「……もう、こんな所で寝ちゃって」
 すやすやと健やかな寝息を立てている、ともすれば自分より綺麗な寝顔を見下ろして、ファは溜息を吐いた。
 周りには工具が散らばっている。
 修理は終わったのか、未だなのか、ハロに覆い被さる様にして、それを枕にカミーユは床の上で寝入っていた。

 起こすのは可哀相で、ベッドからブランケットを手繰り寄せて肩へと掛けてやる。
 戦いはひっきりなしに続いているし、その間に懐いてくる子供の相手もするとなれば、幾ら他の面子より若いと言っても限度はある。
 ハロの修理などと細かい作業をすれば睡魔も来るだろう。
 ファの力でカミーユをベッドへ移してやることは出来ない。修理後の調整にアストナージが探していたので呼びに来たが、せめて、このまま少しの休息を与えてやりたかった。

 側に屈み込んで顔を覗く。
 こんな時だけは、普段の繊細さが隠れて何処か可愛らしい。
 穏やかな表情だ。無防備に寝顔を晒すことすら珍しい。
「……そうよね。疲れるわよね」
 戦闘中のカミーユは、本当に凄い。離れた所にいても必ずファを助けてくれる。
 自分が足を引っ張っていることは分かっている。
 それでも、一機でも減らす手伝いをしたい思いだけは、止められないのだ。
 シンタやクムを守ること。カミーユを少しでも楽にして上げること、その為に動くこと。
 ……動いていなくては、不安で仕方がないこともある。
 レコアはいなくなってしまった。
 大人達は、本当にカミーユの為には何の役にも立たない。
 じっとしていないこと、少しでも役に立っていると思いたいのだ。宇宙へ飛び出してでも。

「ファ姉ちゃーん」
「カミーユは? アストナージがすごい顔してたよ!」
 顔真似のつもりか、眉を両手で吊り上げながら、子供達がドアから顔を覗かせる。
 ファは振り返り、人差し指を唇の前に立てた。
「しーっ。少し静かにして頂戴ね」
「寝てんの?」
「疲れてるのよ。ずっと戦いばっかりでしょう?」
「はーい!」
「ハロ直してたのか。直ったかな」
 カミーユの下にあるハロを覗こうとするシンタをさり気なく抱き取って廊下の方へ戻す。
 邪魔はして欲しくない。
「どうかしらね。少しだけ、待ってあげてね。アストナージさんにも、ちょっと待って下さいって」
「うん。分かった! 行こう、クム」
「あ、シンタ待ってよぉー!」

 騒がしい子供が去った後、もう一度カミーユの様子を伺う。
 それでも未だ、カミーユは眠っていた。
 ほっとする反面、神経質でそう眠りが深い方ではない筈のカミーユが心配になった。
 疲れ切っているのだろう。目覚められない程に、心も、身体も。

「少しだけ、ね。休んで……」
 伏せがちの顔には触れられない。そっと髪に口付けて、ファは部屋を出て行った。

「ファ、カミーユはどうした」
 自分の分はせめて終わらせなければならないだろう。
 デッキへ向かったファに、クワトロが声を掛ける。ファは思わず睨んでしまった。
 この男に、もう少し余裕があったなら、カミーユがこんなにも疲弊する必要はない筈だ。それだというのに、のうのうと、カミーユに負担を掛けている。
「今少し手が離せないんです」
「何をしている。整備の他に重要なことなどないだろう」
「あります。貴方が……っ!」
 詰ろうとした口を噤む。
 この男を詰っても、きっと何も変わらない。他人の心など理解できない、この男に何を言った所で無駄だ。
 クワトロ自身、余裕もなくいるのは分かることだった。
「私が……どうした」
「何でもありません。すぐに来ると思います。それまで、放っておいて下さい」
「ファ?」
「失礼します。私も、整備しなくちゃ」
 軽く床を蹴る。
 メタスへ流れていくファを、クワトロも止めなかった。

「ん……」
 何となく、覚醒していく。
 まだまだ眠い目を擦りながら起きると、肩から何かが滑り落ちるのを感じた。
 そのブランケットを見て、自分が眠っていたことに気がつく。
 何処か部屋に残る温もりに、ファが来たのだと言う事を知った。
 あまり休む時間がなく、その上ベッドへ入れる時も何だかんだと寝付きが悪い為に睡眠時間が足りていなかった自覚はある。
 カミーユにとってはひどく貴重な時間。ファがそれを守ってくれたのだ。

 大きな欠伸をしながら伸びをして、目の前に置かれているハロを見る。
 もう殆ど修理は終わっている。後は起動チェックをするだけだと思った記憶はあるが、そこから先が曖昧だった。
 少し気を抜いてうたた寝してしまったのだろう。
 ハロを起動させる。
「おはよう、ハロ」
『オハヨウカミーユ、カミーユ』
「調子はどうだ?」
『ハロ、ハロ、ゲンキ! カミーユモゲンキカ?』
「元気だよ。懲りずにシンタとクムの相手をしてやってくれよ。ファが大変だからさ」
『シンタ、クム、アソブ、アソブ』
「よし」
 立ち上がって軽くストレッチをしてドアを開ける。
 アラートが鳴らなかったと言うことは、敵艦を捕捉しても、捕捉されてもいないのだろう。
 機体の整備は終わったのだろうか。デッキへ行かなくてはならない。
「ハロ、一人でシンタ達の所へ行ってくれよ」
『リョウカイ』
 スライドグリップを握りデッキへ向かう。

 宇宙はざわめいていた。
 またすぐに戦いになる。
 ファがかけてくれたブランケットの温もりが肩から薄らいでいくのが、ひどく残念だった。


作  蒼下 綸

戻る