた玩具を引き抜いた。
「っ……くぅ……」
 引き抜かれる瞬間の感覚が、強くシャアの射精感を促す。しかし、阻まれたままのそこは欲望を吹き上げることもままならず、ただひくひくと引き攣った。放出されかけたものが逆流し、痛みと鋭すぎる快楽とを齎す。

「ぁ……っあ……っ……」
 唇が戦慄いている。痙攣に似た震えを繰り返す身体を、ギレンはただ見詰めていた。

「……かっ……か……?」
 少し長めの髪が汗と涙と唾液で口元に絡む。それを舌で口から押し出しながら、掠れた声を上げる。
 ギレンの真意を測りかね、伺うような視線を向ける。
 ギレンはただ、それしか出来る事がないとでも言うようにシャアを眺めていた。

 上気した顔は得も言われぬ艶めかしさを持ち、女にはない、だからこそかそれ以上の美しさだった。

 ザビ家の面々の誰もが……貴公子然とした美貌を謳われるガルマでさえもが持ち得ぬ、言葉にすればするほど陳腐な美辞麗句にしかならぬ程の面立ち。

 なるほど、ザビ家との確執がなかろうとも、仮面で被いたくなるのも道理である。隠すことで、好奇心は煽っても噂という鎧を纏うことが出来る。これだけのものを持ち得れば、傾国も夢ではなかろう。
 そればかりではない。この顔立ちに昔を思い出す者や覇権を争うことを考える者も出る事が考え得る。賢明な判断だと言えた。

 まだ微かな甘さの残る顔立ちは、昔地球からの移民者達が建てた聖堂にある幼子の絵に似ていた。地球にある有名な建造物の壁に描かれた絵のレプリカだそうだが、政治には関わりのないことなのでギレンにはよく分からなかったが、一般的な美的感覚を持っているなら確かに美しいと感じるだろう絵だった。

 天使……。

 そう言われても、宗教的概念の薄れたコロニーでは掴みがたい感覚ではある。それでも、その言葉の持つ不思議に神々しい響きは、分かる気がする。


 ギレンは再び苦々しげに顔を歪めると、一度鞭を撓らせ、力任せにシャアに叩き付けた。
「っつ……ぅ…………」
 くっきりと紅く、次第に酷い鬱血となって黒く、鞭の跡が残る。
 ギレンは荒々しくシャアに鞭を投げつけると、足早に側から去った。
 壁に備え付けられた通信具に手を伸ばす。
 小声で何言か、ベッドの上から離れられないシャアには聞き取ることは出来なかった。

「…………閣下……」
「……このままでは終わらぬ……」
 苦しげに吐き出される言葉に、シャアはギレンに分からぬよう、微笑んだ。
 現在のギレンの様子全てが、シャアを満足させる。

 しかし、シャアの余裕もこれまでだった


作 蒼下 綸

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