「はい、これ」
 綺麗にラッピングされた包みを渡され、シャアの顔が綻ぶ。
「アムロ!」
 ぎゅっと抱きしめてくる腕から軽く抜け出し、アムロは呆れたように息を吐いた。
 今日はバレンタインデーだ。シャアが喜ぶのも無理はない。

 だが。
「勘違いするな。俺からじゃない。セイラさんからだよ」
「アルテイシアから…………何だ。せっかく喜んだのに」
「妹から貰ったって嬉しいだろ」
「それはそうだが……」
 まだ何処か期待した目でアムロを見る。アムロは呆れて眉を顰めた。
 アムロは職場でいろいろ貰ってきているし、シャアも同じ様なものだろう。
 チョコレートばかりそんなに家にあったところで、男二人で処理をするにも限度がある。二人ともそれほど甘党ではないともなれば尚更だ。
「貴方、そんなにチョコレート好きだっけ?」
「いやそれ程ではない」
「じゃあいいじゃないか。どうせ秘書さんとかから貰ってるんだろ?」
「まあな。だが、他の誰が渡してこようと、君に貰う一粒に勝るものはないのだが」
「食べたいならあげるよ。俺も結構貰ってきたし」
「君が他所の女に貰ったものなど、欲しいわけがないだろう」
「いい年して駄々捏ねるなよ」
 この日に合わせてチョコレートを買いに行く気になどならない。売り場に女しかいないのは簡単に想像がつく。
 シャアは少々萎れて、セイラからという包みを開けた。

 見慣れない安っぽく印刷のずれた紙に包まれた板チョコが一枚。裏を見れば、Made In Chinaの表示と製造元の何やら有限公司の文字があった。
 そのあからさまなチープさにシャアは頬を膨らませる。
「……嫌がらせか、これは」
「流行りものだな」
 この似たもの兄妹の仲の悪さは呆れる他ない。
「……君も貰ったのか?」
「俺? 俺のは……えっと……」
 職場で貰ったものを適当に突っ込んだ袋の中を漁る。シャアのものとは違う包みだ。
 開けて見ると、上品な箱に五つばかりチョコレートが入っている。
「ゴディバか。洋酒に合うな」
「……何だこの差別は」
「食べるか?」
「要らない。……妹とはいえ許しがたいな。君に色目を使うなど」
「馬鹿か」
 ゴディバの箱を開けテーブルに置くと、アムロはシャアを完全に無視してサイドボードに向かい、酒とグラスを出す。
「家に帰ってまで子供の世話をする気はないよ。ほら、貴方も飲む? 飲まない?」
「…………飲む」
 グラスをもう一つ出してテーブルに並べる。酒瓶は、常時ストックされているものではない、見慣れないものだった。

「チョコに合うといいんだけど」
「アムロ……?」
「貴方にはいいかと思ったんだけど。厭なら別のにするよ」
「……いや……」
 テーブルに向かったアムロの隣にすかさず座り、頬に口付ける。
 アムロは酒の種類にも値段にも名前にも興味がない。それなりに酔えて、飲める味なら何でも構わない性質だ。シャアに付き合って、洋酒を多めに揃えてはあるが本来拘りなどない。
 しかし、今日用意されたものは。
「何? 注がせろよ」
「愛しているよ」
「知ってる」
「君に酔いそうだ」
「飲む前から?」
「出会った時からだよ」
「ああ、昔から馬鹿なんだっけ?」
「君に関してだけはな」
「それだけじゃなくて馬鹿だよ、貴方」
 声が耳を擽る。その音に酔いそうになり、アムロは軽く身を捩った。

 ラベルには100年以上前の年号が見て取れる。フランシス・ダローズのドメーヌ・ド・ペイロ。アルマニャックの名品だった。
 チョコレートをつまみに飲むことを見越した選択である。
 酒とはただ口にして味わうだけのものではない。ことに高級な酒というものは。それを共にする空間、時間、相手、全てを内包してこそ高級酒の役割もあろうというものだ。
 シャアは緩む頬を抑えられない。
 その気配を感じながらアムロは手を伸ばして酒瓶を開け、僅かにグラスへ注ぐ。グラスを回すと、芳香が立ち昇る。
 一口含み、アムロは軽くシャアに口付ける。すぐさま唇は覆われ、舌の進入を許した。
「っ……ん…………」
「いい香りだ。君によく合っている」
「オールドヴィンテージは貴方の好みだろ」
「ああ。この色、味わい、香り、全て君に通じるからな」
「俺って古臭い人間か?」
「そういうことではないよ。味わい深いく心地良い。人も酒も年を追って熟成していくものだ」
「貴方は何処か青臭いままだよね」
「新鮮味があると言って欲しいな」
「俺より年上で何言ってるんだ。成長がないんだよ。むしろ退化してるんじゃないのか?」
「何時までも若いと言って欲しいな」
「っ……ぁ…………もう、こんなところばっかりだろ」
 膝の上へ抱え上げられ、呆れ半分に睨む。微笑で返され、アムロはかなり諦めた気分になった。
 逃れられはしない。シャアが完全に「その気」になっているのは雰囲気で分かる。先んじれば術はあるが、今は完全にシャアの腕の中にいる。単純な腕力や技ではシャアが勝るのは分かっていることだ。

「言うほど年寄りではないことを実証してやるさ」
「俺で実証するなよ」
「君以外の誰を相手にするつもりもないよ」
 するりと手が太腿を撫でてくる。叩き払うつもりにはなれなかった。ただ頤を仰け反らせる。
「ふぁ、っ……ぁ……」
「君も、若い」
「貴方よりはね。……それより、イベント好きな貴方が俺には何もないのか?」
「あるさ。とびきりのものが」
「…………自分とか言ったら殴り倒す」
「君のその勘の良さが愛しいよ」
「誤魔化すな……っ……あ、っぁ…………」
 煽る様に弄われ、アムロは身体を震わせる。
 シャアはグラスの残りを口に含み、アムロに口付けた。
「ん……っん……」
 注ぎ込まれ、二人の舌の上で転がされたアルマニャックは高い芳香で酔わせる。
 嚥下するより口の端を伝い零れる。それを舌先で掬い取られ、アムロはぐずる様に首を振った。
「温め合おうじゃないか。女達から貰ったチョコレートなど溶けてしまう程に」
「馬鹿……」
 そう言いながらも、二月の夜は冷える。
 アムロも仕方なくシャアに腕を回した。



作 蒼下 綸